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木ノ葉の里の大食い少女

作者:わたあめ
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第一部
第三章 パステルカラーの風車が回る。
  夜叉丸

 ――これは! サスケくん、きっと無茶な戦い方を……!
 色白の体を這う呪印にサクラは目を見開いた。サスケが血を吐きながら苦悶に呻きをあげ、痛みに叫びをあげる。呪印。呪印の所為だ。苦しむ彼のその名を呼ぶことしか出来ない自分に嫌悪を催し、戸惑い半分と恨めしさ半分に思う。
 ――カカシ先生、痣のことは心配ないっていってたのに……

「サクラちゃん……サクラちゃん!!」

 呼ぶナルトの声に、サスケへの心配でいっぱいいっぱいなサクラは「何よもう!!」と振り返った。大した用事じゃなさそうなのは――というか、しょうもなくバカ丸出しな質問でありそうなのは――その声調で充分過ぎるくらいに感じ取れた。

「こいつ……誰だってばよ!?」

 ほら来た。とサクラは呆れ半分に溜息をつき、顔の右半分が狸に、左腕が巨大な砂色の腕になり、尻尾を生やした我愛羅を見た。もし全身があの状態ならまだしも、左半分は我愛羅そのものだし瓢箪だって原型とどめてるし、気づけよという突っ込みを出しそうになる。

「姿かたちは変わってるけど、でも我愛羅って人で間違いないわよ。左半分の顔をよく見て! 表情とか色々違うけど、でも額に愛の字があるし、隈深いし、髪赤いでしょう!」
「――!! ほ、ホントだ……」

 いやいや普通気づくでしょ。そう思ったが、自分も一瞬誰かと疑ったので人のことは言えないかもしれない。
 俺は生まれながらの化け物だ、彼が予選でマナに向かって放った言葉がリピートされる。その言葉にマナは、お前は化け物じゃない、化け物は自分だと返したが――しかしサクラやナルトからしてみれば、大食いのマナよりもこの我愛羅の方が、よっぽど化け物らしいのだった。いや、寧ろ化け物なのだろう。
 
「うぁあああッ……かはっ、はっ、はっ、」

 サスケがうめき声を上げる。感知タイプでないサクラでもわかるくらいに、我愛羅の放つチャクラは禍々しかった。早く撤退しなきゃ、と頭が動く。サスケをカカシのところに連れて、呪印をどうにかしてもらはないと。

「お前……」

 我愛羅がぽつりと呟く。血を吐きながら、サスケが必死に起き上がろうとした。喉元から悲鳴がこぼれる。「サスケくん!」、と。サスケは呪印の刻まれている位置に向かって手を伸ばした。これを食い止めなければ、体力は奪われていくばかりだ。早くこれを止めなければ――
 がは、とまた血が滴った。体を折り曲げる。苦しい。サスケはもう戦えない、とナルトは判断した。だめだ。これ以上戦えない。一時撤退しなければ。叫ぶ。

「逃げっぞ、皆ァあああ!!」

 しかしそれよりも早く我愛羅が飛び出した。自分の隣をすり抜けて、左腕を持ち上げる。

「死ねうちはサスケェエエエエ!!」

 反応できないナルトの目が見開かれ、我愛羅の砂色の腕が迫る。倒れたサスケはすぐそこ――
 と、そんな我愛羅の目の前に、一人の少女がクナイを構えて立ちはだかった。
 春野サクラ。
 姉のテマリなんかには足元も及ばないくらい弱くて非力な少女がクナイを構え、こちらをキッと睨みつけていた。彼女よりも数倍強いはずのテマリすら恐れた我愛羅に、恐怖のかけらも見せずクナイを向ける。

「サクラちゃああん!!」

 ナルトの叫び声。地面に倒れるサスケが、ボールを受け取ることすら拒んで逃げ出した子供と、サクラの姿がそんな子供を守った夜叉丸と重なる。夜叉丸。あの裏切り者。

「どけ!!」

 砂色の腕は呆気なく彼女を押さえつけ、大樹に力強く押さえつけられた彼女の頭がかくん、と垂れる。夜叉丸のことが脳裏を蘇り、頭が痛んだ。右手で痛む頭を押さえつける。
 ナルトは慌ててサスケを抱えて下へと移動し、サスケを下の方の枝の上に横たえると、振り返ってサクラの名を呼んだ。

「サクラちゃん!!」

 しかしサクラは反応しない。気絶してるだけだといいのだが。

「くそおっ……くそおっ……一体どうすりゃいいんだってばよ……!!」

 どうしようどうしようどうしよう。ここでサクラを見捨ててサスケと逃げるなんてことは出来ない。でもリーですら、サスケですら勝てなかった彼に自分が勝てるのかという疑念がわき上がる。

