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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十三話 第七次イゼルローン要塞攻防戦(その3)

帝国暦 486年 5月 6日 10:00 イゼルローン要塞  トーマ・フォン・シュトックハウゼン



イゼルローン要塞の司令室は困惑、苛立ち、焦燥の空気に満ちていた。
「どう思う、ゼークト提督」
「分からんな、……遠征軍が近くまで戻っているのは間違いないのか、要塞司令官」

「途切れ途切れではあるが二日程前から遠征軍の通信が入ってくる、それによれば近くまで来ているらしい。不思議な事ではあるがな」
私の言葉にゼークトは唸り声をあげて考え込んだ。気持ちは分かる、こちらも唸りたい気分だ。

反乱軍はこれまで三度にわたってイゼルローン要塞に攻撃をかけてきた。第一回目の攻撃は四月二十七日から翌二十八日の二日間で行われた。「D線上のワルツ・ダンス(ワルツ・ダンス・オン・ザ・デッドライン)」で駐留艦隊を挑発しつつ、艦隊の一部を要塞主砲の死角に回し攻撃をかける。そして合間合間にミサイル艇を使って要塞に攻撃を加える。

此方はまた強襲揚陸艦を使って陸戦部隊を要塞内に送り込んでくるのかとその度にヒヤヒヤした。ゼークトは何度かこちらを援護しようとしたが駐留艦隊の正面には常に反乱軍が倍以上の兵力で圧力をかけている。思い切った行動はとれない。イゼルローン要塞は反撃の手段を奪われ殆どなすすべもなく防戦に専念せざるを得なかった。

反乱軍は陣容を再編すると第二回目の攻撃を四月三十日から五月一日に行った。攻撃内容は殆ど前回と変わらなかったが、この時は無人艦をメインポートに突入させ艦隊の出入り口を塞ごうとした。

駐留艦隊は要塞外に出ていたが、要塞への出入りを封じられては補給、損傷艦の修理が出来なくなる。艦隊は痩せ細る一方だ。ゼークトと協力して防いだがヘトヘトだった。七万隻の大軍、その圧力は尋常なものではない。

第三回目の攻撃は五月四日に行われた。だがこの三回目の攻撃はそれまでの二回の攻撃に比べればかなり淡白なものだった。攻撃時間も半日程度で終わっている。いささか拍子抜けしたほどだ。

そして今日、五月六日は予定では遠征軍が戻って来る日だ。本来なら喜ぶべき日だが私もゼークトも困惑を隠せずにいる。先程まで要塞を包囲していた反乱軍が撤退したのだ。どう考えるべきか、ゼークトは部下とともに要塞に戻り司令室で我々と状況を検討している。

「遠征軍が戻ってきたのではないでしょうか、だから反乱軍は後背を衝かれることを恐れて撤退した。或いは遠征軍を撃破しようと向かった」
ゼークトの部下が意見を出した。分かっている、彼は出撃したいのだ。これまでの攻防戦で駐留艦隊は殆ど活躍できなかった。その鬱憤を晴らしたいのだろう。しかし他の者は皆微妙な表情をしている。ゼークトが顔を顰めた。

「その場合、反乱軍は遠征軍に対して何の足止めもしなかったという事になるな。果たしてそんな事が有るのか……」
私の言葉にゼークトの渋面がさらに酷くなった。意見を出したゼークトの部下も面目なさそうにしている。考え無しの阿呆、鬱憤晴らしで戦争をするな。

遠征軍が今日戻ってくると言うのは我々の予想だ。遠征軍から知らせが有ったわけではない。もちろん今日遠征軍が戻ってくるのはおかしな話ではない。反乱軍が遠征軍の邪魔をしなければという条件付きだが……。

「要塞司令官、卿は反乱軍の撤退が駐留艦隊を誘き出す罠ではないかと考えているのだな」
「その通りだ、ゼークト提督。駐留艦隊を引き摺り出して叩く、艦隊が無くなれば反乱軍にとってイゼルローン要塞を落とす事はさほど難しくは有るまい」

