| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ランス ~another story~

作者:じーくw
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第3章 リーザス陥落
  第90話 リーザスの鬼門

                   


 常に成功する作戦など、世の中に有る筈が無い。

 勿論失敗に終わる事もあれば、達成できず、諦めてしまう事だってあるだろう。大切なのは、そこから何を学べたのか? である。次へと活かす為に、己の糧とできるか、成長できるかどうかに掛かっている。

 そして、何よりも――次に繋げられる様に、生きていれば良い。

 命さえ失わなければ、何度でもやり直しはきくから。それは、今回の事であっても同じ事が言えるだろう。

 元々、二正面作戦には不確定要素も多く、更に部隊を2つに分ける為、やはり当初よりも戦力自体は落ちてしまうのは否めない。ノースの奪還には成功する事が出来た。だからと言って、サウスの方も無事成功出来るか? と言われれば100%だと誰が言えるだろうか。

 もしも、断言できる、言えるとすれば……、今盛大に暴れている? 男ランスくらいのものだろう。

「おい、いい加減落ち着けランス。一体何があったんだ? お前程、悪知……、じゃなく、頭も働くし、腕っ節もあるのに、この状況。明らかにイレギュラーも良いとこだろ?」
「こらぁぁ! 悪知恵とはなんだ! 悪知恵とは! つか、聞こえてるわ!! このオレ様に向かって!!」

 これは、失言。
 ユーリは思わず口が滑ってしまった程度で、別段そこまで悪意があった訳ではない。さっさと話させる為には、それなりに良い気分にさせなければ、ランスは色々と面倒臭いから。……が、今回のランスはいつもとは違う。


 かなり不機嫌の様だから。


 これまでの経緯を簡単に説明しておく。

 オクの街に帰還したユーリ達は、ランスの方、即ちサウスの方へ向かった部隊からの連絡待ちだった……、そして ランス達の敗走(ランスは完全否定)を知ったのだ。全滅した、と言う訳ではないが、重・軽傷者が多数いて、兵士達は疲弊している。

 紫の軍のアスカは、懸命に皆に回復をしていたが、まだ幼い彼女が五体満足だった事に、それとなくホッとしたのは、ヒトミや優希達だ。

 ヒトミは、ユーリ達が無事に帰ってきてくれた事に凄く喜んでいたのだが………、傷ついたランスの部隊を見て、もう手放しで喜ぶ事などできず、皆と一緒に手分けして 手伝ってくれている。 

 そして、何とか一通り終えた所で、ユーリは何があったのか、ランスに訊く事にしたのだ。

「リーザスの兵士達は 手酷くやられた様だ。一先ず、ランスが無事で良かったよ。……兎に角何があった?」
「ふん! 最強であるオレ様が無事なのは当然だ! あんなむっさい連中はどうでもいい!!」
「……はぁ。お前の男に対する扱いは大体把握しているが、それでも ランス。お前が指揮してての結果だろ? もっと言い方を柔らかくしろよ」
「ふんっ!! 馬鹿者。戦場は基本己の力で切り抜けねばならんのだ! 乱戦ともなれば、幾らハイパーな、オレ様の指揮と言えども、全員を守れる訳がないだろうが。女だけなら兎も角」
「……まぁ、女~辺りは、正直微妙な所だが、確かに間違えてはないな」
         
 ランスの暴言を聞いて、それとなく苦言+言い方を改める様に言うユーリだったが……、全てが的はずれと言う訳ではない為、その辺は黙認した。

 確かに、バレス達は軍人であり、冒険者と比べれば、幾ら組織だった部隊だとしても、戦場での立ち振る舞い。

 その根底部分、《己の身は己で守る》と言う事くらいは心得ている筈だろう。その術も言わずもがな。

 最低限、それだけの力量が無ければ、戦場に足をつける資格は最初から無い。

 勿論、それは適材適所と言う言葉もあり、相手側に圧倒的な力の差があったり……と色々と課題等はあるが、基本どの国の軍隊でも、入隊する際に、ある程度のレベルが求められる筈だから。

 だが、それでも、軍のトップであるバレスやエクス達、高レベルの者達の負傷だけは、ちゃんとした説明をもらわないといけないし、頂けないだろう。魔人が絡んでくる戦争であれば尚更だ。

 魔人を抜きにして、と言うのが前提にはなるが、彼らの力量はユーリも判っている。今回のノース側、即ちユーリ達側には、この解放軍の中でもトップクラスの実力者が集中している事は判るが、ランスの布陣を疎かにしている訳ではない。

 白と黒の軍のトップに加え、リアの親衛隊である《金の軍》や魔法部隊である《紫の軍》も揃っていて、神魔法を扱えるメンバーもそれなりに増えてきているのにも関わらずに、敗戦し、彼らは負傷をしているから。

 レイラ達 金の軍は女性構成されているからか、軽傷者はいるものの、重傷者はランスの言うとおりいなかった。

「あいつらは、職務を全うしたのだ。オレ様の命令通り、女の子達は死んでも守れ!! と言ったからな。ちゃんと弔ってやる」
「死んでないって。勝手に殺すな。(弔いとか、絶対せんだろ……)……成る程。――殿、か。彼らの傷は」
「馬鹿者。違うわ!」
「ん?」

