| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第192話 洛陽陥落

 夜が更け日付をまたごうという頃、正宗は彼の寝所として用意された陣幕で仮眠を取っていた。陣幕の周囲は静かだった。正宗の陣幕の周囲は近衛兵達が警護の任についている。静寂を破るのは近衛兵達が交代する時に物音が聞こえるくらいだった。
 その静寂の時間を破るように周囲が騒がしくなった。正宗はその騒がしさに目を見開いた。陣幕内は外から入る篝火の炎の光で夜目に困ることは無かった。
 正宗は耳を澄まし周囲の気配を探る。彼の兵士達が慌ただしく走り回っている気配を感じとった。そして、一人この陣幕に足早に近づく者がいた。

「正宗様。火急の用件がございます」

 陣幕の入り口で正宗を呼ぶ者がいた。その声の主は揚羽だった。正宗は仮設の寝台から身を起こし立ち上がった。

「揚羽か。入れ」

 揚羽は正宗の許しを得ると陣幕内に入ってきた。彼女の表情は周囲の喧騒を余所に晴れやかだった。その不自然さを正宗は感じとり、その疑問を言葉にした。

「揚羽、何があった?」

 揚羽は表情に笑みを浮かべた。正宗がそう質問することを待ちわびていたようだ。

「洛陽の城郭から火が上がっております。遠眼よりもその火の手が確認できました。洛陽を攻める好機と存じます」

 正宗は揚羽のもたらした情報に驚いた。董卓軍が守る洛陽が炎上するとはただ事では無い。

「何だと!?」

 確かに揚羽の言う通り洛陽を攻める好機であった。だが、揚羽がここまで上機嫌になるだろうかと正宗は思った。揚羽は何時いかなる時も冷静さを欠かない性格だ。それが感情を表に出すとは彼女を喜ばせる朗報があったに違いない。

「真悠が先程使いを寄越してきました」

 正宗は揚羽の次の言葉を聞き合点がいった。彼は義妹の名を揚羽から聞き表情を引き締めた。洛陽炎上に真悠が関わっている。それは重要なことだった。真悠は劉協と劉弁二人の保護を命じられていたからだ。洛陽が炎に包まれている以上、二人の安否が心配された。

「真悠は何と言ってきた」

 正宗は眉間に皺を寄せ、揚羽に答えを急かすように聞いた。揚羽は正宗の憂慮を感じとり話を続けた。

「正宗様、ご心配は無用にございます」
「では、皇帝陛下と弘農王はご無事なのだろうな?」

 揚羽は深く頷いた。

「真悠は禁軍の一部を抱き込んだそうです。その者達を唆し反乱を起こさせ、その隙に皇帝陛下と弘農王を洛陽から連れ出そうと動いています。洛陽が炎に包まれているのは禁軍の手によるものでございます。正宗様、真悠から御二方を洛陽外に脱出させる援護を願い出ております」

 正宗は揚羽の説明を聞き胸をなで下ろしていた。洛陽を炎上させ二人が死亡でもしていたら目も当てられない事態と成っていたに違いない。最悪、真悠を誅殺することもありえた。

「弘農王の所在は特定できたということか?」
「董仲穎の屋敷に幽閉されていたとのことです」
「でかした!」

 正宗は気持ちを切り替え真悠の功績を誉めた。揚羽は正宗の言葉を聞き嬉しそうだった。揚羽は妹の真悠が大手柄を上げ大満足であるに違いない。戦後の真悠の地位は約束されたに等しい。

