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立ち上がる猛牛

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第三話 二つの過ちその九

 これまでカーブとフォークだけだった変化球の球種を増やした、そこにスライダーとシュートも覚え左右の揺さぶりも身に着けた。そのうえで緩急もつけるようにした。
 するとだ、これまで低迷気味だった調子がだ。
 かつての様に戻り勝てる様になった、それでだった。
 鈴木は勝てる様になりだ、確信した。
「監督はほんまにわしのこと思うて言うてくれてたんやな」
 このことを理解してだった、以後は西本と共に優勝を目指すことを誓うのだった。そして。
 近鉄はこれまでの低迷を脱却した鈴木と四番であるジョーンズを中心に勝っていった、若手もそれなりに育ってきており西本はその状況を見て言った。
「前期はあかんかったけどな」
「後期はですか」
「ひょっとしたら」
「ひょっとしたらやないで」
 笑って言うのだった。
「やるで」
「優勝ですか」
「後期の優勝ですか」
「前期は阪急が優勝した」 
 前評判通り安定した強さを発揮してだ、堂々たる優勝であった。
「けれどや」
「はい、後期はうちですか」
「近鉄が勝ちますか」
「優勝するで」
 強い声での言い切りだった。
「そしてプレーオフでも勝ってや」
「シリーズにも出ますか」
「やったるわ、それでや」 
 ここで西本は一旦言葉を止めた、そのうえでこれまで以上に強い決意を顔に見せてそのうえで周りに約束したのだった。
「日本一になるわ」
「遂にですか」
「監督が日本一の監督になるんですね」
「その時に」
「六度挑戦した」
 西本自ら言った。
「一回は大毎で、後の五回は阪急でな」
「そうでしたね」
「それで残念ながらでしたが」
「今度こそは」
「近鉄はまだ優勝してへんしな」
 リーグ優勝の経験がないのだ、ましてや日本一なぞとてもだ。それどころか長い間弱小球団であった程である。
 だがその近鉄をとだ、西本は言うのだ。
「日本一にするで」
「後期で勝って」
「そうしますか」
「阪急を倒して」
「そのうえで」
「ああ、やったるで」
 こう言ってだ、そしてだった。
 西本は後期優勝を目指しナインを率いて戦った、ナインは後期誰もが予想しなかったまでの健闘を見せた。その健闘を見てだ。 
 誰もがだ、驚きの声で言った。
「おい、ほんまにかいな」
「近鉄優勝しそうやな」
「信じられへんけど」
「後期だけにしても」
「近鉄が優勝か」
「あのチームが」
 長い間弱小と言われてきた近鉄がというのだ。
「ずっと最下位やったんやで」
「最近は数年に一回しか最下位になってなかったけどや」
「長い間最下位ばっかりやった」
「その近鉄が優勝って」
「西本さんやるんか」
「やってくれるんか」
 誰もが、それこそ長年の間近鉄を応援してきた古株のファン達ですらこのことが信じられなかった。だが。
 投に鈴木、打にジョーンズという軸を持つ近鉄は後期マジックを点灯させそのマジックを減らしていき。
 遂に優勝した、そして。
 一七〇を少し超えただけのスポーツ選手としては小さい方の西本の身体が胴上げされた、その胴上げを見てだった。
 ファンは涙した、かつて近鉄で活躍していた者達もだ。
 その胴上げを見てだ、思わず言葉を漏らした。
「嘘みたいや」
「近鉄が優勝って」
「後期にしても」
「近鉄が優勝したんか」
「嘘みたいや」
 こう口々に言った、そして。 
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