| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

プロローグ3 絶望に染まる艦娘

 
前書き
艦娘ですが、誠に勝手ながら榛名と夕立に決めさせてもらいましたので、ご了承ください。
文章におかしな部分があるかもしれませんが、よろしくお願いします。

追記:一部文章を変更しましたので、よろしくお願いします。 

 
『艦娘』………それはかつての艦船の魂を宿した存在。駆逐艦や軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦や空母など様々な艦種が存在するが、共通しているのは全員が少女の姿をしていることだった。
数年前に突如として現れた謎の勢力『深海棲艦』に奪われた人類だったが、同じく謎の存在である通称『妖精』が現れ、後に『艦娘』と呼ばれる少女の姿をした存在を作り出した。少女は進撃してきた深海棲艦と戦闘、初めて撃破することができた。
人類はそれ以来妖精の力を借りて多くの艦娘を建造し、艦娘と共に深海棲艦と戦闘を行うようになった。
しかし、中には艦娘を替えの利く道具や己の欲望のためにしか使わない鎮守府、いわゆる『ブラック鎮守府』が存在するのだった………


………
……



九州を拠点とする鎮守府の一つ、『佐世保第十三鎮守府』の大広間にて、その鎮守府に所属する全艦娘が集まっていた。その鎮守府他の鎮守府に比べ艦娘が多く配属されていた。しかし、そのほとんどの艦娘の表情は暗く、怯えているような感じだった。
その中の一人、金剛型高速戦艦の三番艦『榛名』も同じだった。

(今日は一体何があるというのでしょうか………)

榛名が不安げにそう思った。この佐世保第十三鎮守府の提督である『大車健二郎』は軍の養成学校で優秀な成績を修めてきた、いわゆる『エリート将校』であり、この佐世保第十三鎮守府に着任してきた。
初めて会った時は優しそうな人だと思ったが、それは大きな間違いだった。これはエリート将校に多いことだが、物事は自分を中心に動いていると思っていることが多い。あまりにも無茶な作戦でも自分の思い通りに物事が進まなかったら、失敗したものに責任を押し付けるのだ。
そして何よりも、エリート将校のほとんどは『兵器』もしくは『道具』としか見ていない。それは大車提督も同じだった。
部隊に轟沈者が出ても構わずに進撃し、帰投しても入渠させてもらえず、無茶な作戦でも失敗すれば失敗した艦娘に暴行、懲罰房に連行された。
艦娘も身体の構造は基本的に人間と同じだ。そのため食事も必要なのだが、大車提督は榛名達艦娘を『兵器』としか見ていないため、『補給』として燃料と弾薬しか配給しなかった。
また、夜になれば大車提督のストレスや性欲の解消として夜伽の相手をさせられた。愛玩道具として闇オークションにかけられるものもいた。
そのため一部の艦娘は『PTSD(心的外傷ストレス障害)』を患ってしまっている者もいた。その影響か、すでに何人かの艦娘が鎮守府から逃亡しているが、軍規違反ということですぐに粛清対象となり、同じ艦娘に轟沈させられていた。その中には榛名の姉である金剛型高速戦艦の二番艦『比叡』もいた。
榛名もまた大車提督から暴行を受けたり、懲罰房に入れられたり、夜伽の相手もさせられた。それでも、榛名はここで挫けるわけにはいかなかった。
なぜなら『護らなければならない娘』がいるからだ。

「………榛名さん」

榛名のそばに立っていた艦娘が怯えた声でそう言ってきた。黒いセーラー服のような服装に白色の長いマフラー、獣の耳のようにはね、髪先が赤く染まった金髪に赤い瞳の少女は、白露型駆逐艦の四番艦『夕立改二』だ。彼女はこの鎮守府に配備されてから榛名がずっと面倒を見てきた。しかしこの夕立は他の鎮守府の夕立に比べ少し気弱なところがあり、なかなか戦果を挙げることができずにいた。その度に前任者からの暴力を受け、懲罰房に入れられていた。ただ夜伽の相手にはまだされていないので、それだけは不幸中の幸いだろう。とはいえ夕立は改二となってからほかの駆逐艦の艦娘と比べかなりスタイルが良いので、いつ夜伽の相手をさせられるかわからない。そのことなどで夕立はすっかり怯えきってしまっていた。
榛名は夕立の手を優しく握った。