「正宗様、真悠に直々にお言葉をかけてくだされば、真悠も喜ぶことででしょう」
「揚羽、分かっている。真悠には戦後に労を労おうとしよう」

 揚羽は正宗から言質を得ると満足そうだった。真悠は命令無視で正宗から冷遇されていた。これで真悠の地位が向上することは実の姉としては胸のつかえが取れた心境であろう。

「正宗様、冥琳殿と朱里殿、桂花殿が動き兵馬の準備を整えております。後は正宗様のご命令が賜るだけにございます。御下知を!」

 揚羽は拱手し正宗の命令を待った。正宗は目に強い意志を籠もらせた。禁軍の反乱により董卓軍は浮き足だっているに違いなかった。この好機を逃す正宗ではなかった。

「洛陽へ兵を進めよ! 奸賊、董仲穎を討つべし!」

 揚羽は正宗の言葉に拱手し応えた。彼女は陣幕を去ろうとするが、正宗が制止した。正宗は思案している様子だった。揚羽は黙って正宗の言葉を待っていた。

「揚羽、真悠の援護には蓮華を使え」
「蓮華にございますか?」

 揚羽は正宗の指示に意図が理解できない様子だった。蓮華は正宗の直臣となったが、初陣を経験したばかりで戦場の経験が浅い。そして、正宗の家臣団の中では外様といえる存在だった。
 しかし、揚羽は正宗の意図を理解したのか悪い笑みを浮かべた。

「孫家を割られるつもりですね」

 正宗は揚羽の言葉に頷き口を開いた。

「将来を見据えて孫家は二つに割る。孫策と蓮華を当主とする二家だ。各々の家が牽制しあうことが私の利益となると考えている。少々孫策は手柄を上げすぎた。ここらで蓮華にも手柄を立てさせる必要がある。二人の親である炎蓮(孫堅)にとっても悪い話では無いだろう」

 正宗は政治家の顔で揚羽に自身の腹づもりを口にした。それを聞いた揚羽は深く頷いた。

「蓮華は正宗様に恩義を感じております。必ずや正宗様の期待に応えてくれましょう」

 正宗は揚羽の言葉に頷いた。

「私は軍装に着替える。揚羽は他の者達に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」

 揚羽は正宗に対して拱手して直ぐさま立ち去った。正宗は神妙な表情で虚空を見つめた。

「真悠が洛陽を炎上させるとはな。手間が省けた。私にとって最早洛陽など必要ない。新たな(まつりごと)は新たな都で行わなければならない」

 正宗はそれだけ言うと人を呼び軍装に着替えた。



 戦慣れした正宗軍は動きが迅速だった。正宗軍は馬騰軍、孫策軍が先陣を切り洛陽に突入した。反董卓連合軍の諸侯軍は正宗軍に遅れて洛陽へ進軍した。
 これに対し董卓軍は遅れて反撃するも戦意が高い星と愛紗と滎菜率いる正宗軍に抗うことができず一気に瓦解した。董卓軍の背後を禁軍が急襲した。はじめは一部の禁軍のみが反乱を起こしていたが、董卓軍の敗色が濃厚となると禁軍全てが反乱に加わりだした。勇猛果敢で知られた涼州兵を主力とする董卓軍であったが数の暴力により蹂躙されていった。そして、董卓軍の一部は体勢を整えるべく洛陽を放棄し長安へ逃亡を図ったのだった。
 この乱戦で董卓軍の将軍、段煨、は碧(馬騰)に討ち取られた。

 正宗が洛陽入りすると、正宗軍の諸将の出迎えを受けた。

「董仲穎はどうなった?」
「凪が逃亡を図る董仲穎と遭遇し戦闘になりました。凪の報告によりますと乱戦の最中に燃え盛る柱が董仲穎に倒れ込み彼女は死亡したとのことです。周囲の火の手が激しく一旦退避後に元の場所に戻り柱を除去するも遺体の損傷が激しく顔の判別がつかない状態とのことでございます。念のために首は確保しておりますがどうされますか」
「後で確認しよう」

 揚羽が正宗に董卓が死亡したことを報告してきた。正宗は揚羽の目を見た。すると揚羽は正宗の目を凝視し軽く頷いた。揚羽の様子から正宗は董卓を捕縛したと理解した。
 その様子に冥琳と朱里と桂花は素知らぬ表情でいた。華琳一人だけ正宗のことを見ていた。彼女は正宗と揚羽の目配せに何かあると思っているようだ。それを知らされていないことが不満そうだったが、そのことを口にする様子は無かった。新参組である華琳は本能で今は関わるべきでないと感じたのだろう。

