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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第143話 太陽を纏いし女

 
前書き
 第143話を更新します。

 次回更新は、
 6月15日。『蒼き夢の果てに』第144話。
 タイトルは、『災いなるかな……』です。

 

 
 赤い表皮が焼け爛れ、巨大な身体を構成していた血が、肉が、骨が、次から次へと発生しては弾ける大きな泡へと変化……まるで煮えたぎった溶岩の中から湧き出して来る火山性ガスの如き様相を呈しながら、炎と、そして大気へと還元されて行く。
 そう、高坂の地に首だけが顕現していた古の蛇神の姿は既になく、周囲には世界を焼き尽くすかに思われた炎の残りと、血と肉の焼ける胸が悪くなるような――死そのものの臭い、
 そして何時の間にか取り戻して居た、冬至に相応しい冬の気配と、奥羽の山より吹き下ろして来る乾いた風が支配する夜へとその相を移していた。

 彼女が離れた瞬間、その場に膝を突いて仕舞う俺。周囲は未だ死の気配を色濃く残してはいる。しかし、それはおそらく残滓に過ぎない。
 確かに、荒らされた……主に荒らしたのは俺なのだが、荒らした龍脈は早急に調整を行わなければならない状態でしょうし、高坂の中央公園内に残る死や怨の気配も急いで祓わなければ、明日の夜には新たなるミステリースポットとしてインターネット上を賑わせる事にもなりかねない状態だとは思いますが……。

 それでも――。そう考えてから大きく息を吐き出す俺。

 それでも、少しの休息は必要。昨夜からずっと動き詰めの状態。更に、かなり高度な術の行使や、普段とは違う精霊を大量に使役した事に因る消耗などを考えると、これは流石に仕方がないでしょう。
 少し(こうべ)を垂れて、閉じた目蓋を手の平で覆う俺。冷たい大気に冷やされた木製……桜の木により作り出された右手は適度に冷たく、しかし同時に、金属ではない生身の温かさを感じさせ、疲れた体には非常に心地良く感じられた。

 これから日が昇り、朝に至るまでの短い間。……今日は日曜日なので、多くの一般人が動き出すまでは多少の余裕があるとは思うが、それでも早い段階で神隠しなどが発生しかねない地点だけでも穢れを祓う必要がある……はず。
 かなり重い身体。戦闘が終わった瞬間に最低レベルにまで落ち込んで終った体調。それでも、現在の状況は自分が蒔いた種で有る以上、これから到着する増援……事後処理役にちゃんとバトンを渡すまでは頑張る必要がある。
 一応の覚悟が完了した時、俺の右側に微かに聞こえる土を踏む足音。そして、同時に聞こえる涼やかな鈴の音。

「お疲れさまでした」

 彼女……今掛けられた弓月桜の声に、直接疲労の色を感じる事はない。但し、彼女から霊道を通じて流れて来る気配からは、今の彼女が虚勢を張っているのが明らかな兆候を伝えて来ていた。
 行使した術式の質、及びその数。最後に俺から龍気の融通を受けたとは言っても、大祓(おおはら)いの祝詞を完成させ、砦を、そしてさつきを護るために現界させた蟲の数の多さ。この辺りから推測すると、今の弓月さんが立って居られるだけでも賞賛ものの状態だと思う。
 更に言うと、その護衛の為に呼び出した蟲たちがあの戦いの中で、すべて無事に生き残ったとは考えられない。もし、あの蟲たちが俺の飛霊と同じようなシステムで成り立った存在だとすれば……。例えば霊的に繋がった使役者に、蟲の受けた被害の某かがフィードバックされるシステムがあった場合は……。

 もっとも、この辺りに関しては、今の俺に対して彼女は立ち入らせる事がない事も理解している。何故なら、彼女自身が最初にそれを臭わせる内容を口にして居ましたから。
 曰く、自分は誰にも頼ってはいけない……と。
 少し苦い思い。もしかすると、彼女の知っているかつて(前世)の俺ならば違う展開も……。そう考え掛けて、しかし、直ぐに頭の中だけでその事を否定する。たら、れば……の仮定は無意味だから。
 これから先に、その立ち入った内容まで踏み込めるように成るかも知れない。その可能性は、今のままでは限りなく低いとは思うが、それでもゼロではない。

