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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十話 ヴァンフリート4=2 再び

帝国暦 486年 3月 15日  オーディン オフレッサー元帥府 ラインハルト・フォン・ミューゼル



「ご苦労だったな、ミューゼル少将。良くやってくれた」
「はっ、有難うございます。皆が良く働いてくれました」
「うむ、そうか。これからも期待できるのだな」
「はい」

カストロプの反乱鎮圧の報告をする俺の目の前でオフレッサーはいかつい顔を綻ばせて頷いている。意外と悪い表情ではない、何処となく可愛げがある。ブルドックが餌を貰って喜んでいるような表情だ。

「それにしても反乱鎮圧に九日か……。実質戦ったのは半日と聞いた、見事だ」
「恐れ入ります」
「ミサイル艇の一件をまぐれと言っていた連中も今回の卿の手腕には一言もないようだ。もう一度言う、良くやった」
「はっ」
嬉しいのは分かるが頼むから肩をバシバシ強く叩かないでくれ、痛いだろう。

マクシミリアン・フォン・カストロプが反乱を起こしたのが二月の十七日。俺が討伐軍の指揮官に任命され約五千隻の艦隊を率いてオーディンを発ったのが三月一日……。本当はもっと早く鎮圧に向かいたかったのだが、あまりに早く動いては最初からカストロプ公爵家を潰すのが目的だと周囲に悟られかねない。出立は三月一日になった。

マクシミリアン・フォン・カストロプは突発的に反乱を起こしたため十分な兵力を用意できなかったはずだがそれでも約七千隻の艦隊を編成し、カストロプ星系の外延部で俺を迎え撃った。自領近くでの会戦を望んだのは自領を離れるのが怖かったのだろう。自分の留守中に部下に背かれるのではないかと不安だったに違いない。

マクシミリアンは兵力差を利用してこちらを押し崩そうとしたが、こちらはそれを逆手に取り縦深陣に引きずり込んでマクシミリアンを叩いた。マクシミリアンの艦隊は耐えきれずに潰走、彼自身は罪が軽くなることを望んだ部下の手で殺され、他の者は降伏した。

反乱鎮圧の要した期間は九日間、オーディンからカストロプまでの六日間、戦闘に半日、残りはカストロプでの事後処理だった。自慢するわけではないが手際よく片づけられたと思う。

「卿は明日付で中将に昇進する。一緒に行った連中も皆昇進だ。至急、艦隊を編成しろ。最優先で用意してもらえることになっている」
「はっ」
分かっていたことではあったが、やはり嬉しかった。ようやく一万隻の艦隊を指揮できる。しかも最優先で用意してもらえるとは……、オフレッサーの影響力の大きさをまた一つ見せられた思いだ。

「遠征軍は既に出征したと聞きましたが?」
「カストロプの反乱が鎮圧されたと知った翌日にはオーディンを発った。シュターデン少将は余程卿の凱旋姿を見たくなかったらしい、大分嫌われているな」
オフレッサーが底意地の悪そうな顔で笑った。今度は悪人面だ、ブルドックが憎々しげに笑っている。酷い顔なのに可愛げのある顔と悪人面と両方が出来るのはどういう訳だろう。

「遠征軍の目的地はどちらに?」
「ヴァンフリートだ」
「ヴァンフリート……」
オフレッサーが頷いた。ヴァンフリート、胸が痛んだ。初めての敗北、キルヒアイスの喪失、あそこで全てが変わった……。

「卿も知ってのとおり、今年になってから反乱軍の艦艇がイゼルローン要塞付近に頻繁に出没している。特にここ二月ほどは酷いな。実害は出ていないが鬱陶しい存在であることは間違いない。反乱軍がイゼルローン要塞を攻略する前準備ではないか、徐々にではあるがイゼルローン回廊の制宙権の確保が危うくなるのではないかという声も上がっている」

オフレッサーの言葉に俺は頷いた。
「ヴァンフリート4=2の基地が反乱軍の戦略拠点になっている事は間違いない。今回の遠征軍の狙いは二つ、一つはヴァンフリート4=2の基地を潰す事、そしてもう一つはそれを阻止しようとするであろう反乱軍の艦隊を撃破する事だ」

おかしな考えではない、最前線にある敵の基地など厄介な存在でしかない。出来る事なら早期に排除すると言うのは当たり前の考えだ。しかしシュターデンには前回のヴァンフリートでの敗戦の雪辱をしたいという思いが有るはずだ。それをうまく反乱軍に利用されたという事は無いのだろうか。

「罠という事は考えられませんか?」
「反乱軍がこちらを誘っているという事か?」
オフレッサーが顔を顰めた。しかし意外そうな表情をしていない、つまりオフレッサーも似た様な事は考えたのだろう。敵は頻繁に艦艇をイゼルローン方面で動かし帝国を挑発している……。

「ヴァンフリート4=2の基地を巡っての攻略戦、艦隊決戦となれば前回の戦いと同じ展開になります。反乱軍がもう一度基地を利用して帝国軍を誘引しようとしている、そうは考えられないでしょうか」
自分で言っていてなんだがどうにも違和感が有る。ヴァレンシュタインが同じ戦場で同じ手を続けて使うだろうか?

