| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

恋姫†袁紹♂伝

作者:masa3214
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第41話

 
前書き
~前回までのあらすじ~

賈駆「駄目みたいですね(白目)」ダッシュツー



陳宮「やべぇよやべぇよ、ものすごい、向かってきたから……」

賈駆「成ったぜ(策)」



商人「成ったぜ(計画)」

?「あっ、おい待てぃ」



大体MIKOSHI 

 
『…………』

 その地は異様な空気に包まれていた。
 
 連合に追われる董卓と軍師の賈駆。そんな二人を罠に掛け、計画の一部として董卓を誅殺しようとした商人の男、その私兵百人。彼等が動こうとした瞬間、ソレは現れた。

 御輿、今の状況には現実離れした代物。
 黄金の宝飾がふんだんに使われソレ一つで小さな領地が賄えそうだ。また、上に乗っている美丈夫も現実離れしている。
 金色の長髪が風に揺れ、太陽を背にしているからか輝いて見える。恐ろしいほど端整な顔つき、口角は上がっているが不快感を感じさせず、鷹のように鋭い瞳。

「……ッ」

 息が詰まるような緊張感。その地に居た者達の目と耳には、色彩と他の音が消えていた。
 それほどまでに強烈な存在感を放ち続けている。

「これは一体、何事ですかな?」

 誰もが思考停止している中で流石と言うべきか、言葉を発したのは商人の男だ。
 彼としては不測の事態を、さっさと片付けたいだけだったが……

 そんな彼の言葉を受け、御輿に乗っている美丈夫が担ぎ手に何やら合図を送る。
 少しして御輿を担いでいた二人の女性が歩み出た。担ぎ手の人数は減ったが、筋肉隆々の男が六人残っているので問題は無さそうだ。
 改めて歩み出た二人に注目する。一人は大刀を担いで不敵な笑みを浮かべ、二人目は大槌を手に持ち―――悲観的な表情。賈駆は何となく彼女に親近感を抱く。
 
 そして兵士達に近づいた二人が―――口を開いた。

「な、なんだかんだと聞かれたら!」

「答えてあげるのが世の情けだぜぃ!」

「大陸の破壊を防ぐため」

「南皮の平和を守るため!」

「……愛と真実の正義を貫く」

「らぶりー・ちゃーみーな女房役ぅッッ!」

「…………顔良」

「文醜ッッッ!!!」

「………………天下を駆ける二枚看板の二人には」

「天の陽光、輝かしい明日が待ってるぜェェェッッッ(イヤッフー↑」

「うぅぅ……にゃ、にゃーんてな☆」

『…………』

 







二人と兵士達の間に風が吹いた。











「ほ、ほらぁ! やっぱりこんな空気になったじゃないですかぁっ!!」

「フハハ! 皆二人の口上に臆したのだ!」

「そうだぜ斗詩ぃ特に最後が良かった。あー、もう一回言ってくれ」

「絶対に嫌!」

 唖然とする者達を尻目に、御輿の集団は騒ぎ始めた。
 盛り上がる袁紹と猪々子を他所に、斗詩は瞳を涙で潤ませる。

 簀巻きにした猪々子を誑かし、御輿で飛び出そうとした現場を発見したのは斗詩だ。
 その暴走を止めるべく、彼女は努力したが――

『あ、そうだ。斗詩も一緒に来ればいいじゃん!』

『おおそれは名案! 行くぞ斗詩、全速前進DA!!』

 悪ノリ二人組みにより、半ば強制的に担ぎ手の一人にされてしまった。
 どうせ止められないのなら――と、護衛を兼任する為に付いて来たのだが。

「……シクシク」

 何か大切な物を失った気がするのだ。
 


 いち早く意識を取り戻したのは又もや商人の男。目の前の事態に困惑しながらも、聞き捨てなら無い言葉を言及すべく口を開く。

「顔良に文醜……あ、あなた方が袁紹様の手の者だとでも言うのですか!?」

「本人だ」

「……一応お聞きしますが、どなたがですかな?」

「我が」

『…………』

 再び両者の間に風が吹く、その音色は袁紹達以外の心情を表していた。
 その場の誰もが現実逃避しかけたが、疑問をぶつけた男は何とか踏み止まる。大役を前に思考停止などしていられない。

