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恋姫†袁紹♂伝

作者:masa3214
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閑話―呂布―

 南皮にある袁家の屋敷、その中庭に位置する修練場で二人の武人が対峙していた。

「悪いな、私の鍛練に付き合わせて」

 一人は趙雲、真名を星。袁紹に仕える事になってから、彼女は今まで以上に鍛練に力を注いだ。
 そんな彼女が好むのは試合、実戦形式の鍛練である。

「……」

 相対するは袁家最強戦力の呂布、真名を恋。悪びれる星に対して首を横に振る。
 
 以前の試合で星を軽くあしらった後、彼女はことあるごとに鍛練をせがむようになった。
 顔を合わせる度に鍛練に誘うのは、客観的にどうかと思うが―――煩わしいと思ったことは無い。

 恋は孤独の中で生きてきた。強すぎる力は敵に恐怖を、味方には畏怖を与える。
 畏怖、そう言えば聞こえは良いが、自分を避ける点では敵と何ら変わりは無い。
 自分自身、感情を表に出すのが苦手なのも相まって、他者との距離は開くばかりであった。
 だが、自分には家族達が居た。恋の上辺、脅威的な武力にばかり目がいく人間達とは違い。
 彼等は恋の内面、その奥にある暖かさを好いて共に在ってくれた。
 やがて音々音とも出会い、恋が孤独を感じる事は無くなった。

 それでも―――酒を飲み交わしながら騒ぎ合う者達を遠目に羨ましいと思ったものだ。
 
 ここ南皮に来た頃は不安が多かった。果たして自分は、家族達は受け入れられるだろうか。
 そして……自分を恐れない理解者が現れるか。
 
 恋の不安は、袁紹を始めとした南皮の住民に一蹴された。
 そもそも規格外が集まりつつある袁家だ、その筆頭が当主なのだから驚きである。
 彼らの目からすれば恋の規格外の武力も、袁紹の御輿も似たような物。拍手喝采しこそすれ、恐れるものでは無いのだ。
 南皮の住民、袁家の家臣達は恋が戸惑うほど無防備に近づいてきた。
 そうなれば話は早い、元々誰とでも打ち解ける暖かさを持った女性である。
 一月もする頃には家族と音々音を含め、すっかり袁家の一員と化していた。

 

 だからこそ悪意も無く鍛練に誘う星を、歓迎こそすれ邪険する気にはならないのだ。

「ハッ!!」

「!?」

 過去を思い出していると、恋の胸に向かって何かが伸びてきた。
 
 鍛練用の槍だ。怪我をしないように刃が外され、先端に丸みを持たせている。
 それが直ぐそこまで迫っていた。恋は瞬時に後方に飛び退くことでこれを回避、数瞬でも遅れれば容赦なく叩き込まれていただろう。

「我が槍を前に考え事とは、ずいぶん余裕だな恋」

 突きを放った星は犬歯を見せながら苦言を呈する。
 
 どうやら先程の突きは、恋の意識を向かせる為のものだったようだ。
 そこまで理解して恋は自己嫌悪に陥った。今は試合の真っ最中、普段は飄々としている星も、鍛練や試合に関しては真意な姿勢で臨んでいる。そんな彼女と相対して上の空でいるなど、星の誇りに対する侮辱である。

「……ごめん」

「あ、いや、責めている訳では……まいったな」

 目尻を下げ謝罪する恋。その悲壮感漂う姿に星は困惑する。
 彼女としては言葉通り責める気は無い。無理矢理つき合わせている形でもあるし、恋の武が自身の数段上をいく事も把握している。事実、不意を付く形となった突きを避けられたのだ。
 自分に意識を向かわせようと躍起になりこそすれ、責める気は毛頭無い。

 しかし、恋は素直で純粋な娘だ。
 星が気にしていなかろうと自分に非があると考えれば、納得いくまで反省するだろう。
 『しゅん』と項垂れる姿はどこか痛々しい。犬耳があれば垂れ下がり、尻尾があれば丸めているに違いない。

「では今から全力で手合わせしてくれ、それで不問にしよう」

「!」

 その提案に喜色を込めて頷く恋、『やれやれ』といった様子で星は構え直した。
 納得できないのなら、納得できる条件を与えれば良い。この展開は予想していなかったが、全力の恋を相手とれるなら文句は無い。

