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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第142話 九鴉九殺

 
前書き
 第142話を更新します。

 次回更新は、
 6月1日。 『蒼き夢の果てに』第143話。
 タイトルは、『太陽を身に纏いし女』です。

 

 
 突然の大地の胎動。そして、ほぼ同時に発生する、大地自体が光るような異常事態。
 この瞬間、周囲が正と負の電荷に満たされ、俺が従えた精霊たちが歓喜の歌声を上げた。
 そう、これは一種のプラズマ現象。深い場所で発生した致命的な亀裂が正と負の電荷を発生させ、それこそ光の速さで地表に到達。
 その瞬間、弾けた。……と言う事。

 これが、地震の際に発生が報告される事のある異常な発光現象の正体。

「し――武神さん」

 一瞬、名前の方を呼び掛けて、しかし直ぐに思い止まり、名字の方で呼び掛けて来る彼女。大地に両手、両膝を突き、それで辛うじて不可視の砦から放り出されない事を防いでいる状態。当然のように、その声の中にも隠しきれない不安が滲む。
 単なる地震だけならば彼女がここまで取り乱す事はない。おそらく彼女も俺と同じモノを感じて、俺と同じように心の何処かで(おそ)れを抱いて居ると言う事。

「大丈夫、問題ない」

 言葉は普段通りの落ち着いた状態を維持。但し、迦楼羅炎の召喚を維持し続けて居る為、身体は未だ悲鳴を上げ続けているので、これはやせ我慢と言う状態。
 まぁ、少なくとも俺が落ち着いている様子を見せれば、弓月さんも落ち着きを取り戻してくれるでしょう。
 今の所、守りは堅い。それならば、落ち着いて対処すれば、少しはマシな知恵も湧いて来ると言う物。

 しかし、その声に重なる強い衝撃。そして、上空から降り続く赤い光!

 そう、先ほどの大地が揺れた瞬間から潮目が変わったのだ。
 赫色の巨躯が咆哮を上げる。それは鼓膜だけではなく、皮膚にまでも伝わって来る音量。魂さえも凍えさせる凄まじい怨念。
 その刹那――
 上空からゆっくりと降り注ぐかのようであった霧。確かに、物理的な圧力を感じさせる、通常の自然現象とは違うかなり特殊な霧ではあった。……が、しかし、それでもそれ自体に物理的な、直接的な攻撃力を持つ存在でもなかった。
 しかし――

 再びの咆哮。その大音声と共に上空から突撃して来る何モノか。その赤き光の如きモノが迦楼羅炎の防壁を突破し、音速すらも軽く凌駕する速度と、小さきながらもその身に秘めた悪しき水の呪力が、見えない天蓋を叩く、叩く、叩く!
 五月雨式に打ち込まれる翼ある蛇。
 いや、それだけではない。世界の歪みが広がる度に大地から次々と発生する赤い……蛇。ぬめり、のたくるように徐々に圧力を増して来る大地を覆う赤い絨毯。
 但し、それは当然、通常の生命体として現世に存在する蛇などではない。
 見鬼が告げているその正体。それは、蛇神アラハバキを形成する水の呪力が(こご)り、蛇のような形を取った命すら持たぬ存在。

 音速の壁を越え、不可視の砦に突撃を繰り返す赤い蛇たち。周囲に漏れ出ていた呪力が集まり、それが蛇の形へと変化したモノ。それらが後から後から顕われては、不可視の天蓋、堅固な壁へと激突。肉片混じりの赤い液体へとその姿を変えた一瞬の後には迦楼羅の炎に包まれ浄化される。
 延々とただ繰り返されるだけの行為。
 その度に揺れ、想定以上の外部からの負荷に対して、魔術回路を空中に浮かび上がらせ続ける霊的な砦。但し、これは現状では徒労に終わる行為。
 確かに、多少の危険は伴うでしょう。例えば、普段の結界のみの場合ならば、これだけ断続的に強力な攻撃が加えられ続ければ、何時かはこちらの精神力が続かず崩壊していたかも知れない。しかし、今はそれ以外のプラスα……迦楼羅炎が周囲に存在する限り、幾らアラハバキの呪力とは言え簡単にこの砦を食い破る事は難しいはず。
 そう、迦楼羅炎が存在する限りは――