「我が身意外に証拠が無い故、信じるかどうかはお主等次第だ」

「……いえ、信じましょう。貴方様の纏う尋常ならざる気配の説明が、それでつきます」

 頭では理解できませんが、と小さく締め括る。
 
 彼の言葉に袁紹は感心した様子で目を細めた。常人であれば到底信じられないだろう、その証拠に眼前の兵士達はうろたえている。
 対してこの男は笑顔の仮面を貼り付け、心が読まれないよう用心している。
 悪人だが、無能では無いようだ。

「して、その袁紹様がこのような所に何用で?」

「洛陽に向かう途中、遠目で離脱するこの馬車を見かけてな。追って来てここに行き着いた訳だ」

「……それで、どうして我が兵を吹き飛ばしたので?」

「知れたこと、いたいけな少女を悪漢から守っただけよ」

「これはしたり! 我等は悪逆董卓を討つべく、かの者を義を持って討ち果たす所だったのですぞ!!」

 でたらめよ! ――と叫びそうになった賈駆を、袁紹が後ろ手で制す。
 『この場は任せよ』とでも言うのだろうか、賈駆は口を閉じる。その事に驚いたのは当人だ、賈駆は物事を疑って吟味するクセがある。その彼女をして、何がここまで自身を素直にさせるのだろうか。
 考えるまでも無い、袁紹だ。
 威風堂々とした佇まい、纏う暖かな空気、下種の視線を遮る大きな背中。
 全てが自分たちに、言いようの無い安心感をもたらしてくれる――震えすら忘れる程に。

「義は自分達にあると申すか、では謝罪せねばなるまい――が、その前に質問して良いか?」

「何なりと」

「軍属には見えぬ、どの手の者だ?」

「勢力には属しておりません、手前の方で勝手に行動した次第です」

「洛陽の暴政を憂う、一人の民としてか?」

 はい――と、力強く頷く。それを見て袁紹は笑う、意地悪な笑みだ。
 普段は見せない表情に二枚看板の二人が驚く。

「暴政など無かったと言うのに、妙な話だ」

『!?』

 袁紹の言葉に彼を除いた全員が目を見開いた。その中には斗詩達も含まれている。
 それもそのはず、暴政の有無はまだ明らかになっていないのだから。しかし袁紹は確信している。

「な、何を申すかと思えば……儂は洛陽の民として事実を――」

「では説明してもらおうか、何故今も戦が続いているのか」

「……儂は軍には疎いので――」

「では説明してやろう!」

 遮る物言いに商人がたじろぐ、それでも笑顔は崩さない。

「虎牢関を抜かれた時点で大局は決した。張遼軍は側面から現れた孫策軍、そして曹操軍の二軍を相手に戦い。華雄軍は我が軍を、さらに後続の連合を相手取っている。このまま戦えば戦力差の前に全滅するのがオチだ。しかし降伏する様子は見せず、今も尚連合に喰らい付いている。……何故だ?」

「卑劣な董卓めに家族の命をにぎ――」

「否、それをする余裕(人員)など、今の董卓軍には無い」

「将に脅され――」

「否、それではこれまでの士気に説明がつかぬ。大体、脅しているならとっくに背を刺されている」

「ッ……降伏しても死罪されるとして命欲しさ――」

「否、戦い続ければ確実に全滅する。命が惜しいのであれば降伏に希望を託すのが道理」

「――ッ……ぐ」

「薄ら笑いはどうした? まぁ良い。ここまで説明すれば殆どの者が矛盾に気が付いただろう」

「今も戦い続ける理由ですね」

 斗詩の補足に満足げに頷く。

「そうだ、これは暴虐の徒に出来る事では無い。民に愛され、将兵に好かれる徳人の成せる業だ」

『!?』

「――ッ」

 皆が袁紹の言葉に驚く中、彼の背後からすすり泣く声が聞こえてきた。
 
 董卓だ。思えば彼女の理解者は外部には居なかった。生き延びた所で汚名を着せられ、自分の為に戦った者達は大陸中から非難される。
 しかし彼が――袁紹が現れた。董卓の無実を理解し、兵士達の想いを解ってくれた。
 それが董卓にとってどれほど救いとなるか。例え此処で散ったとしても、彼が皆の誇りを守ってくれる。