「………大丈夫です夕立ちゃん。あなたは絶対に榛名が護ってみせます」

榛名が夕立に安心させるように言った。その直後大広間の扉が開き、白い軍服に身を包んだ小太りの男、大車健二郎提督が入ってきた。その後ろには、榛名の姉である金剛型高速戦艦の一番艦『金剛』と、補佐である軽巡洋艦の『大淀』がついてきていた。
大車提督は大広間に入ってくると、少し高くなっている中央の机の前に立って榛名達を見回す。しかし、その眼は榛名達を見下すような冷たい眼だ。
しばらくして、大車提督が口を開いた。

「………ただいまより、南方海域に集まっている深海棲艦共に奇襲作戦をかける」

大車提督の言葉を聞いた瞬間、艦娘達がざわついた。そのような作戦は一度も聞かされていないからだ。
すると、大広間に大車提督の怒声が響き渡った。

「黙らんかぁ!!!」
「「「「!!」」」」

大車提督の怒声に、艦娘達がビクリと身体を震わせる。
大車提督は艦娘達が黙ったことを確認すると、再び口を開いた。

「………事前に偽の情報を流し、それに深海棲艦共が食らいついて集結していることを確認した。その中に『災厄』がいることも確認済みだ」

大車提督の言葉に、艦娘全員の表情が凍りついた。深海棲艦の中に一体だけ艦娘や提督から『災厄』と呼ばれている存在がいる。
その深海棲艦の名は『防空棲姫』。駆逐艦でありながら装甲や火力、雷撃が戦艦をも超えるという、深海棲艦の中でも規格外の存在だ。またその名の通り、どれだけ艦載機を発艦させて制空権を取ろうとしても、全て撃ち落とされてしまうほど対空性能が桁外れだった
そのため戦場に防空棲姫がいるというだけで、戦況は艦娘達が圧倒的不利になってしまうのだ。現に榛名達も数回戦闘を行ったが、その度に敗北させられては怒った大車提督に暴力を振られ、入渠させられなかったり、補給させられなかったりした。
その防空棲姫が、今回の奇襲作戦の対象となっている深海棲艦の中に入っている。中途半端な戦力では、確実にこちらが敗北するだろう。
すると、大車提督が言った。

「貴様らはなんとしてでも『災厄』を沈めろ。逃がすことだけは絶対に許さん」
「………あの、市民への避難勧告はどうするのですか?」

大車提督に正規空母である翔鶴型一番艦『翔鶴』がそう質問した。深海棲艦と戦う以上、本土への襲撃も考えられる。そのため、本来なら市民へ被害が出ないように避難勧告をするのだ。しかし未だに避難勧告は出されていない。
すると、大車提督がため息を吐いて言った。

「そんなことをしたら、深海棲艦共に気づかれるだろう。だから避難勧告はしない」
「な!?」

大車提督の言葉に翔鶴が驚愕する。翔鶴だけではない。他の艦娘も驚愕の表情を浮かべていた。

(そ、そんなことしたら市民の皆さんに被害が出てしまいます!)

榛名はそう思った。翔鶴も同じことを思ったらしく、大車提督に反論した。

「て、提督は一体何を考えているのですか?!」
「俺に指図するな!!」
「あっ………!」

翔鶴にそう言われ怒った大車提督が翔鶴を張り倒す。翔鶴はそのまま床に倒れ込んでしまった。

「翔鶴さん!」

翔鶴が張り倒されると、艦娘達の中から黒い胸当を付けた白い道着に赤色のミニスカートのような袴をはいた黒髪の女性が慌てた様子で翔鶴に駆け寄った。正規空母である赤城型一番艦『赤城』だ。赤城は翔鶴の先輩で、翔鶴が配備されてからずっと面倒を見てきていた。
赤城は翔鶴に駆け寄ると、恨めしそうな眼で大車提督を睨みつける。それを見た大車提督が額に青筋を浮かべて言った。

