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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十六話 疑惑

宇宙暦 794年 4月12日  ヴァンフリート4=2  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


ヴァンフリート4=2の戦いは原作とは違い同盟軍の勝利で終わった。グリンメルスハウゼン艦隊は同盟軍第五艦隊、第十八攻撃航空団の攻撃を受け壊滅。司令官グリンメルスハウゼン中将は旗艦オストファーレンもろとも爆死した。

地上部隊は第三十一、第三十三戦略爆撃航空団の集束爆弾による絨毯爆撃攻撃を受けこちらも壊滅、最終的にヴァンフリート4=2を脱出出来たのは約五百隻、兵は五万人に満たない数だろう。当初グリンメルスハウゼン艦隊は一万二千隻の兵力を有し兵員数は百二十万人はいたはずだ。その九割以上がヴァンフリート4=2で戦死したことになる。

帝国軍主力部隊がヴァンフリート4=2に来襲したのはグリンメルスハウゼン艦隊が壊滅した後だった。第五艦隊、そして第五艦隊に続けて来援した第十二艦隊と帝国軍主力部隊は衝突。ヴァンフリート4=2の上空で艦隊決戦が始まった。

帝国軍総司令官ミュッケンベルガーはグリンメルスハウゼンを殺されたことで怒り狂っていたのだろう、或いは自分の立場が危うくなった事を認識し恐怖に駆られたのかもしれない。凄まじい勢いで同盟軍を攻め立てた。

同盟軍第五艦隊はグリンメルスハウゼン艦隊を攻撃した直後に来襲された事で艦隊の隊形を十分に整える事が出来なかった。そのため同盟軍は当初劣勢にたたされた。ミュッケンベルガーは勝てると思っただろう。

残念だったな、ミュッケンベルガー。お前は艦隊決戦にこだわり過ぎた。地上基地の危険性を見過ごしたのだ。当然だがそのつけはおまえ自身が払わなければならない。

同盟軍の危機を救ったのは基地に配備された四千基の対空防御システムだった。対空防御システムは一基あたり三門のレーザー砲を持つ。その対空防御システムから放たれた一万二千のレーザーが帝国軍を襲った。

損害は大きくはなかったが帝国軍は混乱した、そしてビュコック、ボロディンの両提督にとってはその混乱だけで十分だった。第五艦隊、第十二艦隊は混乱した帝国軍を逆撃、帝国軍は大きな損害をだして後退した。

最終的には帝国軍はグリンメルスハウゼン艦隊を含めれば全軍で五割近い損害を出してヴァンフリート4=2から撤退した。そして今ヴァンフリート星域からも帝国軍は撤退しつつある。文字通り帝国軍は同盟軍によってヴァンフリート星域から叩き出されたと言って良いだろう。

同盟軍の大勝利だ。基地は守られ敵艦隊には大打撃を与えた。俺の周囲も皆喜んでいる。しかし俺は喜べない、俺だけは喜べない。ヴァンフリート4=2から逃げ出した五百隻の敗残部隊の中にタンホイザーが有った。どうやら俺はラインハルトを殺す事に失敗したらしい。

おかげで俺は何を食べても美味いと感じられない。今も士官用の食堂で食事をしているのだがフォークでポテトサラダを突くばかりで少しも口に入れる気になれない。溜息ばかりが出る。

どう考えてもおかしい。第五艦隊がヴァンフリート4=2に来るのが俺の予想より一時間遅かった。原作ではミュッケンベルガーがヴァンフリート4=2に向かうのが三時間遅かったとある。三時間有れば余裕を持って第五艦隊を待ち受けられたということだろう。

艦隊の布陣を整えるのに一時間かけたとする。だとすると同盟軍第五艦隊は帝国軍主力部隊が来る二時間前にはヴァンフリート4=2に来た事になる。だがこの世界では同盟軍が来たのは帝国軍主力部隊が来る一時間前だ。

二時間あればヴァンフリート4=2に停泊中のグリンメルスハウゼン艦隊を殲滅できた。行き場を失ったラインハルトも捕殺できたはずだ……。だが現実にはラインハルトは逃げている……。

