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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第二十六話 麻薬撲滅捜査を展開します。その2

 帝国歴484年11月19日――。

 イゼルローン要塞を預かる、シュトックハウゼン大将は突然スクリーン上に現れた皇帝陛下の御姿を見て、度肝を抜かれてしまった。

「へ、へ、へっ――」
「どうしたのじゃ、シュトックハウゼン、風邪かの?」
「陛下!!」

 やっとの思いで、言葉を吐き出したシュトックハウゼンは、バッタの様にひれ伏さんばかりである。

「最前線での帝国防衛の任、苦労である。体は大事ないか?将兵たちは無聊をかこってはおらんかの?」
「ハッ!ありがたきお言葉、もったいのうございます!小官をはじめ、将兵たちは反徒共をネズミ一匹とおさぬ気構えで軍務に精励しております!」

 シュトックハウゼンにしてみれば、これまで歴代の要塞司令官の前に皇帝陛下がスクリーン上とはいえ、現れることはなかったのであるから、その栄華がにわかに自分に降りかかってきたことにまだ信じられない思いをしていた。シュトックハウゼンでさえそうなのであるから、他の幕僚たちの動揺は推して知るべきである。

「実はの、シュトックハウゼン。要塞司令官の重責を担わせているところ、負担をかけるがの、卿にちと頼みがあってな」
「ハッ!なんなりと!」

 そう答えたものの、どんな課題が来るのかと、今度はビクビクもののシュトックハウゼンである。

「実はの、要塞駐留艦隊にミューゼルという中佐がおる。その者をある特務に就かせてほしいのじゃ。併任でな」
「は?!」

 皇帝陛下が発した言葉をシュトックハウゼンが理解するのにしばらく時間がかかった。それもそのはず、皇帝陛下が頼みごとをする内容にしてはあまりにも軽すぎるからだ。まして一介の中佐程度の者を皇帝陛下が気に掛けるというのは、一体どういうことなのだろうといぶかるばかりである。

「して、その者に何をやらせるのでありますか?」
「サイオキシン麻薬の撲滅捜査じゃ」

 言下に発せられた言葉に、シュトックハウゼンは凍り付いてしまった。まさか遠くオーディンに離れて、サイオキシン麻薬のまん延を皇帝陛下御自らが知っているとは思わなかったのである。それにもましてシュトックハウゼンを恐怖させたのは、この事実を知りながら、まだ積極的な対策をとっていない自分にたいして何らかのけん責があるのではないかということだった。いや、けん責ならまだよいが、降格などになってしまってはたまらない。

「いやいや、卿を責めているのではない。卿はこの要塞全体を預かる重責を担っておる。その者に万華鏡の中の一点を確認せよと申しても無理であろう」

 シュトックハウゼンはほっとなった。ここは皇帝陛下のお言葉に従い、そのミューゼルとかいう中佐をさっさと特務に就かせた方が利口だろう。だが、問題がある。要塞艦隊はゼークトが握っているのだ。横から口出しはできない。

「しかしながら、陛下。要塞艦隊はゼークトが統括しております故、私の一存では・・・・」

 恐る恐るそう切り出すと、皇帝陛下は、

「おお!そうじゃったな!では、儂からゼークトに依頼するとしよう」

 そう言われてはなんとなく面白くないシュトックハウゼンに、

「卿にも苦労を掛けるな。しかし要塞司令官としての重責を果たしてくれていること、感謝するぞ。近々卿に沙汰があるじゃろう。卿の功に比肩してささやかな叙爵かもしれんがな」

 叙爵!!
 シュトックハウゼンは内心躍り上がりたいのを懸命にこらえた。彼自身は伯爵家の次男であったが、まだ無爵の身である。これが叙爵されるということはあらたに、どこか断絶した何らかの家柄を継がせることを意味している。

「ありがたき幸せ!!このシュトックハウゼン、粉骨砕身で軍務に精励いたしまする!!」
「頼むぞ」

 スクリーンは切れた。だが、シュトックハウゼンは椅子に寄り掛かりながら、この上ない幸福感に満ちていたのである。

「どうじゃな?」

 通信を切ったフリードリヒは傍らに控えるマインホフ元帥とグリンメルスハウゼン子爵に顔を向けた。ここは皇帝陛下専用の通信室で有り、こっそりと寝室のわきに作られている。これを知っているのは、マインホフ元帥、グリンメルスハウゼン子爵の二人だけであり、ブラウンシュヴァイクもリッテンハイムも、ワルターメッツも、ビリデルリングも、リヒテンラーデ侯爵すらも知らぬことなのである。
暗いわずか3畳ほどの、しかし徹底した防音を施した部屋の中に老人たちの哄笑が満ちていた。