「………いいだろう。貴様らは出撃せずに懲罰房にでも入っていろ!」
「………了解、しました。赤城、翔鶴両名共に懲罰房に入ります」

赤城が怒りを堪えた声でそう言う。そして翔鶴に肩を貸して立ち上がらせる。張り倒された翔鶴の頬は赤く腫れており、見るからに痛々しかった。

「赤城さん……」
「翔鶴姉……」

赤城と翔鶴が大広間を出ていこうとしたとき、加賀型一番艦の『加賀』と翔鶴型二番艦の『瑞鶴』が心配そうに声をかける。赤城と翔鶴は微笑みながらそれぞれ言った。

「大丈夫ですよ、加賀さん」
「瑞鶴、心配しなくても大丈夫よ」

赤城と翔鶴がそれぞれそう言って大広間から出ていく。赤城と翔鶴が大広間から出ていった後、大車提督が榛名達をぐるりと見回して言った。

「貴様らも懲罰房に入りたくなかったら、『災厄』を沈めることだな」

大車提督はそう言い残すと、すぐに大広間を出ていってしまった。その後ろを金剛がついていく。
二人が大広間から出ていった後、『災厄』こと防空棲姫と戦わなけれならないという恐怖に泣き崩れる艦娘が現れてきた。その中に夕立もいた。

「……夕立、まだ…沈みたくない……!」

夕立が恐怖に染まった表情で泣きじゃくりながら榛名にそう言ってくる。榛名は夕立を抱きしめて言った。

「大丈夫です。夕立ちゃんは絶対に沈めさせません。榛名が絶対に護ります」

榛名がそう言うと、夕立が榛名の身体に顔を埋めて嗚咽を漏らし始める。
そんな榛名達を含めた艦娘達の様子を見ていた大淀が悔しそうな表情を滲ませながら言った。

「……今から、奇襲作戦の概要をお伝えします」


………
……



深海棲艦への奇襲作戦が発令してから数時間後、榛名達は南方海域の海上にて、作戦目標である深海棲艦を発見、交戦していた。深海棲艦の中には撃沈対象となっている防空棲姫の他に『南方棲鬼』、『戦艦棲姫』と鬼・姫級が三体、その他にイロハ級もいた。
艦娘達が深海棲艦を発見したときは深海棲艦は艦娘達を迎撃するために準備の途中だったらしく、陣形をまだ組めていなかった。そのためかなりの数の深海棲艦を撃沈することができたが、加賀と瑞鶴、そして軽空母が放つ艦載機は全て防空棲姫によって撃墜されているため、制空権を確保することができずにいた。
また、防空棲姫以外にも南方棲鬼と戦艦棲姫がいるため、こちらの艦娘もかなりの数が中破や大破、そして轟沈させられていた。それでも、いつもに比べたら深海棲艦をかなり押すことができていた。

「加賀さん!艦載機が残り三本しかありません!」
「ウチらもや!艦載機が残り十枚くらいしかあらへん!」

艦載機を発艦させている瑞鶴と龍驤が焦ったように加賀にそう言う。それを聞いた加賀が艦載機を発艦させながら言った。

「艦載機を撃墜されないようにしながら防空棲姫を動かせないようにしなさい!アレが動けば私達が沈められるわよ!」
「無茶言うなぁ〜」

加賀の言葉に龍驤が苦笑いしながらそう言いつつも、残り少ない艦載機を発艦させる。瑞鶴も残り少ない艦載機を発艦させた。
そんな中、榛名は防空棲姫の様子がおかしいことに気がついた。先ほど五十鈴を殴り飛ばしてから別の艦娘に向かって高角砲を放っていたが、近づいてきた重巡ネ級が指差した方向を見て、突然慌てだした。そして南方棲鬼に一度近づき、ものすごい速度で離れ始めたのだ。それと同時に南方棲鬼や戦艦棲姫の砲撃が激しくなった。

(一体どうしたのでしょうか………?)

