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提督はBarにいる。

作者:ごません
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提督VS木曾

 先に仕掛けたのは木曾。力量差は歴然……ならば先手必勝とばかりに2m程あった間合いを一気に詰め、上段から唐竹割りにせんと打ち込んだ。

「おぉ、中々早い踏み込みだ。よく鍛えてやがる」

 しかしやはりというか、提督は木曾の一撃を難無く受け止めた。しかも、片手で。そのままギリギリと耳障りな音を立てて鍔迫り合いに移行するが、それ以上押し込む事が出来ない木曾。解っていた事だが、艦娘の自分が押し負ける。頭では理解できても信じたくはない現実だった。瞬間、腹部に大砲でもぶち込まれたかのような衝撃が走る。その衝撃で後退りさせられながら見ると、木曾が立っていた辺りに突き出されていたのは提督の左膝。鍔迫り合いの最中、意識を手元に集中させておいて膝蹴りを水月(みぞおち)目掛けて打ち込んで来たのだ。息は詰まっているが、ゲロを吐く程ではない。朝飯を食っておかなくてよかった……と少しばかりホッとする木曾。もし食べていたらどこかのイタリア重巡宜しくゲロまみれになっていただろう。

「おいおい、お綺麗な剣道やってるワケじゃ無いんだぞ?手元だけ見てたらそりゃ不意打ちして下さいってなモンだ」

 筆者は以前、『剣道』と『剣術』は一体何が違うのかと剣術道場の主をしている知人に尋ねた事がある。齢70も近いその知人は、

「剣道はボクシング、剣術は総合格闘技と言えばイメージできるかな?」

 と答えてくれた。その人曰く、剣道はスポーツとして成立させる為に明確なルールがあり、反則がある。対して剣術は剣道では反則となる下半身への打撃、剣を絡めての投げ技に関節技等々、より実戦的な戦術も反則ではないという。ましてや命の関わる戦場に反則など存在せず、『いかに相手を簡単に仕留める反則が使えるか』が戦場での強さだと極論的には言える。

「剣での死合い中に蹴り入れる……まさか卑怯とは言うまいなぁ?」

 提督は片膝を着いた木曾を見下ろし、ニヤリと不敵に嗤う。

「当たり前だろっ!」

 そう叫んだ木曾は再び、提督に襲いかかった。




「あぁそうだ、ついでに新入り共にレクチャーしてやる」

 木曾の連続攻撃を往なし、躱し、弾きながらのんびりとした声で語る提督。その声色はまるで真剣同士で斬り結んでいるような感じではなく、ビデオでも見ながらその映像に解説を入れているような感じだ。

「接近戦……特にタイマンの時にゃあ相手の動きを”見る“事が重要だ」

 木曾の振り下ろした軍刀を半身で躱し、上から踏みつけて床に押さえ付ける。

「しかし、ただ観察すりゃあ良いってモンじゃねぇ。ボヘッと見てるだけじゃあ突如動かれると反応出来ねぇからな」

 木曾は必死になって提督の足の下から軍刀を引き抜こうとするが、ビクともしない。

「葉に捉われては木が見えず、樹に捉われては森が見えん。何かにとらわれる事なく、全体を見る……これが極意だ」

 提督の例え話は解り難い所があるが、実はこれは最新の科学でも実証されたモノであるのだ。目の前で素早く動く物を目で捉えようとして追うと、動体視力が物体のスピードに追い付けずに見失ってしまう。しかし、全体をぼやっと1つの画像であるように捉えると、動き出した物体の軌跡を目で追う事が出来るというのだ。これはスポーツの世界でも常々言われている事であり、剣道では『遠山の目付け』という教えがある。剣先に視線を集中させず、遠くの山を見るようにぼやっと全体像を見る事で、相手の動きを目で追って反応出来るらしい。これは科学的にいう所の『周辺視』という物で、気になる人は調べてみると中々興味深い。反応速度で劣るであろう提督が艦娘達を圧倒している理由の1つである。周辺視で動きを捉えてそれに対応しているのだ。




 振り下ろし、突きを放ち、横薙ぎに払う。流れるようなコンビネーションで連続した攻撃を放つ木曾。その動きに淀みは無く、だが提督はひょいひょいと踊るように躱していく。逆に提督は最初の鍔迫り合い以後刀を鞘に納め、さながら木刀のように木曾の身体を打ってくる。手抜きなのかそれとも何かの策なのか、大したダメージは無いがほぼ全てが被弾する。何度かは偶然軍刀を構えていた位置が良くて弾く事が出来たが、此方の攻撃が当たらず彼方の攻撃が当たるという状況は体力的にも精神的にも焦れてくる。