何人かの士官が頷いている、ゼークトもだ。どう見てもこの意見の方が妥当性が有る。反乱軍が遠征軍をすんなり帰すなどという事が有るはずが無い。伏撃をかけ撃破するか、或いは足止めするか、どちらかをするはずだ。となれば遠征軍が今日、此処に来るわけがない。すなわち、反乱軍の撤退は罠という事になる。

「要塞司令官、遠征軍からあった通信は反乱軍の欺瞞という事かな……」
「……そうなるのだろうが、どうもおかしい……」
「……欺瞞にしては余りにも拙いか……」
「うむ……」

私とゼークトの会話に皆が困惑の表情を見せた。ゼークトの言う通りなのだ。これが反乱軍の欺瞞工作だとしたら余りに拙い。ミューゼル中将が近づいているので時間が無いと考えているのかもしれない。しかし余りにも拙い。こんな拙い欺瞞工作に引っかかると反乱軍は考えているのだろうか……。

「どうも分からんな」
「全くだ、どうも分からん」
お互い首を傾げざるを得ない。遠征軍が戻ってきたとは思えない、しかし反乱軍の欺瞞工作にしては拙すぎる。さっぱりわからない。

もし遠征軍が戻ってきたのだとすれば放置はできない。遠征軍は五万隻強、反乱軍は七万隻。戦力では遠征軍が不利なのだ。その不利を覆すためには駐留艦隊の兵力が要る。駐留艦隊が反乱軍の後背を衝けば前後から挟撃された反乱軍を壊滅状態に追い込むことも可能だ。

「おそらくは罠だろうが、念のため索敵部隊を出そう」
「それが良いだろうな、駐留艦隊はどうする」
「要塞主砲(トール・ハンマー)の射程外で結果を待つ。罠ならば射程内に戻る、真実遠征軍が戻ったのなら反乱軍の後背を衝く」
「……分かった、十分に注意してくれ」

部下を従えゼークトが司令室を出ていく。その後ろ姿を見ながら思わず溜息を吐いた。どうにも妙な具合だ。反乱軍が何を考えているのか分からない、いやそれ以上に遠征軍がどうなっているのか分からない。その事が状況を混乱させている。

ゼークト、無茶はしないでくれよ……。卿を失えばイゼルローン要塞は孤立する。反乱軍から要塞を守り抜くのは難しいだろう。そして要塞を失えば帝国軍は駐留艦隊、遠征軍の合計七万隻の艦艇を失うのだ。



帝国暦 486年 5月 6日 13:00 イゼルローン回廊  帝国軍総旗艦 ヴィーダル   シュターデン



遠征軍は反乱軍の伏撃にも足止めにも合わずにイゼルローン回廊に到達した。回廊に入るまでは総旗艦ヴィーダルの艦橋は緊迫感に溢れていた。回廊に入りやや緩んだが今はまた緊迫感に溢れている。

現在遠征軍は回廊をイゼルローン要塞に向けて進んでいる。あと四時間もすれば要塞を確認できるだろう。つまり反乱軍の後背に出る事になる。戦いが始まる事を皆が理解している。大きな戦いになるだろう、両軍合わせて十万隻を超える艦隊が戦う事になる。

これまで遠征軍はイゼルローン要塞に向けて通信を行わなかった。通信を行えば反乱軍に傍受され位置を特定される。伏撃、足止めを食らえばそれだけイゼルローン要塞に辿り着くのが遅くなる。一日も早くイゼルローンに辿り着くべきで、そのためには通信はすべきではないと言うクラーゼンの指示に従ったのだ。

間違いではない、反対する理由は無かった。要塞に対して通信を行いだしたのは二日前からだ。クラーゼンはここまで反乱軍と出くわさなかった事を喜んでいる。通信をしなかった事が正しかったのだと自慢しているが、本心は足止めを、伏撃を受けるのが怖かったのだと思っている。

要塞救援に間に合わず反乱軍にイゼルローン要塞を奪われれば遠征軍は反乱軍の勢力範囲で孤立する。補給もままならず、悲惨な結末が待っている。それをクラーゼンは何よりも恐れていた……。

