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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第三章 領土回復運動
  閑話 勇者 ―決められていた道―

 勇者――それは昔、イステール国において救国の英雄に与えられたという称号。

 紋章が入った、白を基調とした装備一式。
 歴史書を除けば、イステールの王城で厳重に保管されていたその武具のみが、かつて勇者が存在していたという証拠だった。

 その伝説の装備を、いま勇者カミラは身につけている。



 十四年前。
 進められていた「領土回復運動」の一環として、勇者の称号を復活させることが決められた。

 すぐに勇者候補がかき集められた。
 その一人に選ばれた、当時まだ三歳だった彼女。
 親元から引き離され、国の管理下で厳しい訓練がおこなわれた。

 そして候補者の中でただ一人、最後まで訓練を耐え抜いた彼女は、適性を認められて勇者となった。

 勇者になってからは、国の命令により戦争には必ず参加した。
 勇者パーティは、一番槍の役はもちろん、囮役や、敵将の殺害など、様々な任務を課せられた。

 訓練中はさほど自覚していなかったが、カミラは戦いの才能があった。
 任務の失敗もなく、行く先々で戦果をあげていった。

 勇者が戦争に出るようになり、軍の士気は大きく上がったと言われた。
 戦況はもともと有利に進んでいたが、ますますそれが加速。
 いつのまにか、戦から帰るたびに民衆から称賛を浴びるようになった。

 より大きくなった期待を背負い、また次の戦に出ていく。
 それを繰り返していった。



 そのルーチンワークの中、彼女は戦場で彼と出会った。
 魔族の幹部の横に立っていた、勇者とは正反対の、黒ずくめの鎧。

 中身は、魔族ではなかった。
 脱げた兜から出てきたのは、人間の顔。
 その鎧から受けるイメージとはかけ離れた、優しそうな顔。そう思った。

 そして泉で再会したときに、触ってきたその人間の手――。
 それはとても温かく、どこか安らぎがあって。

 ――あれは、両親の……。

 カミラは両親の顔をもうほとんど覚えていない。
 引き離されてからは一度も会っていない。どこにいるのかすら、教えてもらえなかった。
 記憶に残っているのは、その手の感触、ぬくもりだけ。

 彼の手は、記憶の中にあったその両親の手に似ているような気がした。

 その人間は、マコトと名乗り、身分は奴隷だと言った。
 しかし、鎖には繋がれていなかった。
 また、違う生物の国にいること――それを自分の意思だと言い切った。
 連れて帰ろうとしたのに、その誘いもあっさり断った。

 奴隷なのに。身体が拘束されていない。
 そして心も拘束されていない。
 カミラは、マコトを『自由』だと思った――。



 ***



 今も投石によるリンブルクへの攻撃が続いている。
 カミラは、陣地から外城壁を眺める。

 魔国の中では最も堅牢と言われる、リンブルクの城壁。
 城のスペックもさることながら、今回は魔族の兵が段違いに手ごわい。
 魔力が尽きる気配もなく、士気も今まで見た中で一番旺盛に見える。

 マコトは、前回の戦では〝実験的〟に軍に参加していると言っていた。
 また、彼が持つマッサージという技術――それは魔族に対して色々な効果があり、魔国は今その技術を必要としている、と……。

 前回、ノイマールの会戦での追撃戦で、手こずったこと。
 そして今回の、リンブルク攻城戦の苦戦。
 どちらもマコトの影響に違いないと、カミラは考えていた。

 人間の国での勇者、そして魔族の国でのマコト。

 ――担っている役割は、そう変わらないに違いない。

 カミラはそう考えていた。
 自分は勇者としてみんなの士気を高め、軍の力を向上させてきた。
 一方、彼も特殊な技術で魔族の軍の士気を高め、その力を引き出している。
 ある意味、彼は魔族にとっての勇者なのだ。

 でも、それでいながら彼は、『自由』――。



「勇者様」
「……」

「勇者様!」
「……え!?」

「私はさっきから呼んでいましたが」
「そ、そっか」
「あの男のことを……考えていたのですか?」
「……」

 図星だったが、カミラは答えなかった。
 しかし問いかけた若い男は、答えがなくともわかっているようだった。

「あの泉での一件から、たまに考え事をされているようですが。気になってらっしゃるのですか」
「魔族の中に一人だけ人間がいたんだ。気になるのは当たり前じゃないかな」

「今回の我々勇者パーティの任務は、あの男をイステールへ持ち帰ることです」
「わかってる」
「……生死を問わず、です」
「それも……わかってる」

「投石は一定の効果が認められるようですので、急ピッチで櫓の増設を進めているようです。
 城壁や塔だけでなく、その向こうの民間施設も狙う方針という連絡がありました」

「なるほど」
「我々の出番も、そう遠くないかもしれません」

 ――もうすぐ、会えるのだろうか。
 あの人に。 
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