「何故っ……」

 何故お前らは皆そうやって立ちはだかるのか。
 マナと戦った時のユナトや。リーと戦った時のガイや。そして、サスケと戦った時のこのサクラや――あの子供を殺そうとした時の夜叉丸や。
 一層強くなった頭の痛みに、我愛羅は頭を抱えた。記憶。あの時の続きが蘇る。

 +

 ――やっぱりだめだ……砂が邪魔する――
 物心ついた時から母はいなかった。微笑んでいる母の写真を目の前で刀を振りかざし、自分の手の甲に突き刺そうとしたが、無駄だった。砂が吹き出て刀を阻んだ。
 ――我愛羅さま――
 ――夜叉丸――
 母と同じ色の髪を垂らし、額に包帯を巻きつけた男が数歩進み出た。
 ――こう見えても私は貴方の体調を管理し、お守りするよう風影さまからおおせつかっています。私の前で、そんな真似はやめてください――
 そんな夜叉丸の言葉に我愛羅はうつむいた。夜叉丸が自分に付き添ってくれていることは義務でしかないのだということへの悲しみよりも、悪戯がバレて叱られた子供のような気持ちが大きい。
 ――とはいっても、砂が守ってくれますか――
 夜叉丸が柔和に笑った。その腕にも包帯が巻かれている。そんな姿に我愛羅は、自分の砂が夜叉丸を傷つけてしまったことを思い出した。罪悪感にかられた我愛羅は夜叉丸を見上げ、小声で謝った。
 ――やしゃまる……ごめん――
 言えば夜叉丸はこれはただのかすり傷ですよと我愛羅を安心させるかのように笑った。更に罪悪感にかられ、我愛羅は問いかける。
 ――傷って……痛いの?――
 全く怪我をしたことのない我愛羅は、傷というものがどういうものかについては余り知らなかった。ただ大怪我をしたカンクロウが泣きながらテマリに手を引かれていた時のことを覚えている。赤い液体や透明の汁が傷口から溢れ出ていて、ぐちゃぐちゃになっていた。痛そうだな、と思った――心が痛む以外に痛覚を感じたことのない我愛羅にとっては痛いということもまた他人事ではあったが。
 ――まあ少しは。でも直ぐに治りますよ――
 夜叉丸は優しい。それでも、いやそれだからこそ、我愛羅は夜叉丸を傷つけた罪悪感に苛まれた。ねえ夜叉丸、発された音に夜叉丸が小首を傾げた。なんですかという簡単な言葉の羅列ですら温かい。
 ――痛いって何なの?――
 夜叉丸は言葉を捜した。辛いとき悲しいとき。我慢できないほどの強い感情を持っているとき。様々な感情を持ち出して形容してみても言葉は見つからず、結局得られた結論というのはあまりよい状態ではないということだけに過ぎなかった。
 ――夜叉丸は僕のこと……嫌い?――
 問いかけた声は怯えていた。答えをもらうのが怖かった。夜叉丸の体に巻かれた包帯が痛々しかった。自分の包帯に向けられる躊躇いがちな視線に、そのことに罪悪感を感じていたのだと知った夜叉丸は笑った。
 ――人は傷つけたり、傷つけられたりして生きていくものです。でも人はそう簡単には、嫌いになれないものなんです――
 嫌いじゃないよ大好きだよなんて言葉よりも、夜叉丸の言葉は温かく、すとんと心の中に落ちた。ありがとう夜叉丸、我愛羅は言った。
 ――僕、痛いってことが少しわかった気がするよ――
 
 +

 何もわかってなかったんだと我愛羅は今になって思う。あの時夜叉丸は、我愛羅を守るその砂を、彼の姉――つまり我愛羅の母親の、我愛羅を守り続けたいと思う意志の表れだと表現したことさえ、今はくだらなく思えてくる。