クラーゼンは反乱軍の攻撃を受けなかった事を、敵の後背に出られる事を単純に喜んでいるがどうもおかしい……。我々を回廊内に入れれば反乱軍は前後から攻撃を受ける事になる。本当なら反乱軍の勢力圏内で攻撃が有ったはずだ。何が何でも我々を撃破しようとしただろう、それなのに攻撃は無かった……、これをどう考えるべきか……。

クラーゼンを見た。多少の緊張は有るようだが反乱軍を挟撃できる、イゼルローン要塞を守る事が出来ると喜んでいる。反乱軍の攻撃を何故受けなかったか、まるで疑問に思っていない。単純に無線封鎖をしたからだと思っているのだろう。

戦いが終わればその事を声高に自慢するに違いない。うんざりした、何だってこんな馬鹿を担ごうと考えたのか……。他に人が居ないと思ったからか? そうじゃない、分かっている、こんな馬鹿だと思わなかったのだ。それが理由だ。

反乱軍は精鋭を揃えている、兵力は七万隻……。遠征軍は五万隻、イゼルローン要塞の駐留艦隊を加えても帝国軍は七万隻には届かない、こちらを撃破出来ると考えているのだろうか? いや、待て、手間取ればミューゼルが来ることを反乱軍は知っているはずだ。ヴァレンシュタインはあの小僧を天才だと評していた。笑止な事だが、その天才が来ることを知って敢えて危うい道を選ぶだろうか……。

有り得ない、あれは何とも腹立たしい小僧だが手を抜くような男ではない。となれば、ミューゼルの小僧が来るまでにこちらを撃破する何らかの手段を講じているはずだ。一体それは何か……。

……やはり挟撃だろう、反乱軍には別働隊がいるのだ。だがその戦力は決して大きくは無かったのだ。伏撃、足止めをするには不十分な兵力だが挟撃用なら、背後から敵を衝くなら十分な兵力……。

三個艦隊なら正面から戦える、二個艦隊なら伏撃、足止めが可能だろう、となると一個艦隊か……。なるほど、反乱軍には司令官が新しくなった艦隊が参加していると要塞から報告が有ったな。司令官が変わったのはもう一個艦隊有ったはずだ。挟撃用の艦隊はそれだろう。

戦場がイゼルローン回廊なのも説明がつく、此処なら前後から敵を挟撃しやすい。伏撃、足止めが無かったのは偶然でもなければこちらが躱したのでもない。必然だったのだ。反乱軍はイゼルローン回廊内での艦隊決戦を狙っている。

クラーゼンの馬鹿め、反乱軍に遭遇しなかったのを喜んでいる場合か! こちらが反乱軍を挟撃しようとしているように反乱軍もこちらを挟撃しようとしているのだ!

どうするか……、お互いに相手の後背を衝き合う形になるがこうなると兵力が多い分だけ反乱軍が有利だ。……止むを得んな、ミューゼルの小僧の力を借りるか。不本意ではあるが負けるよりはましだろう。一週間だな、一週間堪える。少々厳しいがそこは戦術能力で補うしかない。

「前方に大規模な艦隊を発見!」
考え事をしているとオペレータが悲鳴のような声で報告してきた。おそらくは反乱軍だろう、こちらの接近を知って迎撃に出てきたか。上手く行けば各個撃破出来ると考えたのだろうな、悪い考えではない。それにしても大規模? 何を考えている!

「大規模とはどういう事だ、正確な数字を出せ!」
私が叱責するとオペレータが赤面して俯いた。全く、最近の若い連中は報告一つまともに出来んのか、情けない。

「閣下、約七万隻です!」
七万隻、その言葉に艦橋の空気が瞬時に緊迫した。
「シュ、シュターデン少将、どうする?」
どうする? 戦うに決まっているだろう、それとも降伏でもすると言うのか? 情けない顔をするな、卿は総司令官だろう!