「いや、お見事な操縦ぶり。なんと申してよいか、わかりませぬなぁ」

 マインホフ元帥が感嘆の顔を見せる。

「これでかの者が動きやすくなれば、その後が楽しみですわい。しかしながら、アレーナめが無理を言ってしまい、申し訳ございません、陛下」
「なんの、そう言いながらマインホフ、そちの顔は緩んでおるわ」

 皇帝陛下が指摘したので、3人はまた声を上げて笑った。

「ほっほっほ。いよいよマインホフ元帥も、小娘に骨抜きにされる年齢になったということかの?」
「なんの!まだまだ負けぬわい!儂がこうして陛下にお願い申し上げるのは、つまりはアレーナ、そしてかの者のじゃな――」
「わかっておるわかっておる。余もアレーナの力量を知っておるゆえ、こうして話を付けたのじゃ。そのアレーナが認めるミューゼルもまた、アンネローゼの弟である」
「二人が国政を支えてくれれば、我らも安泰というわけですかな」

 そう言いながら、グリンメルスハウゼンはじっと陛下の顔を見ている。陛下は何も言わず、軽く咳払いして視線を避けた。

「さて、次はゼークトじゃな。さっそく通信をつなげてくれぬか?」

 陛下の言葉に、マインホフ元帥がいそいそと準備に取り掛かった。


 ゼークトの了承を取り付けたことで、ラインハルトとキルヒアイスも、併任として麻薬捜査特別捜査班に加わることとなった。ラインハルトにしてみれば、自らが捜査の指揮をとれないことに不満があったのかもしれないが、それでもそんなそぶりは毛ほども見せず、ケンプに全面的に協力する姿勢をとっていた。フィオーナとティアナにとってほっとしたことは、ラインハルトがケンプと同格の中佐であったこと、それでも先任のケンプに対して一歩譲る姿勢をとっていた事である。
 彼らが加わったのち、ケンプたちは事前の打ち合わせを十分にしていた。

「まずはカイザーリング艦隊の航路を数年分にわたって追うことにしましょう。その中で何か不審点があればそれを列挙してみてはいかがでしょうか?」

 フィオーナの提案に賛同した一同は、まずカイザーリング艦隊の航路を徹底的に調べ、いくつかの特定の基地を割り出すことに成功していた。その基地に寄港した直後、カイザーリング艦隊内部で不審死や負傷がなかったかどうか、あるいは補給物資に不審な変動がないか、等――。

 その結果、ある特定の基地に寄港した直後、補給として受けた弾薬その他の物資量とその消費量からの推定在庫がかい離していた事、負傷者が発生し、中には死亡した者も(病死と届けられていた。)いた事、等が突き止められたのである。ここの事象からすれば全くとるに足らない事だったかもしれないが、特務捜査班の面々が付き合わせた結果、一つの結論に達したのである。すなわち、ここが麻薬の集積場であるということに――。

 ケンプは直ちに上司に報告するとともに、一斉捜査の許可状と、その基地への立ち入り強制捜査の許可を申請し、直ちにこれが受け入れられた。また、捜査は一斉同日に入ることとなり、その準備のため、彼らは数日待つこととなる。
 その間、ティアナは、フェザーンに対して匿名の口座の洗い出しデータを求めることはできないかと、ケンプに提案した。

「麻薬の売買の動機としてまず一番に考えられるのは金銭です。最後の決め手として、不正な資金洗浄やそのお金の保管場所を特定できれば、有力な証拠になると思います」
「フロイレイン・ティアナの言う通りだ。それに関しては、既にフェザーンに連絡を取って、全面捜査の協力要請を行っている。極秘裏にだが。既に私の部下の一人がそちらに赴いて捜査しているはずだ」
「一人だけですか?」

 このような重要任務を任せられる人材とは誰なのだろう、とフィオーナは疑問を呈した。

「いや、向こうにいる駐在武官と一緒に捜査しているはずだ。名前はロイエンタール、オスカー・フォン・ロイエンタール少佐だ」

 ロイエンタールが!?フィオーナとティアナは一瞬視線を交錯させた。

「向こうにいる駐在武官とやらは、ナイトハルト・ミュラー中尉ではありませんか?」

 フィオーナが尋ねるとケンプが、今は彼は大尉だが卿知っているのか、と驚いた顔をしたので、しまったとフィオーナは思った。フェザーンに行ったことのない自分がどうしてミュラーのことなどを知っているのか、説明ができないことに気がついてしまったからだ。