 ランスの説明を受けて、バレスやエクスは 撤退する時に、最後まで白と黒の軍を指揮していたから、相応の傷を負った、と連想していたのだが、ランス曰く違う様だ。

「連中は、卑怯な手を使ってきたのだ!! 戦士の風上にも置けん様な事をな!」
「……ランスが言うと、凄いな。ランス以上の鬼畜がいた、と言う事か……」
 
 思わずそうつぶやいてしまうユーリ。

 なかなか、えげつなさに関しては、ランスの右に出る者がいようとは正直思えない。巷では、《鬼畜戦士》と言う異名まで轟いているのだから。

「ふんっ! あんなもん、オレ様にかかれば、ちょちょいのちょいだったのだ! だがしかし、問題が発生したのだ!」
「その、《あんなもん》の説明を求めてんだっての、いい加減に話してくれ。ランスが負けてない、って思うんならそれが正しい。……お前は生きてるんだからな。負けと思わなければ負けじゃない。まぁ、その代わり、まだ(・・)勝ちでもないが」

 ユーリは、一応、真剣な表情でランスにそう言っていた。
 その真剣な表情を見たからなのか、或いは もういい加減に話す気になったのか、判らないが、ランスは苛立ちながらも話し始めた。

「……ふん。サウスには、オレ様の女がいた。卑怯にも、オレ様の女を盾に使っただけでなく、これまた卑怯にも街その物ごと、圧し潰そうとしたのだ」
「っ!? ………なんだと!」

 ユーリは思わず目を見開く。

 確かに、これまででヘルマンの軍勢は 爆発茸やプチハニー等を使って 攻勢に打って出ていたが、それはあくまで攻撃手段、防御手段の1つとしてだった。人質を使った手段は、まだ判る。レッドの街でのセルの事や、優希の事を考えると。だが、それでもサウスの街その物を潰してまで、手段を選ばない相手はこれまでにはいなかった。

 その作戦からも、何処か異質さを感じた。

「ランス。……魔人が相手だった、と言う訳じゃないのか?」
「そんなもんは、知らん。オレ様がみたのは、ゴリラみたいなババァだ」
「あ、ヘルマンの大隊長だと、思いますユーリさん。……その、兵士達が叫んでましたから……」

 ランスに飲み物をとどけに来たシィルが代わりに答えてくれた。
 ランスは、無理矢理ひったくると、八つ当たりだろうか、シィルの胸を盛大に揉みしだく。

「あ、ら、ランス様っっ」
「ふん!!」

 だが、珍しく ランスは直ぐにそれをやめて、シィルを解放。本当に頭にきている様だった。そうだ。……下手をすれば、ランスの女、と言う者達も潰されてしまった可能性があったから。女好きのランスであれば、それは何よりも許せない事だろう。それが、見知った相手であれば尚更だ。

「……シィルちゃん。兵士が叫んでた、っていうのは、こちら側(リーザス)の兵士、じゃないな」
「はい……、あれは、あの人は…… ご自分の味方まで一緒に………」

 シィルは、暗い表情をして俯いていた。
 
 敵だけじゃなく、一般人だけじゃなく…… 味方までも使って、どんな卑劣な手段も厭わない。紛う事なき、人の皮をかぶったナニカ(・・・)が相手なのだという事はよく判った。間違いなく、トーマとは対極に位置する者だと言う事も。

 そして、次のシィルの言葉を聞いて、ユーリの中で、何かが弾けた。

「その……ミネバ(・・・)大隊長、と言ってました。向こう側の将校さんなんだと……」
「……………」

 その言葉を聞いて、ユーリの中の嘗ての記憶が蘇った。


 なんの因果か、ヘルマン領土内でいた時の記憶が――。


「あ、あの……、ゆ、ユーリさん?」
「……ああ、すまないな、シィルちゃん。 なぁ、ランス」

 ユーリは、どんな表情をしているのか、判ったのだろう。シィルにどんな風に見えていたのかも。そこで、ランスに話しかけた。

「このまま、引き下がる訳ないよな?」
「当然だ。オレ様のハイパーな作戦はもう出来上がっている! だからこそ、面倒臭いが、一度戻ってきたのだ。ふん、フェリスが使えれば、簡単だったんだが、貴様が戻さんからだぞ! っつーか、さっさと戻せ!!」 
「……それに関しては、また後だ。……サウスの街には、ランスの女がいる、と言っていたな。それは誰のことだ?」

 フェリスに関しては、ランスもまだ納得している訳ではなかった様だが、それでも、人質に取られている《彼女》のことを考えれば、そうゆっくりもしていられないのも事実だったから、渋々話しを変えていた。

「ユランだ。ユランが、縛られていた」
「ユラン……だと。馬鹿な、ユランは、アイツ(・・・)と一緒に ポルトガルの方に……、いや あの抵抗軍(レジスタンス)は、勇猛果敢な連中だ。そのまま どんどん独断で進行した、と言う事もあり得る。……が、アイツ(・・・)がいて、みすみす……」
「ふん! そんな事はどうでも良い! さっさと行くぞ、ユーリ! 直ぐに、筋肉ババアを挽肉ババアにしてやらんと気がすまん!」