 そう考え掛けて、疲れからか、少し陰気に染まりつつある思考を一度リセットする俺。流石に、コレでは思考の袋小路にはまり込む未来しかないように思われるから。
 ……ならば。
 しかし、成るほど。……と少し思考の方向を変える。今宵、彼女の事が妙に気になっている理由は、この退魔の鈴の音に因る所が大きかったと言う事がようやくに理解出来たから。

 気付かない内に前世の自分に今の意識を左右されて仕舞っていた、と言う事なのだと思う。さつきに対してあれほどエラそうな事を言って置きながら、自分のこの体たらく……情けない様に少しの反省を行う俺。
 ただ、それはソレ。今、必要なのは――

「それはお互い様やな」

 ありがとう、助かったよ。そう伝えた後に、少しの笑顔を添えて答える俺。
 実際、彼女が急造のペアの相手だと感じる事はなかった。さつきと相対した時、犬神使いの封印時。そして、這い寄る混沌の邪炎に封じられた時も、彼女の行動は的確で、非の打ちどころはなかったと思う。
 確かに、最後のアラハバキ封印に関しては有希や、その準備作業は万結に任せる事になったけど、それはソレ。あの最後の場面で俺の相棒が熟せる相手は今のトコロ三人しかいない。むしろ、大祓いの祝詞を俺から完全に受け継いだ後、九鴉九殺を放つ直前に、彼女が導きの矢を放てた事こそ、賞賛されるべき内容だと思いますから。

「それで、あのな、弓月さん――」

 身体を完全に彼女の方向へと。見えない瞳で真っ直ぐに彼女を見つめる俺。
 ただ……どう伝えるのか。その重要な部分を一切、考える事なく話し掛けて仕舞った事については、少しの後悔に苛まれながら、なのですが。

「――えっと……その。どう言うたら良いのか分からへんのやけど……」

 う~む、しかし、これではいくらなんでも挙動不審すぎる。確かに、深く考えもせずに話し掛けたのは事実。更に、これからの話の内容は、彼女の立ち位置やその他を無視して、自分だけの価値観を押し付けるかのような内容になるのは確実。
 それに、()しんば上手く説明出来たとして、俺に出来る方法がくちづけか、それとも、妙に漢臭い方法しか知らないので……。
 思考は巡る。もしも、瞳が見えていたとすれば、この瞬間の俺は弓月さんを見つめる事も出来ず、視線は明らかに虚空を彷徨っていた事でしょう。

 しかし……。

「問題ありませんよ」

 弓月や高坂の家がどう考えて居ようと、武神さんは、武神さんの思うままに生きて下さい。
 彼女の答えに小さく重なる退魔の鈴。これはおそらく、首を横に振った際に発せられた音。

「私の事などお気になさらずに」

 優しい声。更に言うと、俺の態度が少し滑稽に見えたのか、その声の中には小さくない笑いの気配が存在した。
 但し……。
 但し、その内容は強い拒絶。少なくとも、取りつく島のない、と言う表現が相応しい態度だと思う。まして、彼女の発して居る声も、今宵、この場所にやって来る前に聞いた声……俺に対して、少し甘えや依存の混じった声などではなく、西宮で普段に聞いていた時の声であった事も間違いない。

「せやけど、それでは弓月さんに――」

 ――残された寿命は長くはない。
 そう言い掛けて、しかし、言葉の後半部分は無理に呑み込む俺。確かに、俺の持って居る知識内での蟲使いの寿命は短い。しかし、その知識が絶対に正しい訳でもない。
 俺の知らない特殊な方法で、蟲に与える霊力=生命力を補う方法が有るかも知れない。もしかすると、彼女に蟲に対して耐性のような物があるのかも知れない。もしくは、弓月さんの家系に潜む何モノかの血の作用が働いている可能性もある。

 そもそも、俺だって式神使い。俺が同時に現界させて置ける式神の数も、普通に考えるのならば常軌を逸していると言えるレベル。これを、大したリスクを冒す必要もなく熟せている俺が、弓月さんの状態を一方的に生命の危険があるレベルだと糾弾する訳には行かない。

