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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第190話 戦端を開く

 正宗は後方に下がり本陣に戻ると兗州東郡太守・橋瑁を待った。反董卓連合軍は、

 星 二万
 滎菜 二万
 愛紗 二万
 夏侯惇・夏侯淵 一万
 陶謙 一万
 孫堅・孫策 八千(内二千が正宗軍兵士)
 馬騰・馬超 四千(内二千が正宗軍兵士)
 張遼 五千(内五千が正宗軍兵士)

の陣容で都を囲んだ。虎牢関での勝利により、味方の勢いを感じた陶謙は自ら先陣役を名乗りでた。これを正宗は許可した。そして、正宗は橋瑁の配下の軍を車騎将軍の権限で一旦自分の麾下に置いた。これは橋瑁が使者として都に出向いたため、彼の軍を放置するわけにはいかなったためである。
 正宗は本陣に戻ると諸将と評議ができる陣幕を急ぎ設営させた。陣幕が完成すると、そこには正宗と正宗配下の主立った諸将達だけでなく、都を囲む役目についていない諸侯達と荀爽も参席していた。
 陣幕の中の雰囲気は落ち着き払っていた。これから戦が始まるという緊迫感は感じられない。都を守る最後の砦、虎牢関は一日で陥落した。そして、残すは守り難い都のみだ。勝負は誰の目にも明かだからだ。

「劉車騎将軍、孫豫州刺使より使者がきています」

 慌てた様子で伝令が入ってきた。正宗は伝令に指図して中に通すように命令した。正宗達が待っていると孫策と彼女部下二人が現れた。正宗は孫策がわざわざ伝令としてやってきことに目を一瞬細めた。

「孫伯符、橋東郡太守が戻ってきたか?」

 正宗が孫策に話しを振ると逡巡して口を開いた。

「劉車騎将軍、人払いをお願いできますでしょうか?」

 孫策は正宗軍と無関係な者達のことを一瞥し、正宗の顔を見ながら言った。その表情は神妙だった。報告の内容を部外者に漏れることは得策ではないと考えているようだった。

「孫伯符、構わない。話してくれ」

 孫策は正宗の顔を一度窺った。正宗は頷いた。孫策は理解したのか口を開いた。

「橋東郡太守の首が城壁から投げ捨てられました」

 孫策は重い口を開いた。その言葉を聞いていた周囲の者達ははじめ孫策が言ったことが理解出来ない様子だった。

「どういうことです!」

 荀爽は驚愕し立ち上がると孫策に声を上げた。正宗から事情を知らされていない者達は驚愕していた。この状況で橋瑁を殺害するなど想像もしていなかったのだろう。

「劉車騎将軍が本陣に戻られ夕暮れ近くに首が城壁から投げ捨てられました。それでご指示を仰ぐために一度報告に参りました」
「橋東郡太守の首はどこにあるのです」

 荀爽は席を離れ孫策の元に近づいてきた。彼女は橋瑁とともに董卓討伐の檄文をまとめた関係もあり思うところがあるのだろう。

「持参していますが見られますか?」
「見せていただきたい」

 荀爽は孫策に頼むと、孫策は正宗のことを見た。正宗は目を瞑り頷いた。孫策は背後に控える部下一人に声をかけ橋瑁の首を運び込ませた。その首は白布に包まれていた。孫策は部下に台座を用意させ、その台座に首を起き布を解いた。