 絶望的な出来事が続いただけに、この小さな救いには涙を流さずにはいられない。

「ははは! いやはや恐ろしい、そして意地が悪い。全てを理解した上で問いかけましたな?」

「小悪党如きが大儀を語るからだ」

「小悪党……ですか、手厳しいですな」

「大方、長話で仕損じたのだろう? 絵に描いたような小悪党ではないか」

「はは、図星で御座います。ですが――長話が過ぎたのは儂だけではありません」

 商人の言葉と同時に、兵士が何かを耳打ちする。

「あの問答の間、儂の手の者達に付近を見て回らせました。軍勢は連れていないようですな」

「それが?」

「おや、袁紹様ともあろう方が物分りの悪い。儂の私兵は百人、かたや貴方様達は――筋肉隆々ですが、御輿から手を離さない丸腰の男達が六人。戦場で剣を振った事が無い名族、その背後に無力を通り越して足手まといな娘が二人。かの高名な二枚看板しか戦える者が居ないとは……哀れでなりませぬ」

 仮面を外し、演技ではない嗤いを浮かべる。兵士達もそれに倣うように下品な笑い声を上げた。

 彼等を見て袁紹は溜息をつく、現状が把握出来ていないのはどう考えても――……
 その意に返さない態度に小悪党が眉を吊り上げる。悪事を働く過程、又は奴隷業を営む中で様々な絶望の表情を目の当たりにして来た。しかし目の前の彼等はどうだ、絶望どころか哀れむような目線。理解できない。
 何より信じ難いのは、董卓達の目から恐怖が消えていることだ。
 つい先程まで悪意を浴びせられ、震え上がっていた彼女達が――

 笑い声が止むと同時に袁紹が口を開く。

「本当にその程度の戦力で、我が最も信を置く二人を相手取るつもりか?」

「それはどう言う――」

 小悪党の言葉は突如の横に飛来したモノと、自身の頬に感じた生暖かさに遮られた。

「……?」

 反射的に頬を拭う、手に付いた真紅は紛れも無く――血。

「――ッ!?」

 矢? 掠った? いや、痛みも傷も無い。それではこの血は一体。
 そういえば横に何か――

「ひっ……ッッ!」

 死体だ、それも二つ。
 一つは腰から横に両断され、上半身だけとなったモノ。このれはその返り血だろう。
 二つ目は衝車を直接喰らったかのように、身体の一部を陥没させ事切れている。

 ――馬鹿な、あの距離から!?

 自分と袁紹達には距離がある、その間に私兵達が壁となる形だ。
 にも関わらず死体が飛んできた、どれ程の膂力があればこんな芸当が出来るだろうか。
 
『……』

 戦慄せずには居られない。
 金で外道を働く者達とはいえ、斗詩と猪々子の武の次元を理解できた。

「そ、その二人を討てば褒美は思いのままだぞ!」

 ――とはいえ、やはり所詮は小物の集まり。
 パトロンである商人の言葉に目を輝かせ、じりじりと距離をつめて行く。
 一人では無理でも複数で同時に仕掛ければ――そう浅はかに考えて。

『せーの、いくぞおらあああぁぁぁッッッッ!!』

「そうそう、悪党ってのはそうでなくっちゃ―――なッッ!」

 猪々子の一閃と共に戦いが――否、袁紹の持つ二つの鉞による蹂躙が始まった。

「文ちゃん……すごい」

 兵士達をボロ雑巾の如く斬り伏せる猪々子、思わず斗詩も目を見張る。
 胸当てはおろか武器ごと斬り飛ばす。それも複数人を同時にだ。猪々子(相方)の力は知っていたが、まさかここまでとは――

「――ッああもう我慢できねぇ! 斗詩、ここは任せた!」

「ちょ、文ちゃん!?」

 猪々子は敵兵に向かって突貫して行く、斗詩が制止を呼びかけようとしたが間に合わない。
 自分達は主を背にしている。近くで敵を迎撃するのが最善のはず……

 ふと、斗詩に疑問が浮かんだ。猪々子が突撃する前だ、彼女は後ろにチラリと視線を送った。
 そこに何か彼女を奮起させるものがあったのか――

「――ッ」

 確認した斗詩は理解した。袁紹だ、敬愛する主が自分達を静かに見据えている。
 その瞳に宿るのは絶大な信頼。二枚看板(二人)に任せれば心配は要らないと言う、どこまでも純粋な思い。