 土の呪力の濃い化け百足を示す光点が、迦楼羅炎の占める空間の向こう側でこの霊的な砦を護るように動いているのは感じる。更に、最初は不安そうな声で俺を呼んだ弓月さんも、直ぐに自分を取り戻し、俺から受け継いだ大祓いの祝詞を口にしながら、鳴弦で翼ある蛇たちを迎撃中。
 一矢にて二、三の蛇を撃ち落とし、その軌跡に触れるだけでも、急降下の勢いを減じさせられる赤き翼ある蛇たち。
 しかし、例え、どんなに矢継ぎ早に鳴弦を放とうとも、敵の数があまりにも多過ぎて――

 片や、上空に関しては……。
 地上からの援護射撃と、弓月さんの送り出した防御用の蟲に因って守られているさつきとその分身たち。
 本来の彼女の攻撃のパターンは高速で飛行しながらの一撃離脱戦法。まして、術も攻撃特化型の火行。剣術も初手で如何に大きな被害を敵に与えるか、と言う事に特化した剛の剣なので、この戦法に相応しい取り合わせと言えるでしょう。

 但し、故に今は――

 ほぼ一か所に滞空するかのような七人のさつき。その武器であるはずの高速移動が、周囲を翼ある蛇に囲まれた今の状態では弱点にしかならない。
 そう、この新たに現われたアラハバキの眷属たる蛇たちには、大した能力は存在していないと思う。出来る事はおそらくただひとつ。

 彼女らの周囲を埋め尽くす翼ある蛇。蛇神アラハバキが咆哮を放つたびに、うぞうぞと赤に染まった氷空が揺れる。それは通常の赤が示す炎の揺らめきとは違うタイプの揺れ。荒れ狂う大海原が見せるうねり。
 激しく追いすがり、重なり合って隆起する大波。下降、上昇を繰り返し、渦を巻きながら旋回する潮の流れ。ただひたすら、執拗なまでに迫る緊張感にも似た何か。
 縄文の時代に暮らしていた人々がその存在を幻視し、彼の姿を土器や土偶に表現した世界が今、俺の目の前に現われていたのだ。

 刹那、大波が打ち寄せるが如く翼ある蛇の一群が接近を開始する。しかし、さつきの広範囲を燃やし尽くす術に、地上からの槍……それが持つ特殊な気配から推測すると、俺が急場しのぎの霊的な砦を構成した際に使用した桜などではない、本当に槍として相応しい神話を持ったヤドリギを使用したミストルティンの槍や、九天応元雷声普化天尊法(キュウテンオウゲンライフカテンソンホウ)による援護射撃により次々と散華させられて行く縄文の蛇たち。
 しかし、それは所詮、元々がアラハバキの呪力が凝って出来上がった存在。散華、蒸発させられた次の瞬間には再生し、再び、包囲の網を狭めて行く。

 そう、奴らに出来るのはただひとつ。その身を敵にぶつける事だけ。
 但し、その威力は迦楼羅炎を潜り抜けた後に、俺の構築した結界を揺らせるだけの破壊力を帯びている以上、生身のさつきに対して簡単に命中させる訳には行かない。
 故に、普段の高速移動&一撃離脱戦法を封印。周囲を埋め尽くす翼ある蛇に対して、大規模の炎を召喚して燃やす、と言う方法しか持ち得ない状況と成っている。

 このままでは、何れさつき達の方が精神を消耗し切って仕舞う。

 現実の時間に換算すると数秒にも満たない時間の逡巡の後、覚悟を決める俺。やっても、やらなくても結果は同じ。結局、後悔する可能性があるのなら、やって見てから失敗した後に後悔した方がマシ。
 おそらく、成功する可能性が五割は存在するし、仮に失敗したとしてもまったく無駄となる可能性は低い。クラウソラスの一撃なら、幾ら古の蛇神とはいえ瞬時に回復出来る程度の被害で終わる事はない。
 目的はすべての首の一時的な無力化……なのだが、流石に複数目標を同時攻撃出来るかどうかは神のみぞ知るレベル……。