『…………』

 両者の間に沈黙が流れる。息苦しさを感じるほどに空気が張り詰め、試合であることも忘れそうな緊張感が漂った。

「……」

 恋は距離を詰めかねていた、原因は星の構えだ。
 柄の末端を握り、槍の間合いを最長に維持している。迂闊に近づけば、自身の間合いの外から神速の突きが放たれる。

「……」

 とはいえ、このまま硬直していても仕方ない。星が待ちに徹するなら此方から攻めるまで。
 もともと自分は攻めの武人だ、神速の突きであろうと、それを弾き自身の間合いに持ち込めば――

「!?」

 一歩前に出ようとした瞬間事が起きた、星が仕掛けたのだ!
 恋が足を動かすとほぼ同時に距離を縮め、突きを放つ。

 三連突き、星は一呼吸に三つの突きを放つことが出来る。
 狙うは顔面、喉、水月、人体の急所を的確に穿つ。無論、寸止めに留める所存だ。

「――ッ」

 恋は得物を縦に持ち替え辛うじて防ぐ、突きが正確であることが幸いした。

「フッ、流石だ恋」

 星は追撃せず後退、再び距離を取り間合いを開けた。

 ――完全に虚を突いたのだがな

 余裕が無い事を隠すため、辛うじて笑みを浮かべる。
 最初の構えから彼女の作戦だった。間合いを開き待ち構え、焦れて接近した瞬間を狙う。
 虚を突くため相手の挙動が一歩遅れ、奇襲に近い先制が取れる。そこに自身の三連突き。
 並みの将なら成す術も無く、たとえ猪々子等でも反応が遅れ喉下に槍を突き出されたはずだ。

 冷や汗が頬を伝う。
 恋は反応どころか防いで見せた、彼女の規格外は幾度と無く体験してきたが改めて思う。
 呂奉先こそが大陸最強であると。
 
『……』

 再び両者の間に沈黙が流れる。
 恋の苛烈な攻めを受けきる自信は星に無い。常に自分が仕掛ける、そこに勝機があるはずだ。

「ハァッ!」

 再び三連突き、虚を突く事無く正面から放たれたソレを恋は難なく防いだ。
 
「!」

 防ぎきった瞬間、星との距離が縮んでいる。
 間合いに入れるべく一歩踏み出したが、星も自分から接近してきた。
 恋が驚いたのは星の構え、先程まで末端を握っていたソレが中央に戻っている。
 あの三連突きの後、槍を引きながら瞬時に持ち替えたのだ。
 持ち手を変えた事により間合いが狭まる、近接した状態で再び三連突きが放てるのだ。

 これが星の秘策、恋を破るために編み出した『詰みの三連』その前準備である。
 先手を取れれば必ず勝てる技、前提条件として中段の構え、そして相手の間合いで先制する必要がある。
 最初に放った突きは牽制、接近と同時に今の状況に持ち込むための布石だ。

 一の突きを放つ、狙うは右肩。恋は肩を反らし辛うじて避ける。
 二の突きは水月、胸に向かってくるソレを恋は得物で防ぐ。

 ――成った

 一で体勢を崩し、二で得物を縛る。相手が強者だからこそ通用する奥義。
 星の神速の突きも、ある程度強者が相手になると防がれる。しかし三連の間に反撃は出来ない。
 だからこその詰みの三連。目の前には確実な成果、左半身が隙だらけな恋。

 三の突き、左脇腹―――

「!?」

 次の瞬間、星は弾かれるように飛び退いた。
 彼女自身、何故後退したか理解していない。武人としての直感が危険を感じたのだ。

「……残念」

「――ッ」

 星はすぐに言葉の意味と、自身が感じた危険を理解した。
 左脇腹、突きを入れるはずだったその直線上に恋の左手が在る―――掴もうとしたのだ!
 直感に従い後退したため事なきを得たが、あのまま突きを放ったらどうなっていたか……

 ――掴まれたと見るべきだ

 握力と反射神経に絶対の自信があって成せる業。恋は詰みの三連さえも本能で破ってみせた。
 観戦者が居ないことが惜しまれる名試合。否、仮にいたとしても何が起きたのか……
 説明を求めたところで、「二人が接近した瞬間弾かれるように距離が開いた」と言うしかあるまい。
 それほど刹那の瞬間、技と本能の極地がぶつかり合ったのだ。

「堪らんな」

 三度、距離を開け相対する両者。星の口元にはまだ微笑みがあった。
 強がり……かもしれない。不意を衝いた三連も、対呂布用に編み出した詰みの三連も通じなかった。
 
 ――だと言うのに、私は嬉しくて仕方が無い!

