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艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

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第一話 因縁のある者達の再会

 
前書き
文章におかしな部分があるかもしれませんが、よろしくお願いします。 

 
日本の南方の無人島にそびえ立つ旧泊地。かつて深海棲艦が現れ始めた頃、人類は深海棲艦との戦闘のために多くの島に前哨基地を建設していたが、深海棲艦との戦闘が激化していったことによって本土から離れている前哨基地は深海棲艦に集中攻撃されるようになったため、多くの前哨基地が放棄されるようになった。
この旧泊地もその一つで、入渠ドッグや工廠、食堂や演習場など一通りの施設は揃っているものの、艦娘や人間がいないためほとんど廃墟同然だった。
そんな旧泊地に、今現在一人だけ住み着いている少女がいた。
腰辺りまで伸びた黒い髪に闇を映したかのような漆黒の瞳、黒色の薄いコートを羽織った白いYシャツのような服に赤い線の入った黒いスカート、脛辺りまである黒いブーツ、そして右腕を覆う少女には似つかわしくない指先が鉤爪のように鋭く尖った赤黒い色の籠手。
この少女こそ、かつて10年前の艦娘による深海棲艦の奇襲作戦に巻き込まれた民間人の唯一の生き残りである『黒夢凰香』だった。当時は6歳であったが、今は16歳の少女である。
凰香は執務室と思われる場所で、かつて住んでいた家から持ってきたテレビを眺めていた。

『ーーーー次のニュースです。佐世保第十三鎮守府の大車健二郎提督が数々の不正や暴挙を行っていたことが明らかになりました。海軍本部によるとーーーー』
「…………」
「ただいま〜」

凰香がテレビの画面を眺めていると、突然声が聞こえてきた。そして次の瞬間、壁から先端が赤く染まった黒い二本の角が生えた白の長髪に黒色の鉢巻のようなものを巻いており、胸元に黒い金属の飾りが付いたお腹が丸見えの白色の半袖の服のようなものに黒いミニスカートのようなもの、黒い手袋に太ももに繋がれた鎖、そして金属の刺々しいブーツのようなものを身につけた女性がすり抜けて現れた。しかし、凰香は驚くこともなく表情を変えずに女性に言った。

「……おかえり、『防空姉』」
「……やっぱり、その呼び方変えない?人間の名前みたいにさ」
「いい名前が思いつかない」

凰香の言葉に、壁をすり抜けてきた幽体の女性『防空棲姫』が苦笑いを浮かべて肩をすくめる。実際はみじんも気にしていないのだろうが。
そんな防空棲姫を気にすることもなく、凰香はフワフワと宙に浮く防空棲姫に聞いた。

「それで、何かいいニュースはあったの?」
「そうねぇ………『欧州で北海油田に深海棲艦が侵攻。なんとか撃退したけど、大損害を被った』とか、『アメリカが第四次ハワイ侵攻艦隊を派遣するも、道中で深海棲艦の攻撃を受けてまた撤退した』とか、『日本軍がウェーク島にいる深海棲艦に攻撃を仕掛けるものの、挟み討ちを受けて撤退した』とかそんなのばっかりね」

防空棲姫が本土で仕入れてきた情報を凰香に話す。
どの情報も深海棲艦に反撃されて撤退したという内容だが、凰香は表情を変えることなく防空棲姫に言った。

「深海棲艦以外のニュースは?」
「『国際テロ組織が最近おとなしくなってきたのは深海棲艦のおかげだ』とのたまうものはどうかしら?」
「すごくどうでもいい。他は?」
「あとは『水族館でシャチの赤ちゃんが生まれた』ってところかしらね」