 ――あぁ

 斗詩の五体に力が漲っていく、気分は高揚し感覚が研ぎ澄まされる。
 応えたい。彼の信頼、その思いに――

 猪々子はこの有り余る高揚感に耐え切れず、前に出たのだ。

『もらったぁぁッッ!』

 高揚感に頬を染め、一時的に袁紹の瞳に魅入られる。その後ろから数人の兵士が斬りかかった。
 この者達は猪々子に敵わないとみて、斗詩と後ろにいる袁紹に目標を切り替えたのだ。

「無駄です!」

 振り向きざまに弾き飛ばす。軽い、扱い慣れたとは言え大槌『金光鉄槌』が羽のようだ。

 ――いける

 現実を見据え慢心とは程遠い斗詩も、この時ばかりは自分の武に絶対の自信が持てた。
 今なら一人で千人を相手とれそうだ。事実、彼女にはその武力がある。

「さっすがアタイと麗覇様の嫁だ、愛してるぜーッ斗詩ーッッ!」

 敵を屠りながら猪々子が歓声を上げる。彼女が飛び出せたのも背に斗詩がいるからだ。
 猪々子達に比べ一歩退いた印象を持たれがちな斗詩、今の彼女は二枚看板の名に恥じない実力を内包している。

「ば、馬鹿な……こんな一方的に!」

 敵兵の阿鼻叫喚に紛れ、小悪党の悲痛な声が聞こえてくる。
 彼は戦場を見た事が無い。戦いがある場面では、複数が少数を圧倒する当たり前の光景しか知らなかった。
 初めて見る将の武力、一騎当千を体現する個の極地。数こそが力だと認識していた彼には衝撃的すぎる。

 ――しかし勝つのは儂だ

 私兵が成す術も無く蹂躙される中、男は嗤う。
 彼の目線は――袁紹達の背後、馬車の物陰に身を隠している兵に注がれていた。
 狙ったのではない、偶然だ。周囲を調べさせた兵は複数居た、あの兵は此方に戻る際に、身を隠し好機を計っていたのだろう。
 
 まさに僥倖。袁紹を人質に取れれば良し。だが無茶する必要は無い、近くには董卓達が居る。
 御輿に乗っている迷族よりは御し易いだろう。
 幸い袁紹は此方の計画を知らないようだ、だから先程の問答が起きた。二人を始末すれば後は撤退するだけ、賈駆の身柄は残念だが……事情を知る彼女をこの場で生かしておくのは危険だ。
 計画では賊による襲撃に見せ掛ける手筈だが―――張譲の名は袁紹に洩れていない。陰謀を感じ取ったところで追及は不可能だ。後は張譲が計画を軌道修正するだろう。

 ――勝った。
 商人がそう考えて袁紹に目を戻した時だ。

「!?」

 彼の姿が消えている、御輿の上から忽然と。
 嫌な予感に従い視線を動かすと直ぐに見つけることが出来た。位置を確認して絶句する。彼は――隠れていた兵の前に立ちはだかっていた。







 身を隠していた兵は雇い主と目配せでやり取りをしていた。周囲の斥候に使われただけあって、この私兵の能力は高い。故にこの状況と商人の意図を把握できた。
 狙うは無防備な娘二人、自分には容易い仕事である。気配を消したまま馬車から姿を出そうとしたその時だ、目の前に腕を組む人影―――袁紹!

「馬鹿な、いつの……間に……」

 その言葉は袁紹では無く――彼の右手に握られていた剣に対してであった。

 そして力無く崩れ落ちる事で理解する。腹部から肩にかけて斜め上に一閃、斬られていることを。兵は美しい刀身を視界に納めながら、この世に別れを告げた。

「――ッたまんねぇぜ、麗覇様!」

 敵を屠りながら一部始終を見ていた猪々子は身体を震わせる。
 以前袁紹から聞いた事がある、突発的な戦闘に対処するためにある技を習得したと。
 その名も『居合い切り』抜刀をそのまま斬撃に変える奥義。始めに聞いた時は眉唾物だった、そもそも袁紹の剣の持ち味はしなやかさである。技量を持って相手を誘い込み、一撃を捌いた後の返す刃で討ち取る。
 速さに重点を置いた剣技など不要だろう……と、しかしその考えは消えた。
 
