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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第191話 洛陽炎上

 既に時間は深夜であったが周囲には篝火が煌々と焚かれ、兵士達が忙しなく走り回っていた。日の出とともに都に総攻めが開始されるからである。その中、正宗は橋瑁を謀殺した揚羽配下の間諜から直に報告を受けていた。揚羽も正宗の側に控えていた。

「橋瑁の件、よくやった。お前達の私への忠節大義である。戦後にお前達の働きには報いよう」

 正宗は厳かな雰囲気で間諜に声をかけた。

「勿体なきお言葉でございます。これからも車騎将軍に忠節を尽くす所存でございます」

 間諜は正宗に対してひれ伏し平伏した。彼は徐に真悠のことを喋りはじめた。彼は真悠が劉弁の件で董卓の屋敷に執心していることを正宗に伝えておく必要があると考えたのだろう。

「真悠は弘農王救出のために動いているか。皇帝陛下の保護が最優先と申しつけたはずだ。弘農王は無理ならば見捨てるほかにない。皇帝陛下を確保しなければ意味がない」

 正宗は真悠の行動について聞かされると小言を間諜に言った。彼に言っても意味がないことは正宗も百も承知なのだろう。

「お前に言っても意味がなかった。許せ」
「滅相もございません」

 間諜は恐縮した様子で正宗に答えた。

「正宗様、もうしわけありません」

 揚羽は正宗に謝罪した。しかし、正宗は何も言わず被りを振る。

「揚羽、気にするな」

 正宗は言葉を切った。そして、虚空を見つめた。

「真悠も考えあってのことだろう。ここは真悠に任せてみよう」
「そう言っていただけると有り難く思います」

 揚羽は正宗に恐縮しながら礼を述べた。彼女としては真悠に手堅く功績を挙げて欲しかったに違いない。彼女は表情に苛立ちを隠さなかった。

「揚羽、そう心配することはない」

 正宗が揚羽に声をかけると彼女は正宗の方を向いた。

「真悠は凪と共同し動くと言っている。真悠は決して無謀な行動をとろうとしている訳でない」
「そうですね」

 揚羽は正宗に諭されると頷いた。その後、彼女は何かに気づいたように口を開いた。

「ところで。劉景升はいかがなさいますか? 未だ都でいるようです」

 揚羽の口振りは皮肉下に正宗に言った。

「劉景升は生きているのか。賈文和、殺されなかったのか?」

 正宗は眉を潜め揚羽に聞いた。それに揚羽は肯定し頷いた。劉表は周囲に正宗の派閥に属す存在と見られていたに違いない。それは賈詡による粛正の対象に含まれてもおかしくないことを意味した。その劉表が無事に生存している。それは奇妙に見えたからだろう。

「牢に拘束されているのか?」

 正宗は揚羽の言葉を待たずに質問した。すると、揚羽はかぶりを振った。

「賈文和に殺されるどころか、諌議大夫に遇されていました」

 揚羽は不愉快そうに正宗に答えた。
 それを聞き正宗は苦笑した。諌議大夫とは皇帝の直属の臣下であり相談役のような立場である。だが、実権のない皇帝の元では諌議大夫の力は発揮できない。体よく閑職に追いやったとも見れる。だが、仮に力無き官職であれ、劉表が賈詡の求めに応じその地位に就いたことは疑うべくもない事実である。劉表には受けない選択もあったからだ。

「娘を荊州牧にと奏上した私を裏切るか」

 正宗は鋭い目で近くに掲げられた篝火を睨んだ。

「賈文和、劉景升を諌議大夫に据えて皇帝陛下の監視役に据えたのでございましょう。そして、その役目に劉景升は応じた。皇帝陛下も正宗様の近い存在であろう劉景升殿には少しは気を許しましょう。中々に悪知恵が回る女です」
「仮にそうであろうと、皇帝陛下は劉景升など信用すまい」

 正宗は冷めた口調で答えた。揚羽は酷薄な笑みを浮かべた。

「正宗様は皇帝陛下を買っておいでなのですね」
「皇帝陛下は馬鹿ではない。暗愚な者であれば、その心を痛めることは無かったであろう」

 正宗は感傷的な雰囲気で本音を吐露した。その様子を揚羽は興味深そうに見ていた。

「正宗様は皇帝陛下をお恨みではないのですか」

 揚羽は正宗の言葉を察しているようだったが敢えて質問しているようだった。

「遺恨はない。皇帝陛下は今回のことで自らには何の力もないことを痛感したであろう。だが、皇帝陛下はそれでも皇帝であろうと強気に振る舞っているに違いない」
「正宗様が董卓軍に襲撃を受け、その情勢下で董仲穎に降った劉景升には心を許す筈がないということですね」