「確かにその点は遠征軍の司令部の中でも検討されたらしい。だが罠と知らずに行くのと罠と知って行くのは違う。それに敵が艦隊決戦を望むのであればむしろ好都合だろうと遠征軍は考えている。何と言っても敵は基地を守らねばならんのだ、その分だけ行動が制限されるだろう」

基地を守るか……。行動が制限される……。
「反乱軍が基地を放棄するという事は考えられないでしょうか?」
「基地を放棄する? ヴァンフリート4=2の基地をか?」
「はい」

オフレッサーが手を顎にやった。顎を撫でながら考えている。俺は突拍子も無い事を言ったつもりはない。ヴァンフリート4=2の基地は存在そのものは厄介ではある。だが厄介ではあっても危険ではないのだ。あの基地の存在がイゼルローン要塞を危うくするようなことは無い。

前回の敗戦の所為だろうが遠征軍は、いや帝国軍は必要以上にあの基地を過大評価しているのではないだろうか。反乱軍があの基地を放棄するとなれば反乱軍はその行動においてなんら制限されることは無い。むしろ基地を破壊するという目的を持つ分だけ帝国軍は動きを読まれやすくなる。

ヴァンフリート星系は決して戦いやすい場所ではない。前回の戦いでは味方の艦隊の位置を確認する事すら出来なくなった。それほど戦い辛い場所だ。しかし相手が何処に向かうかが分かってさえいればある意味伏撃をかけやすい場所だともいえる。

ヴァレンシュタインはそれを狙っているとは考えられないだろうか。だからここ二ヶ月ほど反乱軍の動きが積極的なのだ。ヴァンフリート4=2の基地を必要以上にこちらに印象付けようとしている。攻撃対象と認定させるために……。帝国軍を引き寄せるために……。

「その場合は、反乱軍の狙いは……」
「遠征軍の撃破、ではないかと考えます」
オフレッサーが大きく頷いた、そしてフンと鼻を鳴らす。頼むからそれは止めてくれ、うつりそうで怖い。

「……有りえん話ではないだろうな。基地が必要なら遠征軍を撃破した後、もう一度造れば良いのだからな……。分かった、遠征軍には軍務尚書から警告を発してもらおう」

オフレッサーがそれで良いか、と言う風に俺を見たので頷いた。実際それがどの程度の意味を持つかは遠征軍司令部の判断次第だ。それ以上の事はこちらには出来ない。だが彼らの頭の片隅にでもあれば多少は違うだろう。敵が必ず基地を守るなどという固定観念を持たれるよりは遥かにましだ。

「ミューゼル少将、艦隊を編成したらすぐ訓練に入れ。出来るだけイゼルローン回廊に近い辺境で行うのだ」
「遠征軍が危険だとお考えですか?」
俺の問いかけにオフレッサーは首を横に振った。

「分からん……。あくまで念のためだ……。何もない事を俺は大神オーディンに祈っている」
念のため、しかし訓練には直ぐ入れと言った。そして場所は辺境……。

戦争に関してこの親父のカンが外れる事は滅多にない、そうでなければイゼルローンで俺達の進言を受け入れて伏撃など実施する事は無かったはずだ。理屈では無い、感覚で戦争というものを把握している。そのオフレッサーが事態をかなり危険だと考えている。急ぐ必要があるだろう、俺も嫌な予感に捉われている。直ぐに艦隊を編成しなければならない。



帝国暦 486年 4月 27日 08:00 ヴァンフリート4  帝国軍総旗艦 ヴィーダル   シュターデン



遠征軍は順調にヴァンフリート4=2の反乱軍の基地に向かって進んでいる。三月上旬にオーディンを出立、イゼルローン要塞で補給及び休息を取り、要塞司令官シュトックハウゼン大将、駐留艦隊司令官ゼークト大将より反乱軍の動向を確認した。

両大将の話では反乱軍は相変わらず艦艇をイゼルローン回廊内に送り込んでくるとのことだった。実際に遠征軍も何度か回廊内で反乱軍の艦艇に接触している。そしてそれはヴァンフリート星域に着くまで続いた。敵、いや反乱軍はかなりこちらの動向に神経質になっている。

