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艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

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第二話 傷ついた者達の日常

 
前書き
文章におかしな部分があるかもしれませんが、よろしくお願いします。 

 
佐世保第十三鎮守府から逃げ出してきた榛名と夕立が旧泊地に来てから次の日、凰香は榛名と目を覚ました夕立を連れて工廠へと向かっていた。

「お、凰香さん。その……どうしたの…ですか?」

榛名の手を握って歩いていた夕立がビクビクしながら聞いてきた。夕立もまた目を覚ました時に凰香がかつての奇襲作戦の唯一の生き残りであること、防空棲姫が凰香の身体に魂を宿させて生きていることを知った。それからというもの夕立は凰香と防空棲姫、さらには姉妹艦である時雨のことを怖がってしまっているのか、出会う度にビクビクしていた。
凰香は歩きながら言った。

「あなた達の艤装のことでちょっと話したいことがあるのよ」
「榛名達の艤装ですか?」
「ええ」

榛名の言葉にそう返すと、凰香は辿り着いた工廠の大扉を開いた。
ギィィィィィッ、と軋む音が響くと共に中から油の臭いが漂ってくる。凰香はその臭いを気にせずに工廠の中へと入っていく。その後ろを榛名と夕立がついてきた。
工廠の奥へと進んでいくと、奥に実体化した防空棲姫と黒いタンクトップにオレンジ色のオーバーオールを着た時雨が榛名の艤装を修理していた。

「防空姉、時雨。調子はどう?」
「……はっきり言って、あんまりよくないわね」

防空棲姫が珍しいことに、しかめっ面でそう言ってきた。そして榛名と夕立がいることに気がつくと、立ち上がって言った。

「……あなた達の艤装なんだけど、夕立ちゃんのは修理することができたわ。まあ、これは同じ白露型駆逐艦の時雨ちゃんの知識があったからこそ直すことができたんだけどね。………ただ、榛名の艤装はもう手の施しようがなかったわ」
「それって、どういう………」
「うん、君の艤装の生体認証装置が完全に壊れてしまっているんだ。でも、ここでは生体認証装置を修理することができない。だから君の艤装はもう使い物にならないんだ」
「そんな………」

時雨の話を聞いた榛名が衝撃を受ける。時雨が言った通り、榛名はこれから先戦うことができない。それはつまり、『艦娘として生きることができないこと』を意味していた。
だが、話はここで終わりではない。凰香は榛名に言った。

「榛名、あなたにはこの先二つの道があるわ」
「二つの道、ですか………?」
「ええ。一つは解体されて普通の人間として生きる。………もう一つは『第二次改装』を受けて、新たな力を得る」

一つ目の道は解体されて普通の人間になること。そうすれば榛名はこれから先深海棲艦と戦わなくてもよくなる。しかし、解体されるということは、艦娘だった頃の記憶も全て失うということだ。それはつまり、榛名にとって大切な人物である夕立の記憶も失ってしまう。
そしてもう一つは第二次改装、通称『改二』となって新たな力を得ること。これは榛名達が入渠している時にわかったことだが、榛名はすでに改二になることができるようになっていた。その理由はおそらく防空棲姫を轟沈寸前にまで追い込んだことによって練度が一気に上がったからだろう。
何にせよ、改二となれば艤装も新しいものへと変わる。そうすれば榛名はまた戦うことができるようになるのだ。
もちろん選ぶのは榛名であるため、凰香はどちらも強制するつもりは一切ない。
凰香は榛名に言った。