「橋元偉殿」

 荀爽は変わり果てた橋瑁の姿を見て呆然と見ていた。

「正宗様、使者が惨殺されたいうことは董仲穎側は交渉するつもりはないということです。明朝にでも都を総攻撃すべきです」

 呆然とする荀爽を余所に、揚羽は今後の方針を矢継ぎ早に提案してきた。正宗の関係者達も全員頷いた。それを受け正宗も頷く。

「明朝、総攻撃を行う。孫伯符、総攻撃を行うと先陣に詰める者達に伝えてくれ」
「劉車騎将軍、かしこまりました」

 孫策は正宗に拱手し頭を下げると、彼女と彼女の部下達は好戦的な笑みを浮かべ立ち去った。

「劉車騎将軍、必ずや大逆人たる董仲穎を誅殺してください」

 荀爽は膝を折り正宗に対し拱手し頭を下げた。

「荀侍中、言われるまでもない。天下のために正義を為す」

 正宗は厳かな面持ちで荀爽に言った。そして、正宗は立ち上がった。

「交渉は決裂した! 明日、総攻撃を行う。各人奇襲を警戒し用心を怠るな。これにて散会とする」

 正宗は諸侯達に言い放つと、彼らは正宗に対して拱手した。すでに場の空気は正宗を頂点に回っていた。諸侯達は慌ただしく出て行き、それを正宗は見送った。

「橋東郡太守の首は丁重に葬ってやってくれ」

 正宗は陣幕内の隅に控える近衛に声をかけた。近衛は正宗の命令に従い首を布で包み直す。

「劉車騎将軍、橋東郡太守の首はご家族の元にお届けください」
「兗州東郡に塩漬けにして届けても腐敗が酷いぞ。橋東郡太守の家族の衝撃はいかほどか計り知れない」

 正宗は荀爽の提案に難色を示した。変わり果てた橋瑁の姿をその家族に見せることに正宗は忍びなかったのだろう。

「橋東郡太守の身体も見つけ送り届けいただきたいのです」

 更に荀爽は正宗に提案の続きを告げた。彼女の瞳は強い意志が籠もっていた。彼女は言葉を曲げるつもりはなさそうだ。史実の荀爽も学者肌であったが熱血漢であった。恋姫の世界の荀爽も通ずるものがあるのだなと正宗は思った。

「変わり果てた橋東郡太守の姿を家族達が見ることは辛いに違いない」
「劉車騎将軍の気遣い理解いたします。それでも。橋東郡太守の遺体を欲しいと思うのが家族達の気持ちと思います」

 正宗を真正面から見る荀爽から強い気迫が感じられた。

「遺体を見なければ家族達は気持ちを整理できないな」

 正宗は視線を落とし頷き荀爽を見た。

「分かった。首は塩漬けにし身体とともに家族達の元に送り届けれるように努力しよう。総攻撃の折りは身体を探させる」

 正宗は荀爽の提案を全て飲んだ。彼は近衛に視線を向け「橋東郡太守の遺体は防腐処理を施し身体とともに家族達の元に送り届けてやれ」と言った。近衛は橋瑁の首が包まれていた布を使い器用に包むと運んでいった。その様子を荀爽は沈痛そうな面持ちで見つめていた。

「劉車騎将軍、今日はこれで失礼させていただきます。明日の総攻撃には参加することをお許しください」

 荀爽は疲労を感じさせる顔で正宗を見ると拱手して頭を下げた。その様子に正宗は罪悪感を感じているようだった。

「参加を許そう。橋東郡太守と荀侍中はともに董仲穎討伐の檄文を書き上げた仲。この戦いの結末を側で見たいと思う気持ちは十分に理解できる」
「ありがとうございます」

 荀爽は正宗に感謝の言葉を口にすると頭を下げ立ち去った。彼女が去ったことを確認した揚羽が正宗に声をかけてきた。

「荀侍中には申し訳ありませんが、董仲穎が墓穴を掘ったことは我らにとって僥倖にございます」

 揚羽は正宗に対して笑みを浮かべた。

「『僥倖』とは少々口が過ぎるのじゃ」

 揚羽の言葉に美羽が割り込んできた。美羽は不愉快な表情で揚羽を見た。その視線に揚羽は涼しい表情をしていた。

「美羽殿、申し訳ございませんでした。口が過ぎました。桂花殿、気分を害されたならお許しください」
「いいえ。気にしておりません」

 桂花は言葉と裏腹に表情は優れなかった。彼女は揚羽の計画を承知して橋瑁を送り出した。その時点で揚羽を非難できる資格はない。そして、橋瑁一人の命で戦火を小さくできると考えた軍師としての(さが)に桂花は気落ちし同時に間違っていないと思う自分に小さい葛藤を抱いた。
 揚羽が桂花に対して詫びると美羽はそれ以上は何も言わなかった。