 などと考え……自分を無理矢理に納得させようとして、しかし、矢張り何も出来ない事も知っている自分に歯噛みする。それは全部、気付かない振りをして呑み込むには余りにも苦い事実だから。
 今の俺には何も出来ない。いや、出来る事はある。ハルヒとの約束を反故にして、アイツが望んでも何もせず、ハルケギニアに帰る事もしなければ。
 少なくとも、弓月さんのこれから先の未来すべてを受け止める覚悟があるのなら、出来る事はある。
 ……確かに、あるのだが……。

「――そうか」

 短く、まるでため息を吐き出すかのように、短くそう口にする俺。俺の価値観から言わせて貰うのなら、家がどうのだとか、家系がどうのなどと言う事は犬にでも喰わせて仕舞え、……と考えて居るのですが、それは俺……すべての親類縁者を失った独りぼっちの俺の考え。
 自分の寿命や未来をすべて家や家系、家門の為に費やす人間が居たとしても不思議ではないし、それを俺が否定したとしても意味はない。
 ただ……。

「弓月さんに何か困った事があったら呼んでくれ。絶対に、……とは約束出来ないけど、出来るだけの事はするから」

 結局、俺に出来るのはこの口約束だけ。今の俺ではハルヒと交わした約束も。有希と交わした約束も守る事が出来るのか微妙な状況ですから。
 先ずハルケギニアに帰り、あの世界の混乱した状況を終息させる。何もかもそれから後の話だ。

 俺の言葉を聞いた弓月さんから小さな陽の気が発せられた。これはおそらく微笑ったのだと思うが……。
 ただ、今までのやり取りの何処に――

「それなら私の事よりも、今は貴方自身の事を一番に考えて下さい」

 今の武神さんの姿は、とても私の事を心配出来るような状態ではありませんよ。
 優しく、諭すようにそう言った後に、身体を少し脇に移動する弓月さん。その彼女の後ろから感じるよく知っている少女の気配。

 ……戦闘中は直ぐに回復用の術を行使してくれた彼女が、このタイミングでは有希にその役割を譲ったと言う事か。
 確かに、今の俺の身体の状態――。特に見た目は最悪でしょう。視力は回復せず、ずっと瞳を閉じた状態が続いている。両腕は木目がしっかりと浮き出た、何故自由に指や、その他の関節が動くのか謎すぎる木製の腕。
 更に、身体の各部分には火傷の痕や、大小、様々な傷が無数に存在して居り、その一部からは今も少しずつの出血が続いている。
 ……もっとも、これは飛霊を最大限に出現させた上に、旅館の方には剪紙鬼兵(せんしきへい)も残して来た事に因る返しの風。特にアラハバキを送り返す為の最後の戦いは、流石にある程度の安全を考慮したとは言え、俺の飛霊も無傷で切り抜ける事は出来なかった為に、普段よりも多くの傷を身体に受ける結果となって仕舞ったのですが。

「すまんな、有希」

 オマエのトコロに帰る、……と言う約束やったのに、逆に迎えに来させるような結果となって終って。
 見えない目で彼女を真っ直ぐに見つめ、一連の流れのまま自然にそう話し掛ける俺。ただ、流された結果とは言え、必ず五体満足な状態で帰る、などと口走らなくて良かったと考えながら。

 驚天動地……と表現すべき、なのでしょうか。すっと身を引くように弓月さんが身体を脇へと移動させた瞬間、戸惑いにも似た気配を発する有希。
 しかし、それも一瞬。俺の言葉に小さく首肯いた後、前に進むこと数歩。

 未だ立ち上がる事さえ出来ず、冬枯れの芝生の上に座りこんで居る俺の頬に少し冷たい手が触れた。

「問題ない」

 俺に安心をもたらせる彼女の声と雰囲気。限界まで酷使され、相性の悪い迦楼羅(カルラ)の炎に焼かれた身体は休息を要求し――
 刹那!

