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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十二話 第七次イゼルローン要塞攻防戦(その2)

帝国暦 486年 4月 27日 13:00 イゼルローン要塞  トーマ・フォン・シュトックハウゼン



「司令官閣下!」
オペレータが緊張した声を上げた。おそらくは反乱軍の艦隊を確認したのだろう。五万隻の大軍、落ち着け、周囲に不安を与えるような言動はするな。

「どうした?」
「反乱軍を確認しました、規模、約七万!」
「七万だと……」
気が付けば呻くような声が出ていた。周囲にも小声で話し合っている部下がいる。そしてオペレータは蒼白な顔をしていた。

「スクリーンに映します!」
オペレータの掠れるような声と共にスクリーンに反乱軍の大軍が映った。見たことも無いような大艦隊だ。七万隻、その数字が実感できた。

「オーディンへ連絡を入れろ、ミューゼル中将にもだ」
「はっ」
「それと遠征軍にも伝えるのだ」
「ですが、遠征軍は」

遠征軍にはまだ連絡がつかない。こちらの通信を受信しているのかもしれないが、向こうから返信が無い。いや、反乱軍が通信を妨害している可能性も有るだろう。となれば遠征軍はまだこちらの状況を知らないのかもしれない。背筋が凍りつくような恐怖感に襲われた。落ち着け、私は要塞司令官なのだ、落ち着くのだ。

「オペレータ、これまで通り、遠征軍には十分おきに連絡を入れるのだ、そこに敵情を追加しろ」
ゆっくりと、そしてはっきりと指示を出した。オペレータが大きく頷いた。

「はっ」
「それと念のため、ゼークト提督にも伝えるのだ」
「ゼークト提督にもですか?」
「そうだ、ゼークト提督にもだ。忘れるな」

オペレータが手分けしてオーディン、ミューゼル中将、遠征軍、そしてゼークトに連絡を入れ始めた。おそらくゼークトは既に知っているだろう。だが連絡を入れたという事が大事なのだ。協力体制を執る、口だけではなく姿勢を示さなければならない。相手は七万隻の大軍なのだ、間違いは許されない。

七万隻、その事が胸に重くのしかかってきた。反乱軍がイゼルローン要塞攻略に七万隻もの艦艇を動員したことは無い。本気という言い方はおかしいが反乱軍が今回の攻略戦にかなりの覚悟で臨んでいるのは間違いない、要塞攻略の成算もあるのだろう。胸が痛むような緊張感が襲ってきた。

「反乱軍の陣容を調べてくれ、一体誰が艦隊を指揮しているのかを知りたい」
「承知しました」
慌てるな、七万隻とは言っても数を揃えただけという事も有るだろう。誰が艦隊司令官として参加しているのか、そこまで確認すべきだ。

この七万隻が囮という事も考えなければならない。もし遠征軍がイゼルローン要塞が七万隻の大軍に攻撃を受けていると知れば、気もそぞろで撤退するに違いない。当然後背に対する注意も疎かになるはずだ。それを狙っているという可能性も無いとは言えないだろう。

反乱軍で精鋭部隊と言えば、第五、第十、第十二艦隊だ。司令官はビュコック、ウランフ、ボロディン。彼らが参加しているようなら間違いなく反乱軍は本気でイゼルローン要塞を落とそうとしている。要塞は危険極まりない状況に有る事になる。

逆に彼らが居なければ彼らは遠征軍を狙っている可能性が高い。目の前の七万隻は張り子の虎とは言わないが二線級だろう。……そうか、ビュコック達が遠征軍を潰した後、こちらに合流する、その可能性が有るか……。その場合、反乱軍の兵力は十万隻に近い数字になるだろう。最悪と言って良い。

「司令官閣下、反乱軍は五つの艦隊を動員しています。戦艦リオ・グランデ、戦艦ペルーン、戦艦盤古、戦艦ヘクトルを確認しましたが残り一個艦隊の旗艦は分かりません」

一個艦隊は分からない……。新編成の艦隊だろうか? しかしそんな話は無かったはずだ、となると艦隊司令官が変わった第四、第六のどちらかということか。これが初陣という事だな。士官学校を卒業しておらず兵卒上がりと聞いた、実力を買われての登用だろう、油断は出来ない。

戦艦リオ・グランデは第五艦隊の旗艦のはずだ、戦艦ペルーンは第十二、戦艦盤古は第十艦隊の旗艦、つまり反乱軍は精鋭部隊を送りこんできたという事になる。しかし戦艦ヘクトル? オペレータがわざわざ報告する以上、それなりに意味が有るはずだが一体……。

「……オペレータ、戦艦ヘクトルというのは?」
私の問いかけにオペレータがちょっと困ったような表情を見せた。
「第五次イゼルローン要塞攻防戦時における反乱軍の総旗艦です」
「そうか」

なるほど、そういうことか。第五次イゼルローン要塞攻防戦時の総司令官はシトレ元帥だった。統合作戦本部長から宇宙艦隊司令長官に異動して以前の総旗艦をまた使っているということか。ここへ赴任したのが第五次イゼルローン要塞攻防戦の後だったから分からなかった。このオペレータはここが長いのだろうか、まだ若いところを見ると気が利くのか……。