「弓月さ――」

 意を決し、再び、彼女に話し掛けようとした刹那、また発生する違和感。左目から流れ出す大量の熱い液体が頬を濡らし、そして同時に発生した激痛に思わず膝を突く俺。
 しかし――
 しかし、大丈夫。これは以前にも経験した事のある感覚。警戒すべき事態ではない。

 後方……丁度、背にしている桜の木から感じる温かい気配。それと同時に、祝詞を紡ぎ続ける弓月さんが発する驚きの気が伝わって来た。

「有希、頼む」

 右肩に置かれる小さな手の感触と、彼女の発する気配から現われた二人の特定。いや、その名を呼び掛けた瞬間には、同時に現われたもう一人の良く知っている人物の気配は再び、桜の木の向こう側へと消えたので……。
 旅館に残して来た二体の飛霊の内の一体は、有希と共にこの砦内に侵入。その後、彼女だけを残し、本人は晴明桔梗結界を維持する為に、他の頂点へと転移を行ったのでしょう。

 肯定を示す微かな気配。彼女に関してはこれだけの言葉ですべて伝わる。

「大丈夫。あなたは、わたしが護る」

 聞き慣れた彼女の澄んだ声。そして、迷いを感じさせる事のない言葉。
 この世界に流されて来てからは初めて。しかし、俺としては何度も聞いた事のある彼女の誓いの言葉。
 自らの意志で、自らが定めた敵と戦おうとする。……いや、少し違うな。彼女は戦いたい訳ではない。ただ、守りたいだけ。其処にはかつて、自らの造物主の命令に善悪の判断すらなく、唯々諾々として従い続けていた人形の如き彼女は存在していなかった。

 振り返った俺の腕の中に、ゆっくりと倒れ込んで来る有希の身体。それを力強く。しかし、優しく受け止める俺。
 この時、もしも俺に匹敵する見鬼の才に恵まれた術者ならば見る事が出来たかも知れない。俺に寄り添うように佇む少女(有希)星幽体(アストラル体)の姿を。

 そしてその瞬間、漏れ出し、周囲を流星の如く流れ続けていた龍気にその瞬間、明確な意志の閃きが走る。
 同時に、僅かに続いていた吐き気がようやく治まった。

 高まる霊圧。身体中が沸騰したかのように熱い。但し、当然のようにこれは不快な感覚などではない。意識が普段以上に澄み渡り、認識力が無限に広がって行くかのよう。
 荒々しいまでの万能感。俺一人ならば、絶対に抑え切る事の出来ない破壊衝動を伴う、暴走と隣り合わせの危険な感情。

 しかし、そんな危険な感情すらも彼女の存在が制御してくれる。分割した思考で唱え続けている火界呪や大祓いの祝詞も当然継続中。

 抱き上げた有希の身体を、そっと桜の木の根元にもたれさせる俺。その時、俺に対して差し出して来た弓月さんの手は、小さく首を横に振ってやんわりと断った。
 ……別に有希を誰にも触れさせたくなかった訳ではない。まして、弓月さんに預ける方が現状でならば正しい判断だと思う。
 しかし――
 瞳を閉じ、僅かに俯いた彼女から感じるのは安らぎ。
 そう、この時の彼女には、何故か僅かなほほ笑みを湛えているかのように感じられたのだ。良く言えば冷静な……。悪く言うと意識の希薄な彼女が発する安らぎの気配。そんな彼女を、自らの腕の中に少しでも長く納めて置きたかっただけ。

 一瞬の停滞。しかし、その直ぐ後に膝を突いた状態から、ふらつく事もなく立ち上がる。本当は、少し顔に掛かった有希のクセのある髪の毛を整えてから、……とも考えたのですが、後ろから弓月さんの視線を強く感じながらの現状では流石に……。