深海棲艦達の突然の行動が気になった榛名は、防空棲姫が向かっていた方向を見た。そして、信じられないものが眼に入った。

「……え……うそ………」

榛名は思わずそうつぶやいてしまった。榛名の眼に入ったのは、『民間人が乗った小型の船』だった。
榛名は慌てて旗艦である長門に伝えた。

「な、長門さん!防空棲姫が向かっている先に民間人が!」
「な、なんだと!?奴らめ、民間人を人質にする気か!」

長門がそう言ったが、榛名は防空棲姫が民間人を人質にするようには思えなかった。もし民間人を人質にするのなら防空棲姫だけではなく、南方棲鬼と戦艦棲姫も向かうはずである。しかし、南方棲鬼と戦艦棲姫は向かわずに砲撃を激しくしていた。それはまるで、防空棲姫が民間人のところに向かうのを邪魔させないような感じだった。
そして、防空棲姫は民間人を見つけた瞬間に突然慌てだした。いや、防空棲姫というよりも深海棲艦達と言った方が正しかった。

(……もしかして)

その時、榛名の頭にある可能性が浮かび上がった。それは本来ならありえない可能性だった。しかし、これ以外に納得できる答えが見つからない。
榛名は長門に言った。

「長門さん、もしかして防空棲姫は民間人を助けに向かったのではないでしょうか?」
「深海棲艦が民間人を助けるだと?そんなことがありえるのか?」
「……確証があるわけではありませんが、もし民間人を人質にするのでしたら全員で向かうはずです。ですが民間人のところには防空棲姫だけが向かっており、他の深海棲艦は防空棲姫の行動を邪魔されないようにしているように見えます。それらのことから、防空棲姫は民間人を助けようとしていると考えた方が自然かと」
「にわかに信じ難い話だが…………しかし、奴らが民間人を助けるというのなら我々が黙って見ているわけにはいかん。榛名、お前も民間人の救助に向かえ。奴らが本当に民間人を助けるというのなら、攻撃をしてこないはずだ」
「了解しました!」

長門にそう言われた榛名が民間人の救助に向かおうとしたとき、通信機から大車提督の声が聞こえてきた。

『おい榛名!勝手な行動をするな!今すぐ『災厄』を沈めろ!』
「だが今攻撃すれば民間人が乗っている船に命中するぞ!」
『黙れ!今が『災厄』を沈める好機なんだぞ!黙って俺の言うことを聞け!』
「榛名!命令を無視しても構わんから、民間人を救助するんだ!」

長門と大車提督がそれぞれそう言ってくる。本来なら迷うことなく民間人を助けることを選ぶのだが、ここに来て身体に染み込んでいた大車提督への恐怖が反応してしまったのか、一歩も動くことができなかった。

「榛名は……榛名は………!」

榛名は顔を青ざめさせ、身体を震わせていく。それでも長門と大車提督はお互いに一歩も譲らずに言い続けた。
しかし、大車提督が放った一言で全てが決まってしまった。

『早く攻撃しろ!『あの駆逐艦』がどうなってもいいというのか!』
「!」

大車提督の言葉を聞いた榛名はついに限界を迎えてしまう。
大車提督の言っていた『あの駆逐艦』とは、榛名がずっと面倒を見ていた夕立のことである。
榛名は別にどうなってしまおうとも構わない。しかし、夕立の身に何かあってしまったら榛名は耐えることができない。
民間人と夕立、二つに板挟みになってしまった榛名はパニックに陥ってしまった。

「や……やめてぇぇぇぇぇぇっ!!」

榛名はそう叫ぶと同時に間違って砲撃してしまう。

ーーーードォォォォォン!ーーーー

榛名の砲撃の内一発は防空棲姫の背中に命中し、防空棲姫が倒れ込む。しかしもう一発は防空棲姫から大きく外れてしまい、民間人が乗っている船へと飛んでいった。

(あ……だめ………)