「あなたはどっちを選ぶ?」
「そんなの最初から決まっています。どうか、『第二次改装』を受けさせてください!」

榛名がそう言って、頭を下げる。まあ、榛名が改にになることを選ぶのはすでにわかりきっていたことなのだが。
凰香は念を押すように榛名に言った。

「……本当にいいの?改二になったらまた戦わないといけなくなるわよ?」
「……はい。でも、榛名は誓ったんです。絶対に夕立ちゃんを護ると」

榛名が真剣な表情で凰香にそう言ってきた。どうやら意志を曲げるつもりはないようだ。
凰香は頷くと防空棲姫に言った。

「防空姉、早速榛名に第二次改装を受けさせてあげて」
「わかったわ。じゃあ榛名、ちょっとついてきて」
「はい」

防空棲姫に手招きされた榛名が、防空棲姫のあとに続いて工廠の奥へと進んでいく。二人の姿が見えなくなると、凰香は時雨と夕立に言った。

「……じゃあ榛名の第二次改装が終わるまで、私達は食堂で待っていましょう」
「うん、そうだね」
「は、はい」

凰香の言葉に時雨と夕立が頷く。
凰香は時雨と夕立を連れて食堂へと向かうために工廠を後にした。


………
……



工廠から食堂へ移動した凰香は、時雨と共に早速全員分の朝食を作り始めた。
凰香は鮭の切り身を焼きながらほうれん草の卵とじを、時雨はワカメと豆腐の味噌汁を作る。夕立はまだ修復したばかりなので、席に着かせて待機させていた。

「お待たせー」

凰香と時雨が黙々と朝食を作っていると、食堂に幽体となった防空棲姫が入ってきた。余談だが、榛名と夕立も幽体時の防空棲姫の姿を見ることができるようになった。防空棲姫曰く、「波長が合えば誰でも私を見ることができるみたいよ」とのことである。

「あ、防空棲姫さん」

夕立が防空棲姫の姿を見て立ち上がる。防空棲姫はフヨフヨと宙を浮きながら夕立に近づいて言った。

「夕立ちゃん、榛名の第二次改装は無事に終わったわよ」
「ほ、ほんとですか?!」
「ええ。………榛名、入ってきなさい」
「はい」

防空棲姫が呼ぶと、食堂の入口から榛名の声が聞こえてくる。凰香が厨房のカウンター越しに食堂の入口の方を見ると、第二次改装された『榛名改二』が入ってきた。
全体的にはあまり変化が見られないものの、前に比べさらに灰色がかった髪や金一色となったカチューシャなど一部が変わっていた。
凰香は改二となった榛名を見て言った。

「調子はどう?」
「はい。ちょっと重い感じもしますけれど、でもこれでもっと夕立ちゃんを護ることができます!」
「そう。………まあここでは任務も何も無いから、気ままに生活すればいいから」

凰香はそう言うと、焼いた鮭の切り身とほうれん草の卵とじをそれぞれ器によそって机に運ぶ。時雨も同じようにワカメの味噌汁を人数分よそって机に運んだ。さらに防空棲姫が実体化してごはんを人数分よそって運ぶ。

「あの、凰香さん。これは一体………?」

凰香達が朝食を運んでいると、榛名が不思議そうに首を傾げて聞いてきた。それを聞いた時雨が言った。

「何って、朝食だけど」
「『補給』ではなくて……?」
「君は何を言っているんだい?食事と補給は別だよ」

時雨がわけがわからないといった表情でそう答える。しかし、凰香は今の榛名の言葉を聞いて『ある可能性』が浮かび上がった。防空棲姫も同じだったらしく、小声で凰香に言ってきた。

「……凰香、彼女達って」
「うん、今私も同じことを思ってた」

凰香はそう答えると、榛名と夕立に聞いた。

「………榛名、夕立。あなた達は以前何を食べていたの?」
「あ、えっと………」
「大丈夫、怒ったりはしないから」

凰香は安心させるように言った。だが夕立は鎮守府にいた頃を思い出したらしく、顔を青ざめさせて身体を震わせる。榛名も夕立と同じだが、凰香の問いに答えてくれた。

「……榛名達が食べていたのは、主に弾薬や燃料といった資材です」
「……どういうことか説明してくれる?」

凰香は榛名に言った。この質問は榛名と夕立のトラウマを掘り返すものである。しかし、なぜ榛名と夕立が『食事』を知らないのかがわからなければ、凰香は手を打つことができないのだ。とはいえ、無理に話してもらおうとも思ってはいない。

「話したくないのなら、無理に話さなくてもいいわ」
「……いえ、榛名は大丈夫です。ですので、お話させてください」

凰香はそう言ったが榛名が首を横に振ってそう返し、深呼吸して話し始めた。

「……榛名があの鎮守府に来た時には、すでにその『食事』というものがありませんでした。無いというよりも、『禁止されていた』と言った方がいいかもしれません」
「『禁止されていた』?」
「はい。それを言われたのが……確か鎮守府に着任した時に、執務室であの男に言われました」
「……詳しく聞かせてもらえるかしら?」