 猪々子と同じく状況を見ていた者達が唖然としている。無理も無い、彼女でさえ剣の軌道を見るのがやっとだった。恐らく他の者達には何が起きたのかさえ理解できないだろう。
 まさに奥義。あの剣速であれば納剣したまま奇襲されても遅れは取るまい。

「麗覇様!」

 歓喜に打ち震える猪々子とは対照的に、斗詩は血相を変えて駆け寄る。
 主を護衛するべく近くに居たのだ。その袁紹が剣を抜くことなど、彼女にしてみれば失態でしかない。

 斗詩の心情を感じ取った袁紹は、鞘に剣を納めながら「気にするな」と口にする。
 彼女は前方で戦いながら周囲に気を配っていた。馬車の背後に敵が潜んでいるなど、到底気が付けるものではないだろう。 
 
「し、しかし良くお気付きに……」

「ああ、知らせてくれる者がいたのでな」

 斗詩は思わず董卓達に目を向ける、言いたい事を理解した賈駆は静かに首を横に振った。

 ――では誰が?

 猪々子は敵中で戦い続けている、他に味方は担ぎ手の者達だけだ。
 念のため其方にも視線を送ると、寡黙な彼等は筋肉を痙攣させる事で返事した。

『ワ・レ・ワ・レ・デ・モ・ナ・イ』

 益々誰が――と考えた瞬間、斗詩は筋肉言語を理解できたことに気が付く。
 襲い来る悲壮感、南皮に帰った自分は胸を張って常識人と名乗れるだろうか――

「フハ! 情報源は彼奴だ」

 袁紹の鋭い視線にその者――商人の男が肩を震わせた。
 二人の距離は離れている、会話が聞こえたわけではない。だがあの視線、全てを見透かすような目に耐え切れず滝のような汗を流した。

「彼が?」

「あの者は感情を隠すクセがある。だがその仮面も、問答後に敵対する事で剥がれた。必要なければ感情を隠さないということだ。それは二人の武を目の当たりにして蒼ざめた事で確信している」

 始めて目にする無双の武、男の仮面を剥ぎ取るには十分な衝撃だったのだ。

「そんな奴が突然笑みを浮かべた。強がりは有り得ない、何かしら事態が好転する材料を得たのだ」

「そ、それだけで?」

「……仮面を剥がした時に奴は言っていた、手の者『達』に辺りを周らせたと。報告に戻った兵は一人、数人離れたままだ。その数人が戻ったことでどう事態が好転するか――援軍は有り得ない、予備兵力がいるなら余裕があるはず、勝利を確信した脅しにも使っただろう。ではどのように好転させるか、背後からの奇襲だ。そして後ろに気を配ってみればこの通り鼠が居たと言う訳だ」

「凄いです麗覇様!」

 賞賛する斗詩、その近くでは賈駆が目を白黒させている。
 
 御輿で現れた時は愚者だと思った。悪漢達の視線から守るように立ちはだかる姿を頼もしく感じた。音速の剣技には舌を巻いた。そして先程見せた観察眼と論理。
 果たしてどれが彼の正体なのだろうか――……

 全てである。

 威、武、知、全てを兼ね備え、破天荒なのが袁本初なのだ。



「アタイも負けてらんねぇぜ、オラオラどうしたぁッッ! 掛かって来いや!!」

「ひっ」

 戦いが始まって数分、既に半数の兵士達がなで斬りにされていた。
 猪々子は全身に返り血を浴びているが息に乱れは無く、それどころか「漸く身体が温まった」と呟きながら兵士達に近づいていく。
 
 彼女の姿に兵達は一歩、また一歩と後退しだした。
 今いる彼らは、猪々子等の武力を察しその場に残っていた者達だ。『勝てない』と確信しながらも惰性で斬りかかる味方を見守り、あわよくば戦わずして勝利を得ようとした小者。
 