 なにやってんのフィオ!?という視線をティアナが浴びせてきている。

 顔を赤くしたフィオーナは努めて顔色を元に戻し、

「いささか任務で助力をもらった経緯があるので」

 と、簡潔に答えた。ティアナがそれを見て、話題を変えようとしたのか、

「それはそうと、今回の麻薬の元締めは、やはりバーゼル少将なのでしょうか」

 バーゼル少将はカイザーリング艦隊の参謀長であり、さらに補給の総責任者をも兼ねている。これほどうってつけの人物もいない。

「その可能性は大だ。カイザーリング中将自身が関与しているかどうかは定かではないが、麻薬組織の実質的な元締めは彼だろう」
「果たして、そうだろうか」

 ラインハルトが疑問を呈したので、全員が彼を見た。

「というと?」
「ケンプ中佐。確かにカイザーリング艦隊にサイオキシン麻薬が蔓延しているのは事実だ。だが、麻薬自体が一体そもそもどこから来たのか、それを突き止めない限り、カイザーリング艦隊を検挙しても、氷山の一角ということになる」
「それは承知している。だが、今の人員ではつまるところカイザーリング艦隊及びイゼルローン要塞、そしてそれら周辺を捜査するので精一杯なのだ」
「・・・・・・・」

 ラインハルトはそれ以上何もいわずに、ただ軽くうなずいて引き下がったのだが、キルヒアイス、フィオーナ、そしてティアナには彼の眼に何か深い考えが漂っているのが、感じられたのである。

 そして、数日後――。

 ロイエンタールらからもたらされたフェザーン口座などの情報をもとにして、足固めをした特務捜査班は、ケンプの指揮によって、実働段階に入った。捜査は突発的かつ電撃的に行われた。まず、カイザーリング残存艦隊の捜査について、令状をもってカイザーリングその人と面会してこれを了承させ、ついで将官を全面的に一時的に隔離して徹底的な取り調べを行ったのである。この時、将官の取り調べを行うというので、わざわざオーディンの軍務省監察局から、メルデヴィッツ少将がやってきた。将官の取り調べということで、今回特別にやってきたのであった。

 彼は貴族出身であるが、憲兵局での勤務が長く、サイオキシン麻薬についてもその危険性を良く知っていた。今年41歳、謹厳実直を絵にかいたような長身痩身の堀の深い顔立ちの黒髪の男であったが、そのオーラは同格の少将のみならずその上司までも圧倒するほどであった。フィオーナもティアナも、そしてラインハルトもキルヒアイスも、一目彼を見てただの貴族の子弟ではないと見抜いた。

 彼はケンプから報告を聞くと、素早く部下たちの派遣先を決定し、自らも指揮を執った。イゼルローン要塞以外にも捜査先はある。彼はイゼルローン要塞にいながら、これらすべての捜査先の中央指揮を執ったのである。当然カイザーリング艦隊の寄港先である補給基地も、イゼルローン要塞も撤退的に調べられ、麻薬所持で検挙されたのは、数千・・・いや、数万人にも達した。カイザーリング艦隊のみならず、イゼルローン要塞内部、そしていくつかの周辺基地にも麻薬所持者はいたのである。それらの者の自白から、いくつかの販売組織が摘発されたが、これらは末端に過ぎないとメルデヴィッツ、ケンプ、ラインハルトらは見ていた。


 そして、カイザーリング艦隊の要綱たるバーゼル少将に対する取り調べが極秘裏に行われていた。

「私は知らん。そんな麻薬等、下士官や兵たちが勝手にやっていることにすぎん」
「知らぬ存ぜぬではすまないだろう。現にカイザーリング艦隊の残存艦隊だけで数万人が麻薬を所持していた。それも知らぬというのなら、あなたの将官としての責任問題となる」

 ケンプが取り調べを行い、メルデヴィッツ少将が後ろに控えているが、バーゼル少将は一向に認める気配すらない。

「責任問題なら、統括しておるカイザーリング自身がかぶるべきだ。私は実務をやっていたにすぎん」
「だから、責任はないとおっしゃられるか?」
「そうだ」

 既に、ロイエンタールらの報告で、バーゼル少将が匿名口座をフェザーンに設けて、少将の給与よりもはるかに高額な金額をやりとりしていること、幾人もの佐官、下士官の証言でバーゼル少将が弾薬に仮装した麻薬運搬や売買の指揮を執っていた事等がすでに分かっていた。ケンプはそれらをにおわせたがバーゼルは一向に認めようともしない。ふてぶてしいバーゼルの答弁にガラス越しに見ていたラインハルトは怒りを見せていた。