榛名はそう思ったが、もう遅かった。

ーーーードガァァァァァァン!!ーーーー

砲弾が船に命中し、大爆発を起こす。そして水底へと沈んでいった。
榛名は無関係の人間を殺してしまったのだ。

「あ……あぁ………!」

その事実に榛名は眼を大きく見開き、声を震わせる。
すると、座り込んでいた防空棲姫がゆっくりと振り向く。そして榛名を見た瞬間、防空棲姫の表情が怒りに染まった。

「キ……キサマラァァァァァァァァッ!!」

防空棲姫が憤怒に満ちた声で叫ぶ。それを聞いた榛名の精神はついに限界を超えてしまった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

榛名は悲鳴をあげると、防空棲姫をはじめとした深海棲艦達に向かって砲撃する。榛名だけでなく、他の艦娘も防空棲姫の憤怒に満ちた叫び声に恐怖してしまったのか、一斉に砲撃する。

「よせ榛名!もうやめるんだ!」

長門にそう言われた榛名は砲撃をやめ、水面に座り込んでしまう。他の艦娘も砲撃するのをやめた。
榛名達の目の前では黒煙が広がっていたが、やがて黒煙が晴れてくると防空棲姫をはじめ、南方棲鬼や戦艦棲姫、他の深海棲艦の姿は何処にもなかった。おそらく榛名達の砲撃で全員撃沈したのだろう。
しかし榛名は茫然自失となっていたため、深海棲艦を気にする余裕などなかった。
そんな榛名に長門が肩を貸して立ち上がらせる。そして近くにいた夕立に言った。

「夕立、すまないが榛名に肩を貸してやってくれ」
「は、はい。…………榛名さん」

夕立が近づいてきて、榛名に肩を貸してくる。

「………これより鎮守府に帰投する」

長門の声とともに、榛名達は鎮守府へと帰投していった。


………
……



深海棲艦への奇襲作戦が終了してから数週間後、佐世保第十三鎮守府は防空棲姫を撃沈したということで大本営から表彰され、他の鎮守府からも一目置かれるようになった。
しかし、そのことで佐世保第十三鎮守府に所属する艦娘への負担はさらに大きくなった。
以前よりも大車提督は艦娘を酷使するようになり、今まで以上に轟沈する艦娘が増えた。また、多くの資材が支給されるようになったが、艦娘達にはほんのちょっとしか使用されず、そのほとんどが大車提督の懐に入っていった。さらに提督だけではなく、憲兵達の慰み者にまでされるようにまでなった。
しかし大車提督は報告書を全て捏造していたため、大本営には一切バレることがなかった。
そしてあの日から10年が経ち地獄のような日々が続く中、榛名はずっと自室に引きこもっていた。その原因は10年前の深海棲艦への奇襲作戦において、榛名は民間人の乗った船に誤射してしまい、民間人を殺してしまった。それ以来榛名はずっと自責の念に囚われ続けていた。夜に眠っている時も悪夢としてあの日の光景が蘇ってしまうのだ。
しかし大車提督はそのことで榛名の扱いを変えてくれるはずもなく、無理矢理出撃させて、失敗しては暴力を振るわれて懲罰房に入れられ、夜には夜伽の相手をさせられた。そのため、榛名の精神は限界を迎えていた。

「………」

榛名はベッドに腰掛け、死んだ魚のような暗く濁った眼で天井を見つめ続ける。しかし、その直後榛名の脳裏にあの日見た防空棲姫の憤怒の表情と叫び声が蘇った。

『キ……キサマラァァァァァァァァッ!!』
「!…もう……やめてぇ………!」

榛名は怯えた表情で両耳を塞ぎ、うずくまって身体を震わせる。そして震えた声でそうつぶやいた
もちろん、今のは全て幻覚である。そうしたところで何かが変わるわけではない。しかしこうしなければ、榛名の精神は崩壊しそうだった。

