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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四十九話 教官と教え子

帝国暦 486年 1月 31日  オーディン オフレッサー元帥府 ラインハルト・フォン・ミューゼル



オフレッサーの執務室のドアをノックし中に入ると部屋の主は不機嫌そうな表情で机の上の書類にサインをしていた。俺を認めるとよく来たと言うように頷く、いやそれとももっと早く来いだろうか……、急いでオフレッサーに近寄った。

「トマホークを重いと感じたことは無いがどうしてペンだと重く感じるのかな? どうも肩が凝る……」
「はあ」
ジョークなのだろうか? それとも本心か……。忌々しそうにサインをしている武骨で大きな手、そして小さなペン。その気になればペンなど簡単に握りつぶせるだろう。

オフレッサーがフンと鼻を鳴らした。
「卿は詰まらん男だな、それとも詰まらんのは俺のジョークか……」
「申し訳ありません」
やはりジョークか……。

最近オフレッサーは俺にはよく分からないジョークを言って俺の反応を楽しんでいる。いい加減にしてくれと思うのだが、この親父はそのあたりの空気を読むのが実に上手い。抗議しようと思うとするりと躱す。

「カストロプ公が明日、自領に戻る」
「……」
「公がカストロプにたどり着くことは無い、オーディンからカストロプの途中で事故が起きるだろう」
「!」

思わずオフレッサーの顔を凝視した。オフレッサーが俺を見て頷く。そして忌々しそうに書類を見てサインをした。
「彼のこれまでの悪行を公にし、その罪を償わせるのではないのですか?」
俺の問いかけにオフレッサーは首を横に振った。

「それは出来ん。カストロプ公の罪を公にすれば帝国政府は今まで何をやっていたのかと非難を受けるだろう」
「……」
しかしそれではただの事故死で終わってしまう。一体何のための贄だったのか。贄という発想を認めるわけではない、しかし……。納得できないでいる俺にオフレッサーが言葉を続けた。

「カストロプ公には息子がいる、マクシミリアンと言うのだが彼が公爵家を継ぐことは無い。カストロプ公爵家は潰されることになる、反乱を起こしたとしてな」
「!」

カストロプ公を断罪する、ブラウンシュバイク公とリヒテンラーデ侯の間で決まったと聞いた。それはカストロプ公を裁いて取り潰す事ではなくカストロプ公爵家を反逆者として潰すという事か……。

オフレッサーを見ると彼は静かに頷いた。
「そういう事なのですか……」
「そういう事だ」
「……」
反逆者となる以上、以後カストロプの名は銀河帝国が続く限り忌み嫌われるだろう。断罪、まさにカストロプ公爵家は断罪されることになる。

「カストロプ公の死後、帝国政府はその相続を認めず財務省の調査が入る。不正に蓄財した分を政府に返還させるということだが、マクシミリアンには耐えられまい、反発するはずだ」
「それを帝国に対する反乱として討伐する……」

堪えられない、いや堪えようとしても堪えられないように持っていくのだろう。必要以上にマクシミリアンを挑発し、暴発させる。暴発しないのであればほんのちょっとした言葉尻を捉えて帝国政府に対して叛意有りとする……。マクシミリアンが反乱を起こす、それが前提の調査……。

「いささかあざといような気がしますが」
「あざといか……、他人事のように言うな」
オフレッサーが顔を顰め唸るような声を出した。

「と言いますと?」
「反乱討伐の指揮官はミューゼル少将、卿だ」
「!」

オフレッサーが厳しい表情をしている。自然とこちらも身体が引き締まった。
「反乱が起きるまで一ヶ月とはかかるまい、討伐の準備をしておけ。カストロプはオーディンに近い、カストロプ公は叛意を疑われることを恐れそれほど大規模な軍事力は持っておらん。しかし失敗はもちろん、手間取ることも許さん」
「はっ、承知しました」

「反乱鎮圧に成功すれば中将に昇進だ、率いる艦隊も一万隻となる。既に帝国軍三長官の同意も得ている」
「その艦隊を率いて遠征軍に参加しろという事ですね」
一万隻、それだけの戦力が有れば戦局を左右する事は十分に可能だ。欲を言えばきりがないがそれでもこれまでにない強い立場で俺はあの男と戦えるだろう。

「違う」
「違う?」
意気込みを外されたような気がして思わず問いかけるとオフレッサーは渋い表情で頷いた。

「遠征軍はカストロプの反乱が鎮圧された時点で出征する。卿の艦隊は十分に訓練されていない、足手まといになるから今回の遠征には加えられない」
「……」
「クラーゼン元帥はそう言っている」

クラーゼン元帥というよりシュターデンだろう、俺が邪魔なのだ。ヴァレンシュタインは俺を高く評価している。そのヴァレンシュタインを破り、ヴァレンシュタインなど大したことは無い、彼が評価する俺も大したことは無い、そう言いたいのだ。

