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青砥縞花紅彩画

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8部分:新清水の場その八


新清水の場その八

主膳「よし、それでいこう。ただし姫様に気付かれぬようにな」
侍四「はっ」
侍三「わかり申した」
 こうして左手に入る。入った途端に押し返される。
侍三「ややや」
侍四「何奴」
 浪人が姿を現わす。逆熊の髪をしている。色悪の趣がある。忠信利平である。
忠信「いやいや、男女の話に入り込むのは無粋ではなかろうかと思いましてな(笑いながらそう言う)」
侍三「無粋とな」
忠信「ええ。ここはそっとしては如何ですかな(鷹揚な物腰で)」
侍四「何を戯言を言うか」
忠信「戯言?拙者が(とぼけて言う)」
侍三「そうじゃ、こちらにも都合があるのじゃ」
侍四「関係のない者は黙っていてもらおう」
忠信「(首を横に振って)いやいや、そういうわけではございませぬぞ」
侍三「邪魔をする気か」
忠信「そうではござらん。確かに拙者は浪人ですが」
侍四「それは姿だけでわかるわ」
忠信「まあ話は最後まで聞かれよ。浪人であろうとも武士は武士、例え半時でも借りた座敷は武士の城ではありませぬか。無礼はなりませぬぞ」
侍三「おのれ詭弁を」
侍四「どかぬというのならこちらにも考えがあるぞ」
 ここで主膳が前に出て来る。そして二人を制止する。
主膳「まあ落ち着け」
二人「しかし」
主膳「(そんな二人を宥めるように見やって)ここはわしに任せよ。よいな」
二人「(ようやく落ち着き)わかりました」
主膳「うむ。(忠信に向き直り)さて」
忠信「はい」
主膳「そこもとはいずれのお方でしょうか」
忠信「拙者は武者修行の身です。諸国を回っている中この鎌倉にたまたま立ち寄ったのでございます」
主膳「左様でしたか」
忠信「そしてこの寺に立ち寄ったところ貴殿達に遭うたわけです」
主膳「成程、そうした事情でござったか(納得したように頷く)」
忠信「これでよろしいでしょうか」
主膳「はい、そしてこちらの願いですが」
忠信「通して欲しいというわけですな」
主膳「いかにも。よろしいですかな」
忠信「残念ですが」
三人「(これには驚き:)何と」
忠信「先にも申し上げました通り武士の城です。お通しするわけにはいきませぬ」
侍三「おのれ、もののわからぬ奴だ」
侍四「こうなったら何としてでも通らせてもらうぞ」
忠信「(目を光らせて)ほう」(ここで柄に手をかける)
忠信「ではお相手して頂けるのですな」
侍三「望むところ」
侍四「丁度寺だ。供養には困らぬぞ」
忠信「如何にも。では参りますぞ」
 三人は刀を抜こうとする。だがここで主膳が再び間に入る。
主膳「まあ待て」
侍三「主膳殿、おのき下され」
侍四「この男、許すことはできませぬ」
主膳「だから落ち着けと言っておるのだ。よいな」
二人「(彼に言われて)はあ」
主膳「だからここは任せておけ。さて」(忠信の前に出る)
忠信「(それを見てとりあえずは柄から手を離す。だがよく見ると左手はまだ微かについている)はい」
主膳「こちらにも事情がありましてな。ここは引いて下さらぬか。(そう言いながら懐から何かを取り出す)」
主膳「(そしてそれを忠信の袂へ入れて)悪いようにはしませぬ故」
忠信「(それを見てあえてきっとする)これは何ですかな」
主膳「(とぼけて)はて」
忠信「拙者はその様なものは欲しくはありませぬぞ」
主膳「何、あっても困るものではありますまい」
忠信「そういう意味ではござらん」
主膳「拙者からの心づくしです。やましいことはありませぬぞ」
忠信「(考えるふりをして)ううむ」
主膳「お受け取り頂けますか」
忠信「例え拙者が返したとしてもお受け取りはせぬでしょう」
主膳「もう貴殿のものですからな。拙者は人様から金を貰ったりはしませぬ」
忠信「わかり申した。では少し酒でも楽しみに行くことにしましょう」(そう言ってそこから離れる)
忠信「ではこれで。ご機嫌よう」
 こうして忠信は右手に消えていく。あとには主膳と二人の侍が残される。
 
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