防空棲姫の最後の情報を聞いた瞬間、凰香はピクリと反応してしまう。それを見た防空棲姫がクスクスと笑うが、凰香は何事もなかったかのように表情を変えることなくテレビを眺め直した。
なぜ凰香がここまで表情を変えないのかというと、凰香には一切の感情を失ってしまったのだ。正確にいえば全ては失ってはいないのだが、喜怒哀楽はほとんど失ってしまっており、この通り常に無表情なのだ。
すると、防空棲姫が思い出したかのように言った。

「………ああ、あと一つ。佐世保第十三鎮守府の提督が捕まったわ」
「テレビで見たわ。自業自得よ」

表情こそ変わらないものの、珍しく不機嫌そうに言った。佐世保第十三鎮守府の提督である大車健二郎があの日艦娘に命令して、凰香の家族と友達を殺した人物であるということを防空棲姫から聞いていた。そして、あの日凰香達が乗った船と防空棲姫を砲撃したのが、金剛型高速戦艦の三番艦『榛名』であるということも聞いていた。
凰香はそれを聞いた時、怒りや憎しみで心が支配された。それの影響で、気がついたときには感情を失っていたのだ。

(………嫌なことを思い出したわ)

凰香が不機嫌そうにそう思ったときーーーー

「凰香、ちょっといいかな?」

扉が開いて、一人の少女が入ってきた。横が獣耳のように跳ねた三つ編みの黒髪に赤い髪飾りを付け、赤いネクタイを付けた紺色のセーラー服に同じく紺色のミニスカート、両手にオープンフィンガーの黒色の手袋を付けた青い瞳の少女は、白露型駆逐艦の二番艦『時雨改二』。なぜこの旧泊地に時雨がいるのかというと、凰香と防空棲姫が旧泊地に住み始めてからしばらくして、凰香が工廠で建造したらたまたま時雨が建造されたというだけである。それ以来、時雨も凰香と防空棲姫と共にこの旧泊地で生活しているのだ。ちなみに、時雨も幽体時の防空棲姫の姿を見ることができる。
凰香はテレビから部屋に入ってきた時雨に視線を向けて聞いた。

「時雨、どうかしたの?」
「いやね、仕掛けを回収しに行ったら浜辺にとんでもないものが流れ着いててさ」
「とんでもないもの?一体何かしら?」

防空棲姫が首を傾げる。すると、時雨が言った。

「まあ、見てもらった方が早いね。ちょっと来てもらえるかな?」
「………わかった」

凰香はそう言うと、椅子から立ち上がって時雨のあとをついていく。その後ろから防空棲姫が宙を浮かびながらついてくる。
凰香は時雨のあとに続いて旧泊地を出ると、坂道を下って浜辺へと降りていく。すると凰香の目に入ったのは、浜辺に倒れている二人の人物だった。一人は肩が露出した白い巫女風の着物に赤いミニスカート、黒色のロングブーツに黄色いカチューシャのようなものを付けた腰辺りまで伸びている灰色がかった黒髪の女性で、もう一人は時雨と似たような服装の、横が獣耳のように跳ね先が赤く染まった金髪の少女だった。
それぞれ背中に主砲や煙突などの艤装を装備していることから、凰香はこの二人が時雨と同じ艦娘であることを一瞬で理解した。
二人とも激しい戦闘を行ったのか、服はあちこちが破けて肌から血が滲み出ており、艤装はかろうじて原形を留めているもののかなり損傷が激しかった。それでも胸が上下していることから、二人はまだ生きているようだった。
すると、二人の艦娘を見た防空棲姫が急に真剣な表情になって凰香に言ってきた。

「………凰香」
「どうしたのよ、急に」
「心して聞きなさい。………こいつが『あの日』あなた達を砲撃した艦娘、金剛型高速戦艦の三番艦『榛名』よ」
「……!」

防空棲姫の言葉を聞いた瞬間、凰香は衝撃を受けた。そして榛名と呼ばれる女性を見る。

(こいつが皆を………)