「武神さん、視力は回復したのですか?」

 振り返った俺の顔を覗き込むようにしながら、問い掛けて来る弓月さん。彼女が示して来た能力から考えると、見えているかは定かではないが、俺と共にいる有希の気配(アストラル体)には気付いているはず。

「いや、未だ無理やな」

 瞳は相変わらず閉じたまま、小さく首を横に振る俺。どうやら、この視力の低下の原因は、科学的な原因――。例えば放射線などが原因となって起きる視力の低下などでは無さそうな雰囲気。何故ならば、アストラル体の有希から送られて来ているはずの視覚情報を理解する事が、今の俺には出来ていませんから。
 視覚を司る木行の神獣のトップ。龍種の視覚を禁じるとは、どのような術を行使されたのか分かりませんが……。

 但し、見鬼と視覚はまったく別の能力。拡大した認識力は視覚からの情報を補って余りある状態。今は問題ない。

「弓月さん、ひとつ頼みがある」

 一時的に俺との間に霊道を開いて、大祓いの祝詞の面倒を()()で見て欲しい。
 これから自らが編む術式のあらましを手短に説明した後に、そう頼む俺。但し、これから行う策の成功率が正確に言ってどの程度あるのか、……と問われると、分からないと答える事しか出来ない内容。少なくとも今回の生で行使した覚えはなく、奴に無理矢理思い出さされた記憶としてもかなり古い転生の記憶に含まれる技だと思われるので……。
 単純に技の発動率や、安定性から言うのならクラウソラスの一撃の方が安全だし、目的や効果を考えても、十分な神話的裏付けもある技だと思う。

 しかし、

「分かりました」

 今度の作戦に関しては、かなり成功率が低い事が、先ほどの俺の短い説明だけでも理解出来たはず。しかし、弓月さんはその事に関しては一切触れる事なく、更に、有希のアストラル体が俺に付き従っている事についても何も問う事もなくあっさりと受け入れてくれる。
 まさか、自分自身の龍気を俺一人では制御し切れず、その為に巫女を必要としている等とは分かってはいない、……とは思いますが。

「相馬さんには私から伝えて置きます」

 そう答えてから、俺に視線を向けたまま立ち尽くす彼女。
 右手で印を結び、短く口訣を唱える俺。そして、左目から流れ出した紅い液体で指先を染め……。
 ……弓月さんのくちびるに薄い色を着けた。

 その瞬間、何かに怯えたかのように弓月さんが微かに震えた。しかし、それも一瞬。直ぐに何事もなかったかのように小さく首肯き――

「――根国、底国に坐す速佐須良比賣と言う神、持ち佐須良ひ、失ひてむ」

 大祓いの祝詞を唱え続ける。
 少し首肯く俺。何にしても、彼女に関してはこれで問題ない、と言う事。
 それに、さつきに関しても連絡を行ってくれるのなら、そちらも問題なし。後は俺の飛霊たちと、残った万結が計画通りに動いてくれた上で……。

 俺と契約を交わした最後の如意宝珠(にょいほうじゅ)『憤』を起動。心臓を表わす『りっしんべん』に、三つの足跡を表わす象形と、貝=貨幣の象形から、心の中を駆け巡る強い感情を表現する漢字。
 強すぎる感情に支配される事を戒める戒律が有る為、コイツは使い所の難しい宝貝だが、今はそんな余裕のある状況ではない。

 刹那、左手の中に再現される懐かしい感触。今よりもずっとずっと古い時代。おそらく、この世界とは違う世界で俺が手にしていた武器の再現。
 パッと見だけならば取り立てて珍しい造りではない。一木から削り出した芯材を内竹と外竹で挟んで合わせ木にした形。所謂、三枚打弓と呼ばれる造り。
 長さ七尺三寸。伸びやかな木目の美しい一張りの弓。記憶の奥底にのみ存在している神弓の具現化。