俺の記憶違いなのか? それともこの世界では同盟軍第五艦隊が遅れる要因、或いは帝国軍が原作より早くやってくる何かが有ったのか……。気になるのはヤンだ、俺が戦闘中に感じたヤンへの疑惑……。俺を殺すために敢えて艦隊の移動を遅らせた……。

否定したいと思う、ヤンがそんな事をするはずがない。しかし俺の知る限り原作とこの世界の違いといえば第五艦隊のヤンの存在しかない……。奴を第五艦隊に配属させたのが失敗だったという事か……。

「少佐、ヴァレンシュタイン少佐」
気がつくとテーブルを挟んで正面にセレブレッゼ中将が座っていた。どうやら俺はポテトサラダを突きながら思考の海に沈んでいたらしい。

シンクレア・セレブレッゼ、今回の勝利を一番喜んでいるのは目の前のこの男だろう。次に行なわれるイゼルローン要塞攻略戦で余程のヘマをしない限り後方勤務本部の次長になる事は間違いないのだ。

この男の将来は確定された、いずれは後方勤務本部の次長から本部長へとなり後方支援業務のトップになるのだろう。まあロックウェルが後方勤務本部の本部長になるよりはましなはずだ。

「申し訳ありません、閣下。少し考え事をしておりました」
「構わんよ、少佐。それより邪魔をしてしまったかな」
「いえ、大丈夫です。もうそろそろ終わりにしようかと考えていました」

セレブレッゼが困惑したような表情で俺とテーブルの上に有る食事の乗ったトレイを見た。中将が困惑するのも無理はない、殆ど手をつけていない……。だがどうにも食べる気になれない……。

「少し話しをしたいのだが、構わんかね」
「はい」
「こんな事を言うのはなんだが、貴官は帝国との戦争を望んでいない、そうではないかな?」
「……」

俺は周囲を見た。傍には誰もいない、この男が人払いをしたのだろう。遠巻きに何人かがこちらを見ているだけだ。俺が返事をせずにいると中将は一つ頷いて話を続けた。

「私はいずれハイネセンに戻る事になるだろう」
「後方勤務本部の次長になられると伺っております。御慶び申し上げます」
「ああ、有難う。いや、まあ」
「?」

セレブレッゼの表情には困惑というか照れのようなものが有る。
「どうかな、少佐。私の直属の部下にならんか。そうなれば貴官も前線に出ずに済む、帝国軍と直接戦わずに済むだろう。それに後方勤務本部には後方支援の能力だけではなく用兵家としての才能もある人物が必要だ」
「……」

「どうかな、少佐。私のところに来れば、今の様に苦しまずに済むと思うのだが」
「有難うございます。ですが小官の事はどうか、ご放念ください」
「少佐?」

「今回の小官の人事にはシトレ統合作戦本部長の意向があるようです」
「シトレ本部長?」
「ええ、本部長は小官をこれからも帝国との最前線で使おうとするに違いありません。閣下が小官を庇おうとすれば閣下のお立場が悪くなります」
「……」

セレブレッゼ中将の顔が暗くなった。軍のトップであるシトレ元帥を相手にする、出来ることではない、俺がどういう立場にあるかようやく分かったらしい。
「これからの同盟には閣下のお力が必要となります。どうか小官の事はご放念ください」

「……そうか、残念な事だ……。ヴァレンシュタイン少佐、私の力が必要な時は何時でも言ってくれ。私は貴官の味方だ」
「……」

「貴官が此処に来てくれた事には感謝している。貴官がいなければ私は戦死するか捕虜になっていただろう、この基地が守られたのは貴官のお蔭だ」
「……そのような事は」
セレブレッゼ中将が首を横に振った。

「私には用兵家としての能力は無かった。だから後方支援に進んだ。後方支援がなければ軍は戦えん、我々こそ軍を支える力だと自負した。だが前線での武勲が欲しくなかったと言えば嘘になる。その想いを貴官が叶えてくれた。しかもこれ以上はないという勝利でな。礼を言わせてくれ、有難う、少佐」