「気分の良いものではありませんね。こういうことはこれっきりにしていただきたいです」

 麗羽は神妙な顔で正宗のことを見た。彼は橋瑁の死に正宗が一枚噛んでいるのではと感じている様子だった。だが、それを口にするつもりはないようだった。それに対して正宗は何も答えなかった。

「正宗様、橋東郡太守の件はお気になさる必要はありません」

 冥琳が正宗を気遣うように言った。

「橋元偉の家族には出来うる限り報いるつもりでいる」

 正宗は重い口を開いた。

「正宗様、それでいいと思います」

 華琳は全てを見透かしたような瞳で正宗のことを見ていた。



 正宗達が橋瑁の首を確認した頃、賈詡の元にも橋瑁の死が報告された。この場には董卓と段煨(だんわい)がいた。三人は橋瑁の死に驚愕し動揺していた。その状況からいち早く立ち直ったのは段煨だった。

「使者は門まで送り届けたのではないのか? 護衛の者達はどうしていた」
「護衛全員の死体が門に続く道で発見しました」
「どういうこと!?」

 賈詡は動揺していた。数日中には長安に撤退する予定だっただけに橋瑁の死は董卓軍にとって最悪の状況だった。

「護衛の者達は禁軍兵士達に任せたはずだ。それが全員殺されただと」
「橋瑁の首は城壁から投げ捨てられたの?」
「既に反乱軍の手元に入っているものかと」

 賈詡の問いに報告にきた涼州兵は深刻そうな表情で答えた。

「どうすればいいの」

 賈詡は頭を両手で押さえ苦悩した表情で思案していた。

「詠ちゃん、大変な状況なの?」
「月、向こうは何時攻めてくるか分からないわ」

 賈詡は董卓の問いに答えた。段煨も賈詡の考えに同意したのか深く頷いた。

「予定を繰り上げるわ。危険を覚悟で今夜にでも長安に撤退するしかないわ。何としても日が昇る前には都を立たないとまずい。静玖さん、準備をお願いします」
「わかった」

 段煨は賈詡の頼みを聞き入れ部屋を出ていった。

「詠ちゃん、大丈夫?」

 董卓は不安そうな顔で賈詡のことを見た。賈詡は董卓に笑顔を返す。

「私に任せて。月のことは私が絶対に守るから」
「今からでも遅くない。私が一人で劉車騎将軍の元に降服する。それでみんな」
「駄目! もう無理よ。月一人の命じゃ。どうにもならない。私達は涼州に逃げて再起をはかる」

 賈詡は董卓の言葉を静止した。董卓は激しい状況の変化に落胆している様子だった。仮に董卓一人の命で片が付こうとも、賈詡がそれを看過するわけがない。だが、董卓一人の命でことを納めるには既に遅きに失した。



 董卓側が混乱している頃、真悠も動いていた。宦官を使って禁軍の校尉を三人呼び出していた。今、真悠がいる場所は宮廷内でも宦官の影響力が強い区域だった。つまり董卓側の目を盗むことができるということだ。
 校尉達は真悠の姿を確認すると警戒しながら真悠に声をかけた。彼女達は周囲に視線を這わし誰もいないか確認していた。