 うがぁ! と叫ぶランス。

 いつものユーリであれば、連戦である事、そして、負傷者も多数いることを加味して、慎重に行こう、と言うだろう。

「ちょっ、ランス。これだけ皆疲弊してるのに……、それに相手は手段を選ばない様な最低なヤツなんでしょ? 無策で無理に突っ込んだら、危険じゃ……」

 ランスの声が聞こえたのだろう。
 マリアが、慌てて止めようとするが、並大抵の理屈でランスを止めるのは無理だ。

「次行けば大丈夫なのだ! オレ様が言うんだから、当たり前だ!」
「……負けて帰ってきたのに、なんでそんな自信満々なのよ」
「やかましいぞ志津香! そもそもオレ様は、負けてないのだ。戦術的撤退、と言う手段を使ってるだけだ」
「……物は言いようね」

 呆れる志津香と、皆の介抱に走り回っていて戻ってきたかなみが呟いていた。
 直ぐにいく、と言うのは正直賛同し兼ねる。行くにしても、せめて つい数時間前まで、怪物相手に戦っていたユーリだけは、休ませたい、と思っていた矢先だ。


「……時間が惜しい。ランス。お前の作戦は道中で訊く。それで良いか?」
「がははは。やはりオレ様の下僕だ! わかってる様だな。ほら、さっさとするのだ。ユーリ!」

 ユーリのまさかの発言だった。

 今日は、ノースでの戦いが終わり、それなりの休息を取る手筈だった。勿論 サウスの方が敗走している事実には驚いたが、それでも 諜報員を集め 情報を収集し、万全の体勢で望むものだと思っていたのに、ユーリは即断したのだ。

 それを訊いて、思わず、志津香はユーリの肩を掴む。

「ゆぅ! アンタは、なんでそう無茶ばっかりするのよっ! さっきだって、もうちょっとで死んでたかもしれない程の戦いがあったばかりなんでしょっ! いい加減、ちょっとは自分の事も、わたっ……、皆の事も、考えなさいよ!」       

    
 先程、ユーリに言った筈だ。

『あまり、心配をかけないで』と。

 舌の根も乾かぬうちに、また戦場へ向かおうとするユーリを止めたい、と志津香が強く思ったとしても、誰にも責めれないし、今回ばかりはからかう者もいなかった。
 如何に戦争中で予断を許されない場面であっても、休息は然るべきだと思えるから。

 ユーリは、振り返ると、志津香の手を握り そして顔を思い切り近づけて、最初は静かに、だが……。

「……志津香。こうやって 休んでる間にも、人質の命が危ない。……こいつ(・・・)は……、こいつ(・・・)を相手にする以上、一刻を争う。判ってくれ、……頼む」
「っ………」

 ユーリの言葉は、基本的に何処か重い。軽口ばかり叩くランスが傍にいるから、余計に相乗効果と言うものが現れると言うものだ。
 
 ユーリの物言いを聞いて、相手がいったい誰なのか判っている、《ミネバ》と言う者の事を知っているんだと、この時 場にいたメンバーはほとんどが察した。

「――それに、ランスには作戦があるんだろ? 大丈夫だ。ランスが、オレばかりが、目立つ様な作戦をするとは思えん。……だろ?」
「む? どういう意味だ」
「はぁ……(もう忘れたのか……、この馬鹿)まぁ あれだ、人質の中には、ユランがいるのか。……なら、恩を売るのも一興だと思うだよなぁ、って事、……んで、ランスはどう思う? ユランとは関係を持ってるんだろ? 強引に」
「やかましい!! 貴様はオレ様に何を求めるつもりだ!! ……ぐっ、うし車の様に働かせてやろうと思ったが、止めだ止め! 貴様に、これ以上増やさせてたまるか!!」

 ランスは、そう叫んでいた。
 つまり、無理な配置にはならないと言う事であり、更に言えば、そんな相手にもそれなりに手段がある事を示している。

 そして、この時はなんとも思わなかったが、ランスの中で小さな、それでいて、ほかのメンバーにとっては、非常に大きな変化(・・)があったのに気づいたのは、この場では殆どいなかった。

 兎も角、ユーリは、笑みを浮かべると同時に、志津香に向き直る。

「あまり無理はしない。心がけるさ……だから、判ってくれ、志津香」
「っ……。はぁ……。あまりって……」

 志津香は、右手を握り締め、拳を作り ユーリの胸元に弓矢を射る様に、打ち付けた。

「もう……、いつもあんたは一度言い出すと訊かないんだから」
「……すまないな。いつも、心配をかけて」
「そのへんは、ランスと変わらないとこもある、って事。……ったく、幻滅するわよ?」

 呆れている志津香だったが、それでも何処か表情が柔らかくなっていく。因みに、ランスは 抗議をしようとしたが、シィルに止められ(良い雰囲気で空気を読んだ?)、シィルにお仕置きをしていた。

「わたし達の事も、頼ってください。……ユーリさんには遠く及ばないです。でも、それでも 皆で力を合わせたらっ……!」

 横で聞いていたかなみも、ぐ、っと力を握り締めた。

「そーよ。それに、ランスだって やる時は、ばっちり決めてくれるんだし! ね? シィルちゃん」
「え? あ、はいっ! 勿論です!!」
「ちっ、当然だ、んなもん! がははは、なら、今からマリアとシィルにばっちり決めてやるか!」

