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立ち上がる猛牛

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第三話 二つの過ちその十

 その西本の胴上げを見てだ、オーナーの佐伯も言った。
「こんな光景見ることになるとはな」
「思いませんでしたね」
「とても」
 他のフロントの面々も言う。
「後はプレーオフですか」
「プレーオフで阪急に勝てば」
「その時は」
「シリーズや、勝つで」
 こう言って後期制覇の喜びをよそにプレーオフに向かった、その第一戦近鉄は阪急投手陣を打ち崩し十七対三で下した。
 西本はこの一勝を大きいと思ったがこうも言ったのだった。
「あと二勝や」
「まだ一勝」
「それだけですか」
「そや、これからや」
 まだ一勝しただけと言ったのだった、そのうえでこうも言った。
「阪急は強い、一勝で浮かれられる相手やない」
「今日は大勝しましたけど」
「これで勢いには乗れん」
「そういうことですか」
「そや、あと一勝したらわからんが」 
 しかしというのだ。
「まだ一勝や、ひっくり返されるわ」
「ほな次の試合にこそ」
「意気込んでいきますか」
「そうするで」
 全く油断せずに第二戦に向かうのだった、だが。 
 その第二戦阪急の監督上田利治は山口高志、近鉄がドラフトで指名を獲得しつつも手に入れなかった彼をマウンドに送りこう言った。
「頼むで」
「はい、思いきり投げて」
「勝って来るんや」
「そうして来ます」
 一七〇あるかないかという野球選手としては小柄な身体でだった、山口は上田に応えた。そして。
 身体全体を使ったフォームで投げ込んだ、スリークォーターというのに一旦地面まで下がりそこから一気に上にホップする様なノビの速球を。
 ノビだけではない、球速は横から見えない程だった。一六〇キロは出ていると思われた。
 しかも球威も尋常ではなかった、キャッチャーのミットに入る度にドスーーーーン、という凄い音が球場に響いた。
 その剛速球を打てる者は近鉄打線にはいなかった、まさに手も足も出ずだ。
 近鉄は阪急、もっと言えば山口に敗れた。そして。
 阪急はこの勝利で勢いを得てプレーオフを一気に勝ち進みシリーズ出場を決めた。西本は喜びに湧く阪急ナインを見て言った。
「うちに山口がおったらな」
「うちが勝ってましたね」
「絶対に」
「そして土井もおったら」
 彼もというのだった。
「山口も打てた」
「山口と土井がおったら」
「それで」
「うちは勝ってた、しもたわ」
 西本は自分のミスを認めた。
「この二つのミス、忘れんわ」
「そして来年ですか」
「また」
「ああ、挑戦や」
 こう言って今年のグラウンドを去った、西本は近鉄何よりもこのチームを率いる己の力の至らなさを噛み締めつつそうしたのだった。


第三話   完


                       2016・8・24 
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