防空棲姫が話の先を促す。榛名が頷いて、そのことを詳しく話し始めた。

「はい。最初は歓迎するみたいなことを言われて、その後は鎮守府の説明と担当する任務の大まかな内容を教えられました。……その鎮守府の説明の中に『補給』以外の食事を禁止することを言われました。私達艦娘も身体の構造は基本的に人間と同じですから食事も必要なので、食事の禁止についての理由を聞いたんです。そしたらあの男は高笑いしながら答えました。それが………」

榛名がそこまで言って、言葉を切った。その表情はかなりの嫌悪感に満ちていた。おそらく、それだけ嫌な言葉だったのだろう。
榛名は目を閉じて1、2回深呼吸してその嫌悪感を沈める。そして目を開いて凰香達を真っ直ぐに見据えて言った。

「……『兵器が『生きる』必要はない。ただ俺の命令に従って『動けば』いい。兵器は生きているのではない。ただ『動いている』。何の感情も思考も持たず、ただ敵である深海棲艦を撃滅する兵器。『使い手』である俺の命令を忠実に守り、棄てると言われればその場で果てる、ただそれだけの存在。
「『そして、艦娘は資材を食べれば生きれる………いや、それを『生きられる』なんて言えるのだろうか?燃料や弾薬だけを補給すれば『動ける』のだ。致命傷を負おうが、手足が吹き飛ぼうが、入渠してしまえば以前と変わりなく『動ける』のだ。そんなお前達が『生きている』と言えるのか?
「『ただの『兵器』が軽々しく『生きる』という言葉を使うな。
「『故に、資材の食事の一切を禁止する』………というものでした」

そう言った榛名の表情は今にも泣き出しそうだった。
それを見た時雨が珍しく表情に激しい嫌悪感を満ちさせ、忌々しそうに言った。

「………反吐が出るね」
「………そうね。こればかりはいくら私でも許し難いわ」

時雨の言葉に防空棲姫が同意する。艦娘の敵である深海棲艦の彼女でも、その提督の言葉は到底許すことのできないものだったのだろう。
凰香は榛名に言った。

「……じゃあ、榛名よりも後に入った艦娘は全員食事を知らないのね?」
「……はい。榛名よりも前にいる艦娘はわかりませんが、榛名よりも後に入った艦娘は全員食事を知らないと思います」

榛名が頷く。
榛名と夕立が食事を知らない原因は、提督が艦娘達を『兵器』として扱っていたからだ。ただ己の命令に忠実に動くもの、棄てても代えの効く代用品。提督は艦娘の意志や人格など全てを否定し、ただ戦うだけの『兵器』として扱っていたのだ。その言葉は今も榛名と夕立の『枷』となっている。
そのことを知った凰香の頭の中で何かがキレる。その瞬間、凰香の頭に二本の角が生え、眼が赤く染まる。
凰香は無意識に怒り、少しだけ防空棲姫と化していた。

「……ふざけナイでよ。艦娘を何ダと思ッテいるノ?」

凰香はそうつぶやく。もしここにその提督がいたら、凰香は躊躇することなく八つ裂きにしているだろう。
すると、防空棲姫が凰香に言った。

「………落ち着きなさい凰香。今ここでその姿になっても仕方ないでしょ?」
「………ごめん、防空姉。少し抑えられなかった」

凰香は深呼吸して気分を落ち着かせてから防空棲姫にそう言う。それと同時に凰香の頭に生えていた角が消え、眼も元の黒色に戻る。
それを見た時雨が言った。

「無理ないよ。僕ですら反吐が出るんだ。君が怒るのも仕方ないよ」
「………そうかもね」

時雨の言葉に凰香はそう返す。凰香には自覚はないが、おそらく自分は怒っているのだろう。
とはいえ、今はそんなことを気にしていても仕方がない。それよりも今はやらなければならないことがある。
凰香は早速それを実行するために、榛名と夕立に言った。

「……榛名、夕立。あなた達は自分のことをどう思っているの?」
「どう、と言われましても………榛名達の役目は深海棲艦から制海権を取り戻すことで………」
「……なるほど。じゃあ聞くけど………『なんであの鎮守府から逃げたの』?」
「!?そ、それは………!」
「あそこにいるのが嫌だったから逃げたんでしょう?深海棲艦と戦う兵器であるにもかかわらず」