 正宗は揚羽の顔を見て頷いた。

「惜しいですね。生まれる時代を選べれば名君となり得たかもしれませんね」

 揚羽は劉協に同情するような様子だった。しかし、彼女は劉協の同情はしても、劉協を擁護する気持ちは微塵も無かった。揚羽にとっては正宗が主君であり、天下の差配は正宗の手に委ねられるべきと考えているからだ。
 揚羽はふと小声で笑った。

「何がおかしい」

 正宗は揚羽を訝しむように見た。揚羽は落ち着いた様子で佇まいを正すと正宗を向き直った。

「申し訳ございません。劉景升のことが滑稽に思えましたのだ。劉景升は正宗様が都を逃げ去り、後ろ盾も失い失意の中で賈文和に屈したということでしょう」

 揚羽は冷淡な笑みを浮かべた。その表情を正宗は横目で見つめた。

「正宗様、劉景升は娘のことを考えれば士大夫として潔く死を選んでいれば良かったと思います」
「自決せずとも荀爽くらいの気概を見せれば要職を用意してやるつもりだったが」

 正宗は目を細め鋭い視線を虚空に向けた。正宗はその口振りから荀爽のことを高く評価しているように感じられた。それを揚羽も感じているようだった。

「都へ突入時に劉景升を見つけ次第誅殺されますか?」

 揚羽は劉表誅殺の進言を行った。正宗の言葉の端々には劉表は最早用済みと言っているように聞こえたのだろう。だが、揚羽の進言とは裏腹にかぶりを振り否定した。その様子に揚羽は意外そうな表情だった。

「殺す必要はない。恥も外聞もなく賈文和に屈すような者だ。劉景升の名は地に落ちたようなものだ。最早、清流派の士大夫としては終わりだ。殺す価値もない」

 正宗は言葉を句切り揚羽を見た。

「それに私は劉琦殿との関係を悪くするつもりはない。益州を切り崩すには劉琦殿の力が必要となる」

 正宗は笑みを浮かべ揚羽を見た。揚羽は正宗の言葉に得心した様子だった。

「確かに。劉景升にまだ利用価値がありました。正宗様が劉景升をお許しになられれば、劉琦殿は正宗様に篤い恩義を感じすることでしょう。益州は要害の地、益州攻めに専念するためには荊州を安定させる必要があります」
「だから、劉景升の罪は不問とする。その他の百官は董仲穎に荷担した罪で誅殺せよ。揚羽、助命する価値のある者はお前に一任する。それと義母上をしっかりと保護するのだぞ」

 正宗は揚羽に揚羽の母の保護を念押しした。

「かしこまりました。母のことは問題ありません。死ぬような人間ではありません」

 揚羽は達観した様子で正宗に答えると、間諜を連れて立ちさった。その後ろ姿を正宗を見送っていた。

「真悠、役目を忘れるなよ」

 正宗は神妙な表情で都にいる真悠に向けて声をかけた。彼の声は夜風にかき消えた。





 正宗と揚羽が間諜から都の状況を聞き終えた頃、黒衣に身を包み夜陰に潜む集団がいた。彼らの一部は董仲穎の屋敷の向かい側の屋敷の屋根に登り体勢を低くして屋敷内を窺っていた。
 集団は真悠と凪、それに兵士達であった。彼らは何を待っているようだった。何も語らずただ董卓の屋敷を窺っていた。
 しばらくすると董仲穎の屋敷に火矢が雨のように降り注いでいた。屋敷の外で夜警の番に従事していた涼州兵達が異変に気づいたのか、剣撃の声が鳴り響いた。しかし、火矢の雨は止む様子もなく董仲穎の屋敷に降り注いだ。次第に怒号が響き剣撃の激しい音が鳴り響いた。
 その様子を見つめながら真悠は愉悦の表情を浮かべていた。彼女は口角をつり上げ眼前で炎に包まれる董卓の屋敷を眺めていた。彼女の傍らには凪と水蓮、そして彼女達の背後には兵士達が抜刀し戦闘態勢を取っていた。真悠を筆頭に全員に戦意は最高潮だった。

