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満願成呪の奇夜

作者:海戦型
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第6夜 篝火

 
 欠落とは、自分はもとより他人さえも明確には認識できない程小さな穴。
 だから、日常生活には何も問題ないものだと思っていた。

 でも――目の前の少女は。

「…………………」

 からくり仕掛けの人形のように静かに細長いケースを掲げて停止したギルティーネという少女を、トレックは呆然と見つめた。脳裏には、ほんの10分ほど前に大法師より告げられた言葉が何度も反芻される。

『悪魔に呪われし子らよ、大陸の民が脈々と受け継ぎし宿世(すくせ)の呪縛、努々忘れることなかれ』

 呪いなど無いように生きてきた。『欠落』に苦しむ人間など、どこか遠くて視界に映らない世界に存在すると思い込んでいた。あの言葉に鼓舞されなかったわけではないが、込められた意味と自分の理解に天と地ほどの差があったことを自覚させられる。

 悪魔に授けられた呪縛は、ここにある。

 彼女は、呪われている。

 生きとし生ける存在が当たり前に使える相互理解手段を、彼女は永遠に失っている。恐らくこれからも彼女がそれを手にすることは永劫にないだろう。いや、彼女は言葉という概念さえも理解していないのかもしれない。自分が「持たざる者」である自覚さえも消失している――それもまた大陸の民にかけられた呪いだった。

 と――外で鐘の鳴る音が聞こえる。

「これは……実地試験の第一陣が出発したのか?しまった、急いで行かないと……!」

 急激に頭が冷めたトレックはそのまま外に出ようとして、足を止める。

「っとと、そうだ!ギルティーネさん、君の武器はどこに!?」
「…………………」

 彼女は相変わらずケースを掲げたままこちらを見ている。
 そういえば彼女は解放されて直ぐに法衣を身に着けた。つまり、試験を受けるために必要な行動を済ませていたという事だ。鉄仮面を外す時も同じように自発的に動いた。つまり彼女は命令が無ければ自分で考えて行動を取ることが出来ると思われる。
 ということは、目の前に掲げられたケースは「開ける必要があるもの」。更にトランクと違ってこちらのケースに鍵がついている事を考えれば、ケースの中には彼女にとって重要なものが入っているということ。状況を整理すれば、何となくケースの中身を察することが出来る気がした。

 トレックは手に握っていた鍵のうち、ケースの鍵穴と同じ銀色の鍵を選んでカギ穴に差し込み、開く。鍵が解放されるなりケースを開けたギルティーネは、その中からケースに収められていた物を取出し、腰のベルトに素早く差し込んだ。

「……これは、サーベル?」

 青銅色の美しい装飾が施されたサーベル。呪法師の武器としては銃ほど主流ではないが、呪法師が苦手とする接近戦では特化した強さを発揮する。同時に、準法師が使うにしては過ぎた高級品だ。成績に問題がないと言っていたので、当然使いこなせると見て良いだろう。
 剣の(つか)には歯車のような見たことのない機構が取り付けられているが、あれにも何か理由があるのだろう。彼女は『鉄の都』にいたのだというから、あちらの最新モデルなのかもしれない。

 剣を装備した彼女は、それ以上の武器は持っていないのか、ケースを放り出して再び停止した。
 どうしたのか、と咄嗟に聞こうとするが、そういえば自分は彼女の管理を任された存在だ。その事は恐らく彼女も知っているのだろう。つまり、彼女はトレックが指示するのを待っているという事なのだろう。

 これから、戦いの中でも彼女はこちらに言葉を発することが出来ない。だから、指示を出すとしたら全てトレックが出さなければならないことになる。彼女を生かすも殺すも自分次第。合格できるかどうかも自分がそれだけ彼女を導けるのかに掛かっていることになる。

 想像以上の重圧に歯を食いしばったトレックは、覚悟を決めた。

「準備はいいみたいだし……行こうか、ギルティーネさん。試験時間に遅れて失格じゃあ笑い話にもならない」
「…………………」
「俺の指示には、従ってくれよな」

 トレックがそう告げて歩き出すと、彼女は無言でその斜め後ろを着いてきた。
 自分で自分の高圧的な態度が嫌になる。それでも、罪人である彼女の手綱を引けなければトレック達に待っているのは死だ。

(誰かの都合だけで結成された、信頼の『欠落』した相棒……か)

 彼女は今、何を思うのだろう。名前で呼ばれることに不快感を感じているのか、命令される立場に甘んじることに苛立ちを覚えているのか、或いは何も現状に疑問を抱いていないのか。
 人間なら言葉にして確認が取れるようなそれを、彼女からだけは確認することが出来なかった。