セレブレッゼが俺に頭を下げた。
「お止め下さい、閣下。小官は当然の事をしたまでです。むしろどこまで閣下を御支えする事が出来たのか、心許なく思っております」

セレブレッゼが俺に笑顔を見せた。五十近い男の笑顔なのにどういうわけか可愛いと思える笑顔だった。
「貴官は私を十分に補佐してくれた。少佐、私にはハイネセンに孫がいる。その子に今回の戦の事を話してやるつもりだ。貴官が私を誠実に補佐してくれた事、それ無しでは勝利は得られなかった事をな。あの子はきっと喜んでくれると思う」

そう言うとセレブレッゼ中将は席を立った。そして出口に向かって歩き始めたが直ぐに立ち止まった。
「ヴァレンシュタイン少佐、死に急ぐなよ。私はそれだけが心配だ。この国は貴官にとって決して居心地の良い場所ではないかもしれん。しかし貴官が死んだら同盟にも悲しむ人間が居るという事を忘れんでくれ、私だけではない、この基地に居る皆がそう思っている……」

セレブレッゼ中将がまた歩き始めた。難しい事を言ってくれる、俺に死ぬなとか味方だとか……。ヤンへの疑惑が事実なら、おそらく命じたのはシトレだろう。軍のトップが俺を抹殺したがっている。俺に関わるのは危険なのだ。

俺はポケットから認識票とロケットペンダントを取り出した。ジークフリード・キルヒアイス、帝国暦四百六十七年一月十四日生まれ……。認識票にはそう記載されている。そしてペンダントには赤い髪の毛が収められていた。

両方死ぬか、両方生きていれば未だましだった。だが現実は最悪な形での勝利だった。キルヒアイスが死にラインハルトは生きている。これが本当に勝利の名に値するのかどうか、俺にはさっぱり分からない。分かっている事はラインハルトは決して俺を許さないだろうという事だ。

死に急いでいるつもりは無い。しかし死のほうが俺に近付いてくるだろう。ポテトサラダを見詰めた。食べなければならん、どれほど食欲がなかろうと食べなければ……。俺は未だ死ねんのだ、少しでも生き延びる努力をしなければ……。だが、何のために生きるのだろう、溜息が出た。



宇宙暦 794年 4月25日  ヴァンフリート4=2  ミハマ・サアヤ



「寂しくなるな、貴官が居なくなると」
「閣下」
セレブレッゼ中将とヴァレンシュタイン少佐が話をしています。中将は本当に名残惜しそうですし、少佐は少し照れたような、面映そうな表情をしています。

私は中将を羨ましく思いました。今では見る事が出来なくなってしまいましたが以前は時折私にも見せてくれた表情です。少佐はまだそういう表情を浮かべる事が出来る、少し寂しいけどそれだけで満足するべきなのかもしれません。

ヴァンフリート4=2の地上戦はヴァレンシュタイン少佐の言葉どおり、帝国軍にとって地獄になりました。地獄から生還できた帝国軍は一割に届きません。そして捕虜も居ません、徹底的な絨毯爆撃攻撃と地上掃討によって捕虜になる前に皆戦死しました。

戦が終わった後、少佐は以前にも増して無口になりました。そして周囲に関心を払わなくなったと思います。一人で何か考え込み、時々溜息を漏らしています。食事も余り取っていません。余程気にかかる事が有るようです。身体を壊さなければ良いのですが……。

今回の戦い、同盟軍が勝利を得られたのはひとえに少佐の働きによるものです。誰もがそれを分かっています。皆が少佐と話をしたい、親しくなりたいと考えていますが少佐が暗い表情で考え込んでいるので話しかける事が出来ません……。私も少佐に話しかける事が出来ずにいます。もしかするとやり過ぎたと考えているのかもしれません。

私とヴァレンシュタイン少佐、バグダッシュ少佐はハイネセンに戻る事になりました。元々帝国軍がヴァンフリートに来襲するからという事で臨時に基地に配属された私達です。帝国軍を撃退した以上、ハイネセンに戻るのは当然といえるでしょう。

もっとも私達をハイネセンに運ぶのが第五艦隊というのは異例です。本当なら輸送船で移動なのに帝国軍への追撃を終了した第五艦隊が私達をハイネセンに運ぶ……。

第五艦隊は今回帝国軍を打ち破った殊勲艦隊です。その第五艦隊がわざわざヴァンフリート4=2まで私達を拾うためにやってくる……。統合作戦本部からの命令だそうですが全くもって特別扱いです。