 引き寄せられる身体。彼女の胸の中で、見栄とやせ我慢のみで保っていた身体が溶けて行く。
 柔らかな何かに触れ、身体のすべてが花の香りに包まれる感覚。このまま眠りに落ちて仕舞いたい。そう言う、強い要求が心の奥深くから湧き上がって来る。

「もう大丈夫。あなたは何も心配する必要はない」

 耳元で囁くように続けられる彼女の言葉。完全に力を失い、崩れ落ちそうになる俺の身体をよりいっそう強く抱きしめる有希。その言葉には力があり、乱れた心が鎮まって行く。
 おそらく、この世界に召喚された時と同じように彼女の制服を俺の血が汚している。そう言う状況。

 ただ……。
 ただ、彼女の腕の中はとても温かで――


☆★☆★☆


 少し薄暗い、と表現すべき旅館の廊下。泊まり客の存在しない其処は、何故か冷たく、そして少し不気味な雰囲気を醸し出している。
 そう、普段なら豊かな色彩と香りで逗留する旅人をもてなすはずの生け花さえも存在する事もなく、掃除の行き届いた床には、其処に幾人もの人々が行き交った残滓さえ感じさせる事もない。
 空調システムが切られたこの場の澱んだ空気自体が生命の存在を感じさせず、高い天井から照らす照明は最低限度に抑えられた状態。そのほの暗く、何処までも静かな雰囲気から、まるでトンネルの中を進んでいるかのように錯覚させられる。

 出掛けた時にこの場所を通り抜けた時と比べると五割増しほどの時間を掛けて、その長い廊下の果てに存在している部屋の前に立つ俺。
 時刻は既に朝食の時間を遙か彼方へと置き去りにし、そろそろ昼食の時間が近付いて来たかな、……と言う時間帯。

 少しの躊躇いの後、インターフォンを押す。もっとも、この部屋は俺の為に用意された部屋なので、その部屋の主が戻って来た事を告げる事に本来、躊躇いなど必要はないはずなのですが……。
 ただ、昨夜出かける際に、次に会うのは()()()()の挨拶の時だな、などと大見得を切って出掛けた挙句、実際に戻って来たのは()()()()()の時間帯では流石に……。

「はい、開いているわよ」

 しかし、インターフォンの向こう側から聞こえて来た声は普段……よりも少し落ち着いた雰囲気のハルヒの声。
 普段の彼女なら、何時まで待たせたら気が済むの、だの、いい加減に時間厳守と言う言葉ぐらい覚えたらどうのなのよ、などとグチグチと文句を言った挙句に、罰金として昼飯を奢れとか言い出すのですが……。

 これは機嫌が悪い……と考える方が妥当か。
 おぉ、機嫌が良さそうだな、これはラッキー、……などと考えられるほど俺は単純に出来てはいない。そもそも、彼女の機嫌が良くなる要素など今は皆無。
 当然、おはようの時間までに帰り着く事が出来なかった正当な理由はある。
 第一に、自らの負傷の治療に時間が掛かったから。眼も見えず、どうやって滑らかに関節が動いているのか謎だらけの木製の腕でハルヒの前に現われるのは流石に問題が……。
 次は異界から漏れ出して来ていた邪気を祓うのにも手間が掛かった。そもそも、異界から現実世界に召喚されようとした邪神を追い返しただけで、めでたし、めでたしと終わる昔話や英雄譚のような訳には行かない。流石に彼奴は古の蛇神。それも、縄文の縄模様の元となった可能性もある古の蛇が怨みを糧に、()()より召喚されようとしたのだから、その穢れの大きさは推して知るべし。
 早急に処置をしなければ、ここは危険な場所となる。そう感じられる場所の中の一部にしか手を掛けられなかったが、それでも午前中は完全に吹っ飛ぶぐらいの時間が穢れ払いを行うのには必要だった。そう言う事。

 しかし、それは、こう言う()()。魔法やあやかし。邪神や悪鬼、異世界の住人などが関わっている事件に対処する人間たちにのみ通用する理由や理屈。そして、今、この部屋の中で静かに怒っている少女は、そう言う世界とは表向き関係せずに生きて来た人間。
 俺が忙しかった、などと言う理由(いいわけ)を寸借してくれる事はないでしょう。
 まして、朝になってから。常識的に考えて妥当な時間……例えば九時以降に電話を掛けて、こちらの状況を伝えるぐらいの手間を掛けても問題はなかったのに、そんな事もせず、結果として彼女一人を情報から隔絶されたここに放置状態へとして終ったのも事実ですから。
 口ではなんのかの、……と言ったトコロで、俺を含めた全員の事を心配していたはずなのに、彼女に全員無事だと言う事さえ伝えずに今まで過ごして終いましたから。

 かなり重い足取りで扉を開き、和室と旅館の廊下を繋ぐ暗い部屋に入る。
 どう話し掛けるか。基本は普段通り少しいい加減な感じで。それが無難か。……などと考えながらも、矢張りかなりの逡巡を持って目の前の襖に手を掛け――

「ただい――」

 おそるおそる……やや伏し目がちに襖を開ける俺。その瞬間、柔らかい、そして、少し良い香のする何かと正面衝突!