「とんでもない奴だな!キルヒアイス。俺はいっそのことあいつを絞め殺してやりたくなる。汚らわしい!!」
「ええ、まったくです。それにしても、カイザーリング閣下は対照的でした」

 バーゼル中将の前に、取り調べを受けていたカイザーリングの姿を思い出しながら、キルヒアイスがいう。彼は終始抗弁もせず、淡々と事実を認め、潔く罪を謝したのである。もっとも、カイザーリング自身が麻薬売買に関与していたという事実は、ついに認められなかったのだが。

「潔く罪を認めたということか?俺は奴が自分の無能さを認めたというだけに過ぎないと思うがな。それに、認めたからと言って麻薬に深刻に侵された将兵、そして家族らを救うことはできないだろう」
「ラインハルト様」

 珍しく色を成して他人を批評するラインハルトにキルヒアイスがたしなめたが、彼は聞かなかった。もっとも、今二人がいる場所には他に人がいないというのもあるのだが。

「問題は、罪を認めることではない。それは始まりに過ぎない。まして、死をもって償うなど、もってのほかだ。謝罪や贖罪は生きて行動で示すべきだと俺は思う」
「とにかく、わたくしたちも捜査を継続しましょう。少なくともこのイゼルローン要塞やその周辺からは、サイオキシン麻薬を根絶させたいものです」
「あぁ。一度に撲滅することは不可能だ。その点でケンプの言うことは正しい。だが、だからといってそのままにしておくのは筋違いだ」
「はい」

 その時、ガラス越しに、メルデヴィッツ少将が立ち上がるのが見えた。彼はが幾人もの証言を聞かせ、さらにバーゼル少将の匿名口座、それに口座開設の中将自身の来店した画像などを突きつけると、観念したのか、がっくりとバーゼル少将が机に顔を伏せた。それを見たケンプがすばやく部下たちに指令して彼を連行していく。

「奴は一角にすぎん。俺の地位が向上し、周囲の地固めが終わったら、今度は徹底的に行ってやる」

 ラインハルトが両拳を打ち合わせた。



 某所――。

「ほう、カイザーリングの奴は、終始無言だったというわけか。いや、結構なことだ」
「バーゼルなどは我々にとって人形でしかない。いつでも切り捨てられるし、当人は自分が元締めだと思い込んで動いておる。まったく単純な男だ。ひとたび自身で運営できる施設を与えれば、どこから資金援助をしたか、どこからブツを与えたか、それをいい加減忘れてしまってくるものと見える」
「それとて我々が直接かかわっているわけではない。幾重にも壁を築いておるわ。彼奴の眼からは我らの姿はおろか、その存在すら感知できぬ。良いではないか、それでこそ今回の騒動、カイザーリング艦隊を切り捨てるだけで終わるのだ」
「全くそうであるな、イゼルローン要塞の憲兵隊もなかなかの手腕であったが、所詮はうわべだけの捜査よ」

 暗い室内に哄笑が沸き起こった。

「だが、それにしても皇帝陛下自らが麻薬の撲滅捜査を命じられたとは、如何なることか?」

 一転、不審そうな声がする。哄笑は不意にやんだ。

「・・・・・陛下自らのお考えか、誰かに使嗾されたのか。可能性はどちらもある。今上陛下に置かれては、本心を韜晦なさっているところがあるからな」
「如何にするか?」
「いや、まだ放っておこう。今暗殺し、余計な波浪を立てれば、その余波がこちらにまで来ないとも限らない。だが、仮にこれ以上我らの邪魔立てをされるようであれば、それなりに報復は受けていただく。その準備と探りは入れておくべきだ」

 暗がりの中で、一同はうなずく気配がした。

「さして目立たず、ゆえに着実に。我々の目的はそのような麻薬の蔓延だけにとどまらぬ」
「そうであるな・・・・・」
「さて、此度の騒動を受け、しばらくは軍内部には麻薬の流通は少なくしておこう。常用者を根絶せしめない程度にな。多方面に進出するうえで、この時期は慎重にならねばなるまい。ここは一つ、しばらく潜むこととしよう」
「うむ」

 ただ暗い室内に、ひそひそと陰謀が進められていく声だけが聞こえていた。
 
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