「そろそろ頃合いだわ」

 真悠は表情を引き締め凪を見た。すると凪と水蓮は肯定し強く頷いた。

「真悠さん、禁軍を抱き込んだ手並み感服いたしました」

 凪は心底感心した様子で真悠に声をかけた。

「世辞はいいわ。お互い目的の人物を確保しましょう」

 真悠は冷静な態度で凪に返事した。凪と水蓮は彼女の言葉に頷く。真悠と凪が背後にいる兵士に目配せすると、真悠達は統率のとれた動きで董卓の屋敷に近づいた。禁軍が董卓軍を引きつけていたため、真悠達は容易に董卓の屋敷に辿り着き、その塀から屋敷内に侵入することができた。
 真悠と凪はそれぞれの目的のために動き出した。真悠と彼女の兵士達は彼方此方から火の手が上がる中を早足で移動していた。彼らが向かう先は屋敷奥だった。
 既に屋敷内には殆ど涼州兵達はいなかった。全て屋敷外に出て禁軍と交戦しているのだろう。真悠は悠々と歩き進んだ。そして、彼女は突然進むのを止めた。彼女の目の前には重厚な扉が立ちはだかった。真悠は目配せで兵士達に扉を開けさせ中に足を踏み入れた。火の手の勢いが激しいため、時間的な猶予はあまりない。
 真悠は扉の奥に足を踏み入れると周囲を見回した。

「何者だ!」

 真悠の視界には部屋の奥の隅に寄りこちらを睨む男がいた。男は髭を生やしやつれた様子だった。だが、身なりからして、それなりの身分の人物に見えた。風体からして、董卓軍関係者には見えない。関係者ならこんなにやつれた様子ではないだろう。

「私は司馬季達。劉正礼の義妹です。貴殿の名は?」

 真悠は相手が分からないことから士大夫らしく名乗りつつ、剣を鞘に納刀した。これで相手が妙な反応を取れば、真悠は目の前の男を殺害するつもりだった。彼女はさりげなく腰に指す剣に手をあてた。
 男は真悠の言葉に強く驚愕した表情に変わった。そして、その瞳には強い期待の色が感じられた。

「そなたは劉車騎将軍の妹なのか!? 余は劉弁である」

 男は自らを劉弁と名乗るとたどたどしい足取りでゆっくりと歩きながら真悠に近づいてきた。

「いかにも私は劉正礼の義妹です。貴殿が先帝と仰られるなら証をお示しください」

 真悠は手で劉弁の動きを制止すると、彼に身の証を立てるように求めた。それに劉弁は困った表情になるが、真悠の指示に大人しく従った。相手は武装しているため、おとしなく相手の意向に従うしかないと納得したのだろう。

「証は立てることはできない。だが、余は協から劉車騎将軍との関係を聞いている。妹は劉車騎将軍と親友の誓いを立てたと言っておった」

 劉弁は劉協と正宗との関係を話す時、心痛そうな表情を浮かべていた。その様子を見て真悠は劉弁であると悟った。彼女は突然態度を改め両膝をつき拱手した。

「弘農王、ご無礼お許しください」

 真悠に倣い彼女の部下達も同じく両膝をつき拱手した。劉弁は怒る様子はなく落ち着いていた。

「この状況で余が誰か分かるわけがない。許そう」

 劉弁は穏やかな表情で真悠に声をかけた。真悠は許しを得ると拱手を解き顔を上げた。

「弘農王、寛大な心に感謝いたします」
「そなたは何故此処にいるのだ。ここは董仲穎の屋敷のはず。それに火事のようだが」

 劉弁は不安気な様子で部屋の周囲を見ていた。室内には焦げ臭い煙が漂っていた。劉弁は着物で口元を覆い煙を吸わないようにした。

「現在、義兄は洛陽と目の鼻の先で軍を駐屯させております。私は義兄の命令で弘農王をお探ししておりました。勿論、皇帝陛下も保護するため既に動いております」

 真悠は顔を上げ劉弁につげた。劉弁は驚いた顔で真悠の話を聞いていた。

「劉車騎将軍は助けに来てくれたのか? この部屋に閉じ込められ外のことがよくわからない」

 劉弁は安堵した表情で真悠のことを見ていた。

「義兄上は皇帝陛下と弘農王の保護を第一と厳命されました。詳しい話はこの屋敷を脱出したらご説明いたします。まずは脱出するために私達に付いてきてください」

 真悠は劉弁を連れて屋敷を立ち去ることにした。劉弁も緊迫した状況を察してか大人しく真悠達に付いていった。 
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