ーーーーコンコンーーーー

そのとき、扉がノックされる音が聞こえてきた。それと同時に榛名を苦しめていた幻覚が消える。榛名は顔を上げてゆっくりと立ち上がると、扉に近づいてそっと開けた。

「どちら様ですか………?」

榛名が扉を開けると、そこに立っていたのは特型駆逐艦の一番艦『吹雪』だった。かなり慌ててここに来たのか、顔には汗が浮かんでおり、息も切れ切れだった。

「吹雪さん、一体どうしたのですか?」
「は、榛名さん……!夕立ちゃんが………提督に呼ばれて………!」
「ッ!?」

吹雪の言葉を聞いた榛名に衝撃が走った。それと同時に、脇目も降らずに執務室へと向かって走り出す。

(夕立ちゃん………!)

もうすぐで執務室にたどり着こうとしたとき、誰かがこちらに向かってくる姿が見えた。

「………ッ!」

それは夕立だった。髪は乱れ、顔や腕、足など至る所に青痣が出来ており、死んだ魚のように濁った紅い瞳からは涙が流れていた。
そんな夕立の姿を見た榛名は全てを理解した。夕立は大車提督から暴力を受けていたのだ。それもかなり激しい暴力だ。
夕立はフラフラしながらこちらに向かって歩いてきていたが、途中で躓いて倒れそうになる。

「夕立ちゃん!」

榛名は夕立が倒れる前に抱き留める。榛名に抱き留められた瞬間、夕立が堰を切ったように泣き始めた。

「榛名、さん……!もう…夕立、ここにいるの…やだよぉ………!」

夕立が榛名の服を握り締め、泣きながらそう言ってくる。
夕立もまた榛名と同じように限界を迎えていたのだ。そのことに榛名は胸が張り裂けそうになった。それと同時に、榛名の中に一つの覚悟ができた。
榛名は泣き続ける夕立に言った。

「夕立ちゃん、榛名と一緒にここから逃げましょう」
「で、でも、そんなことしたら榛名さんも比叡さんみたいに………!」
「大丈夫です。夕立ちゃんは絶対に護ってみせます………榛名の命に変えてでも」

榛名は夕立にそう言った。榛名にとって今一番大切なのは夕立だ。夕立さえ無事ならば、それこそ榛名は沈んでも構わなかった。
そんな榛名の強い覚悟が伝わったのか、夕立が不安げな表情を浮かべながらも榛名に言ってきた。

「……夕立も、榛名さんを絶対に沈めさせない……っぽい!」
「夕立ちゃん………!」

夕立は普段は気弱ではあるが、しっかりと芯があるということはずっと面倒を見てきた榛名が一番知っている。夕立がそう言ったということは、夕立も榛名と共にここから逃げ出すことを決意したのだろう。
しかし、今すぐにここから逃げ出すわけにはいかない。まだ大車提督や大車提督の息がかかった憲兵達が起きているからだ。ここから逃げ出すのは提督や憲兵達、他の艦娘達が寝静まる真夜中がいいだろう。
榛名と夕立は真夜中になるまで、榛名の自室でおとなしくすることにした。
自室に戻ると、疲弊している夕立を回復させるために少しの時間だけ寝かせ、榛名はその間海図を広げて何処へ逃げるのか計画を立てていた。

(他の鎮守府に助けを求めるのがいいのでしょうが………)

榛名はそう考えたが、もしその鎮守府の提督があの男の仲間だったら間違いなく榛名と夕立は拘束されて引き渡されてしまうだろう。それを考えると、他の鎮守府に助けを求めるのは得策ではない。

(他にいい場所は………)

榛名がそう思いながら海図を見ていると、ある場所が目に留まった。
それは随分と前に放置された旧泊地だ。距離的にはそう遠くないし、資材なども僅かに残っている可能性がある。当分の間身を潜めるにはうってつけの場所だ。

(方角は大体把握することができました)