 ランスは、ワキワキ、と手を動かしていたが。『終わってからにしろ』と、呆れたユーリが一蹴したのだった。 










 その後は、動けるメンバーを集めて、サウスの街へと向かう準備をした。

 カスタム組は 勿論挙手であり、中でも志津香は有無を言わせない様子。リーザス組ではレイラの部隊が、女の子の部隊だったから、比較的被害が少なかった為、そのまま直行の形となった。レイラに至っては、ユランとは昔馴染みであり、コロシアムで競い合った仲。彼女が捕らわれていた状況に、憤慨した者の内の1人だった為、有無言わさずに参加の意志を固めていた。

 そして、勿論 オクの街、出発前にヒトミに色々と心配と迷惑をかけてしまったのは言うまでもない。

 ノースの街での事を全て知っているわけではないのだが、帰ってきたばかりの皆が直ぐにまた、戦場に向かうともなれば、理解出来ていても、どうしても 皆の心配をしてしまうのは、本当に仕方がない事だ。
 戦争と言う過酷な状況の中だと言うのに、ヒトミには新しい友達が沢山増えた。自分の正体を知っても尚、普通に接してくれる友達が増えた。そんな人達が危険な場所に向かおうとしているのだから。正直、技能を駆使しても、ついて行きたかった彼女だったが、完全止められたのも当然だった。
 『危険な場所にはついてこない。――約束した筈だ』

 ユーリにそう言われたら、もう うん、としか言えないから。
 でも、最後には ユーリがヒトミの頭を撫でて、それに 他の皆が。かなみや志津香を中心に、笑顔を見せてくれたから。

『待ってる。ぜったい、――ぜーったい、無事に帰ってきてね』

 ヒトミは、そうやって、皆を見送った。
 
 戦場に赴く際には、何度もあったやり取り。
 皆にとっては、アイドルだって言っていいヒトミ。激励とも言っていいから、男女問わず、気合が入ると言うものだった。


「さて……、レイラ。話を詳しく聞かせてもらえるか? ランスは端折りすぎだ」
「……ええ」

 ユーリは、サウスにまで行く道中。詳しい経緯をレイラから聞く事にした。色々と悔しく、苦しい想いをしたんだろう。レイラの表情は険しかった。











~数時間前 サウスの街 入口付近~



 ランスは基本的に、自分の勝利が絶対である事を疑わない。

 なぜなら、『オレ様』だから。

 天上天下唯我独尊であるランスだからこその境地だと言えるだろう。知っている者からしたら、呆れ果てるのが常だ。第一、ランスの傍にはいつも 頼れる《男》がいた。確かにランス自身の戦闘力は 強力だと言えるが、自陣に頼りになるメンバーが、豪華な顔ぶれがいるから、と言う所をいい加減認めてもらいたいモノなのだが……、それを言うと、かなり面倒くさくなるので、簡単に流しているのが現状である。それに、煽てるのが一番だと言う事も皆知っているから。
 特に、馴染み深いメンバーの大多数がノース側に行ってるから、尚更誰も言わないだろう。
 そんな感じで、いつも通り有頂天なランスだったのだが……、想像をはるかに上回る相手と遭遇して、そうも言ってられなくなってしまったのだ。

 場面は戦場……激戦区。

『ふん……!!』
『どりゃあああ!!』

 明らかに余人には閃光が瞬いている程度にしか見えない剣運び。其々の武器が火花を散らせていた。 

 ランスが戦う相手は、《ミネバ》 ヘルマン第3軍 大隊長の1人 《ミネバ・マーガレット》である。

 ランスの剛剣が、ミネバの無造作に振り回す二丁の戦斧を弾き返したかと思えば、時には受け流し、2擊目を入れんとするミネバ。だが、ランスも持ち前の勘の良さで躱し、或いは受け止め、弾き返していた。

 二丁斧の手数にも、ランスは屈しない。が、ミネバも同様だ。

「っ……、ランス君、強い……っ」

 それを固唾を飲んで見守っていたのはレイラだ。
 
 ユランが(厳密には他の者達もいるが、全員男の為、ランスの目には入らなかった)縛られている場面を見て、ランスが激高。ミネバに飛びかかっていった構図だった。

 レイラ自身も、古馴染みであるユランの姿を見て、正直頭に血が上った。……が、それで 我を失い、単独特攻などしていては、将軍とは言えない。自分の心を押し殺しても、冷静さを失わずに、最適の指示を出すのが、指揮者だろう。

「ランス君の方は、援護しなくて良いです! 皆は、他のヘルマン兵を! 後方支援を受けつつ、確実に攻め落とせ!」
「「「はっ!!」」」

 レイラの指示を受けて、戦場の中心で激しいバトルを繰り広げているランスとミネバを中心に、戦いが始まった。

 戦場は徐々に市街へと引き込まれ、開けた場所で、激突する。街路の広さには限界がある為、大掛かりな陣形が組める状況ではない。障害物や民家にも潜まれでもすれば、数の利も半減してしまうだろう。