「卿、名前は」
「ヨハン・マテウス一等兵であります」
「うむ」
今後は注意して見るとするか。

ここに精鋭部隊を用意しているという事は、遠征軍には二線級を当てて時間稼ぎという事だな。遠征軍が何時戻ってくるかでイゼルローン要塞の命運も決まるだろう。もうすぐ戦闘が始まる、反乱軍も時間が無い事は分かっているはずだ。戦いは厳しいものになるだろう。



帝国暦 486年 4月 29日 14:00 ヴァンフリート  帝国軍総旗艦 ヴィーダル   シュターデン



「哨戒部隊からの報告は無いか、シュターデン少将」
「現時点では敵艦隊発見の報告は有りません」
「そうか」

クラーゼン元帥がほっとした表情を見せた。遠征軍はヴァンフリート星系を抜け出しつつある。反乱軍の奇襲を受ける確率が減ったと思っているのだろうが、困ったものだ、問題はこれからなのに……。

反乱軍が通信妨害をしているせいだろう、イゼルローン要塞からは途切れ途切れに連絡が入ってくる。だがそれでもおおよその事が分かった。それによれば反乱軍の兵力は五個艦隊、七万隻という大規模なものらしい。しかも総司令官はシトレ元帥、配下には第五、第十、第十二等の精鋭部隊が揃っている。

要塞攻防戦は二十七日の午後から始まったようだがかなり激しいものだったようだ。遠征軍でも要塞からの悲鳴のような連絡を何度か受け取っている。しかしイゼルローン要塞は反乱軍の攻撃を凌ぎきった。大丈夫だ、イゼルローン要塞は難攻不落、そう簡単に落ちるような要塞では無い。

今の時点では反乱軍も攻撃を中止し、戦力を再編しているらしい。クラーゼンが安堵の表情を見せているのにはそれも有るだろう。要塞が防戦をしている間は何度も要塞は大丈夫かと煩かった。大丈夫も何もこちらには信じる事しか出来ないではないか、馬鹿馬鹿しい。

状況は厳しいが不利とは言えない。反乱軍の妨害さえ無ければイゼルローン要塞にはあと六日も有れば辿り着くはずだ。そうすれば要塞駐留艦隊と協力して反乱軍を挟撃できるだろう。退路を断たれた反乱軍は壊滅、大勝利は間違い無しだ。

気になるのはミューゼルの小僧だ、あの小僧が三万隻の艦隊を率いて要塞に向かっているらしい。連中はあと十日ちょっとで要塞に着く、我々との差は六日程度だ。間違っても連中より遅れる事は出来ない、あの小僧より先に要塞に着いて反乱軍を叩きのめさなければ……。

もし連中に先を越されるような事が有ればあの小僧は益々付け上がるだろう。オフレッサー元帥を利用して好き放題に軍を動かすに違いない。幼年学校を出ただけの、前線指揮しかしたことのない小僧に何が出来ると言うのだ。こうなって見るとオーディンを早く出たのは正解だったようだ。

問題は遠征軍を足止めしようとする反乱軍だ。ヴァンフリートにはいなかった。となるとヴァンフリートの外で待ち受けているのかと思ったがそうでもないらしい。後方の哨戒部隊からも敵艦隊発見の報告は無い。

残る選択肢はイゼルローン要塞へ戻る途中での伏撃だ、哨戒部隊を前方に多めに配置する必要があるだろう。時間との勝負だ、急がなければならない。イゼルローン要塞の危機を救い、ヴァレンシュタインを補殺し反乱軍を壊滅させる。そうなればその武勲の前に帝国軍人全てがひれ伏すだろう。あの金髪の小僧もただただ頭を下げるだけに違いない。小僧達の鼻を明かす最大の好機だ。



宇宙暦 795年 5月 2日  宇宙艦隊総旗艦 ヘクトル  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「ヴァレンシュタイン准将、順調と言って良いのかな」
「そうですね、特に問題は無いと思います」
「ふむ、しかしミューゼル中将が三万隻を率いてこちらに向かっているようだが?」

シトレは両手を組んで顎を乗せている。お得意のポーズでどこか揶揄する様な声とからかうような笑みを浮かべている。性格悪いよな、そんなに予定外の事が起きるのが楽しいか? お前も当事者なんだぞ。

「問題有りません。彼がイゼルローン要塞にたどり着く頃には全てが終わっているはずです」
「うむ」
今度は本当に満足そうな表情を見せた。こいつ、俺を試して喜んでるな。俺が慌てふためくところを見たいらしい、糞爺が。

オイゲン・フォン・カストロプが死んだ、宇宙船の事故による死亡だった。そして息子のマクシミリアンが反乱を起こし討伐された。それを聞いた時には思わず笑ったよ。やはりカストロプ公爵家は平民達の帝国に対する不満へのガス抜きに利用されたらしい。