榛名はそう思うと、壁に掛けられている時計を見た。時刻は○一○○を示しており、すでに就寝時間を過ぎていた。榛名はそっと窓に近づき、外の様子を窺う。外は暗く、人がいる気配は感じられなかった。どうやらほとんど寝静まっているようだ。
榛名はベッドに横になって眠っている夕立に近づくと、そっと起こした。

「夕立ちゃん、起きてください」
「榛名…さん?」
「夕立ちゃん、そろそろここから逃げ出しますよ」
「!」

榛名がそう言うと、夕立が真剣な表情になって頷く。
榛名は部屋の電気を消すと、静かに扉を開ける。廊下人影は無く、人の気配も感じられない。榛名は夕立の手を引くと、音を立てないように気をつけながら歩き出し、艤装が保管されている工廠へと移動する。
榛名と夕立はそこでそれぞれ自分の艤装を装備した。海に出る以上、深海棲艦と戦闘を行う可能性もあるからだ。

(早くしないと………)

榛名がそう思っているとーーーー

「おい貴様ら!!そこで何をしている!!」

ーーーー突然男の怒号が飛んできた。榛名と夕立が驚いて声のした方を見ると、そこには懐中電灯を持った怒りの表情の憲兵がいた。

(見つかった!)

そう思うと同時に、榛名は艤装を装備した夕立の手を引いて、出撃ゲートから海へと飛び出す。そして全速力で移動を開始した。

ーーーーウウゥゥゥゥゥゥゥ!ーーーー

佐世保第十三鎮守府からサイレンの音が聞こえてくる。どうやら榛名と夕立が脱走したことが大車提督に伝わってしまったようだ。艦娘達に追いつかれるのも時間の問題だろう。

(なんとか振り切らないと………!)

榛名はそう思うと、手を引いている夕立に聞いた。

「夕立ちゃん、大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫……っぽい」

夕立が頷く。それを見た榛名は頷き、前に視線を向ける。その直後ーーーー

ーーーードォォォォォン!ーーーー

突然榛名と夕立の近くで巨大な水柱が立ち上がった。驚いた榛名が背後を振り返ると、そこには榛名達を追いかけてきた長門達の姿があった。全員艤装を装備し、探照灯を榛名達に向けて照らしている。

(追いつかれた………!)

榛名はそう思うと、怯えた表情になっている夕立を庇うように前に立ち、長門達と対峙する。長門達もすぐには主砲を撃とうとせずに、榛名と夕立の前で止まった。
榛名が目の前にいる長門達を警戒していると、長門が榛名と夕立に言った。

「………榛名、夕立。今すぐに鎮守府に戻るんだ。今ならまだ間に合う。だから戻ってこい」
「……長門さん、すみませんがその命令に従うことはできません。もう榛名も夕立ちゃんも限界なんです。これ以上あの場所にいるのは耐えれません」
「………そうか」

長門はそれだけつぶやくと、そっと目を閉じる。そして次に目を開いたとき、長門は深海棲艦を見る時と同じ鋭い目で榛名と夕立を見てきた。

「………これより、脱走兵を粛清する」

長門がそう言って、主砲を榛名と夕立に向ける。それと同時に、他の艦娘達も榛名と夕立にそれぞれ主砲を向けてきた。

「全主砲、斉射。……ってー!」

長門の声とともに、艦娘達が一斉に主砲を放ってくる。榛名ならギリギリ耐えきることができるかもしれないが、夕立は直撃してしまったら間違いなく轟沈してしまう。
榛名は夕立に命中しないように覆いかぶさるように抱く。その直後ーーーー

ーーーードガァァァァァァン!!ーーーー

凄まじい爆発が起き、榛名と夕立はそれに飲み込まれる。爆発による衝撃が榛名と夕立を襲い、全身に激痛が走る。そしてすぐに榛名と夕立は冷たい海の中へと沈んでいった。

(……ごめんなさい…皆さん………)

水底に沈んでいく中、榛名は自分が殺してしまった人達へ謝ると、榛名の意識は深い闇へと落ちていってしまったのだった。 
 

 
後書き
プロローグは今回で終わり、次回から本編に入っていきます。
それでは、ありがとうございました。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