「な、何をしている! 人数はまだまだ儂達の方が上なのだ、囲んで片付けんか!!」

「無理だ……殺される」

 彼らに猪々子と刃を交じらせる勇気などあるはずもない。

 一人が武器を捨て走り出したのを皮切りに、他の兵士達も我先にと逃げ出した。

「ま、待て、せめて儂を―――ッ」

 最早彼の声は届かない。私兵達にとって大事な金づるだが、それも命あっての話。
 兵が逃げ出した途端、猪々子が走り出したのだ。杖が無ければ歩けない老人に手を貸す余裕は無い。
 
「貴様等、これまでどれだけ儂に……う!?」

 遂には肩がぶつけ倒されてしまう。彼は失念している。
 金で外道を働く者達に忠義など無い事を、金でしか人を動かしてこなかった自分に、忠誠を誓う者が居ない事を――







「こ、こんなはずでは」

 哀れ、ひとり残された商人の男は地面を這いながら杖を探す。

「探しているのはこれか?」

「あ、あぁ……」

 杖は袁紹の手にしていた、近づく際に拾ったのだ。
 それを見て顔面蒼白になる商人。杖を失った事では無い、敵の手にある事が問題である。

「む? ほぉ、面白い仕掛けだ」

 持ち手を軽く捻り手前に引く、中から現れたのは白刃、仕込み杖だ。
 それこそが商人の切り札、口八丁で近づき董卓と賈駆の両名だけでも――と狙っていた。

「うげ、この期に及んで良い度胸だなぁ」

「そうでは無い、単に後が無いだけだ」

 

「どういうことです?」

「……裏家業が在るとはいえ一介の商人如きに、このような手回しが出来るとは思えぬ。裏で大物が手を引いている可能性が高い」

 袁紹の言葉に商人が身体を震わせる。

「成功すれば報酬を、そして失敗すれば―――家族の命が無いのだろう」

 その推察は当たっている。失敗などありえない、それほどまでに手回しされた計画だったのだ。
 ましてや自身の長話が原因で仕損じたなど……。是が非でも二人の命だけは奪わなければならない、このまま失敗に終われば家族がその責を負う。
 
 だが頼みの仕込み杖は袁紹の手にある、斯くなる上は――

「袁紹殿、あの二人を討ち果たせば貴方様は英雄に……」

 懐柔(これ)しかない。
 清廉潔白で有名な袁紹だが、連合の総大将として両名を見逃す事は出来ない。

「我に外道を犯せと? 暴政は無かったのだ、彼女等を討つ理由が無い」

「いいえ在ります、貴方は連合の総大将です」

 袁紹の顔が僅かに歪み、確認した商人は口角を上げた。
 言わんとしている事を理解しているようだ、だからこそ畳み掛ける。

「此度連合は董卓の暴政を止めるべく出兵、戦に望みました」

 大半が私欲に駆られてだが、大義名分の下であることに変わりは無い。

「今、暴政の有無を白日の下に晒せば連合に非が生まれる。袁紹殿がそれで良しとして――他が納得しますかな?」

「……」

「ありませぬ。皆が口々に事実の隠蔽、董卓の処断を訴えるでしょう」

 それを前提に集まっている諸侯が居るくらいだ。間違いなく董卓に汚名を着せたがるだろう。
 洛陽で緘口令を敷き、あくまで連合は正義で在り続ける……

「それには総大将たる袁紹殿の力が――」

「もう良い」

 言葉を遮られるも商人は満足そうに口を閉じる。
 此処まで説明すれば理解しただろう、後は目障りな娘二人を――

「何と言われようとも、二人を害する気は毛頭無い!!」

「な!?」

 その場に居た全員が耳を疑う、中でも商人の狼狽が大きいが無理も無い。
 董卓を助命すると言うことはつまり――

「他の諸侯全員を敵に回すおつもりか!!」

 董卓を助ければ真実が暴かれる、袁紹だけで無く連合に参加した全員の名が傷つくだろう。
 何とかその場を収めたとしても禍根が残るはずだ。漢王朝の権威が落ち、浮き足立った大陸で孤立するのは致命的だろう。