そう思った凰香は拳を強く握り締める。表情は変わらず本人も自覚していないが、凰香は激しい怒りを抱いていた。その証拠に、凰香の右腕に付けた籠手からは赤いオーラが漏れ出していた。
凰香は今すぐにでもこの二人、特に凰香と防空棲姫を砲撃した榛名に復讐したかった。
それを感じ取ったらしく、時雨が言った。

「………凰香、君が望むのなら僕がこの二人を沈めるよ」

そう言った時雨の目は先ほどとは打って変わって非常に冷たく、両手には刃渡30cm以上のコンバットナイフが握られていた。
時雨は凰香のためならたとえ姉妹艦であろうと容赦なく沈めるほど冷酷になれるのだ。
凰香はしばらく榛名ともう一人の艦娘を見つめていたが、小さなため息を吐いてから防空棲姫と時雨に言った。

「………復讐はしない」
「どうしてだい?こいつらは君の両親と友人の仇なんだろ?」
「簡単なことよ。こいつらを殺したって皆生き返らないし、逆に余計に虚しくなるだけ。それにここでこいつらを沈めれば、こいつらの仲間が私達を殺しにくる。復讐は『復讐』しか生まないわ」

凰香は時雨にそう言った。これこそが凰香が復讐をしない理由である。憎しみは新たな憎しみを、復讐は新たな復讐を生む。そうすれば凰香と同じような境遇の人物が現れてしまうかもしれない。感情を失ってしまったとはいえ、自分と同じような境遇の人物を凰香は現れてほしくないのだ。
すると、防空棲姫が言った。

「………あなたの意志は、私の意志。あなたが復讐をしないというのなら私も復讐はしないわ」
「……僕も防空棲姫さんと同じだよ。君が復讐をしないというのなら僕も復讐はしない」

時雨が防空棲姫に続いてそう言い、太ももに付けていた鞘にコンバットナイフを納める。それを見た凰香は二人に言った。

「じゃあ、防空姉と時雨はこいつらを入渠ドッグにでもぶち込んでおいて」
「はいは〜い」
「うん、わかったよ」

防空棲姫と時雨がそれぞれそう言って、防空棲姫は実体化すると榛名を、時雨はもう一人の少女を肩に担いで旧泊地の方へと歩き出した。

「………あの日、どうして私達を撃ったのかは後で聞けばいいから、とりあえず仕掛けを回収しないといけないわね」

二人を見送った凰香はそうつぶやくと、海に近づく。すると凰香の両脚が赤い光に包まれ、次の瞬間には凰香の両脚は黒い金属のブーツのような艤装に包まれていた。
凰香の身体の中には防空棲姫の魂が宿っている。そのため凰香は身体の一部を深海棲艦化させたり、高角砲型の生体ユニットを出現させて装備したりすることができるのだ。しかし、凰香はまだ訳あって『完全に防空棲姫になること』ができなかった。
艤装を装備した凰香は水面に立つと、水面を滑って浮きがあるところまで移動した。そして浮きから垂れている縄を握り、そのまま引き上げる。

ーーーーザバァァァァァッーーーー

すると、海面から円柱形の大きな仕掛けが現れた。その中にはアジやクロダイなど多くの魚が入っていた。しかし、凰香はこの量では満足できなかった。凰香を含め、防空棲姫も時雨もかなりの量を食べるからだ。

(………後で少し釣りでもするか)

凰香はそう思うと、魚の入った仕掛けを持って鎮守府に戻るのだった。


………
……



「……う…ん………」

頬に水滴のようなものが当たったことにより、榛名はゆっくりと目を覚ました。
まず目に入ったのは薄汚れたコンクリートの天井で、そこから水滴が落ちてきたようだ。
次に感じたのは身体の芯まで届くジワリとした温かさで、全身がお湯に包まれているようだ。
どうやら榛名は入渠しているらしい。

(確か…榛名達は長門さん達に砲撃されて………)