 そんな場面に写っても、2人の戦いは休む事はない。

『だぁぁぁ!! 鬱陶しい筋肉ババァが! さっさとオレ様の剣の錆になれ!』

 均衡が中々崩れない事に苛立ちを隠せられないランス。それはミネバも同様だ。

『きゃんきゃんと煩いねぇ、ぼうや(ちっ、なんだい? こいつの出鱈目さは? てきとうにやってる様にしか見えないっていうのに、遣りにくいったらありゃしないよ)』

 ランスの剣は、基本的に豪腕を活かした剛剣だ。
 だが、その真骨頂は 力ではなく……、奇想天外とさえ思える剣捌きにあった。決して早すぎると言うわけではなく、……簡単には言い表せれないのだ。
 だからこそ、ミネバは困惑した。

『(振りも体捌きも全部がバラバラ。基本戦闘術ってもんがなっちゃいないねぇ。大口叩けるだけの物は持ってないと思ってたんだが……)』

 悪いところを上げればきりが無い。……が、やりづらさを深く感じていたのはミネバの方だ。隙だらけと思い、二丁斧で攻め立てるも、気づけばぎゃくに攻撃を見舞われ、更に様子を見ようものなら、予想外のタイミングで斬撃が迫り来る。
 そして、その攻撃の全ての威力が凶悪。

『どりゃああ! がきーんっ! がききーーーんっ!!』

 最終的には、ランス自身の口で、鍔迫り合い音? を発生している。……正直馬鹿と言う言葉しか思い浮かばない筈なのだが、その全てが嘘というわけではない。

『(ここまで出鱈目なら本当に鬱陶しい事極まれりだ)』

 そこで、ミネバはある作戦に出た。

『さぁて……、そういやあ あそこの雑魚は ぼうやのお気に入りってわけじゃないか?』
『ふん。オレ様の女を虐めた報いだ。殺してやるからありがたく思え』
『ふふふ。そうかい……じゃぁ……』

 ミネバは、一瞬の隙で その二丁の斧を大地に振るい、力任せに叩きつけた。ランスにも負けないその凶悪な威力で、地面が抉れ、砂埃が宙を舞う。

『うげ!』

 思いっきり目の中に入りそうになったランスだが、辛うじて、後方へとジャンプをして回避する事が出来た。

『だぁぁぁ! おい、シィル!!!』
『はぁ、はぁ、は、はい! ランス様』
『馬鹿者、逃がしてしまったではないか! この役立たず!』
『ひんひん……、あ、あんな凄い戦いの間に……わ、わたしじゃ入っていけませんよ……ランス様ぁ……』

 付かず離れずのシィルだったが、今回のランスの戦いでは流石にそうはいかなかった。魔法を打とうにも、目まぐるしく動く2人ゆえに、照準が合わせる事が出来ない。下手に魔法を打てば、ランスに直撃もしかねないのだ。……ランスに怒られる、と言うよりも、その一瞬の隙のせいで、ランスの命に関わりかねないから無理だった。

『あーーっはっはっは!! それじゃあ、あの雑魚達を連れてこようかねぇ……。ぼうやは、それなりに強いし、骨が折れそうだ』

 ミネバの高笑いが続く。
 どうやら、街角の奥へと向かっていった様だ。

『馬鹿め! オレ様の女にそんな真似、させるか!! ランス、だぁぁぁぁっしゅ!!!!』

 ランスは、強靭な剛剣は、脚力からくる! とでも言わんばかりに、クラウチングスタートの構えから、一気にダッシュを始めた。ミネバの声が聴こえた場所に向かうと、そこには、間違いなく 赤髪の斧使いが立ち尽くしていた。

『がははは! 死ねぇー! ラーーーンス、あたたぁぁぁあぁっく!!!』

 なんの躊躇もなく、出会い頭の一撃で斬り破る。
 その一撃は、ミネバを両断する……のではなく、爆発する闘気で吹き飛ばした。……のだが、ミネバの姿が攻撃を受けたとたんに変化したのだ。赤髪の筋骨隆々な女とは思えない容姿が、突如、黒鎧に包まれていく。

『なんだぁ?』

 不思議に思っていたのだが、その瞬間。

『――――残念だったねぇ』
 
 不意に、背後の建物の二階窓から、斧を振り上げながらミネバが跳躍したのだ。

『うげっ! あんなキモゴツイババァが二匹もいるのか!?』
『軽口叩く余裕あんのかい? 死にな!!』

 二階からの跳躍による重力。ミネバの筋力と斧と言う重量武器の威力。全てが合わさり、ランスは剣で受け止めたのだが、その威力に耐え切れず、剣を離してしまったのだ。ランスとの距離は、云うに2m。そして ミネバとの距離も同じく。

『悪いねぇ、ぼうや……。あたしは、こういうのが本領なのさ』
『こんの、卑怯者がぁぁ!!』
『なにいってんだい? ぼうやだって、大した玉じゃあないか。こんな不意打ち、普通にやってただろ?』
『オレ様は、いいのだ! だが、オレ様以外がやるのが気に食わん!!』
『あーーーっはっはっは! ほんとうに面白いぼうやだ。フォトショックにもバカ正直に引っかかったみたいだ。まぁ、馬鹿を騙すチンケな幻覚魔法だから、当然といえば当然か』