「貴殿が劉車騎将軍の義妹か」

 彼女達は煌びやかな官服に身を包んでいた。今の真悠は何時もの汚いぼろ服でなく、上等な絹地の衣服に身を包んでいた。

「司馬季達といいます。私の母は司馬建公です」
「司馬騎都尉とは面識があります」

 校尉達は急に表情を穏やかにさせた。彼女達は名門出身の真悠が自分達を呼び出したことで安心しているようだった。それも正宗と姻戚関係にある司馬家であればなおのことだ。

「本当に劉車騎将軍と話しをつけてくださるのでしょうな」
「貴殿達の願いを聞き届けるには義兄上のために少し働いてもらわなければならない」
「その条件とは?」

 校尉達は用心した顔で真悠のことを見ながら話すのを促した。彼女達としても時間的な余裕はないと理解しているようだった。箝口令がしかれているが既に正宗の使者・橋瑁が惨殺されたこと、その事実が反董卓連合軍に伝わっていることも知っていた。
 この状況で反董卓連合軍と干戈を交えれば、董卓軍から離反したい禁軍兵士達も巻き添えにあうことは目に見えていた。そして、禁軍の部隊長である彼女達はこのままでは反逆の罪を追求される恐れがあった。

「そう難しいことではない。董卓の屋敷に放火して欲しい」

 真悠は口角を上げ校尉達に言った。

「そんな真似をすれば私達は皆殺しにされます」

 校尉達は怖じ気づいていた。真悠の掲示した条件を飲む気持ちはないようだ。

「戦後、御身がどうなっても良いのですか? 義兄上は荊州で反逆者を根切りにした。その災禍を貴殿達は味わうことになりますぞ。義兄上は土壇場での裏切りは許さないです。裏切るならば、義兄上が都を攻める前でなければならない。私は貴殿達が朝廷のために働いたことを義兄上に伝えることができる」

 真悠は神妙な顔で校尉達に条件を飲むように迫った。

「別に今直ぐに放火しろとは言いません。使者・橋東郡太守は董仲穎に殺害された。これを義兄上が黙っているはずがありません。明日になれば都は火の海に包まれるでしょう。そこで裏切って、義兄上が貴殿等を許すと思われるか」

 真悠は校尉達にすごんだ。校尉達は真悠の態度にたじろいだ。彼女達は悩みはじめた。正宗が差し向けた使者を惨殺した董卓に大義はない。そして、正宗率いる反董卓連合軍の大軍に禁軍内にも動揺が走っていた。このままでは董卓軍が反董卓連合軍と満足に対峙できる可能性は限り無くゼロに近い。

「私達が董仲穎の屋敷に放火させる理由をお聞かせいただきたい」

 校尉達の中で一番の年長そうな緑髪の校尉が真悠に尋ねた。

「董仲穎の屋敷には先帝である弘農王が居られる。弘農王をお救いするために屋敷に火を放ち混乱を誘うのだ。それを利用して私は弘農王を助け出す」

 校尉達は表情を変え唾を飲み込んだ。先帝は現皇帝の兄である。その人物を救い出せば大きい功績となる。

「首尾良く成功した暁には」
「奸賊から先帝を救い出した功績は大きい。皇帝陛下の忠臣たる兄上は貴殿達を高く評価なされるはずだ。一郡の太守の椅子くらい容易く手に入ることだろう」

 校尉達は喜色の声を上げた。彼らを見る真悠の目は一瞬鋭くなったが、直ぐに笑みに変わった。

「分かりました。私達は準備を整えます。しかし、火付けを行った後、私達は都に居る場所がなくなる。どこに逃げればいいのです」
「私の知り合いに頼んで貴殿達を匿うように頼みましょう」
「それはかたじけない。その方の名を教えてくださいますか?」

 校尉達は真悠の申出を快く受け入れた。彼女達は董卓の屋敷に放火する自分の部下達の身は一切案じていなかった。その様子を見て真悠は心の中で彼女達を嘲笑した。

(ここまで馬鹿とはな。義兄上はお前達のような奴らが一番嫌いなのだ。部下達を見捨て自分の保身のみに走るとは)

「司馬家と何代にも渡り縁ある商家、田秋伯と申す者です」
「田秋伯。名前は知っております。その者を頼ればよろしいのですな」
「はい。田秋伯には話は通して置きます。戦火が収まるまで田秋伯の屋敷に身を隠しておけば大丈夫です。田秋伯は食客を五百人近く抱えています」

 校尉達は安心した様子で頷いていた。彼女達は真悠と念書を交わし急ぎ足で立ち去った。その後ろ姿を見る真悠の瞳は冷たかった。 
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