榛名はぼーっとする頭で先ほどまでのことを思い出す。とはいえあの鎮守府から夕立と共に脱走し、追いかけてきた長門達に砲撃されて海に沈んだところまでは覚えているのだが、その後のことが一切思い出すことができなかった。

「ッ!ゆ、夕立ちゃんは………!」

そこまで思い出した榛名は、慌てて起き上がる。その時に全身に痛みが走り思わず顔を顰めてしまうが、今はそんなことを気にしている余裕などなかった。榛名にとって夕立は自分の命よりも大切な存在だ。その夕立に何かあったら、榛名は耐えられない。
榛名が痛みを我慢して立ち上がると、榛名の隣の入渠ドッグに夕立が一糸纏わぬ姿で寝かされていた。その顔は榛名でもここ10年見ていなかったほど穏やかなものだった。

「よかった…………」

夕立が無事であることを確認した榛名は安心したようにそうつぶやく。そして夕立を起こさないようにゆっくりと静かに入渠ドックから出ると、扉を開けて脱衣所に入る。
脱衣所の洗面台の鏡に映った自分の姿は、治ってはいるものの所々に傷があり、頭にあるはずのカチューシャはなくなっていた。
また、棚には榛名と夕立の下着はあるものの服は無く、代わりに大小の病衣が一着ずつハンガーに掛けられており、下には大小のサンダルのようなものが一足ずつ置かれていた。

(とりあえず、これを着ればいいのでしょうか………?)

榛名はそう思うと、立派な胸部装甲ににさらしを巻きショーツをはく。下着を身につけると大きい方の病衣を手に取り、袖に腕を通した。
そしてサンダルのようなものを履くと、榛名は脱衣所から出て長い廊下を出た。

(どこかの鎮守府なのでしょうか………?)

榛名は周囲を見回しながら廊下を歩くが、どういうわけか壁や床は薄汚れており、所々にヒビが入っていた。そして一番気になるのは、人の気配が全くしないことだった。もしここが鎮守府なら少なくとも艦娘や提督がいるはずである。しかし、ここには艦娘や提督がいる気配が全くしない。文字通り、ここは『廃墟』のような場所だった。
だがここが廃墟だとすると、今度は別の疑問が浮かび上がってきた。それはーーーー

(一体誰が榛名達を助けてくれたのでしょうか?)

一体誰が榛名達を助けたということである。見てわかる通り、この鎮守府と思われる場所は間違いなく廃墟なのだが、入渠ドックはどう見ても『誰かが動かしている』ようにしか見えない。
そのことからこの廃墟には間違いなく何者かが住んでいる。
榛名はその何者かがいるであろう場所を探すことにした。

(榛名達を助けてくれた人がいるとしたら、執務室とかでしょうか?)

榛名はそう思ったが、この廃墟の構造を知らないためどこに執務室があるのかを知らない。そのため、その人物を探しようがなかった。

(一体どうしたものでしょうか………)

そう思った榛名は、ふと窓の外を見た。窓の外は青い海が広がっていた。どうやらこの廃墟は小高い丘の上に建っているようだ。
そしてその海に繋がる堤防に人影のようなものがあることに気がついた。その人影が何なのかはわからないが、少なくともこの廃墟に住んでいる人物であることは間違いない。

(もしかして、あの人が榛名達を助けてくれたのでしょうか?)

榛名はそう思うと、なんとか外に繋がる扉を見つけて、廃墟の外に出た。そして舗装されていない険しい道を下りて、先ほど人影が見えた堤防のある海辺へと出る。
すると、堤防の先に黒いコートに身を包んだ黒色の腰までの長髪の少女が座っていた。

「………ふーん、目覚めたんだ」

突然少女が振り向かずに榛名に言った。そのことに榛名は思わずビクリとしてしまう。すると、少女が立ち上がって榛名の方を向いてきた。闇を写したかのような黒い瞳、白いYシャツのような服に赤い線の入った黒いスカート、膝下までの黒いブーツ、右腕を覆う少女には似つかわしくない、指先が鉤爪のように鋭くなった赤黒い籠手。

(この子が、この廃墟に住んでいる人なのですか………?)