「皇帝陛下と弘農王はご無事か?」

 正宗は話題を変え劉協と劉弁の件を揚羽に聞いた。

「御二人ともご無事でございます。御二人は後方にておくつろぎいただいております。真悠と蓮華がお側についております」

 揚羽は正宗に拱手しながら劉協と劉弁が無事に保護されたことを報告した。

「正宗様、真悠が面白い者を捕らえております。賤しくも漢臣であるにも関わらず皇帝陛下を連れ去ろうとしておりました」

 揚羽は後ろに控える正宗軍の兵士に目配せした。正宗は劉協を連れ去ろうとした者に心辺りがあった。劉協を堂々と拉致しようとする輩は董卓軍の者達しかいない。

「この者達でございます」

 正宗の元に連行された者達は賈詡と涼州兵達だった。彼らは激しく抵抗したのか土で顔や衣服が汚れていた。賈詡は正宗のことを親の仇を見るような目つきで睨んでいた。

「賈文和、私の宣言したとおりの結果となったな。天意は私を守り、お前を見放した。大それた真似をしてくれたな。謀反人め」
「劉正礼、お前こそ謀反人よ。あんたは天下を欲している!」

 賈詡は正宗の言葉に暴れながら声を荒げ正宗を非難した。しかし、彼女を正宗軍の兵士が力尽くで地面に押さえつけた。正宗は賈詡の言葉を聞き流しながら碧のことを見た。

「碧、段忠明はお前が討ち取ったと聞いている。首はあるか?」

 正宗は碧に段煨のことを聞いた。碧は正宗に命じられると、彼女の家臣に命じて首桶を持って来させ、賈詡から少し離れた場所に首を台座の上に置きまざまざと賈詡に見せた。
 賈詡はかつての同僚の変わり果てた姿に狼狽させた。そして、段煨の首を見つめる張遼は沈痛な面持ちでいた。

 正宗は首実検を行うと瞑目した。段煨の死を心底悼んでいる様子だった。

「惜しい人物を失った」

 正宗の表情は能面のようだった。その表情からは怒りも哀しさも感じさせない。

「あんた達が殺したんでしょ!」

 正宗のつぶやきを聞いた賈詡は激昂し正宗に怒鳴った。正宗は賈詡を見つめると哀れむような目で彼女のことを見ていた。

「本当にそう思っているのか?」

 正宗は静かに賈詡を見た。

「誰が殺すって言うのよ! あんた達が殺したんじゃない!」

 賈詡は正宗の問いに感情を高ぶらせ正宗に怒鳴った。正宗は賈詡の言葉に感情を乱すこと無かった。

「お前には選ぶ道があった。死んだのはお前が選択を間違えたからだ。お前は董卓軍の軍師ではないのか?」

 正宗は怒りを抑えながら冷たい目で賈詡を見た。正宗の指摘に賈詡は悔しそうに押し黙った。

「お前に伝えることがある。董仲穎は死んだ」

 賈詡は正宗の言葉に動きを止めた。

「嘘よ。嘘よ。あんたの言うことなんて信じないわ!」

 賈詡は半狂乱気味に叫ぶと正宗を睨んだ。

「お前は董仲穎の側にずっといたのか? 洛陽から落ち延びさせようとしていただろう」

 賈詡は目を見開いていた。正宗は図星だった察し話を続けた。

「私の部下が董仲穎を討ち果たした。揚羽、董仲穎の首を持って来い」

 賈詡は段煨と並んで置かれ焼けただれた首を見て悲鳴を上げ動揺していた。董卓の首は偽首である。揚羽の指示で董卓と背格好と顔の大きさが近い宦官を殺害し顔を焼き潰し用意させたものだった。だが、賈詡は完全に狼狽していた。