愚かにも程が有る、シュターデンはヴァレンシュタインの恐ろしさが分かっていない。いや、分からないからこそクラーゼンを宇宙艦隊司令長官になどと考えた……。

「反乱鎮圧には卿が集めた男達を連れて行け、鎮圧後にはまとめて昇進させる。……少しでも卿らの立場を強くしておく必要が有るからな」
最後は呟くような声だった。もしかするとオフレッサーは自分が艦隊を率いるときの事を考えているのかもしれない。その時のために自分の手勢の立場を強化しようとしている……。

「……閣下、遠征軍は勝てるでしょうか」
俺の問いかけにオフレッサーは即答しなかった、そして溜息を吐いた。
「……勝って欲しいと思っている」

やはりオフレッサーは遠征軍が勝てるとは思っていない。俺が遠征軍に参加できないのもシュターデンの忌諱だけが原因ではないのかもしれない。オフレッサーが俺を温存したという事も有るのだろう……。オフレッサーは次の戦いを半ば以上捨てている、彼の眼は次の次の戦いを見据えているようだ。

「閣下、直ちに反乱鎮圧の準備にかかります」
「うむ、頼むぞ」
「はっ」

執務室を出ると会議室に新たに集めた人間を招集した。ケスラー准将、クレメンツ准将、メックリンガー准将、アイゼナッハ准将、ビッテンフェルト准将、ロイエンタール准将、ワーレン准将、ミッターマイヤー准将、ミュラー大佐。

人材はそろっている。政略面でケスラー、戦略面ではメックリンガー、クレメンツ、実戦指揮官としてアイゼナッハ、ビッテンフェルト、ロイエンタール、ワーレン、ミッターマイヤー、ミュラー。ミュラーを除けば皆二百隻から三百隻ほどの艦隊を指揮している。俺の艦隊と合わせれば五千隻ほどの規模になる。

ミュラーだけはまだ艦隊を指揮していないが俺は彼の能力を疑うつもりはない。キスリングの話ではヴァレンシュタインはミュラーを評して“良将”と言ったらしい。ヴァレンシュタインが言うのであれば間違いはない。他の誰の評価よりも信じられる。

ワーレンとアイゼナッハは俺が呼んだ。この二人は巡航艦ヘーシュリッヒ・エンチェンによる同盟領への単独潜入で知り合った。メックリンガー、ビッテンフェルト、ロイエンタール、ミッターマイヤーはクレメンツが推薦してきた。そしてケスラー……、彼は政略面で頼りになる人物をと探しているとキスリングが推薦してくれた。

「ミューゼル少将、何か有りましたか?」
クレメンツが問いかけてきた。皆も興味深げな表情で俺を見ている。
「次の遠征だが、我々は参加しないことになった」

俺の言葉に皆が顔を見合わせた。
「シュターデン少将の差し金ですか、嫉まれてますな」
ケスラーが苦笑交じりに声を出すと皆が笑い声を上げた。笑えないのは俺だけだ。

「しかしシュターデン少将の指揮で戦わずに済むというのは有りがたい、彼の指揮で戦えば生存率が三割は下がります」
「ミッターマイヤー、卿は優しいな。俺なら五割は下がると言うところだ」
「一応士官学校では恩師だからな、卿もそうだろう、ロイエンタール」
「恩師でなければ七割と言っているさ」
ロイエンタールとミッターマイヤーの軽口に皆が笑った。今度は俺も笑えた。

「俺なら九割と言うところだがな、シュターデンの指揮ではすりつぶされかねん。まして相手はヴァレンシュタインだ、生き残るのは難しかろう」
ビッテンフェルトの言葉に皆が沈黙した。本人は冗談のつもりで言ったのかもしれないが誰も笑えずにいる。分かっているのだ、ヴァレンシュタインの恐ろしさを……。

「まあ武勲を挙げる場を失ったのは残念ですが、ビッテンフェルト准将の言う通り下手に参加するとシュターデン少将に磨り潰される可能性が有ります。敢えて危険を冒す必要はないでしょう」
「いや、ケスラー准将。武勲を挙げる場は有る」

俺の言葉に皆が訝しげな顔をした。
「これは未だ極秘だが、間もなく国内で或る貴族が反乱を起こす」
「!」
皆が顔を見合わせた。緊張した表情をしている。
「討伐軍の指揮官は私だ、卿らにも反乱鎮圧に参加してもらう」



帝国暦 486年 1月 31日  オーディン  ゼーアドラー(海鷲)   アウグスト・ザムエル・ワーレン



「勝てるかな、遠征軍は……」
ミッターマイヤーが呟くと皆がその言葉に顔を見合わせた。ケスラー、クレメンツ、メックリンガー、アイゼナッハ、ビッテンフェルト、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ミュラー、そして俺。あの会議室に居た人間で此処に居ないのはミューゼル少将だけだ。