「シュターデン少将、ヴァンフリート4=2の反乱軍の基地まであとどのくらいかな?」
「はっ、約三時間程度かと思います」
「ふむ、反乱軍の艦隊の動向は?」
「未だ分かりません」

クラーゼン元帥が渋い表情をした。反乱軍以上に神経質になっているのがクラーゼン元帥だ。反乱軍の動向が分からないことが不安らしい。まあ無理もない事ではある、戦場に出ることなど久しぶりなのだからな。だから何かと私を頼ってくる。こちらとしては願ってもない事で思うように指揮を執れるのだが何とも鬱陶しい。

「ご安心ください、周囲には哨戒部隊を出しております。彼らからは反乱軍の哨戒部隊との接触を告げる報告は有りますが、それだけです。反乱軍の艦隊についての報告は未だありません。連中が哨戒部隊に気付かれずに艦隊に接近することは不可能です。おそらく反乱軍は手をこまねいているのでしょう」

「そうだな」
私の言葉にクラーゼン元帥が同意した。どちらかと言えば自分を納得させようとしているような口調だ。まだ十分に納得はしていない、もうひと押し必要だろう。

「オーディンから連絡が有りましたが、或いは反乱軍は基地を囮として使い我々を誘引して不意を衝こうと考えているのかもしれませんが、十分に警戒態勢をとっていれば不意を衝かれるようなことは有りません。必要以上に恐れる事は無いと考えます」
「うむ、その通りだな、少将」

クラーゼン元帥が大きく頷いた。どうやら安心したようだ、敵と戦うよりも味方を宥める事の方が手がかかるとは……。心配はいらないのだ、味方の兵力は五万隻を超える、我々を攻撃しようとすれば反乱軍もそれなりの兵力を用意しなければならない、となれば味方の哨戒部隊に引っかからずに艦隊に接近することは不可能だ。

三時間後、ヴァンフリート4=2を間近に捉えても反乱軍の艦隊は現れなかった。どうやら反乱軍は基地を放棄するらしい。或いはこちらの艦隊に隙が無いため襲撃できず放棄せざるを得なくなったか、もしかすると連中の兵力はこちらよりも少ないのかもしれない、それが原因で思い切った行動が取れずにいる……。まあどうでも良い、あの忌々しい基地がなくなるのであればな。

「シュターデン少将、反乱軍はやはり基地を放棄したようだな」
「はっ」
「反乱軍の艦隊が近くにいるかもしれん、警戒を厳重にするように命令してくれ」

ウンザリした、哨戒部隊を出しているのにこれ以上何を警戒するのだ。実戦経験が少ないからというより臆病なのだろう。怯える事よりも敵が何故攻撃を仕掛けてこないかを少しは考えてくれ、所詮は儀礼式典用の飾り物か、真の軍人では無い。

「承知しました、哨戒部隊に注意しておきましょう。元帥閣下、反乱軍の基地に対して攻撃命令を頂きたいと思いますが」
「うむ、攻撃を許可する」
「はっ。オペレータ、全艦に命令、対空防御システムに注意しつつヴァンフリート4=2の基地を攻撃せよ。さらに哨戒部隊には警戒を厳重にするようにと伝えろ」

艦隊に攻撃命令を出すと艦隊が基地に近づき攻撃を開始した。五万隻を超える艦隊が攻撃するのだ、瞬時にして基地は破壊された。あっけない結果に皆白けたような表情をしている。艦隊はそのまま基地から少し離れた場所にある飛行場を攻撃したがこちらも瞬時にして破壊された。

他愛無い結果だ、何故こんな基地の攻略にグリンメルスハウゼン艦隊は、あのミューゼルの小僧は手間取ったのだ。あいつらが自分の仕事をきちんとしていればあの敗戦は無かったのだ、何が天才だ、役立たずが!

クラーゼン元帥を見た。破壊された基地を、飛行場を見て他愛なく喜んでいる。まだ今回の遠征の目的の半分しか、それも容易い方しか達成していない、それなのに他愛なく喜んでいる。一体何を考えているのか……。

問題はこれからどうするかだ、反乱軍が何処にいるか……、こちらから積極的に索敵するか、それとも哨戒部隊の報告を待つか……。敵が発見できないようであればより反乱軍の勢力圏内奥深くに侵攻するというのも選択肢の一つだろう。敵中奥深く侵攻し否応なく反乱軍を決戦の場に引き摺り出す……。戦場はティアマトか、アルレスハイムか……。