凰香は容赦することなくそう言う。だが事実であるために榛名は何も言い返すことができず、どんどん悲しげな表情になっていった。
すると、夕立が怒りの表情で凰香に言った。

「…凰香さんは……凰香さんは夕立達に兵器として戦えって言うんですか!夕立も、榛名さんももう戦いたくないのに!死にたくないのに!」
「……夕立ちゃん、榛名は大丈夫ですから……それ以上はいいです」

夕立が凰香に怒りをぶつけていると、榛名が悲しげな笑みを浮かべながら夕立に言う。榛名にそう言われた夕立は怒りの表情から一転し、悲しげな表情で榛名の方を向いた。

「榛名さん………」
「夕立ちゃん、やはり榛名達は戦いから逃げることができないんです………どう足掻いても、榛名達は兵器であるという事実は変わることはないんです………」

榛名が夕立にそう言うと、凰香達の方を向いて頭を下げて言った。

「……申し訳ございませんでした。これからは凰香様の意志のままに動きます。凰香様が『敵を殲滅しろ』と仰るのなら、榛名は全ての敵を殲滅するまで戦い続けます。凰香様が『死ね』と仰るのなら、榛名は喜んで命を投げ捨てます。ですので、どうかこの榛名に命令を与えてください」

榛名が頭を下げて凰香に命令いれを請う。その姿はまるで『兵器』そのものだ。いや、榛名達からすればこの姿は当然なのだろう。その榛名のそばにいる夕立は怒りや恨みの籠った眼で凰香を睨んできていた。
しかし、凰香のやろうとしていることはまだ達成できていない。
凰香はため息を吐いて言った。

「………ハア。榛名、それに夕立。いつ私が『お前達は兵器だ』なんて言ったの?」
「え………?」
「だ、だって凰香さんは夕立達に『戦いから逃げちゃいけない』って………」
「私は一言もそんなこと言ってないわよ。……それにあなた達は『兵器なんかじゃないわ』」
「どういうことですか………?」

凰香の言葉に榛名がわけがわからないといった表情で聞いてくる。夕立もまた不安げな表情で凰香を見てくる。
凰香は榛名と夕立を見ながら言った。

「どういうことも何も、自分で言ったじゃない。『死にたくない』って」
「確かに言ったけど…それが何だって言うんですか……?」
「……確か兵器は『意志』を持たないんだったわよね?でも、あなた達は死にたくないからあそこから逃げた。それはすなわち『生きたい』という意志があった」

凰香はそこまで言うと、少し間を空けてから口を開いた。

「………あなた達は動いているんじゃない。最初から『生きている』のよ」
「「!!」」

凰香の言葉を聞いた榛名と夕立が眼を大きく見開く。
凰香のやるべきこと………それは二人を『兵器という名の枷』から解放することだった。
二人はあの鎮守府の提督に『兵器』として扱われ、それ以外の全てを否定されてきた。二人は無意識に『自分達は兵器だ』と思い込んでしまっていたのだろう。
なら、どうやって二人に『自分達は兵器ではない』と認識させるか?
それは二人が『自分達は生きている』ということをわからせればいい。そのために、凰香はわざと榛名と夕立にあのようなことを言ったのだ。とはいえあの鎮守府から逃げた時点で、二人には『生きたい』という意志があった。二人はそれを認識できていなかっただけである。凰香はそれを認識するのを少し手伝っただけに過ぎない。
すると、榛名が凰香に聞いてきた。

「……ほ…ほんとうに、榛名達は……生きていいんですか………?」
「さっきも言ったでしょ。あなた達は『生きてる』って」

凰香はそう言うと、榛名が床に座り込んで涙を流し始める。夕立も同じように口元を手で押さえながら涙を流し始める。
凰香は榛名と夕立に近づくと、二人を抱き締めて言った。

「他の誰が何と言おうと、あなた達は生きている。その事実は誰も否定することはできない。だから、これからは胸を張って言いなさい。『私は生きている』んだと」

凰香がそう言うと、榛名と夕立がそれぞれ凰香の身体に抱きついて泣き出す。凰香はしばらく何も言わずに二人の頭を撫でる。
すると、防空棲姫が言った。

「……さあ、温かいうちに食べないと美味しいごはんが不味くなっちゃうわ」
「そうだね」

防空棲姫の言葉に時雨が頷く。そしてそれぞれ自分の席に着いた。
凰香は二人の頭から手を離して言った。

「……さて二人もああ言ってるし、そろそろ朝ごはんを食べよう?」
「「は、はい!」」

凰香がそう言うと、榛名と夕立が笑顔で頷く。
凰香は二人を席に着かせると、自分も席に着いた。全員が席に着いたのを確認すると、凰香は両手を合わせる。それに次いで防空棲姫と時雨、さらに榛名と夕立も両手を合わせる。