 南皮で暮らし始めた頃から、星は恋を目指して鍛練してきた。
 幾度と無く辛酸を舐め、その度に立ち上がり更なる鍛練に取り組む。感じるのは確かな成果、武が研ぎ澄まされていく感覚。
 遥か遠く、霞んで見えた恋の背中はすぐそこに――……
 しかし、先程の攻防で認識を改める。自分が追い縋った背は以前のもの、今の恋は更に進んだ先に居る。
 星はそのことに幸福を感じた、何故なら恋の武力に比例して自身の伸び代を感じるから。
 思えば詰みの三連も、恋という強敵がいたからこそ完成した。

 彼女と出会う事無く生きていたらどうか――……そこそこの相手に勝利し満足していただろう。
 良くて神速止まり、その先は無い。

「……」

 柄の末端を握っていた手を中央に持っていく、いつもの星の構えだ。
 もう小細工は必要ない、正面から己の全てをぶつける以外に勝機は無いだろう。
 これまでの全て、『一点を突く正確さ』だ。神速はその過程で得た副産物にすぎない。
 今の星は文字通り、針の穴を突く正確さを持っていた。

「……」

 星から笑顔が消え空気が変わる、彼女の狙いを悟った恋は冷や汗を浮かべた。
 次の一撃、三連さえ捨てた最高の一突きで勝負にくる。防御を捨てたソレは相打ちを辞さない一撃になるはずだ。

 まるで死合のような緊張感、沈黙を破ったのは恋だった。 
 
「……フッ」

「!?」

 二つの驚きが星を襲う。一つは恋の掛声、恋が矛を振るう時、彼女が声を上げた事など一度も無い。
 二つ目は恋の放った間合い外の一撃、鉄球さえ両断する勢いの振り上げは、星はおろか槍にさえ触れる事無く大きく空振り、無防備な胴体を晒した。

 無論、この致命的な隙を見逃すほど星は甘くない。全身全霊の一突きをその胴体めがけ――

「な!?」

 放った突きは大きく右に反れ、空振りに終わる。何故、どうして、混乱する星を次の瞬間、目を開いていられないほどの風が襲った。

「――ッ」

 ありえない、此処は室内だ。だが自分が感じたのは屋外のような突風。
 換気用の小窓はあるが、今ほどの風が進入してくることは有り得ない。

 突きを空振りしたことにより星に明確な隙ができ、彼女の首筋に恋の得物が宛てがえられ勝敗が決した。









「恋、まさかあの風圧は……」

「ん」

 星の疑問は直ぐに晴れた。恋が最初に放った一撃、あれこそが風圧の正体。
 一撃に賭けると看破した恋は、突きの軌道を反らすべく全力の振り上げ、掛声を用いた一撃で風圧を引き起こしたのだ。

「真持って、出鱈目であるな」

 星は半ば呆れた様子で溜息を洩らす。
 得物を振るえば風圧は起きる、正しあくまで頬を撫でる程度の柔らかなもの。断じて突きの軌道を反らせるほどの突風ではない。刃渡りの大きい猪々子でも不可能だろう。

「それで、あれは何という技なのだ?」

「……技?」

 返って来た答えに頬をひくつかせた。
 あの局面、恋は土壇場で思いつき実践したのだ。驚くべきは己の勘に全てを委ねられる心意気。
 完成され尽くした武技にも関わらず、成長し続ける至高。彼女とだけは敵対したくないと、心底思った。その後、幾度か試合を重ねたが後一歩及ばない結果に終わる。









 袁家の屋敷には、当家の人間であれば皆が知っている癒しスポットが存在する。
 
 中庭、その中央に位置する一際大きな木の根元に、恋と音々音を含めた家族(動物)達が寝息を立てていた。恋を中心に、彼女の膝を枕代わりに音々音が、さの周囲を家族が寄り添っている。
 互いの体温、風のせせらぎ、木の葉が擦れ合う音色、何とも気持ち良さそうである。