「――ま」

 一瞬、何が起きたのか理解出来ずに呆然と仕掛けて、足元に転がる白いマクラを見つめる俺。但し、それは本当に一瞬の事。
 そして、

「……ハルヒ。オマエ、暇やな」

 完全に包帯で包まれた状態の右手で、かなり納まりの悪くなったメガネを整えながらそう言う俺。口調は呆れた者の口調。その仕草と口調から、もしかすると、かなり嫌味なキャラに見えるかも知れないな、などと考えながら。
 もっとも、これは表面的な物。少なくとも俺は怒ってなどいないし、おそらく、ハルヒ自身も不機嫌……ではあると思うけど、ふたりの関係を(こじ)れさせる心算はないのだろう、と想像出来る対応だったと思うから。

 関係を拗れさせる。つまり、二人の距離感がもう少し近いのならば、甘えに近い言葉。例えば、こんな時間まで待たせてどう言う心算よ、とか、連絡のひとつぐらい入れる事は出来なかったの、などと言う言葉が出て来ても不思議ではないタイミングだったと思う。
 しかし、現実に彼女が取ったのは、昨夜、反射されたマクラをぶつけ返すと言う選択肢。

 これは多分、今の関係にひびを入れたくなかったから。故に、必要以上に踏み込む事が出来ず、こう言う少しお茶を濁すような行動に出たのだと思う。
 ……もっとも、その事について俺が理解している段階で、ハルヒはもう一歩余分に踏み込んだとしても問題はなかったとも思うのですが。
 少なくとも彼女が少々突っ込んだ内容の言葉を口にしたとしても、俺は「オマエには関係ないだろう」……と言う、彼女の事を完全に突き放した言葉を投げつける事はしない。
 其処まで子供ではない……と思いたい。

「あんた……また、新しい属性を手に入れたのね」

 オッド・アイから蒼髪。まるで三文小説の主人公みたいな容姿に、包帯少年。それで今回はメガネ男子と言う訳?
 最初はしてやったり、……と言う表情で俺を見たハルヒが、しかし、直ぐに呆れたように話し掛けて来る。その表情は少し訝しげな雰囲気。
 ただ、どうもその表面上とは違う気配を同時に発しているような気もする。これはもしかすると……。

「手に入れたも何も、俺は元々、メガネを掛けなけりゃならないほどの視力しかないぞ」

 オマエ、普段の俺の表情や視線をちゃんと見ていなかったのか?
 一応、事実をありのままに。しかし、少し軽い感じの雰囲気で答えを返す俺。普通に考えると、魔法が有っても尚、瞬時に怪我やその他を癒せない状況と言うのは、その魔法や術を知らない人間に取っては多少の不安を感じさせる可能性もある。
 大丈夫、何も心配する必要はない。そう感じさせる事が出来るぐらいに、普段通りの少しいい加減な調子で。
 ただ……
 ただ、現状ではどうにも掴み難い彼女の雰囲気。ハルヒの場合、本心を隠しているのか、それとも本人も自分の感情に気付いていないのかが微妙な線なので、今、彼女がどう感じて居るのか、どう考えているのかが分かり難い時もある。

 先ほど、俺を見た瞬間、ハルヒが強く発したのは呆れた、と言う感覚。しかし、その内側に低く押し殺した不安が見え隠れした……様な気がしたのだ。
 ……が……。

「そう言えば、何時もは妙に眼つきが悪い事があったわね」

 腰に当てて居た手を胸の前で組み直しながら、答えを返して来るハルヒ。
 そう、実は眼に力……霊力を籠めていなければ、相手の顔の判別すら難しい程度の裸眼視力しか俺は持っていない。大きな目にかなり長いまつ毛。二重の瞼に少し濃い目の眉毛。俺の顔の中でも一番印象に残るのがこの部分。そこに、始終霊力を籠めていたら、眼つきが悪いとか、パッと見、怖そうだとか言われる印象を持たれたとしても不思議ではない。