榛名は目の前にいる少女を見てそう思った。
目の前にいる少女はどこからどう見ても十代後半である。そんな少女がこんな何も無い廃墟で一人で生活することなんてできないはずだ。
すると榛名の疑問を見抜いたのか、少女が榛名に言った。

「………どうしてこんなところで一人で生活できているのかがわからないっていった顔ね、金剛型高速戦艦の三番艦『榛名』さん?」
「ッ!?」

少女の言葉に、榛名は驚愕する。今初めて会ったにもかかわらず、目の前にいる少女は榛名の正体を言ったのだ。
榛名は震える声で少女に言った。

「……あ、貴女は一体………?」
「………私は『黒夢凰香』。10年前からここで生活しているわ」

黒夢凰香と名乗る少女がそう言った。
10年前。それは榛名が決して犯してはならない『罪』を犯した年だ。そして佐世保第十三鎮守府に所属する艦娘達にとっての『地獄』の始まりでもある。凰香の言葉を聞いた瞬間、榛名の脳裏に『あの日』からの今までの光景が蘇る。
それと同時に、榛名は凰香の言葉に疑問を抱いた。それはなぜ凰香が『10年前』という言葉を言ったかということである。普通ならわざわざ『10年前』と言わなくてもいいのだ。しかし凰香は『10年前』と付けて言った。そのことから凰香は10年前に関わりがあると思われる。
すると凰香が表情を変えずに言った。

「………10年前、佐世保第十三鎮守府は『災厄』防空棲姫を含む深海棲艦達に対して奇襲作戦を行った。佐世保第十三鎮守府の提督である大車健二郎提督は奇襲作戦を成功させるために、本来行わなければならないはずの避難勧告を行わなかった。そのせいで、民間人の乗った一隻の船が戦闘海域に迷いこんでしまった」
「!ど、どうしてそれを………!」

榛名は驚愕して凰香にそう言うが、凰香は榛名に答えることなく続けた。

「………そんな中、深海棲艦である防空棲姫は民間人を助けようとしたにもかかわらず、艦娘達は民間人を巻き添えにして深海棲艦に砲撃を行った。結果、深海棲艦達は撃沈し、民間人を乗せた船も一緒に水底に沈んだ………『たった一人の生存者を残して』」
「!あ……あぁ………!」

凰香の言葉を聞いた瞬間、榛名は理解してしまった。何故凰香が『10年前』という言葉を付けたのか。
それは、榛名が砲撃して沈めてしまった船に凰香が乗っていた。つまり凰香は『あの奇襲作戦の唯一の生き残り』なのだ。そして、凰香にとって榛名は亡くなってしまった人達の仇である。

「………あなたは私のことを知らないかもしれない。……でも、『私達』はあなたのことを知っているのよ」

凰香がそう言った瞬間突然凰香の背後が光を放たれ、それが消えると先端が赤く染まった黒い二本の角が生えた白の長髪に黒色の鉢巻のようなものを巻いており、胸元に黒い金属の飾りが付いたお腹が丸見えの白色の半袖の服のようなものに黒いミニスカートのようなもの、黒い手袋に金属の刺々しいブーツのようなものを身につけた白い肌の女性が立っていた。
その女性を、榛名は知っていた。いや、知らないはずなどなかった。
なぜなら、その女性は榛名を始めとする艦娘達から『災厄』と呼ばれ恐れられていた深海棲艦『防空棲姫』だったからだ。
防空棲姫が榛名を見た瞬間、凄絶な笑みを浮かべて言った。