 ミネバは余裕の表情を崩さない。ランス自身の命は、自分の手にあるのを確信しているからだ。その手に得物はなく、抗う術もないのだから。

『ふふふ、リーザスには、死神ってヤツがいるみたいだが、ぼうやの死神は、あたしだったみたいだねぇ』
『ふざけるな。この程度、なんのピンチでもないわ!』
『そうかい? じゃあ……試してみるか』

 戦斧を掲げ、にや……と笑みを浮かべた後、一気に。

『死にな!!』

 振り下ろした、のだが。

『ら、ランス様ぁっ!!』
『弓兵! 一斉掃射!!』

 割って入ってきたのは、シィルとバレスが指揮する弓兵部隊。
 ミネバへとシィルの炎の矢と矢が降り注ぐ。

『ちぃ……』

 流石のミネバも、物量の差に下がざるを得なかった。矢は弾く事が出来ても、魔法は出来ない。魔法を何度も喰らえば、集中力が削がれ、無用な矢も受けかねないのだ。

『遅いわ! 馬鹿者!!』
『ひんひん……』
『ランスどの、ご無事で何より……』
『だぁぁ! とっとと、あの筋肉ババァを、蜂の巣にしろ!』

 ランスの指示で、バレスは、弓兵達に合図を送るが……、街の入り組んだ通路に逃げられてしまった為、捉える事が出来なかった。

『ちょこまかと、ドブネズミか! 筋肉ババアが』

 逃げられたのを見て、憤慨するランス。
 バレスも、呻っていた。

『むぅ……。仕損じたか。エクスの部隊はどうなっておる?』
『はっ、どうやら サウスに大多数の軍隊を送っていた様で、数が相当多く、苦戦を強いられている模様です』
『むぅ……、殆どの色、部隊が揃っているのにも関わらず、か……。トーマがおらずとも、強敵じゃ』
『馬鹿者! お前らがトロイからなのだ! さっさと行くぞ!』

 そして、ランス達は、進撃を始めた。




 逃げたミネバだが、こちらはランスとは違い 苛立った様子は無かった。いや、寧ろ予定通り、と言わんばかりに笑さえ浮かべていた。
 そんな時、入れ違いでヘルマン兵がやってきた。

『ミネバ様……』
『ああ、なんだ。今更来たのかい。まぁ もう何にもする事はないよ。手筈通り(・・・・)に、するだけさ……』

 凶悪、と言うよりは、邪悪、と言う言葉が似合うだろう。
 そんな笑みを浮かべていたミネバに言う。

『……ミネバ様、今のは……その、さすがに……』

 この兵士は全てを見ていたのだ。
 ミネバが、部下に幻覚魔法《フォトショック》を使い、身代わりにした時の事を。だが、ミネバは意に介した様子はない。

『……なんだい。卑怯だとも言いたいのかい?』
『いえその、あの…… ただ、しょ、正面からの戦いでも……、勝てたのでは? と……。正面から、あの小僧を……』
『ハッ。そんなもんに付き合ってられるかい。あのぼうやは 随分と切れる様だしねぇ。それに、見抜けない方が悪いのさ。まぁ あたしもお喋りが過ぎたみたいだから、間抜け、っていわれても仕様がないが』

 ニヤニヤと笑うミネバ。だが、兵士は同調する事は無かった。

『さぁ、さっさと行きな。ぼうや達の結末は決まってんだ。……合図だよ』


 ここから――始まったのだ。

 鉱山崩落と言う最悪の事態が……。
 



 




 そして、場面は戻る。

 レイラの話を聞くにつれて、ユーリの表情が険しくなっていく。

「最期は、街の岩山を、崩したと言う事か」
「ええ。……崩落を起こして、岩が部隊に降ってきたの。……沢山の兵士達が巻き込まれたわ。………敵味方、問わずにね」
「……………」

 それで、撤退を余儀なくされた。
 大規模な崩落だった為、逆にあの程度で済んだ方が奇跡だ、といわれる程だった。……中でも、ランスは驚異的な運の良さや 反射神経もあり 何とか避けて逃げる事が出来た様だが、ユラン達の安否が気掛りだ。

「……ゆぅ」

 思いつめたユーリを見て、志津香はユーリの名を呟く。
 何でもないまだ進行中の状態。それでも声をかけるのに、躊躇してしまう程のモノだった。それは、志津香だけではなく、かなみ達も同様だ。陽気なトマトも『ワイルドなユーリさんも良いですかねー……』と言うものの、いつものテンションでは行っていない。
 仲間達が、非人道的な手段で傷つけられたのだから、怒るのも無理はないだろうが……それよりも、何か(・・)を志津香は感じていた。

 その――ミネバ、と言う者に対して。

 ユーリは、思い出していた。






 それは、以前――ヘルマンにいた時の事。








 山賊風情を蹴散らした時の事だ。

『誰かの命令で動いた。って訳じゃないと言うわけか?』

 ユーリが震える男にそう聞く。
 男は、確かに答えた。

『ひ、ひぃ……!! は、はいっ! し、しいて言うなら、方法はミネバ(・・・)と言う武将に色々と――――』

 そう、確かにそう言っていた。

 それは、以前カラーの娘たちを助けた時の事だ。

 ハンティと初めて出会った時の事でもある。カラーと人間は相容れないとも言われている。いや、一方的、とも言えるだろう。カラーの額のクリスタルは、魔法アイテムとしてかなりの高価な額がつき、更に効果も強力だ。故に欲する人間達が後を絶たない。