「直ちに戦闘準備を命じてください。それと一部隊を後方に置いて反乱軍に備える必要が有ります」
「後方だと?」
キョトンとしたクラーゼンの表情が癇に障ったが何とか抑えた。

「我々が反乱軍を挟撃しようと考えているように反乱軍も我々を挟撃する可能性が有ります。それに備えなければなりません」
「一部隊と言っても誰を置く」
「メルカッツ副司令長官にお願いしましょう」

私の言葉にクラーゼンが露骨に嫌な表情を見せたが気付かないふりをした。功績を立てさせると競争相手になると考えているのだろうが負けたら全てが終わるのだ、それよりはましだろう。メルカッツは一万隻を率いている。彼ならどんな相手でも多少の戦力差などものともしないはずだ。

問題は反乱軍だ、向こうがどんな陣立てで来るか。こちら同様後方に部隊を置くかどうか……。戦術コンピュータを見ると向こうも後方に二個艦隊置いている。となると正面は約四万隻か……、こちらとほぼ同数だな。ミューゼルが来援するまで十分に耐えられる、勝機は有る。

「オペレータ、イゼルローン要塞に通信を。我、反乱軍と接触セリ。至急来援を請う」
「はっ」
後はミューゼルの小僧を待つだけだ。急いでくれよ、小僧。間違っても迷子になるんじゃないぞ。



帝国暦 486年 5月  7日 01:00   アムリッツア星系   ミューゼル艦隊旗艦 タンホイザー  ラインハルト・フォン・ミューゼル



「遠征軍が戻ってきた? しかも無傷だと? おまけにイゼルローン回廊で反乱軍と交戦中?」
通信オペレータの報告にクレメンツが何処か調子が外れた様な声を出した。そしてそのまま俺とケスラーに視線を向けてきた。

クレメンツの表情には何処か信じられないと言った色が有る。ケスラーも信じられないと言った表情をしている。俺も信じられない、遠征軍が無傷で戻ってきた? 一体何の冗談だ? この時期に戻って来るという事は反乱軍との戦闘は無かったという事になる、どういう事だ?

オペレータの報告が続いた。それによれば反乱軍はイゼルローン要塞の包囲を解き遠征軍の迎撃に出たようだ。そして駐留艦隊はその後背を衝く形で戦闘に加わっているらしい。

さっぱり訳が分からない、クラーゼン、シュターデンの二人は俺が考えるよりはるかに有能で反乱軍を煙に巻いて戻ってきたという事なのだろうか。有り得ないと思うのだが実際にイゼルローン要塞の包囲は解かれた。一時的な事かもしれんが要塞陥落の危機が去った事は間違いない。

「考えられる事は二つです。一つは遠征軍が自力で戻ってきた。もう一つは反乱軍が故意に見逃した」
ケスラーがゆっくりと発言した。まるで自分の言葉を検証するかのようだ。故意に見逃した、何故見逃す? そこにどんな利益が有る……。利益など無いではないか、帝国軍は反乱軍目指して集結しつつある……。

「そうか、そういう事か……。ケスラー、クレメンツ、ヴァレンシュタインの狙いはイゼルローン要塞ではない。遠征軍、そして駐留艦隊の撃滅だ」
俺の言葉にケスラーとクレメンツが顔を見合わせた。

ヴァレンシュタインはイゼルローン要塞を攻める事で遠征軍の恐怖心を煽った。同時に挟撃すれば勝てるという希望も与えた。遠征軍は否応なくイゼルローンに誘引されたのだ。実際には遠征軍はヴァレンシュタインが用意した別働隊に後背を衝かれることになるだろう。

そして駐留艦隊も挟撃すれば勝てるという誘惑に引き摺り出された。要塞主砲(トール・ハンマー)の射程内という絶対安全な巣穴から引き摺り出されたのだ。遠征軍が不利になればなるほど駐留艦隊は退く事が出来なくなる。味方を助けるために留まろうとして損害を増大させるだろう。

本来、敵は各個に撃破するのが用兵の常道だ、だがヴァレンシュタインはその逆を行おうとしている。自らを囮に敵を一か所に集める事で撃滅する……。蟻地獄だ、ヴァレンシュタインはイゼルローン回廊に巨大な蟻地獄を作ろうとしている。

遠征軍五万隻、駐留艦隊一万五千隻、それらを全て飲み込む巨大な蟻地獄……。急がなければならない、俺の艦隊が要塞に着くまであと七日、間に合うだろうか? 絶望が胸をどす黒く染め上げた……。


 
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