 ゆっくりと弓を打ち起こして行く。
 精神は安定。明鏡止水の境地と言っても過言ではない状態。暴走寸前の龍気を制御し、俺の精神をも安定させる有希の存在は非常に大きい。
 但し、更に一段回ギアを上げた事により、周囲を飛び交う小さき精霊たちが活性化。強く帯びた俺の龍気に相応しい、蒼く強い精霊光の尾を引く。
 ……いや、それは既に光の尾に非ず。それ自体が無数の神代文字に因り構成された魔術回路。
 周囲を一回転する度に。そして、次々と新たに創り出される度に高まって行く霊圧。

 その時……。
 その時、酷く希薄な何か。平坦で、希薄で、淡泊で、曖昧な何かが心に触れた。
 それは……。それは非常に大きな、しかし、酷く希薄な意識。但し、俺に取っては馴染みの深い、何時も共にある気配。
 一瞬、頬にのみ浮かぶ類の笑みを発する俺。これで更に、段階をひとつ上げられる。

 そう考えた一瞬の後、驚きに近い感覚を弓月さんが発した。但し、それは本当に微かな驚き。普段なら、絶対に気付く事の出来ない小さな違和感。
 しかし、それも問題はない。何故ならば、その原因は分かっているから。これは、俺の心に触れた希薄な意識の具現化を彼女が察知した、と言う事。
 そして今一人の彼女……神代万結が予定通りに行動してくれたと言う事。

 そう、その瞬間、ぽつん、と小さく灯る光が生まれた。
 蒼白く灯る光。それは、俺の周囲を包む精霊光に似た、しかし、とても小さな光。
 蒼白い、しかし、一切の熱を感じさせない光はゆらゆらとまるで漂うように、霊的な砦を護る不可視の天蓋や壁すらも遮る事なく広がって――

 ――いや、違う。それはひとつでは納まらなかった。
 ひとつひとつは蛍の輝きに等しい小さな光。但し、それが春を待つ桜から、冬枯れの芝から、城山を覆う木々から滲み出るように……。まるで、冬の夜、小さく吐き出される吐息のように次々と現われて来る。
 後から、後から。幾つも、幾つも。
 何百、何千と言う小さな光が集まり、それぞれを有機的に絡ませ、数万、数億の意味のある形……魔術回路を創り上げて行く。
 直線と曲線。幾何学的とも言えるソレは、一見すると不規則な図としか見えない代物。しかし、その線の一本一本がまるで生あるモノの如く蠢き、それぞれが独立し、虚空へ向かってその領域をどんどんと拡大して行く。
 そう、これは龍脈を統べ、周囲に存在するすべての木行に属する存在を通じて気を吸い上げる術式。三次元で再現されつつある超巨大な魔術回路。

 周辺の地域に存在する龍脈の流れ()()()を一時的にこの周囲に集約。その巨大な力を俺の扱い易い木行の霊気へと変換を行い、水気の勝ち過ぎたこの地の聖別を行う。更に、幾らドラゴンキラーの迦楼羅が支配する炎であったとしても水剋火。いや、先ほどまでのこの高坂の中央公園は水乗火。水の勢いが強すぎて火を克し過ぎ、完全に火を消火して仕舞う状態であった。
 故に、一時的に木行の力を強め、水生木。水から木が生まれ、木生火。木から火が生まれる状況を作り出し、強すぎる水気を抑えようとした。

【弓月さん、導きの矢を頼む】

 周囲を舞う精霊たちが、更に歓喜の歌を強めた。真っ白な光で張り詰めつつある俺の世界は既に臨界に近い。
 同時に増す火勢。これは矢道を作り出す為に、再び火界呪の勢いを増した証拠。
 ゆっくりと、まるで力を蓄えるかのように、ゆっくりと弓弦を引き詰めて行く。
 両手の間にみなぎった力が天へと向かって果てしなく伸びて行く。そう言うイメージ。

 その時、眩いばかりの黄金。そして、それに続く甲高い鳴弦の響きが、闇と赤色に染まる氷空へと駆け登る!
 行ける!
 丹田より発生した力が渦を巻くかのように脊柱を駆け上がり、腕を抜け、天を向けた矢の先まで到達。臨界まで高まっていた龍気の向かう先を固定。
 既に霊的な砦の中は俺の龍気に完全に満たされ、普通の人間でも目を開けて居られないほどの光輝に包まれている。