原作より早い時点での処分だが、まあヴァンフリートで大敗しているしイゼルローンでも勝ったと言えるような戦果じゃなかったからな。この辺が使い時だと帝国上層部は考えたのだろう。つまり俺が奴に引導を渡したわけだ。そして反乱討伐の指揮官はヴァンフリートで敗れたラインハルト……。

ラインハルトは反乱鎮圧に成功し昇進した。元帥府に参集したケスラー達も反乱鎮圧に加わり昇進だ。もしかするとカストロプを潰したのはこのためかもしれない。ラインハルトは今三万隻の艦隊を率いてイゼルローン要塞に向かっている。要塞を守り、俺を斃す為だろう。因果は巡るとは良く言ったものだ。もっとも今回の戦いでラインハルトに俺を斃せるかどうかは疑問だが。

今、同盟軍は五個艦隊で要塞を包囲している。第一、第五、第十、第十二、そしてシトレの直率部隊だ。しかし表向き動員したのは第五、第十、第十二艦隊と直率部隊となっている。第一艦隊はバーラト星系で海賊退治だ。そういう事にしてマスコミの目を誤魔化した。

イゼルローン要塞に対する攻撃は四月二十七日から始め翌二十八日には一旦打ち切った。そして三十日に再開し五月一日に終わらせている。攻撃そのものに目新しいものは無い。これまでの攻撃パターンの集大成の様なものだ。

「D線上のワルツ・ダンス(ワルツ・ダンス・オン・ザ・デッドライン)」を踊りながら帝国軍を挑発する、ミサイル艇を使って攻撃を加える、無人艦を突入させる等だ。派手にやってる割には戦果は少ないし、こちらの犠牲も少ない。

もっとも要塞からは攻撃を受ける度に悲鳴のような救援要請が遠征軍やラインハルトに対して出されている。来援を急がせようとしているのだろう。それ以外はちょっと考えられない。

或いは本当に圧力を感じているのか……。何と言ってもこちらは七万隻だ。こちらが囁いたつもりでも相手は怒鳴られているように感じるという事は十分に有りえる。まあ悪い事じゃない、シュターデンが焦ってくれればそれに越したことは無い。

遠征軍の動きを見る限り、こちらの動員兵力を知らなかったと見て良い。知っていればヴァンフリートにのこのこ出てはこなかっただろう。フェザーンも騙されたようだ。後々帝国とフェザーンの関係が難しくなりそうだがそれも今回の戦いの狙いの一つではある。

いずれ帝国との間に和平を結ぶ、となれば仲介者が必要だ。それも出来ればこちらに好意的な仲介者が良いだろう。日露戦争の時のアメリカのような。

シュターデン、残念だな、遠征軍は一週間動くのが早かった。後一週間遅ければラインハルトの艦隊と共同して同盟軍を叩けたのだ。そうすれば勝利は帝国のものだった。

最初、ラインハルトが増援として来ると聞いた時はこちらの作戦が読まれたのかと思い、目の前が真っ暗になったが一週間のずれが有ることでそうじゃない事が分かった。安心したよ、本当に安心した。それにしてもラインハルトが辺境に居た……、偶然じゃないだろうな。

誰かが念のためにラインハルトを辺境に派遣した、一体誰が手を打ったのか……。エーレンベルク、シュタインホフ、或いはオフレッサー、それともラインハルト自身か、なんとも帝国には手強い相手がいる。厄介な事だ。

イゼルローン要塞からは定期的に遠征軍、ラインハルトに対して送信が行われている。内容は戦闘の状況、それに伴う被害、そしてイゼルローン要塞への到着日時の確認だ。“遠征軍は五月六日に到着は間違いないか、増援軍は五月十四日の到着で間違いないか”必ずそれを通信している。

半分以上は同盟軍に聞かせるのが目的だろう。もうすぐ味方が来る、撤退するなら今のうちだ、要塞を攻め落とすというのなら急がないと間に合わないぞ、そう言いたいのだ。こちらの焦りを誘い無理攻めをさせたいらしい。失敗すれば損害を与えられるし時間も稼げる。

おそらくは要塞司令官シュトックハウゼンの策だろう。上手い手だ、俺もその立場なら同じ事をやるだろう。だが残念だな、シュトックハウゼン。今回ばかりは策が裏目に出た。一週間のずれが俺に見えてしまったのだ。

それが無ければ俺はシトレに撤退を進言していただろう。俺は要塞攻略には興味が無い、狙いは遠征軍の殲滅だ。そして出来る事ならイゼルローン駐留艦隊も叩き潰したい、そう思っている。そしてそれは十分に可能だ。ラインハルトの増援がそれを可能にしてくれる。

上手くいけばラインハルトも叩けるかもしれない。まあこっちは期待薄ではあるな。その程度の相手なら恐れる必要など無い。だがせっかく来てくれるのだ、それなりのもてなしはしなければならんだろう。一体どうやってもてなしてやるか……。

戦闘では無理だな、戦闘以外でもてなすべきだろう。帝国軍に、ラインハルトにダメージを与える、毒を流し込む……。今後の戦いを考えれば絶対に必要だ。シュターデンが戻ってくるまでに考えなければならん。残りあと四日、楽しみだな、ラインハルト。その時が楽しみだ……。



 
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