 もっとも……。
 眼つきが悪いとは心外な。……と、そう前置きをした後に、

「俺はメガネやコンタクトの異物感が我慢出来なくてな、実生活に多少の影響が出るけど、素顔のままで生活して来たんや」

 開け放したままになっていた襖を閉め、昨夜、この部屋を出て行く直前まで座っていたテーブルの一辺に腰を下ろす俺。
 本当なら既に体力的に言って限界が来ている。一度、ちゃんとした睡眠を取ってからでないと、疲れから少し刺々しい対応を取って仕舞う可能性もあるので……。

 何がヨッコラショ、よ。あんた、爺臭いわよ。
 いちいちツッコミを入れなければ気が済まないのか、そう一言発した後に、俺の対面側に腰を下ろすハルヒ。もっとも、そのツッコミ待ちで、敢えてそう言う台詞を口にしたのも事実なのですが。
 少なくとも有希やタバサが居る時には使いませんよ、こんな余計な言葉は。何故ならば、あのふたりに、ハルヒのようなツッコミを期待する方が間違っていますから。

 こう言うのはお約束のような物。あり過ぎるとウザく感じるが、無ければないで寂しく感じる物でもある。ネチネチと纏わり付くような嫌味な連中がやるイジメとは別モノと考えた方が良い。
 もっとも俺の場合は、その相手の発して居る雰囲気を読む……ソイツが発して居る気が陰気なのか、それとも陽気なのかが分かるので、イジメなどとの違いが判断出来る、と言う事なのだが。

「それで?」

 相変わらずの上から目線で。しかし、何故か、座ると同時に備え付けのポットから一度、湯呑みに移したお湯を急須に注ぎ込むハルヒ。
 成るほど。まるで小姑のような細かいチェックかも知れない、……などと考えながらも、心の中でのみ小さく首肯く俺。
 この作法を知っている。更に、急須の中に存在しているのは出がらしのお茶の葉……と言う訳でもなさそうなので、多分、わざわざ準備をして待っていてくれたのでしょう。

 口から跳び出すのは悪態。態度は横柄。だけど、何のカンのと言って、俺の事を待っていてくれた事は間違いない。

「……取り敢えず、ただいま。朝茶は福が増す、なんて言うけどこれは案外、事実なのかも知れへんな」

 一口、お茶を呑み、安堵に近いため息をひとつ。冬の外出から帰って来て、疲れ、冷え切った身体にこの一杯。熱い訳でもなく、さりとて温い訳でもない。
 矢張り、お茶にはリラックスさせる効果や、気分を爽快にさせる効果などがある。そう感じさせるに相応しいお茶であった事は間違いない。
 但し……。

「そんな事を聞いている訳じゃないわよ」

 胸の前で腕を組み、少し睨むように俺を見つめるハルヒ。不機嫌……と言うよりも、呆れているのかも知れないが。
 ただ、普通ならば威圧感を与えるとか、自分を守る為にこう言う仕草をする物だと思うのですが、コイツの場合にはどうも、スタイル的に言って防御と言うよりは攻撃に重点を置いた体勢のような気がして仕方がない。

「タートルネックの紅のニットに、普段着感が溢れるデニムのジーンズ。髪は何時ものカチューシャで纏めずに自然に流した形。パンツスタイルを披露するのは初めてか」

 その格好で学校に行けば、オマエさんと気付かずに近寄って来る男子生徒も出て来るぞ。
 見た目が良い奴は何事にも有利になるようになっている、そう言う事か。少し肩を竦めて見せながらそう締め括る俺。
 但し、彼女の胸の前で光る銀の十字架に関して今は無視。似合って居ない訳ではないが、何となくだが今、それを口にするタイミングではないような気がする。

「そんな事も聞いていないわよ。そのメガネの理由は分かったから、次はそのあからさまに怪しい両腕の包帯の理由を聞いているのよ」

 勘違いしないでよね。別にあんたの事を心配している訳じゃないんだからね、……などと言う頭の悪い、ある意味お約束な台詞を口にする事もなく、直球の問いを口にするハルヒ。
 ……と言うか、その程度の事は分かっている。単に少し外して答えているだけ。