「いただきます」
「「「「いただきます」」」」

凰香達はそう言って、朝ごはんを食べ始めたのだった。


………
……



初めて朝ごはんを食べた後、夕立は一人で旧泊地のある無人島を探索していた。旧泊地は建物自体は古いもののあの鎮守府にいた頃に比べればずっと居心地がよく、周囲は木々に囲まれて自然が豊かであった。
しかし時間が経つのは意外と早く、夕立が旧泊地を探索し終えた頃には日が沈み始めていた。

(もう夕方………)


夕立はそう思いながら、夕焼けの空を見つめる。すると、背後から突然声をかけられた。

「夕立」

夕立が後ろを振り向くと、そこに白露型駆逐艦二番艦の時雨が立っていた。
時雨の姿を見た瞬間、夕立の身体に緊張が走った。

「時雨…さん」
「別に僕に敬語なんて使わなくていいよ。一応姉妹艦なんだから」
「は、はあ………」

時雨が笑いながらそう言ってくるが、夕立はどうしても敬語を使ってしまった。
その理由は簡単、この時雨はあの鎮守府にいた時雨とは違うからだ。あの鎮守府にいた時雨は改二前でこの時雨は改二であるのもそうだが、それでも根本的に違うように感じられる。何がと聞かれると上手く答えられないのだが、夕立の本能が『この時雨は怒らせてはいけない』と警告しているのだ。
また、この時雨が付けている髪飾りも他の時雨とは違っていた。他の時雨が付けている髪飾りは赤い玉に金色の装飾が施されたものだが、この時雨が付けているのは黒い玉に銀色の装飾が施された髪飾りだ。一見すると綺麗に見えるのだが、何処か禍々しい雰囲気を醸し出していた。
夕立が緊張していると、時雨が言った。

「夜ごはんはまだ時間がかかるから、先にお風呂に入っておいで。場所はわかるかい?」
「は、はい」
「ならよかった。じゃあ、ゆっくりしておいで」

時雨はそう言うと、建物の方へと歩き去っていく。時雨の姿が見えなくなると、夕立は深いため息を吐いた。

「はぁ〜………時雨、怖かった……ぽい」

夕立はそうつぶやくと、時雨に言われた通り先に風呂に入るために建物の方へと歩いていく。
夕立はまだ入ったことがないがここの旧泊地は入渠ドックと風呂は別々に造られており、風呂は露天風呂というもののようになっているらしい。
夕立は建物内に入ると、そのまま廊下を歩いていく。すると、温泉マークの描かれた暖簾がかけられた入口が見えた。夕立は風呂場に入ると、脱衣所で服を脱ぐ。
すると、棚の一つに黒いコートがかけられていることに気がついた。

(凰香さんも中にいるのかな?)

夕立はそう思いながら、服を脱いで棚に置いてある籠の中に入れる。そしてバスタオルを身体に巻くと、扉を開けて浴場に入った。

「うわぁ………!」

夕立の目に飛び込んできたのは、温水が張られた岩や石で造られた巨大な風呂に周囲に生えた草木、星が輝く夜空など初めて見る光景だった。どうやらこれが露天風呂というものらしい。
そしてその奥にあるシャワー場に、腰辺りまである黒髪の少女が、椅子に腰掛けて身体を洗っていた。

「お…凰香さん」
「……夕立か」

夕立が声をかけると、身体を洗っていた凰香が振り向く。凰香の身体は痩せ気味なのか少し細く、胸も夕立よりも小さいが全体的にスタイルが良かった。だが、夕立の目は凰香の異形の右腕しか見えていなかった。
凰香の右の二の腕から肩にかけて火傷のような傷があり、二の腕から先は黒く染まり、鋭い鉤爪に覆われ、赤いオーラを纏った異形の腕となっていた。