「構わぬ、いずれ戦乱となり皆が敵と化すのだ。遅いか早いかの違いだけよ」

「な、何を言って……」

「わからんか? 王朝の意向を介さず、連合が成った時点で漢は終わっている。後はきっかけ次第で戦乱の時代へと突入するだろう」

「……」

 黄巾の乱から漢王朝には見る影も無い。其処に来て今回の騒動、漢に諸侯の手綱を握る力は残っていない。煩わしい操り手が居なくなれば、後は走り出すだけだ。 

「遅かれ早かれ敵対するのなら、大儀を成す事に躊躇する必要は無い」

 何とか立ち上がっていた商人はその場に崩れ落ちる。最早手立ては無い。

「まずはこの場の始末か」

「ひっ」

 ゆっくりと近づいてくる袁紹に対して悲鳴を上げた。彼の手には自身の仕込み杖、抜き身の白刃が握られている。

「ど、どうかお情けを、金なら幾らでも――」

「我を金で釣れると?」

「それは……」

 腐っても商人だ、袁家の資産がどれほどの規模かは理解している。
 自分の財など足元にも及ばないだろう。

「で、では奴隷はどうです? 選りすぐりの美女を宛がいましょう!!」

「……」

 その言葉に袁紹から表情が消えた。商人はそれを好感触と捕らえ捲くし立てる。

「もちろん全員初物で御座います。粒揃いゆえ、袁紹殿も気に入るでしょう」

 そうだ、男であれば男色でない限り抗えぬ誘惑。それが女。
 かの名族も例に洩れない、その証拠に儂の言葉を思案して――

「あ~あ、やっちまったな」

「あの人の経歴を考えると、同情は出来ないけどね」

 気を良くした商人の耳に斗詩達の哀れむような声が聞こえてくる。

「……?」

 何をやらかしたと言うのか、奴隷など珍しいものではない。
 名家ほどそれを好む。女が活躍する大陸にあって、従順な奴隷は彼らの大好物だ。
 目の前の袁紹だって嬉しそうに拳を振り上げ――……?

「この、畜生めがッッッ!!」

「メメタァ!?」









「まずは助けて頂いたことにお礼を、有難う御座いました」

「フハハ! 礼には及ばぬ――と言いたい所だが、素直に受け取ろう!!」

「あ、あの……彼をどうするのですか?」

 董卓の視線の先には、名族の鉄拳により白目を向いた商人が一人。
 簀巻きにされた状態で猪々子に担がれている。

「聞きたい事が山ほどある。捕らえられている奴隷達も解放せねばなるまい。
 その後は生きて罪を償わせよう。悪事で培った能を世の為人の為に……な」

 改心しないようなら袁家に伝わる拷問術『悶絶百年殺し』が猛威を振るうだろう。

 商人の処遇を聞いた董卓はホッと溜息をつく、つい先程まで自分の命を狙った者を案じるとは。
 どこまでもお人好しで、優しい娘だ。民に愛されるのも納得がいく。

「えっと、順序が逆になりしたが董仲穎です。こちらは友達の――」

「董卓様の軍師、賈文和よ」

「…………」

 肩書きを強調した自己紹介に対し、董卓が悲しそうに俯く。
 賈駆はすぐにでも言い直したい衝動に駆られたが、何とか思いとどまる。
 
 袁紹の様子とこれまでの言動を顧みるに、自分達を傷つける気は無いだろう。
 しかし彼の目的が見えていない以上、油断は禁物である。
 あるかもしれない交渉を前に、董卓の存在が小さく見られるわけにはいかない。

「……ふむ?」

 気丈に振舞う賈駆を袁紹は面白そうに見つめる。
 意志の強そうな吊りあがった瞳、小さな身体で主の前に出る根性。
 気が強く激情家、それが袁紹の見立てだ。

「意外だな、我はこう『連合軍の分際で私たちを助ける? 何様よ!』って感じなのを予想していたぞ」

「麗覇様女言葉うめーな!」

「フハハ! 名族であれば声帯さえも超越するのだ!!」

 自身の奥に仕舞い込んだ激情、それを言い当てられ賈駆の瞳が揺れる。
 
 叫びたい、声を大にして(連合)を罵倒したい。お前達さえ来なければ――と。
 しかしそれをすれば董卓の立場が無くなる。忘れてはならない、生殺与奪の権は彼らが握っているのだ。

「ボクも馬鹿じゃない。貴方達が味方出来なかった理由はわかるわ」

「しかし納得出来ない、違うか?」

 その通りだ、納得できるわけがない。
 この戦は張譲の計画によるもの、自分達は負けるべくして負けた。
 ではその茶番で流れた仲間の血は? 皆の想いは?
 