 = =



 呪法師とカンテラは切っても切れない関係にある。

 古来より光を嫌う呪獣を追い払う有用な手段として扱われていたカンテラは、現在でも呪法師の行動には欠かせない代物だ。光を周辺に拡散するための構造。光源に使用する燃料。呪法の触媒にもなる熱。どれをとっても呪獣と戦う上では欠かせない要素だ。

 しかし、同時に手でぶら下げるタイプのカンテラは、戦いに於いて臨機応変な対応をするには邪魔な代物だ。故に先人は昔から様々なカンテラを開発してきた。一時期はヘルメットの上に設置するという間抜けな運用法の時代もあったし、数十年前までは光杖(ライトスタッフ)のように杖の形にすることでより高所から照らす方法が主流だったが、そのせいでメンバーの一人に固定砲台の役割を押し付ける結果になってきた。

 しかし、この問題に終止符を打つ存在が登場した。

「頼んだぞ、ジャック。しっかり照らしてくれよ……」

 予め刻まれた呪法式に呪力を注ぎ込むと、カンテラはふわりと浮かび上がってトレックの上方4メートルほどでぴたりと止まった。トレックが左右に動くと、カンテラもそれに附随してついてくる。この動きがまるでペットのようで『ジャック』という仇名をつけているが、実際にはサンテリア機関からの借り物だ。

 『ペトロ・カンテラ』。呪法師が直接戦闘で使用する呪法とは違い、予め触媒の内部に呪力で作動する『式』と構造が織り込まれた最新型の呪法具だ。古来からの長方形のものとは違い、ペトロ・カンテラは天球儀のように複数の円が組み合わさったような形状をしている。中心の炎だけは最初に自分で灯す必要があるが、一度つけてしまえば後は呪力を燃料に燃え続ける。

 呪力の固有波長を自動感知して持ち主に付随し、一度力を籠めれば数時間無補給で火を灯し続けられる。上空から勝手に照らすために戦闘の邪魔にはならないし、高所から照らすことで最も厄介な影の隙間を可能な限り消すことが出来る。他にも様々な機能がある、呪法師にとっては夢のようなアイテムだ。
 ただ、とてつもなく高価であることや刻まれた式が複雑すぎて修理が難しいなどの問題もある。これを導入する際にレグバ元老院は相当渋い顔をし、法主との関係に亀裂が入ったという噂もあるほどだ。

 ギルティーネの方を見やると、上ったカンテラを無視するようにトレックの方を見つめていた。
 彼女は気が付くとこちらを見つめている。どうしたのかと尋ねたり理由を探ったりもしたが、どうやら意味はなく、ただ見ているだけのようだ。
 あの蒼緑の瞳を見ていると、何故か自分が責められているような錯覚を覚えさせられる。自分が何かの見落としをしているのか?癪に障る事でもしただろうか?様々な考えが脳裏をよぎるが、どれひとつとっても確認は出来ない。人形のように美しいのに、トレックはその目が少しだけ怖かった。
 
「――次。レトリック準法師、及びドーラット準法師。前へ」

 ギルティーネの事を人に託したあの教導師が声をかけ、トレックとギルティーネは砦の境界へ歩み寄った。目の前に広がるのは、完全に朱月が沈んだ呪獣の活動領域。それに飛び込む試練の時が、文字通り目前に迫る。既に光杖は背中に抱えているし、銃などの装備も整えた。後は暗黒空間に踏み込み、根源的恐怖を打倒して無事に帰ってくるだけだ。

「レトリック準法師。お前は属性の得手不得手がない珍しい呪法師だ。上の期待が無いわけでもない。ドーラット準法師を見事に御して戻って来い」
「……善処します」

 「上の期待」がどのようなものなのかは理解できないが、生きて戻れば知る機会もあるかもしれない。今はそれを考えているだけの心の余裕がない。
 トレックの返事を聞き届けた教導師はギルティーネの方に顔を向け、小さな声で囁く。

「ドーラット準法師。『三度目はないと思え』よ。これがお前の最後の好機だ。精々あのお方から与えられた機会を物にするんだな」
「…………………」

 ギルティーネはそれに答えず、代わりにサーベルの柄を強く握り込んだ。

 それは、トレックが初めて目にした、彼女の感情の発露。
 正体も掴めない、マイナスかプラスかも判断がつかない。
 それでも、トレックはその姿に少しだけ安堵した。

(ギルティーネさんにも、この試験に賭けるものがある。想いや事情の大小はあれど、根底にある目的は一緒な筈だよな……)

 まるで人間のように思えなかった彼女も、やはり自分と同じ大陸に生まれた人間なのだ。
 緊張に高鳴っていた心臓の鼓動が、僅かに治まる。


 これより踏み入るは、呪獣に剥奪された世界。

 呪法師の戦場――『大地奪還』で取り戻さなければならない地。

 呪われた民と呪われた獣が呪われた大陸で争う――すべてが呪われた夜が始まる。
  
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