「いつ見ても癒されますね~」

「アタイも眠くなってきたぜ……」

「今日ばかりは、鍛練に誘えそうに無いな」

 その癒しスポットは一部の通路から見ることが出来るため、発見した者達は皆が足を止め頬を綻ばせながら溜息を洩らす。
 一人が足を止め、二人目が足を止め、やがて大人数が集まり人の気配を感知した恋がむずがりだし、それを確認した者達が慌てて散会していくのが、お決まりの光景だ。

 その通路にガラガラと音を立てながら風がやって来た。

「おやおや、また恋さんを視姦ですかぁ。皆さんお好きですね~」

「これ、人聞きの悪い。ところでその引いて来た物は……?」

「これですか? 直ぐに政務を抜け出す、いけない名族さんを乗せる為の物です~」

『……』

 音の正体は木馬。風は袁紹を乗せる為と言ったが、木馬の背は三角に角ばっており、とても人を乗せる代物には見えない。そして宝譿の『乗せた後は重しを追加するんだゼ』という言葉で、ソレが改めて拷問器具の類であると理解した星、斗詩、猪々子の三人が頬を引き攣らせた。

「……馬」

「うぉ!? 恋!!」

「あらら、起こしてしまいましたか?」

いつの間にか側で木馬を眺めていた恋。風の謝罪を込めた言葉に首を振り、起きた理由を口にする。

「……呼ばれた」

「ああ、桂花さんがあの笛を吹いたですね?」

 寝ぼけ眼で頷く。

「馬、乗っていい?」

『!』

「……残念なことに、これはお兄さん専用なのです~」

「残念……」

 表情は変わらないが余程乗りたかったのか、恋は長く飛び出している髪の毛、所謂『アホ毛』をしょんぼりとさせその場を後にした。

「まさか乗りたがるとは、恋さんにそっちの趣味が?」

「いや、純粋に童心からだろう」

『焦ったゼ』









「桂花」

「きゃっ!? ちょっと恋、気配を消さないで来なさいよ! ……セキト達は?」

「お昼寝」

「お昼寝中だったの!? ご、ごめんなさい」

 猫耳をしょんぼりとさせて謝る桂花。恋は衝動的に彼女の頭を撫でたかったが、以前微妙な顔をされたことを思い出し、踏み止まった。

 昼寝は恋やその家族たちにとって大事な時間である。余程の事が無い限り欠かしたことは無い。
 桂花が吹く笛の合図が、その数少ない緊急事態の一つである。

「じゃあ、今日もお願い恋」

「ん」

 目を閉じ、鼻をスンスンと澄ませる。少しして、ご馳走の匂いでも感じ取ったようにふらふらと歩き出す恋。
 桂花は十数人の兵士を伴い、彼女の後を追った。









 南皮郊外。元難民達による都市開発が推し進まれており、一部の地域に一際輝きを放つ人物が居た。

「か~ちゃんのため~な~ら、え~んやこら」

『か~ちゃんのため~な~ら、え~んやこら♪』

「かぞ~く~のため~な~ら、え~んやこら」

『かぞ~く~のため~な~ら、え~んやこら♪』

 名族(袁紹)である、彼の唄を皆で口ずさみながら作業していく。
 
 南皮の開発が始まって以来、袁紹は度々屋敷を抜け出し作業に参加していた。
 作業員達は雲の上の人物の到来に、当初怯えに近い恐縮状態になったが、袁紹の人となりに触れ、あっという間に打ち解けた。今では棟梁と呼び慕っている。