「……これが気になる?」

夕立が凰香の右腕を見つめていると、凰香が右腕をヒラヒラと振りながらそう言ってきた。
夕立は慌てて首を横に振りながら言った。

「い、いえ!そういうわけではーーーー」
「いいのよ、別に。興味が湧いたりするのは当たり前なことだから。………それよりもそんなところに立ってないで、こっちに来たら?」
「……ぽ、ぽい………」

凰香にそう言われ、素直に凰香の元に移動する。すると凰香が夕立を椅子に座らせ、夕立の頭からシャワーを浴びせてきた。
シャワーからでるお湯は熱すぎなければぬるすぎでもなくてちょうど良く、水圧も強すぎでもなければ弱すぎでもなくて、こちらもちょうど良かった。
夕立がお湯が目に入らないように閉じていると、頭に当たっていたシャワーが止まり、今度は凰香の手が夕立の頭に触れた。

「……ッ!」

夕立はビクリとしてしまうが、凰香は気にすることなく夕立の頭を洗い続ける。
夕立の頭を洗う凰香の手はとても上手で、頭を洗われていた夕立は今までに感じたことのないほど心地が良かった。
すると夕立の頭を洗っていた凰香の手が離れ、また頭にシャワーが当たり始める。

「……もういいわよ」

しばらくするとシャワーが止まり、凰香がそう言ってくる。夕立は頭を振るって水滴を飛ばすと、ゆっくりと目を開いた。
先ほどまで夕立の頭を洗っていた凰香はすでに風呂に入っていた。
夕立は風呂に近づくと、おそるおそる風呂に入っていく。

「はぁぁぁぁぁ……」

全身がお湯に浸かると、夕立はあまりの気持ち良さに声を漏らしてしまった。すると、凰香が夕立に言った。

「気持ち良い?」
「はい、とても」

凰香の問いに夕立は頷く。今まではただ傷を治すためだけに入渠し、入渠が終わればすぐに出撃し、また入渠するという繰り返し続けていた。そのため、夕立は風呂に入ることが気持ち良いということを知らなかった。そもそも夕立達は元提督に『兵器』として扱われていたため、風呂に入るという行為自体を知らなかった。
だが、こうして今夕立は風呂に入ることが気持ち良いということを知った。そのため、夕立は改めて『自分は生きている』と実感していた。
すると、凰香が言った。

「そう、良かった。好きなだけゆっくりしていくといいわ」
「はい!」

凰香の言葉に夕立は頷く。そしてしばらく露天風呂を楽しんでいたが、不意に凰香の右腕に視線が向く。
可愛らしい少女に全く似つかわしくない、禍々しい深海棲艦の右腕。にもかかわらず、凰香はそのことを全く気にしている様子はなかった。なぜ右腕をあのような籠手で覆っているのかはわからないが。

「……この腕が気になるのね?」

夕立が凰香の右腕を見つめていると、凰香が右腕をお湯から出してそう言ってくる。夕立は意を決めて凰香に聞いた。

「……あの、凰香さんは良かったんですか?その腕になって……」
「そこまで気にしてないかな。私の意志で選んだわけじゃないから後悔のしようがないし、この腕は防空姉が私を助けてくれた証拠だから。………強いて言うなら、この腕は力が強すぎてね。この腕になったばかりの頃はよくいろんなものを壊していたわ。今は制御できるけどね」
「……触ってみてもいいですか?」
「いくらでもどうぞ」

そう言って、凰香が右腕を差し出してくる。夕立は両手でそっと凰香の右腕に触れた。感触は腕の方は夕立とほとんど変わらず柔らかく、鉤爪は固かった。

「感触はどう?」
「えっと、夕立達とほとんど変わらないです………ぽい」

凰香の問いに夕立はそう答えながら凰香の右腕から手を離す。夕立の手が離れると、凰香の右腕は風呂の中へと沈んでいった。
しばらく二人の間に沈黙が流れるが、不意に凰香が言った。

「………夕立。この際はっきりさせておくけど、私はあなた達を許したわけじゃないから」
「………はい………」
「でも勘違いしないで。あなた達はもう防空姉と時雨と同じ『家族』よ。だから、私はあなた達をずっと護り続けるから」
「!…あ…ありがとう……ございます………!」