「お前に選択肢をやろう。私への忠誠を誓い働くというなら生かしてやろう」
「誰が。誰がお前なんかの下で働くもんですか!」

 賈詡は瞳に涙を溜め血走った目で正宗を睨んだ。その様子に正宗は冷めた目を向けていた。

「それほど大切な者ならば何故愚かな選択をした。私は董仲穎を高く買っていた。私に従うならば私は董仲穎を厚遇していた」
「劉正礼、黙りなさいよ!」

 賈詡は正宗の言葉を静止した。

「あんたになんか従わない。あんたより董仲穎の方が天下に相応しい。ずっと相応しいのよ!」
「賈文和、それが答えか? 董仲穎の見た夢を私の元で実現しようとは思わないのか?」

 正宗は神妙な表情で賈詡を凝視した。賈詡は冷静な様子の正宗を睨み付けていた。彼女の耳には正宗の言葉は入らない様子だった。

「こんな奴のために段忠明は死んだということか」

 正宗は落胆した様子だ。

「あんたに静玖さんの何が分かるというのよ!」

 正宗の言葉に反応して賈詡は叫んだ。

「お前よりは分かっていると思うぞ。段忠明は私に内通していた」

 正宗の言葉に賈詡は驚く同時にたじろいでいた。

「段忠明は私に内通したが逆賊として反董卓連合軍に討たれ死ぬことを選んだ」
「そんな。そんなの嘘よ。嘘っぱちよ!」
「嘘やない!」

 賈詡の否定の言葉を遮るように張遼が叫んだ。彼女は歯を食いしばり賈詡を睨み付けていた。

「静玖さんはウチと気持ちを同じゅうしていた。このままじゃ月もみんなも死んでしまう。だから、ウチは車騎将軍の元に走った。全部お前のせいやないかい!」

 張遼は怒りを顕わにすると周囲の目を余所にして、賈詡の元に近づき賈詡の首根っこを両手掴み持ち上げた。賈詡は乱暴に持ち上げられながらも張遼を睨み付けた。

「裏切り者のあんたに言われる筋合いはないわ。どうせあんた達は私を騙そうという腹でしょ」
「こんな状況で賈詡っちを騙して何の意味があるんや! 静玖さんはみんなことを考えていたんや。車騎将軍と月の和解を実現させ全て丸く収めるつもりやったんや。それを何や! 禁軍まで動かして車騎将軍を襲撃しおって! お前はおかしいんちゃうか! 何でお前みたいなやつのために静玖さんが死なんといけないんや!」

 張遼は賈詡の言いように頭にきて感情的に言葉をぶつけた。その様子を見ていた正宗は沈黙していたが張遼を止めた。

「張文遠、もうそのくらいでいいだろう」

 張遼は正宗に制止され賈詡を乱暴に放した。

「車騎将軍、すみません。少し熱くなりました。頭を冷やしてきます」

 張遼はそう言うとその場から離れて言った。その背中は寂しそうだった。賈詡が処刑される場に居合わせることが辛かったのか、守るべき董卓が死んだことで喪失感に苛まれたか、張遼の心は内は誰にも分からない。だが、張遼は董卓と段煨が死に目的を見失ったことは確かだろう。

「賈文和、死罪を申しつける」

 正宗は賈詡に死を宣告した。

「賈文和、言い残すことはあるか?」
「劉正礼、あんたは地獄に落ちるわ」

 賈詡は恨みがましい目で正宗を睨んだ。その瞳を正宗は視線を逸らすことなく凝視した。

「とうに覚悟は出来ている。連れて行け」

 正宗は賈詡を見つめながら言った。正宗の命令に従い正宗軍の兵士達が連行した。

「正宗様、賈文和の処刑はただちに執り行わせていただきます」
「せめても情けだ。苦しまぬように殺してやれ」

 正宗は瞑目し揚羽に言った。

「正宗様、かしこまりました。この私が賈文和の最期を見届けてさせていただきます」

 揚羽は正宗の命令に拱手し立ち去った。

「許せ」

 正宗は誰にも聞こえないように独白した。それは誰に向けられた言葉から分からない。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