 なんや、そんな事かいな。そんな事はどうでも良い事。そういう雰囲気を醸し出しながら、

「まぁ、ちょいと下手を打って怪我をした。その程度。パッと見は大事(おおごと)に見えるけど、明日には包帯も取れるし、メガネも必要なくなる……と言う話や」

 ……と答え、両肘をテーブルの上に立ててハルヒに見せる俺。学生服の袖に隠されているが、二の腕から先はすべて包帯によって包まれている。
 そう、原因不明の失明に関しても、大気との摩擦によって燃えて仕舞った両腕に関しても、流石に簡単に回復出来る状態などではなく、少なくとも今日中は、包帯とメガネを取らないで過ごして欲しいと有希に言い含められて、この部屋に帰って来た。
 ……のですが、どうにも、その辺りに多少の違和感が。

 腕の再生は今回が二度目。もしかすると、前回もそれなりに時間が掛かったのかも知れませんが、そもそも前回、右腕の再生を行った時はこの世界に流されて来た直後。この時は、俺自身の意識が睡眠と覚醒が交互にやって来ると言う、高熱を発した時特有の状態が長く続いていた時だったので、実は完全に再生されるまでの正確な時間など覚えてはいない。
 更に、瞳の完全再生など今回が初めてなので……。

 実はもう少し簡単に再生する事も可能なのでは、と言う考えも頭の片隅には存在する。
 ただそれ以上に、俺に対して不利となる事を有希がするとも考えられないので、彼女が完全に治癒するまでには一日掛かると言うのなら、それが妥当なのだろう。……と言う程度の知識しか持って居ない状態なので。
 そう、実は治癒魔法に関して、俺はそう詳しいと言う訳ではない。ダンダリオンが居れば、彼女の意見と有希の意見を聞いてから判断する事も可能なのですが、彼女を今、ハルケギニアからこの世界に召喚すれば、向こうの世界の状況が悪くなる可能性が高くなるので、早々ウカツな真似が出来る訳もなく……。
 何にしても、後の先を旨とする俺の剣に取って目は重要ですし、高速で印を結ぶ手も重要。この両方を同時に再生した後に、元のレベルにまで戻すのに一カ月ぐらいは訓練が必要だ、など言われる方が問題あり。

 そう考えて、少々の違和感に関しては我慢する。それが俺の出した答えなので……。

「一応、俺がちょいと怪我をしただけで弓月さんやさつきに関しては無傷」

 旅館の方を守っていた有希や万結に関しても問題なし。

「事件は終わった。昨夜から今朝に掛けて、この事件が理由で死亡した人間は一人もいない。あの犬神使いもちゃんと生きたまま捕らえる事に成功した」

 泣き言を今更言っても意味がない。命があっただけでも儲け物。そう考えながら、ハルヒに報告を続ける俺。
 もっとも、この内容に関しては表面的な物。さつきに関しては無傷。それは間違いありませんが、弓月さんに関しては謎。確かに、今日明日で生命に対して某かの不都合な事態が発生するとは思えませんが、それでも、五年先、十年先を考えると……。
 今の俺が持って居る情報だけで未来は判断出来ない、と言わざるを得ない状態なのですが。

 それでも一応、短い報告は終了。
 ……取り敢えず、今回のアラハバキ召喚事件はこれにて終了。弓月さんの事に関して今は無理。その他の細かな事も今は後回しにしても問題ないでしょう。

 もうそろそろ生あくびをかみ殺すのも限界。流石に、ハルヒの前で大口を開けて欠伸をする訳にも行かないのでこれまでは我慢をして来ましたが……。
 メガネを外し、包帯に覆われた手の平で目をゴシゴシと擦る俺。

 本当ならば、直ぐにでも布団を敷いて眠りたいのですが……。
 ただ、その前に。

「それでハルヒ――」

 未だもう少しの間だけ、気力を充実させて置く必要がある。
 この問いの答えを聞くまでは。

「ちゃんと眠る事は出来たか?」

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『災いなるかな……』です。
 尚、そもそも論として、オイラはラノベの定義すら分かっていないのですが。
 
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