 頭では理解しているが、感情が納得出来ないのだ。

「――――ッッッ!!」

「…………」
 
 気が付くとソレを言葉にしていた。










「……それで全部か?」

「あ、あ……ボクは……」 

「良い、我がそう仕向けたのだ。お主に非はは無い」

「あんた、わざと……」

 言って賈駆は慌てて口を押さえる。口汚く罵倒した後で今更遅いが……

「それが素か。良いぞ、仮面越しに話されるよりずっと良い」

 袁紹は賈駆の溜まっていたものを吐き出させた、本心を聞く為でもあるが――
 何より弱っている女子を見過ごせない。紳士たるもの当然の嗜み。
 
 『YESロリータNOタッチ』である。紳士違い? 何のこったよ。

「詠ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫よ月、ありがとう」

 賈駆は改めて袁紹と対面する、その瞳からは幾らか憂いが消えたようだ。
 
「見苦しい所を見せたわ……話を戻しましよう」

「うむ、我等の情勢をどの程度理解している?」

「……袁家と漢王朝の間には埋められない溝があった。だからボク達、と言うより王朝側に味方しなかった」

 黄巾の乱にて大計略を駆使し、広宗の地で漢の意向を無視した行動。
 中央が力を失っていたため黙認されたが、民に見えない形で不満を露にしていた。
 その一つに恩賞がある。黄巾鎮圧で功を挙げた者達にはすべからく、華琳でさえ土地を与えられたが袁紹には何も無かった。
 その代わり『南皮に集った難民を認める』と御触れを出したが、認めずとも関われるほどの力は無いのなら、公認など在って無いようなものだ。
 大体、後付けで如何様にも撤回できる。大陸の民達が心置きなく南皮に移れると歓喜したのが、せめてもの救い。大多数の諸侯達が、袁家の漢の不和をほくそ笑んでいた。

「それだけでは半分だな」

「……あんた達は、いえあんたは、漢王朝を延命させたくなかった」

「フハ! 流石だ」

「正気? 戦乱の世に近づくのよ?」

「惚けるな賈文和、延命した所で手遅れだ。違うか?」

「……」

 その通りだ。
 連合が成った時点で終わっている。ここから漢王朝を立て直すのは不可能に近い。
 死人を生き返らせるようなものだ。

「……それで、ボク達をどうするつ――「あ、とりあえず簀巻きで」 へ?」

「猪々子」

「かしこまり!」

「きゃあ!?」

「月!? ちょっ、袁紹これはどういう――」

 抗議する賈駆を問答無用で担ぐ、不恰好だが仕方ない。

「話は後だ、今も続いている戦を止める」

「それと簀巻きに何の関係があるのよ!?」

「とりあえずは捕虜という名目で連れて行くためだ、仮にも連合の総大将と、敵方の董卓が仲良く戦場に現れるわけにはいくまい?」

「そ、それはそうだけど……」

 会話しながらも簀巻きにした二人を御輿に乗せていく、商人と合わせて三人の簀巻き。
 シュールな光景だ。

「ちょっと、馬車があるのに……だいたい何で御輿なのよ!?」

「唐突な御輿は名族の特権である」

「意味がわからないわ!?」

「麗覇様の言葉の半分は脳を通さずに発せられます。気にしなくて良いですよ」

「きょ、今日は何時に無く辛辣だな斗詩」

 袁紹の言葉にそっぽを向く、どうやら口上を強要したことが災いしたようだ。
 ……後が怖いかもしれない。

 準備を終えた御輿は走り出す。その速度は馬を遥かに凌ぎ、うら若き乙女の叫び声が木霊した。







 その後、袁紹の声明により張遼軍が降伏。孤軍奮闘していた華雄軍も張遼の説得により矛を収めた。



 
 

 
後書き
「これにて一件落着!」

「お帰りなさいませ麗覇様、さっそくお話しが」

「あるのですよー」

『覚悟しナ』

「……」

オミコシは にげだした!

しかしかつぎてのトシが うごかない!

………
……





「ぬわーーっっ!!」
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