 +

 ねえ夜叉丸、お願いがあるんだ。
 夜の砂隠れの里を我愛羅は走っていた。なんですか我愛羅さまと答える夜叉丸の調子はいつもどおり優しい。傷薬が欲しいんだと我愛羅は言った。あげようと思ったのだ、自分が昼間傷つけた子供たちに。
 ――昼間はごめんね。これ、傷薬……――
 ――帰れよ! 化け物――
 しかし子供から帰ってきた声は鋭く我愛羅の心を刺した。傷つけてしまったのは自分が悪いと自覚していても、ここまで手ひどく拒絶されるとは、思っていなかった。言葉よりも、あの憎しみの篭った瞳に傷つけられた。
 町で出会った酔っ払いが、我愛羅の姿を見て目を見開いた。恐怖に満ちた瞳が、あの子供の目と重なる。なんでなんでなんで、理不尽な重いばかりが渦巻く。
 なんで皆拒絶する! なんでなんでどうして? 僕が一体どんな悪いことをしたんだよ!
 混ぜ合わせられるのは一尾の、守鶴と呼ばれる彼の思い。殺しちゃえ殺しちゃえ。理由もなくお前を拒むような奴なんていらないイラナイ。
 そして我愛羅はその酔っ払いを殺した。殺したということにすら気づけないまま、我愛羅は歩き続けた。道端、建物の柱によりかかった男性――カンクロウのよく似た男が腕を組んで立っていた。我愛羅の父、風影だ。
 彼は何も言わなかった。けれど我愛羅はまるで彼に無言の内に責められているような思いで、逃げるようにしてその場を去った。

 +

 ――なんで僕だけ、化け物なんだ?
 満月の夜だった。建物の最上階に腰をかけて、我愛羅は自分の顔を覆った。テマリもカンクロウも化け物じゃなくて、友達がいるっていうのに。なんで僕だけ?
 ――僕は、なんなんだ?
 テマリやカンクロウを守る砂はないけれど、自分だけはいつも砂が付きまとう。感情的になると砂はいつも攻撃に回る。
 夜叉丸、と我愛羅は泣いた。心の傷を治せるのはきっと愛情だけ。そういった夜叉丸の言葉が蘇る。町の人々は子供も大人も自分を恐れ、父でさえ自分をあまりよく思っていない。テマリとカンクロウも自分のことを畏れている。我愛羅の味方は夜叉丸だけだった。優しい優しい、夜叉丸だけ。
 やしゃまる。泣き続ける我愛羅の背後で砂がはじけた。振り向く。砂がいくつかのクナイを絡め取っていた。振り向いた先で一人の忍びがたっている。彼の周りでクナイが宙に浮かんでいる。自分を殺しに来たのだと悟った。と同時に、喉の奥で怒りがはじけた。
 ――なんで僕が……僕ばっかり……っ!
 彼が腕を振るうのと同時に、空に浮かんでいたクナイがこちらに向かって飛んでくる。それを砂が防ぐのに任せながら、我愛羅は掌を顔を隠した忍びに向ける。たちまち砂に捕らえられた彼が砂に包まれたままもがく。我愛羅が拳を握り締めた。
 ――なんで? ……なんで?――
 血が迸り、男は悲鳴をあげる間もなく死んだ。人をまた殺してしまった。今までのように感情の高ぶりのせいではなく、今度は自分の意識を、明確な殺意を持って殺してしまった。なんで僕ばっかり。言いかけた声は地面に落下した男の指に吸い寄せられて、消えた。包帯を巻いた指。認めたくなかった。
 額宛ての下からのぞく髪。偶然だと自分に言い聞かせる。震える指が男の顔を隠す布にふれる。だめだ、と心のどこかが叫ぶ。するり、と布が男の顔を離れる。
――さすが、ですね、……我愛羅さま――
 死んだかと思われた彼はまだ生きていた。口から血を流し、額からも血を流した男が柔和な笑みを浮かべた。夜叉丸だ。受け入れたくない現実がどくどくと心臓を鳴らす。心が痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイ――――
 なんでなんで? なんで僕ばっかなの? なんで夜叉丸が僕を殺そうとしたの? 僕の味方は夜叉丸だけだと思ってたのに。心の傷を治せるのは愛情だけって言ってたの夜叉丸でしょ? 夜叉丸が僕の傷を治してくれるんじゃなかったの? なんで? なんで? なんで――?
――やしゃまる……っうぁあああああああああああ!!――
冷たい刃をねじ込まれたようだった。脳がきりきりと痛む。思考を拒否する。優しい夜叉丸が、唯一の味方だと思っていた夜叉丸が自分を殺しにきたという現実が凶器になって襲い掛かる。あふれ出した砂がその凶器から我愛羅を守ろうとするかのように渦巻く。
そしてその凶器が導いたのは、我愛羅の狂気だった。
 
 

 
後書き
なんていうか、半端ない絶望感だったんだろうなあ、と書いててこの我愛羅の絶望をどうやって表現したらいいのかわからなくなりました。なんというか感情が高ぶると勝手に人を傷つけたり殺してしまう砂のこともあって、我愛羅はなんだかんだでナルトよりもずっと畏れられ疎まれてきたのではないのでしょうか。ナルトは少なくとも感情が高ぶると勝手に人を殺す、なんてことはありませんし、感情が高ぶって九尾の衣を纏いだすのも大体が任務とかの時ですし。 
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