 悲しき種族だとも言われている。
 だが一時期、始祖と称されるカラーのおかげで、ペンシルカウと言う国を作り、そこから発展を続けた。更にカラーの女王の中では 武に富んだ者もおり、人間の国と友好条約を結ぶ、と言った様に、立ち止まっている訳ではない。勇猛に歩き続けている種族でもある。

 そんなカラー達と、友達……とまではいかない。数度助けただけで、心を開ける様な物ではない事はユーリもよくわかっている。それだけ、種族間の溝の深い間柄だからだ。だが、彼女達と関わった事は間違いないのだ。
 
 だからこそ、ユーリははっきりと覚えていた。カラー達を苦しめたヘルマンの事。その中でも――ミネバと言う者の名を。 











 

「紛れもなく外道だという事だ。疑う余地なく、……確認する必要もない」

 剣を握る柄の力が上がっていく。

「ユーリ殿」
「ああ、リック。それに、清も」
「そろそろ サウスの街が見えてきます。気を改めましょう」
「怒りは戦場では力を与える――が、判断力は曇らせる。常に冷静(クール)でいる事を忘れるな。 ――ユーリ、お前には愚問かもしれんが、一応な」

 部隊を指揮していたリック、そして 周囲の警戒をそれとなくしてくれていた清十郎が集まる。 そして、ユーリの表情に、仕草に、雰囲気に感じるところがあるのだろう。清十郎が忠告を言い、リックが頷いていた。
 それを訊いて、ユーリは軽く頭を掻く。

「――悪かった。忠告痛み入るよ」

 今、自分が表情にはっきりと出ていた事を、ユーリは悟ると 素直に頭を下げた。清十郎の言うとおり、自分の感情に全てを委ねる訳にはいかない事を、よく知っている。感情は大切なモノ、だと言う事もよく判っているが、それでも 大局を見誤ってはならないのだ。最善と思える行動力、判断力が著しく損なってしまうから。

 その様子を見て 軽く頭を下げるリック。

「いえ。私はユーリ殿には 数え切れぬ程の恩義がある故」

 そう言うと、今度清十郎は軽く微笑んだ。

「ユーリ、幾ら超人的な力を持っていても、貴様も人の子と言う訳だな。――オレとしては、少々安心と言う物も感じるぞ」

 清十郎はそう言う。兼ねてより、ユーリの力量は一線を遥かに超える……どころか、二線も三線も超えてると思える程の力量を持っている事は言わずもがな。現人類最強と称されているトーマを、如何に病持ちとは言え、打ち負かしたのだから。

 それも齢19にして。

 戦時中だとは言え、称賛する者が少ないとは言え、紛れもなく偉業とも言えるだろう。

――あの戦い、一騎打ちは語り草になる筈だ。

 だが、こうやって 素直に感情をみせる場面を見ると……、何処か安心できる。例え、その感情が怒りであったとしてもだ。………怒り故に、完全に安心するのはあまり宜しくないとは思うが。「ふぅ…………んっ!!」

 ユーリは、両頬を思いっきり挟み込む様に叩き、気を入れなおした。
 そして、顔を手で抑えながら 2人に訊いた。

「だだ漏れ……だった、と言う訳だよな?」
「まぁ……それは……」
「ランスは判って無かろうが、……だが、娘たちに訊いてみろ。――即答で帰ってくるぞ」
「……」

 2人の返答を訊いて ユーリは、反省をしたのだろう。また、軽く頭を掻くと……、心配を掛けさせた、と言う事で 詫びに向かうのだった。










~サウスの街~


 リーザス解放軍を撃退し、悠然と街の中心部で武器を杖替わりにし、立つ者がいた。

 その口許は、笑っていた。――邪気が溢れるとはこういうのだろう。人の身でありながら、その姿はまさに悪鬼だ。そして、眼前には縛られた者達。

「生憎、だったねぇ……。お前さんの男が助けに来れなくてなぁ?」

 にやり、と更に口許が歪む。

「ま、現実ってもんはそう甘くはないって事さね。――絵本の中でやってな。王子様がお姫様を助けるってシーンはね」

 ぶん、と 地面に突き刺した戦斧を引き抜き、担いだ。
 痛めつけでもするのだろうか、或いはその首を…………。

 その時だ。

「ミネバ殿……マーガレット大隊長殿!!!」

 息を切らしたヘルマンの小隊長格の男達が取り囲んできた。

「……ったく、なんだい? やかましいね。殺る気が削がれちまったじゃないか」

 ぺっ、と唾を吐き捨てると、もう興味がなくなった様に、縛られた兵士達から視線を外した。そんなミネバを見て、声を荒げるのは、集った男達だ。

「あれは……あれはどういうことですか! 我らの部隊が……、トーマ様からお預かりした、貴重な将兵たちが……!!」

 集った小隊長たちは、いずれもトーマの本体から分かれた部隊の指揮官。一様に、誇りと信念を湛えた視線をミネバに向けた。その視線は抗議、いや ミネバを責めているようだった。