「……久しぶりね、人殺しの艦娘さん」
「…な…ど、どうし……!」

ーーーーどうして、防空棲姫が生きているのか?
榛名はそれを言おうとしたが、あまりの恐怖に舌が回らずに言うことができなかった。
それもそうだ。確かにあの日、防空棲姫は榛名達の目の前で爆炎に飲み込まれて姿を消した。だが、今目の前にこうして姿を現している。それも、凰香と共にだ。
すると榛名が言おうとしていたことをわかっていたのか、防空棲姫が言った。

「あの日私は轟沈寸前だったけど運良く生き延びてね。死にかけていたこの子に私の魂を宿して命を助けたのよ。おかげでこの子は半分深海棲艦となり、私は幽体となったわ。今はこうして実体化しているけどね」
「そんな………なんてことを………!」

榛名は防空棲姫の言葉に衝撃を受けた。
無関係の人間を深海棲艦にさせるなど、狂気の沙汰としか思えなかった。それが人の命を助けるためだとしてもだ。
すると、防空棲姫が真剣な表情で言った。

「狂気の沙汰?非人道的?少なくともあなたにだけは言われたくないわ。あの日あなた達がこの子達を助けようとしていれば、私達はあれ以上戦うつもりは一切なかった。でも、あなた達はこの子達を助けるのではなく、私を沈めることを優先させた。そのせいでこの子の家族と友人は死に、この子自身も死にかけた。だから、私の魂を宿させて助けるしか方法がなかったのよ」

防空棲姫は真剣な表情でそう言ったが、その声には凄まじい怒りが込められていた。
それに対し、凰香は感情を感じさせないような無表情だった。だが、榛名には凰香の無表情がどうしようもなく怖かった。
すると、凰香が無表情で榛名に近づいてきた。

「ひっ……!!」

榛名は防空棲姫の怒りと無表情の凰香に恐怖してしまい、一歩後ずさってしまう。そしてこの場から逃げ出そうとしたときーーーー

「………動かない方がいいよ」

ーーーー凰香と防空棲姫とは別の声が背後から聞こえ、首筋に冷たいものを当てられた。感触からして刃物のようだ。
榛名は一歩も動くことができず、顔を少しだけ動かして後ろを見る。
榛名の後ろにいたのは夕立の姉妹艦である白露型駆逐艦の二番艦『時雨改二』だった。だが背後にいる時雨は榛名の知っている時雨とは全く違い、その目は氷のように何処までも冷たい。まるで仲間である艦娘も平気で殺せるほど冷酷になれるといった感じだ。
防空棲姫の怒りと時雨の冷酷な目、そして無表情の凰香に榛名はついに限界を迎えてしまった。

「…ゴ、ゴメンナサイ!!」

榛名は泣き叫びながらその場に土下座する。榛名の突然の行動に防空棲姫と時雨が驚いた表情になるが、榛名は狂ったように泣き叫び続けた。

「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!!せ、せめてゆうだちちゃんだけはぁ!ゆうだちちゃんだけはたすけてくださぁい!はるなはなんでもしますから!おねがいですからぁ………ゆうだちちゃんだけはたすけてぇ…………!」

榛名は土下座しながら、ついに大粒の涙を流しながら泣き始めてしまった。
今の榛名は絶望に打ちひしがれていた。無関係の人間を殺してしまい、他の艦娘を更なる地獄に突き落とし、沈んだと思っていた防空棲姫は生き残っていた少女に宿ることで生き存えて、そして今目の前にいる。
おそらく榛名はこの先凰香に復讐されるだろう。衣服は全て剥ぎ取られて常に鎖に繋がれ、暴力を振られたり、欲望の捌け口にされるのかもしれない。はたまた、それすらも霞み死ぬことよりも苦痛なことをされてしまうのかもしれない。
だが、夕立は無関係である。だから夕立だけは絶対に手を出してほしくないのだ。