 小さき精霊たちが舞い、弓月さんの唱える大祓いの祝詞と、鳴弦の高く澄んだ音に包まれた世界。その、聖なる音に満ちた世界の中で、ふと耳に懐かしい音色が届いた。涼しげな銀の音色。但し、それは弓月さんが発した物ではない。何処か遙か遠い場所。しかし、とても近い場所から聞こえて来た懐かしき想い出の音色。
 これは……。これは懐かしい退魔の鈴の音。かつての俺が常に身に着けていた銀の鈴。

 その瞬間!
 再び起立する炎の柱。その真ん中を奔り抜ける音速の矢。そのふたつが、蛇神を構成する物質を焼き、翼ある赤き蛇を貫き、上空へと抜ける矢道を造り出す!
 刹那、光が、そして鈴の音が弾けた!
 放たれた光。それは眩いまでの光輝を放ちながら、炎の中心に開いた矢道を何処までも高く、高く、高く、闇と虚無に染まる冬の氷空を昇り詰めて行く――
 鳴り響くは銀の音。かつて豊葦原(とよあしはら)千五百秋(ちいおあき)の瑞穂の国を霊的に支えた少女が、常に身に付けていた退魔の鈴が遠鳴りを放つ。

 そう、炎が潰え、音速の矢が勢いを失った後も昇り続けた銀の矢。

「九鴉九殺!」

 囁かれる聖句。後の広寒宮の主となる西王母の三番目の娘に教えた弓の技。
 その瞬間、濃い闇に覆われた夜天を現界まで昇り詰めた銀の矢が――

 一瞬の滞空。それまで聞こえていた鈴の音も途絶え、轟々と吹き荒れていた熱風も、飽きる事もなく体当たりを繰り返していた翼ある赤き蛇、砦の周囲を埋め尽くさんとした蛇たちの動きすら止まる。
 しかし!

 しかし、次の刹那、それは猛烈な光の豪雨となって、すべての悪しきモノの上に降り注ぎ始めた!
 次々と連なる幻の鈴の音が虚無に支配されつつあった世界に響く。ひとつが闇に溶け、ひとつが虚無に呑み込まれて儚く消える。しかし、ひとつが溶ける度に。ひとつが呑み込まれる前に次の音が後を引き継ぐ。
 先へ、先へ、先へ。幾つも、幾つも、幾つも。

 そして、

「天津神、国津神、八百万神等共に聞こし召せと申す」

 天井より降り注ぐ光の矢。そして、何処からか響く退魔の鈴の音が、弓月さんの発する祝詞及び彼女の身に付けた鈴の音と響き合い、波紋をぶつけ、その瞬間、融合を果たした!
 飛来する光の矢がアラハバキの首を貫き、氷空の八割までを占める翼ある赤き蛇、そして、地を埋め尽くす赤い絨毯と化した蛇たちを浄化して行く。
 大地がのたうち、表皮がめくれあがりながら、絶叫を放つアラハバキの首たち。それはまるで断末魔の叫び!

 光の奔流の中、九つの首の輪郭が弾ける。しかし、先ほどまでは瞬時に回復を開始した特殊能力も、今は呪力の増大すら感知する事はない。
 膨大過ぎる光の豪雨は、其処に存在する何もかもを浄化せずには置かぬ、……と言うかのように事象のすべて貫き、荒れ狂い、押し流し――
 良し、一時的の可能性が高いとは言え、大祓いの祝詞は見事に邪を祓い、アラハバキの本体の潜む魔界と、現実界の絆を断ち切った。

 そう感じた刹那。血が沸き立つような感覚に囚われ、意識を上空へと向ける。
 その時、夜空を俺が放った九鴉九殺の放つ蒼光に勝るとも劣らない光――赤光が発生したのだった。

 
 

 
後書き
 ドンドンと能力のインフレが進む。敵が強くなっているから、なんだが。
 それでは次回タイトルは『太陽を身に纏いし女』です。
 
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