凰香の言葉を聞いた夕立は、涙を流す。
今までこのような言葉を言ってくれたのは、ずっと自分の面倒を見てきてくれた榛名だけだ。それ以外の艦娘は誰も言ってくれず、提督や憲兵に至っては自分を『兵器』扱いしていた。
だが凰香は家族や友人の仇であるはずの夕立達を助けてくれたどころか、『家族』と言ってくれた。その言葉は傷つき、疲弊しきっていた夕立の心を癒してくれた。
すると不意に凰香が立ち上がり、夕立に近づいてくる。そして夕立を優しく抱きしめてくれた。夕立の肌に凰香の肌が直接触れ、凰香の温かさが伝わってくる。
夕立は耐えきることができずに、凰香の身体に顔を埋めて嗚咽を漏らし始める。そんな夕立を凰香は何も言わずに抱きしめながら右腕で頭を撫でてくれた。

(……夕立も、これからは絶対に凰香さん達を護る……ぽい!)

夕立は嗚咽を漏らしながらそう思う。それは夕立が初めて抱いた『決意』だった。


………
……



「……今日は疲れましたね」

星々が光り輝く夜、入浴を終え襦袢に着替えた榛名は自室へと向かっていた。
榛名は今日一日防空棲姫や時雨から多くのことを教えてもらった。料理の作り方や掃除の方法、さらには海にいる魚を捕まえる仕掛けの設置や回収、畑の野菜の世話など多くのことを教えてもらった。
どれも艦娘にとっては無関係のものだが、榛名にとってはどれも新鮮で改めて『自分は生きている』ということを実感した。
夕立も今日一日は旧泊地を探検しており、その表情はあの鎮守府にいた時よりも明るく、生き生きとしていた。
そんな初めての一日が終わり明日のために寝ようと自室に戻っている途中、榛名の目に屋上へと繋がる階段が入った。

(……うーん、ちょっと熱を冷ましてから部屋に戻りましょうか)

榛名はそう思うと、屋上へと繋がる階段を上った。そして扉を開き、屋上へと出た。

「……あら、誰かと思えば榛名じゃない」

榛名が屋上に出ると、先にいたであろう実体化した防空棲姫がフェンスにもたれながらタバコを吸っていた。

「あ、防空棲姫さん。タバコをお吸いなんですか?」
「ええ、寝る前に一服ね」

防空棲姫がそう言ってタバコを吸い、上を向いて紫煙を吐き出した。その防空棲姫の姿に、榛名は見惚れてしまう。
すると榛名の視線に気づいたのか、防空棲姫がタバコの箱を差し出してきた。

「あなたも一服する?」
「い、いえ。榛名はその……タバコは………」
「あらそう。……まあ無理にやらなくてもいいけどね」

そう言って防空棲姫はタバコの箱をしまう。榛名は防空棲姫の隣に立つと、夜空を見上げた。

「………夜空が綺麗ですね」
「そうね。私も夜空を見てそう思うようになったわ」

榛名がそう言うと、防空棲姫も同じように夜空を見上げながらそう言った。
しばらくお互いに黙っていたが、榛名は前から気になっていた疑問を防空棲姫に聞いた。

「………あの、防空棲姫さん。聞きたいことがあるのですが」
「何かしら?」
「どうして防空棲姫さんは凰香さんを助けたのですか?………その、深海棲艦であるにもかかわらず」

これが榛名が前から気になっていた疑問だ。
防空棲姫は深海棲艦であり、黒夢凰香は人間である。本来なら防空棲姫にとって凰香は敵であるはずなのだ。にもかかわらず、あの日防空棲姫は凰香を助けた。そのことを榛名はずっと疑問に思っていたのだ。
もちろんこのことを聞くことが失礼なことであるのはわかっている。それでも榛名は聞かずにはいられなかった。
すると、防空棲姫がタバコを吸って紫煙を吐いてから言った。


「……あの子が恩人だからよ」
「恩人、ですか?」
「ええ。私、というよりも私達のね。あなたも知っているでしょ?私達が特定のコミュニティを形成することを」
「はい」
「私の入っているコミュニティも最初は他の深海棲艦のコミュニティと同様艦娘と戦い、海域を制圧していたわ。目の前にあるものをただ沈めることだけを考えていた。………でもある時、私は『あの子』と出会った」
「『あの子』とは、凰香さんのことですか?」
「ええ、そうよ」