答えようがなかった。元帥府の中ならともかくゼーアドラー(海鷲)の中では周囲に対して多少憚りは有る。特にオフレッサー元帥府にいる我々は宇宙艦隊司令部の受けは良くない。負けるなどと言ったと知られたらそれだけで大問題になるだろう。

「済まない、馬鹿なことを言ったようだ」
ミッターマイヤーが頭を掻いた。その姿に皆がまた顔を見合わせた。誰かがクスッと笑うとそれを機に皆が苦笑した。ミッターマイヤーも苦笑している。

「まあ俺達に出来るのは遠征軍が無事に戻ってくることを祈ることだけだ。それ以上は遠征軍が自ら決めるだろう」
ロイエンタールの言葉に皆が頷く。確かにその通りだ、冷たいようだが俺達に出来るのは祈ることぐらいしかない。

それにしても無事に戻ってくる事を祈るか……。相変わらず皮肉な物言いをする男だ。ロイエンタールは遠征軍が負けると見ている。その損害が小さい事を望んでいるということだろう。そして皆がそれに頷いている。

今一つ盛り上がらない。遠征軍に参加できないという事が皆の心に引っかかっているのだ。巻き添えにならずに済むという思いと見殺しにする事になるという思いがせめぎ合っている。そう、皆が遠征軍は敗北するだろうと思っているのだ。

入口がざわめいている。視線を向けると数人の男達が入ってくるところだった。クレメンツ准将が微かに顔を顰めている。近づいて来る男達の中に不機嫌そうな表情をした男が居た。シュターデンだ。こちらに気付かなければと思ったがどうやら我々に気付いたらしい。不機嫌そうな表情のまま近づいて来る。そして俺達の席の前で足を止めた。

「残念だな、クレメンツ准将。今回の出征に参加できないとは」
「……」
嫌味な奴だ、黙って通り過ぎれば良いものを……。士官学校の教官時代から変わらない。おかげで皆から嫌われた。

「クレメンツ准将、卿はヴァレンシュタインを高く評価していたな」
「優秀な生徒でした」
「優秀な生徒か……、今では反逆者だ、そして忌むべき裏切り者でもある」
嘲笑交じりの声だった。嘲笑の相手はクレメンツ准将か、或いはヴァレンシュタインか……。

「シュターデン少将、次の戦いは勝てますかな?」
「勝てる、今回は味方の足を引っ張る連中がいないからな。あの小僧に戦術のなんたるかを教えてやろう、楽しみな事だ」
そうクレメンツ准将の問いに答えるとシュターデン少将は笑い声を上げて去って行った。

その後ろ姿にクレメンツ准将が首を振って溜息を洩らした。
「駄目だな、ヴァンフリートで何故負けたのか、何も分かっていない。味方に足を引っ張られた等と……。あの戦いはヴァレンシュタインにしてやられたのだ、それ以外の何物でもないのに……」
「……」

「あれは戦争の基本は戦略と補給だと言っていた。戦略的優位を確立し万全の補給体制を整えて戦う、つまり勝てるだけの準備をしてから戦う……、その男が反乱軍の中枢にいる……」
勝てるだけの準備をしてから戦う、その言葉がやけに大きく聞こえた。当たり前のことではあるがその当たり前のことをどれだけの人間が真摯に行うか……。

「遠征軍が勝てる、いや優勢に戦える方法は?」
勝てる可能性が有りますかと問いかけて慌てて言い直した。俺の問いかけにクレメンツ准将が少し考えてから答えた。

「……イゼルローン要塞を利用した要塞攻防戦だろう。それならお互いに打つ手は限られてくる。大勝利は望めないかもしれないが、撃退することは難しくない。しかし……」

クレメンツ准将が口籠った。難しいだろう、ミュッケンベルガー元帥は前回の戦いで要塞攻防戦を行い不十分な戦果しか挙げられなかった。そして宇宙艦隊司令長官を辞職、退役している。それを思えばクラーゼン元帥にとってイゼルローン要塞での攻防戦は望むところではあるまい。元帥は華々しい戦果を望んでいる……。

「出来る教え子を持つと苦労するな、クレメンツ」
「からかうな、メックリンガー」
クレメンツ准将とメックリンガー准将の遣り取りに皆が笑いを誘われた。クレメンツ准将も苦笑している。しかし直ぐに笑いを収めた。

「優秀な生徒だった、非常に意志の強い、なにか心に期する物があると感じさせる生徒だった。だが私には彼がどのような軍人になるかは想像がつかなかった、まさかこんなことになるとは……」
「……」

「次の戦いの結末を良く見ておく事だ。ヴァレンシュタインがどんな男か、良く分かるだろう。その恐ろしさもな……」
クレメンツ准将はそう言うとグラスを一息に呷った。

四日後、財務尚書オイゲン・フォン・カストロプ公爵が宇宙船の事故で死亡した。遺児、マクシミリアン・フォン・カストロプが帝国に対して反乱を起こしたのはその約二週間後、二月十七日の事だった。





 
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