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提督はBarにいる。

作者:ごません
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提督の刀と『深海鋼』

「来たぞ!」

 誰かがそう叫んだ瞬間、道場内に居た艦娘達がワッと沸いた。入り口に固まっていた艦娘達が2つに割れる。

「お~お~、朝っぱらからこんなに集まりやがって暇人共め」

 店からそのままこっちに来たという風体で、煩そうに欠伸を噛み殺している。いつも『親父』と慕ってきた、戦略に優れる提督。そして今は、挑戦すべき高い壁。

「悪いな、これから寝ようって時に」

「なぁに、気にすんな。常在戦場……どこで襲われるかなんて判らねぇモンさ」

 海軍の大将と言えば間違いなくVIPである。政治的な策略に巻き込まれれば、命を狙われる事もあるだろう。

「寝てようが、酒飲んでようが、女抱いてようが……襲われりゃあそこは鉄火場だ。そこで直ぐ様覚悟決められねぇ奴ぁ死んでいく。その場のコンディションで戦うってのが武術の本懐だからな」

 そう言って眠気覚ましにだろうか、煙草をくわえて火を点け、フーッと紫煙を吐き出した。その顔には、今から立ち合う等という気負いは感じられない。まるでそれこそが日常とでも言いたげな顔だ。

「さて、ルールはどうする?素手で殴り合うか……木刀にするか?」

「いや、挑むと決めた時から決めてたんだ」

 木曾はそう言いながら立ち上がると、傍らに置かれていた軍刀をスラリと引き抜いた。

「俺は接近戦で戦うとしたら……剣で勝負したい」

「成る程……昔のトラウマの払拭か?」

 軽巡洋艦『木曾』と陸戦には苦い思い出があるのだ。

 昭和19年11月13日、フィリピンのマニラ港に停泊していた木曾をはじめとする数隻の艦に米機動部隊が空襲を仕掛けた。今艦娘として活躍している者を含め、数隻が沈没したり大破着底したりと、大被害を被った。木曾も上部構造物を焼かれて大破着底。乗員は艦の装備を使用不能にして放棄、陸戦隊として戦闘を続行していたが翌昭和20年2月、米軍のマニラ市内突入でその殆どが命を落とした。その時のトラウマからか、第二改装を施す際に軍刀の装備を明石に要請したらしい。

『今度は俺も陸で戦うために、な』

 そう言って木曾は耳を赤くしてそっぽを向いていたという。

「そういう事なら俺も容赦はしねぇぞ?」

 提督はそう言うと、道場の上座に飾られていた刀を手に取った。




「それ飾りじゃ無かったのか?」

「アホぬかせ、そんな無駄なモン置いとく程俺は洒落てねぇよ」

 提督は手に取った刀を右手に左手に持ち替え、その感触を確かめているような仕草をしている。

「先に言っとくがな、コイツはかなり特殊な刀だ……というよりもその材料が、な」

 鞘に納まったその刀は寸法にして凡そ二尺六寸……刃渡り約80cmの所謂『打刀(うちがたな)』と呼ばれる極々一般的な日本刀の様に見える。

「見た目は普通の刀だが……コイツの刀身は“深海鋼”という特殊な鋼材で造られている」

「深海鋼?なんだそりゃ」




 対深海棲艦用の刀剣類の開発は、艦娘の誕生の頃より続けられてきた。『女帝』三笠を始め、建造された段階で艤装の付属品として刀や槍を持って生まれてくる艦娘が居た事もあり、有効な近接兵装を開発するのは可能なのではないか?と。

 しかし、普通の鋼材で造られた刀等では駆逐イ級にすら刃が立たず、稀少な『陸奥鉄』や『御神刀』の類いで漸く普通の刀程度の切れ味を発揮した。しかしそれらは造れる数に限りがあり、計画は暫く凍結されていたのだ。

 だが、偶然の閃きというのは恐ろしい物だ。ラバウル技研の研究者の一人が、『深海棲艦の装備を使用する事』を思い付いたのだ。ダイヤモンドを削る時にダイヤモンドを使うように、深海棲艦の艤装を材料に出来れば、奴等にダメージを与えられるのではないか?それは突拍子もない仮説だったが、そこは『技術の変態共の魔窟』ラバウル技研。思い付いたら即実行と言わんばかりに、実験と素材集めが開始された。

「奴等を撃沈して、海の底に沈む前に海中で待機させてた潜水艦に回収させるんだ……ウチの連中も撃沈するのは何度か手伝ってるハズだぜ?」

 古参の艦娘の中には『あぁ、アレか』と納得したような表情の者が何人かいる。

「回収した奴等の死体は、文字通り”解体“してな。金属部分はドンドン溶鉱炉に放り込んで、残りは技研の変態共の知識欲を満たす為の慰み物になってたっけな?」

「深海棲艦を鋳潰して作られたから、深海鋼……」

 さも当然、といった風に語っているが、倫理的に見たらギリギリのゾーンである。死体をかき集め、装備品を剥がして使うなど、それではまるでーー

「墓荒らし……みたいだとか思った奴いたろ?なぁ?」

 提督のオブラートに歯に衣着せぬ物言いに、僅かにたじろぐ艦娘達。

「俺達ゃなぁ、仲良しこよしの仕事してるワケじゃねぇんだよ。明日の命も解らねぇ戦争やってんだ、そして俺にはお前らを終戦まで生かす責任がある。その為に俺の手が汚れるだけで済むなら安いモンだ」

 その時、何人の艦娘が思っただろう。『あぁ、この人は自分達の為にどれだけの”業“を背負っているのだろう?』と。命を賭ける艦娘と、命の代わりにその手を幾らでも汚す事を厭わない提督。その危うくも見える絶妙なバランスが、この鎮守府の屋台骨を支えている。だからこそこの鎮守府は強固なのだ。

「……話が逸れたな。結果として実験は成功、深海の奴等の艤装から産み出した鋼材で打った刀は、艦娘・深海棲艦の両者に対して多大なダメージを与える事が実証された」

 そう言いながら提督は鯉口を切り、スラリとその刀を抜き放った。通常、日本刀の刃というのは鋼の鈍い銀色をしている物だが、その刀の刃の色は、漆黒という言葉がピタリとはまる、どす黒い色をしていた。

「奴等の細胞やら怨念が詰まってんのか知らねぇが、この色にしかならなくてな。他にも同じ鋼材で造った得物を持たせてる奴は沢山いるんだ、この鎮守府にはな」

 そう、新人教育が終わる度に、この鎮守府ではそれぞれの戦法に合わせた接近戦闘用の得物を贈られ、そして使ってきたのだ。恐らくは深海鋼で出来た物を、艦娘本人達は知らず知らずの内に。

「まぁ、ゲス野郎だよな俺ぁ。否定はしねぇさ。それでも尚、俺はお前らを生かす為なら何でもする」

 そのギラつく眼の奥には、何か焔のような物がチラつく。何か執念にも似たその思いは、どこから沸き上がる物なのか。

「さて、御託はそろそろ止めだ。俺は殺しゃしねぇから安心しな……但し木曾、お前は俺を殺す気でかかってこい」

 提督は鞘を腰に挿すと、刀を腰だめに構えてトーントーンと2、3度ジャンプして身体を脱力させ、ピタリと止まる。木曾も軍刀を正眼に構えると、道場内に静寂が流れる。そして始めの合図がかかる事もなく唐突に立ち合いが始まった。
 
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