「クソッ!」

 何度目かの袈裟懸けを躱され、木曾が悪態を吐く。

「どうした、そろそろ諦めるか?」

 提督は息が上がった様子も無く、ケラケラと笑っている。まぁ、あれだけの嫁艦を相手にしているのだからスタミナは化け物級ではあろうが。何故自分の攻撃だけが当たらず、提督の攻撃だけが当たるのか。

「……攻撃が真っ当過ぎるんだよお前は」

 ぼそりと呟いた提督は、珍しく自分から仕掛けてきた。無造作に放たれた突きを躱した木曾は、バランスの崩れた所に足払いを掛けられ、フワリと身体が宙に浮いた。追撃にと鞘に納まったままの刀を腹部に打ち据えて来る提督。空中では勢いを殺しきれず、ズダンと床に叩き付けられる木曾。悶絶する彼女を見下ろしながら、くわえていた煙草を携帯灰皿に押し込み、新しい煙草をくわえて火を点けた。

「どうだ?まだ自分に納得がいかねぇか?」

「……まだまだァ!」

 素早く起き上がり、斬り上げるように提督の首を狙う木曾。白刃が提督の首筋に迫るーーが、提督は動じない。

「プッ!」

 提督はくわえていた煙草を木曾の顔面目掛けて吹き付けたのだ。火の点いた煙草が顔面に飛んでくる……普段砲弾の飛び交う戦場を駆けている艦娘にしてみれば大したダメージを負うはずもない代物。しかし一瞬、一瞬だけ瞬きをさせて視界を遮るには十分だった。刹那、迸る閃光とキイィン……という金属を叩いたような甲高い音。恐る恐る開けた木曾の目が捉えたのは、柄元から上が消失した愛刀と床に突き刺さる刃、そしてあの黒い刀身を抜き放った提督の姿だった。

 木曾が目を閉じる寸前から目を開けるまでの数秒間に何が起きたのか。斬り上げ気味に襲い来る白刃に対して、煙草を目眩ましに使おうと吹き付けた。狙ったのは木曾の顔面……と言っても、火傷をしないようにと眼帯をしている左目を狙うという配慮のある物だったが。火傷をする程の物でもないが、流石に火の点いた物体が顔面に飛んでくると身体が強張ってしまうというのは生物として当然の反応である。一瞬ともいえない程の僅かな硬直が、木曾の一撃を鈍らせた。

 その好機を逃すハズも無く、カウンター気味に提督が黒刀を抜刀。鞘の中で十二分に加速された刀身は、殆ど抵抗を感じさせる事もなく木曾の愛刀を斬り飛ばしたのだ。……それも、『折れず・曲がらず・よく切れる』と三拍子揃った日本刀をである。

「はい終了ォ~。どうだ、少しは満足したかよ?」

 曲芸ともとれる『パフォーマンス』をやってのけた提督は、さも当然とでも言うようにニヤリと笑っている。

『どうやらこの人には生涯勝てそうもない』

 と悟った木曾は、諦めたように頭を振り、

「あぁ……完敗だ。こうまでナメた真似されて負けちゃあ、どうにもならねぇよ」

「ナメた真似?……あぁ、刀抜かなかった事か。当たり前だろ?仮にとは言え嫁さんになる女を、自分からキズモノにする男なんて居るか」

 何を当たり前の事を言ってんだ、といった感じで木曾の頭をクシャクシャと撫でてくる提督。

「あぁそうだ、お前に渡す物があるんだった。……明石!」

「はいはい、仕上がってますよ~っと」

 道場に集っていた群集の中から明石を呼びつける提督。明石の手の中には、一振りの軍刀らしき刀が収まっている。

「ケッコン祝いに渡すつもりだったんだがな……お前の刀は俺がへし折っちまったし、まぁその代わりにでも使ってくれや」

木曾が手渡された軍刀を引き抜くと、その刀身は提督の刀と同じく漆黒だった。

「深海鋼の軍刀だ。少しは足しになるか?」

「……あぁ、最高のプレゼントだぜ。ありがとな、親父」

「お前なぁ、仮にもケッコンした相手を親父呼ばわりはねぇだろよ」

 提督の指摘に道場にいた艦娘達がドッと湧く。

「さぁて、動いたら腹へったな。朝飯行くぞ!」

 ぞろぞろと食堂に歩き出す艦娘達の中、右手に軍刀を押し抱き、左手に填められたシルバーのリングを嬉しそうに眺める木曾が目撃されたという。その後、木曾は研鑽を重ねて鎮守府屈指の剣士になるのだが、それは当分先の話である。 
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