「イゼルローン要塞より緊急入電です!」
オペレータの緊張した声に皆の視線が集中した。イゼルローン要塞? 何が有った?
「反乱軍が大軍をもって襲来! 至急来援を請う!」
悲鳴のような声だった。その声に艦橋が凍りつくのが分かった。

皆、誰も声を出さない。出さないのか、それとも出せないのか……。イゼルローン要塞が落ちれば遠征軍は反乱軍の勢力圏内に取り残されることになる。イゼルローン回廊には要塞と要塞を攻略した艦隊が待ち受けているはずだ。無理に押し通ろうとすれば遠征軍は手酷い損害を受けるだろう。しかし、それを恐れて愚図愚図すれば敵中で補給切れという事になりかねない。

「シュ、シュターデン……」
総司令官がそのような情けない顔を周囲に見せるな! 馬鹿者が!
「落ち着いてください、元帥閣下」
そうだ、まず落ち着くのだ。この男の所為で慌てる事が出来ない。良い事なのだろうが、腹立たしさが募る。

「しかし」
「イゼルローン要塞は難攻不落です。そう簡単には落ちません。八日、八日持ち堪えれば我々と駐留艦隊で反乱軍を挟撃できます」
「そ、そうだな」
思わず強い口調で話した私に阿るようにクラーゼンが同意した。本来なら逆だろう、慌てふためく我々をお前が窘めるのだ。それなのに……。

「それに、これが反乱軍の罠ということも有り得ます」
「罠だと?」
キョトンとしたクラーゼンの表情に驚くよりも呆れる思いだった。この程度の事も考えつかないとは……。私が焚き付けたとはいえ、良くも宇宙艦隊司令長官になろうと考えたものだ。

「オペレータ、先程の通信だが間違いなくイゼルローン要塞からのものか?」
「それは、通信はあまり良い状態では有りませんでしたので……」
オペレータは自信がなさそうだった。事が事だ、慎重になっているのかもしれない。

「判断が出来ないか」
「はい、申し訳ありません」
言葉だけではなく真実申し訳なさそうにオペレータが答えた。やはりそうか、オペレータは確証が持てずにいる。罠の可能性が有ると見て良い。

「シュターデン少将、これは反乱軍の罠なのか?」
「分かりません、ヴァンフリートは通信の送受信が極めてしづらい星域です。反乱軍がこちらを混乱させようと偽電を仕掛けた可能性は有ります。それを想定して動かなければならないでしょう」
クラーゼンが不安そうな表情を見せた。罠の有無などどうでもよいのだ、この場合は罠が有ると考えて行動しなければならない。

「では、どうする」
「先ずヴァンフリート星域から離脱します。罠の可能性が有りますから離脱には十分な注意が必要です。そして通信の真偽を確かめます。真実であればイゼルローン要塞へ至急戻らなければなりません。偽りであれば、敵が近くにいる可能性が有ります、引っ掛かった振りをして敵を待ち受けましょう」

断定はできないがおそらくは偽電だろう。ここからイゼルローン要塞までは八日も有れば戻る事は可能だ。イゼルローン要塞を攻略するには時間が足りない。リスクが大きくそれに比べて成功の可能性は決して大きくは無い。

余りにも無謀すぎる。おそらくは我々が慌てて戻ろうとするところを後背から奇襲をかける、そう考えているはずだ。それならば十分に対処は可能だ。問題は先程の通信が事実であった場合だろう。反乱軍がリスクを理解したうえで要塞攻略を選んだとなるとそれなりに成算があると見なければならない。その成算とは何か……。

反乱軍の艦艇がイゼルローン要塞を出立後何度も接触してきた。あれはこちらの目をヴァンフリートに向けるためだったのか。こちらの目がヴァンフリートに向いている間に反乱軍はティアマト、アルレスハイムのどちらかからイゼルローン回廊に侵入した……。

「もし、通信が真実として反乱軍がイゼルローン要塞に押し寄せていた場合、要塞は我々が戻るまで持つか?」
そんな事は反乱軍に訊いてくれ、どうやって落とすのか教えてくださいとでも言ってな!

「先程も言いましたがイゼルローン要塞は難攻不落です。必ず我々の来援を待っています。急いで戻りましょう」
それ以外我々に何が出来ると言うのだ、分かりきったことを訊かないでくれ。

偽電でなかった場合、反乱軍は短期間に要塞を攻略する成算が有ると見なければならない。となればイゼルローン要塞が落ちている可能性はある。だからこそ急がなくてはならない。落ちた直後なら反乱軍は十分な防衛体制を取れていないはずだ、そこを衝いて要塞を奪回する。十分に可能だ。時間が全てを決めるだろう。急がなくてはならない。

 
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