防空棲姫が苦笑いしながらそう言う。
榛名は防空棲姫に聞いた。

「どんな出会いだったのですか?」
「出会いと言っても、私はただ海から見ていただけよ。凰香が海に向かって花束を流すところをね」
「凰香さんが海に向かって花束を?」
「ええ。最初は私は彼女が何をしているのか全く理解できなかった。私だけじゃなく、南方棲鬼や戦艦棲姫、ヲ級やネ級も彼女が何をしているのか全く理解できず、私と一緒に彼女の行動をずっと見ていたわ。
「凰香が持ってくるものは色々あったわ。花束が多かったけど、花束以外にも食べ物や髪飾り、さらにはぬいぐるみなどいろんなものを流してきたわ。
「………でも、一つだけ共通することがあったのよ」
「共通すること、ですか?」

榛名は首を傾げた。すると、防空棲姫が言った。

「持ってきたものを流した後に、必ず手を合わせるのよ。
「私達はその日から彼女の行動に興味を持ってね。ずっと彼女の行動を観察し続けたわ。
「それで彼女の行動を観察し続けているうちに気づいたのよ」
「……凰香さんはなぜ花束などを海に流していたのですか?」

榛名は防空棲姫に聞いた。
防空棲姫は榛名の問いに答えた。

「……凰香はね、私達に『お祈り』していたのよ」
「お祈り、ですか?」
「ええ。あなた達も知っている通り、私達深海棲艦はかつて沈んだ艦船の怨念が具現化したものだとか、資源を乱用する人類への罰だとか、轟沈した艦娘の成れの果てだとか言われているわ。まあ、私自身自分達の正体が何なのかわからないんだけどね。で話を戻すけど、人類は私達を『恐怖』としか見ていない。……でも凰香だけは違った。
「……あの子はね、私達のことを『悲しい存在』と認識していたのよ」
「『悲しい存在』……?」

防空棲姫が言った言葉を榛名は口に出す。なぜ凰香が防空棲姫達を『悲しい存在』と認識したのかわからなかったからだ。
すると防空棲姫が言った。

「あの子は私達が目の前にあるものをただ沈めるという行動に、『悲しみ』を感じたのでしょうね。それであの子は私達に『安らかになってほしい』という想いで私達に祈っていたのよ。4、5歳の子供がね。
「それを理解した瞬間、私達の中に『心』が生まれたわ。それと同時に私達は誓ったのよ。『何があってもあの子だけは絶対に護る』ってね」

防空棲姫がそう言って締めくくる。
榛名はあの日なぜ防空棲姫達が凰香を助けようとしたのかがやっとわかった。
防空棲姫達にとって凰香は『心』を与えてくれた恩人だ。その恩人である凰香を戦いに巻き込まないようにするために防空棲姫達は凰香を助けようとしたのだ。だが榛名は己の恐怖に負け、凰香に深い傷を負わせてしまった。

(ああ、榛名はなんて愚かなことをしてしまったのでしょう………)

榛名はそう思うと、防空棲姫に言った。

「……防空棲姫さん、あの時は本当にすみませんでした」
「もういいわよ。昔の出来事だからね。………ただ、一つだけ約束してくれないかしら?」
「約束、ですか?」
「ええ。『もう二度とあのような悲劇を起こさない』って」

防空棲姫が真剣な表情でそう言ってくる。
あのような悲劇を起こさない………それは凰香と同じ境遇の人物を生み出さないようにするということだ。そして、それが榛名の罪の償いでもある。
榛名は頷いて言った。

「はい!もう絶対に誰も傷つかないように、榛名が護ってみせます!」
「ありがとう、榛名。………じゃあもう遅いから、榛名もそろそろ寝なさいな」
「わかりました。では防空棲姫さん、おやすみなさい」
「おやすみ」

榛名の言葉に防空棲姫がそう言葉を返すと、防空棲姫の身体が青い光に包まれて幽体化する。そして床をすり抜けて姿を消した。
一人残された榛名も、自室へと戻るために扉へ向かって歩く。

(夕立ちゃんも、時雨さんも、防空棲姫さんも、そして凰香さんも榛名が絶対に護ってみせます!)

榛名は最後にそう覚悟を決めると、扉を開けて屋上から出たのだった。 
 

 
後書き
それでは、ありがとうございました。 
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