「ぐすっ……うぅ………!」

榛名が土下座をしながら泣いていると、頭に手を置かれるような感触がした。

「ふぇ………?」

榛名が顔を上げると、目の前に凰香が立っており、籠手を着けた右腕で榛名の頭を撫でていた。禍々しい見た目とは裏腹に、右腕から心地よい温かさが榛名の頭に伝わってくる。

「……何か勘違いしているようだけど、私達はあなた達に復讐する気は一切ないわよ」

凰香の放った言葉を、榛名は一瞬理解することができずに呆然としてしまった。
すると凰香が片膝をついてしゃがみ、榛名と視線を合わせて言った。

「皆が生き返るんだったら喜んで復讐するわ。……でもそんなことをしたって、皆はもう生き返らない。寧ろ虚しくなるだけよ。それに復讐は『復讐』しか生まない。だから、私は復讐しない」

凰香の言葉を聞いた榛名は目を大きく見開いて驚愕した。
普通なら仇を取りたくて復讐などをするだろう。しかし凰香は目の前に仇がいるにもかかわらず、復讐をしないと決めていた。それは到底十代の少女とは思えないほど強い覚悟だった。
すると、凰香が言った。

「多分あなたは知らないだろうから言うけど、佐世保第十三鎮守府の提督と憲兵達が軍法会議所に連行されたらしいわよ」
「………!!」

凰香の言葉を聞いた榛名は驚愕した。
今までずっと事実を隠蔽し続けてきたあの男とその部下達が捕まったことが信じられなかったからだ。
これでもう地獄の日々が終わる。これ以上艦娘が苦しまずに済むのだ。
しかし、榛名はそれを素直に喜ぶことができなかった。その理由は簡単である。
榛名と夕立はあの鎮守府での生活に耐えられなくなり、脱走した。そして追ってきた長門達に粛清対象として砲撃された。
おそらく榛名と夕立は轟沈したことにされているだろう。たとえあそこに戻ったとしても、『裏切り者』として見られるだろう。
何にせよ、もう榛名と夕立は佐世保第十三鎮守府に帰ることはできない。まあ、脱走した時点でその選択肢は初めから無いのだが。

(これから……どうしましょう………)

榛名がそう思っていると、凰香が榛名の思っていたことを見抜いていたかのように言った。

「……行く宛ても帰る場所も無いのなら、ここに住めばいいわ」
「……いいの、ですか……?」
「別に断る理由が無いもの。二人も別にいいでしょ?」
「ええ、私はいいわよ」
「僕も同じだよ」

凰香にそう聞かれた防空棲姫と時雨がそれぞれ答える。二人とも榛名と夕立がここに住むことに異論は無いようだった。
そのことに、榛名の目からまた涙が溢れた。しかし、先ほどの三人に対する恐怖ではなく、『嬉しさ』からくる涙であった。

(ああ、なんて優しい人達なのでしょう)

榛名がそう思っていると、凰香が言った。

「とりあえず、今日はもう休んでいなさい。……防空姉、榛名を部屋まで連れていってあげて。時雨は夕立が目を覚ましたら、榛名と同じ部屋に」
「はいはい」
「うん、わかったよ」

二人が頷くのを見ると、凰香は建物へと向かって歩き出し、時雨がその後を追って歩き出す。
凰香と時雨が離れると、防空棲姫が言った。

「さっきは怖がらせてしまってごめんなさいね」
「い、いえ!榛名も……その……ごめんなさい………」
「まあ言いたいことはいろいろあるけど、今は休みなさいな」

防空棲姫がそう言って、榛名に背を向けてしゃがんだ。どうやら『背に乗れ』と言っているようだ。
榛名はゆっくり立ち上がると、防空棲姫の背中におぶさる。すると防空棲姫が立ち上がって歩き出す。
防空棲姫におぶられた榛名は安心感からか急に眠気が襲いかかってきて、いつしか防空棲姫の背中で寝息を立て始めたのだった。 
 

 
後書き
それでは、ありがとうございました。 
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