少佐の帰還を誰よりも残念に思ったのはセレブレッゼ中将でしょう。中将の少佐への信頼は基地防衛戦以降、益々厚くなりました。少佐がヴァンフリート4=2の戦後処理を一手に引き受けて行なったからです。

死体の収容、撃破された装甲地上車、艦隊の残骸の撤去、そして消費した物資の補充の手配……。セレブレッゼ中将の手を煩わせる事無く少佐は全てを差配し、中将も何一つ口を挟む事無く少佐に全てを任せました。

それらを通して中将は少佐が用兵家としてだけではなく、後方支援能力、事務処理能力にも優れている事を確認したのだと思います。或いは自分の後継者に、と考えたのかもしれません。それほど中将の少佐に対する信頼は厚いものでした。

「では少佐、気をつけてな。例の約束を忘れんでくれよ」
「はい、有難うございます。閣下もお気をつけて」
「うむ」

例の約束? 一体何の事かと思いましたが、中将も少佐もお互いに穏やかな表情を浮かべています。やましい事ではないのでしょう。敢えて詮索する事は止めようと思います。私は少佐を必要以上に疑いたくありません、信じたいんです。

第五艦隊からは連絡艇が基地に来ています。私達はその連絡艇に乗り第五艦隊旗艦、リオ・グランデに移りました。艦橋に案内されビュコック提督が直ぐに私達に会ってくれました。艦橋にはヤン中佐も居ます。一通り挨拶が終わった後、ビュコック提督がヴァレンシュタイン少佐に話しかけました。

「貴官がヴァレンシュタイン少佐か、心から歓迎するよ」
「有難うございます、提督」
「今回の戦では貴官には随分と世話になった。対空防御システムで敵を叩いてくれなかったら危ないところだったよ」

ビュコック提督はヴァレンシュタイン少佐を高く評価しているようです。提督は明るい表情でヴァレンシュタイン少佐を見ていますし少佐も穏やかな笑みを浮かべています。どうも少佐は同年代の人よりかなり年長の人に対して心を開くようです。

「ハイネセンまでは二十日以上かかるだろう、ゆっくりしてくれ」
「有難うございます、提督」

私達を部屋に案内してくれたのはヤン中佐でした。一人一室ですが私達の部屋は私、ヴァレンシュタイン少佐、バグダッシュ少佐の順で並んでいます。どうやら三部屋無理を言って用意してくれたようです。

部屋に入ろうとしたときでした。ヴァレンシュタイン少佐が私達に話しかけてきました。
「少し皆さんにお話したい事があるんです。私の部屋で話しませんか? ヤン中佐も一緒に」

珍しい事です、少佐が私達を誘ってきました。思わず少佐を見ると少佐は笑みを浮かべてこちらを見返してきました。ヴァンフリート4=2を離れてヴァレンシュタイン少佐も少し気分が軽くなったのかもしれません。

私、バグダッシュ少佐、ヤン中佐の順で部屋に入りました。そして最後にヴァレンシュタイン少佐が入りドアに背を預ける形で立ちます。部屋の中にはベッドと簡易机と椅子があります。私は椅子に、バグダッシュ少佐とヤン中佐はベッドに腰を降ろしました。

「ヤン中佐、教えて欲しい事が有るんです」
「何かな、少佐」
「第五艦隊のヴァンフリート4=2への来援が私の予想より一時間遅かった。ヤン中佐、何故です?」

ヤン中佐の表情が強張るのが見えました。
「何の話かな、意味が良く分からないが」
「ヴァンフリート4=2への来援をビュコック提督に要請してくれたのか、私との約束を守ってくれたのか、そう聞いているんです」
「……」
「それとも私達を見殺しにしようとした、そういうことですか?」

部屋に緊張が走りました。私は良く分からず周りを見るばかりです。ヴァレンシュタイン少佐はもう笑みを浮かべてはいませんでした。冷たい視線でヤン中佐を見据えています。そして私の目の前には蒼白になるヤン中佐が居ました。


 
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