「ああ、こないだの崩落かい? ありゃあ、不幸な事故だったねぇ」
「………ッ!! 事故、ですと!? 我らが突入した瞬間に、そちらの部隊が引き、その直後に……、あれが偶然だったとでも!?」
「ああそうさ。けど、運が良かったねぇ。こっちより向こうの方が被害が遥かにでかい。泡食って、逃げてったじゃないか。潰れちまうって思ってたんだけどねぇ」
「……その、こちらの被害は……ほとんどが、我々のっ……!」

 記憶のにがさから耐えかねて、1人が視線を地に落とす。
 彼らが無事だったのは、偶然の配置だったからだ。運良く、落石を免れただけに過ぎず、自分達も巻き込まれていてもおかしくない規模だった。

 だが、そんな視線も全く意に介さないのはミネバ。

「そりゃ不幸な偶然だ。それに、戦にゃ、偶然がつきものだろ? ピーチクパーチクみっともなく喚くんじゃないよ」
「…………ッ……! だとしても、ここでの篭城はトーマ様の意向に反しております!! ご指示通りに、リーザスへ戻り、パットン皇子を……!!」

 ぎりり……と、歯を食いしばり耐え続けながら進言をするのだが……。返答は最悪だった。

「却下だよ。現場をみずに下った命令なんぞに意味はないさ」
「な、っ……! なんということを……!!」

 トーマの命令を完全に無視する意向だったのだ。
 それを訊いて、困惑を浮かべる兵士達。

「(このような……、このような方だったか……? 敵に容赦はなかったが、……今までトーマ様に逆らうような素振りなど………!!)」

 圧倒的な力とそれに見合うだけのカリスマ性、存在感を携えたのが、ヘルマンの勇にして誇りであるトーマ・リプトンだ。

 その実力を痛い程理解している筈のミネバは、基本的に忠実に従っていた筈だった。技量も誇りも質も落ちてゆく大隊長クラスに置いて、トーマの本体に所属しているガイヤス・ヤストと並び、優秀な兵士だった筈なのだ。

 なのに、ここに来てのこの横暴さを目の当たりにして、思わず絶句してしまう。

「さ、配置につきな。ちょいと最前線だが、そりゃ仕方ない……、どうやら、奴ら、また踵返してやってきたんだろ? あんたらが集まってくるぐらいだからね。本体組の勇ましさとやらを見せとくれよ」
「な、納得できません!!」
「……………へぇ?」

 それを訊いて、ミネバは初めて表情をわずかに変えた。うすら笑みを浮かべていた女丈夫の唇が……僅かにつり上がったのだ。

「私だけでも、リーザスに戻り、せめて、せめて皇子の……司令官の裁可を仰がせてください! 将軍の命に従ってここに来たのです。なのにその命を………」

 男は、最後まで言葉をいえなかった。

「え…………………ぁ…………」

 何故なら、首から上がなくなってしまったのだから。
 目にも止まらぬ無慈悲の斧が、彼の首を食いちぎったのだ。

「―――――敵前逃亡は、死刑だよ」

 そして、無造作にミネバは味方の血が付いた戦斧を振るい、血を落とす。

 それを目の当たりにして、場が凍りついた。

「な、あ、ああ………っ」
「そ、んな………」

 後退りさえもしていた兵士がいたのだが、それをさせないのが、ミネバの眼光と、そして低く、重い言動だった。

「配置につきな。……それとも、そんなにこの世に未練がないのかい」

 それは静かな、ミネバの恫喝だった。

 その一言で、もう取るべき行動が制限されてしまうのは、抗議に来た小隊長達だ。

 目の前にいるのは、女――だが、腕は現3軍Np.2。
 自分たちが束になったところで、文字通り絵に書いた兵士達を破る様に、散らされてしまうだろう。

 その未来がはっきりと見えたのだ。まるで走馬灯のように――。

「は、配置に戻ります……っ」

 もう、そう言うしかない。
 言わなければ殺される。そして、離れなければ、悪意の塊。その殺意を叩きつけられ続けるのだから。

 そして、逃げるように離れていく連中を見て、ミネバは軽くため息を吐いた。

「(とはいえ……、あのバカ共のような奴らは、まだ他にもいる。――あのバケモノの信仰者……実に鬱陶しいね。ま、それもよくて後数年だろうさ)」

 ミネバはにやり、と再び笑った。


「――老害は病に倒れる。寄る年波は越えられない、ってねぇ……」


 それは、一段階増した――邪悪な笑みだった。

 そして丁度その時。

「ミネバ様。例の仕掛けは……」

 ミネバの駒。
 トーマの駒ではなく、ミネバの駒である兵士が駆け寄ってきたのだ。

「……ああ、いつでも使えるようにしときな。本隊の連中には、華々しく戦ってもらおうじゃないか。―――――囮として、ねぇ」

 その言葉を訊いて、無言で頷く部下。
 その手に持っている袋の中には、起爆剤とするプチハニーが大量に収められていた。

「さて、まったく困ったもんだよ。敵が雑魚ばかりってのはさぁ。あのぼーやは、なかなかいい線いってたけど、くく、まぁ それもどこまで続くかね」

 ミネバはそうつぶやくと、迎撃の準備に取り掛かっていった。


 それは、リーザスへの最後の鬼門。

 相手にするは――人の皮をかぶった悪魔。


 第3軍にして、トーマの対極とも言える存在。



 ミネバ・マーガレット
 
 





 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