「棟梁ぉぉ、てぇへんだぁぁッッッ!!」

「どうしたサブ吉!」

「いやオラの名は――「サブ吉!」……猫耳が接近中だよ」

 サブ吉の報告に作業員達が騒然としだした。猫耳とは天敵と俗称である。

「あー! いた!!」

「げぇっ桂花!」 

「『げぇっ桂花』じゃありません! また屋敷を抜け出して、何を考えているのですか!!」

 早過ぎる猫耳の到着に目を白黒させていると、彼女の近くに見知った影が一つ、恋である。
 知人に挨拶でもするかのように手を振っていた。

「ぬぅ、またしても特別捜索隊か」

 相次ぐ袁紹の脱走により設立された『特別捜索隊』 恋とその家族で構成された彼らの任務は、優れた嗅覚を使った名族の追跡である。
 恋ひとりでも、その役割をこなせると言うのだから驚きだ。彼女曰く『お日様の香り』を追っていくと袁紹に行き着くのだそうだ。
 桂花が羨ましがり、その極意を伝授してもらおうと躍起になっているのは――……
 師匠である恋のみぞ知る。

「フハハ! だが我には――「御輿は既に確保済みです」なん……だと」

 桂花が注目を引き付けている内に、彼女の兵士達が隠されている御輿を取り押さえていた。
 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、王佐の才に違わない手腕である。

 しかし――

「いつから御輿が一つだと錯覚していた」

「なん……ですって!?」

 いつの間にか第二の御輿が袁紹の背後から現れ、桂花達の目が大きく見開かれた。
 
 袁紹とて凡愚では無い、御輿による逃亡には限界があることを理解していた。
 一番の危険は御輿を封じられること、王佐の才(桂花)であれば必ず手を打ってくる。それを読んでいた袁紹は、作業の合間に即席の御輿を作らせていたのだ。

「フハハ! あばよ~とっつぁ~ん」

「今よ、恋!」

「……」

「む!?」

 御輿に乗ろうとした袁紹の袖をいつの間にか恋が掴んでいる。否、摘んでいる、指先二本で軽く……
 いくら恋が剛力とはいえ、袁紹がその気になれば振り払える力加減。

「恋、すまぬが――……ッ!?」

 無理矢理外す気にはなれず、穏便に離してもらうため声をかけ―――絶句。
 
 恋は離したのだ、捨てられた子犬のような顔で。
 襲い来る罪悪感。 めいぞくのココロに 999のダメージ!

 これぞ桂花が仕掛けた、(御輿)では無く心を縛る策。
 結果名族は、恋の愛らしさの前に大敗。作業員達との大義(酒盛り)を捨て、家臣の元に降った。









 日が沈み、南皮の食事処を渡り歩いていた恋は屋敷に帰って来た。
 ある日は星達との鍛練、ある日は家族とお昼寝、今日は袁紹達との戯れ。恋の毎日は大体これの繰り返しであるが、飽きる間などあるはずもない。
 鍛練にせよ、騒動にせよ、日々目新しい発見ばかりだ。そして今も――

「……?」

 自分の部屋に向かう途中、中庭が一望できる通路から不自然な明かりを発見した。
 修練場の方だ、今の刻限に鍛練する者を恋は知らない。彼女は好奇心の赴くまま、そこに向かった。

「誰だ! りょ、呂布様!?」

「呂布様、何か御用で?」

 修練場の前には兵士が控えていた。ただの見張りではない、鎧を纏っていないが重騎隊の者達だ。
 厳重な警備、仮に恋が突破を試みても時間が掛かるだろう。

「……?」

「ああ、この中ですか……恥ずかしがりやが居るのですよ」

 言って、顔を見合わせながら笑い出す兵士達。
 恋の疑問は益々深くなるばかりだ。そんな彼女の様子を感じ取ったのか、兵士が修練場の扉を開け入室を促す。
“いいの?”と目で語りかけると、“呂布様であれば問題ありません”と答えが返って来た。 



 修練場に入った恋、彼女が始めに感じたのは熱気だった。窓が締め切っており、外の程よい風は一切無い。
 壁を隔てた中央からは規律的な風切り音が聞こえてくる。聞きなれたその音色は素振りの音だ、猪々子の大刀よりも小振りな音。

「……!」

「む、恋ではないか」
 
 素振りをしていたのは袁紹だった。恋の来訪にも止まる事無く、正眼に構えた剣を振り上げて下ろす。驚くべきはその完成度。剣筋には一切の乱れが無く、振り下ろした刃は同じ位置で静止している。
 恋ですらここまで正確には振れない。いったい幾千、幾万振ればその域に達するのだろうか……

「……」

 邪魔をすまいと壁に背を預けて座る。やがて疲れもあってか、規律の良い風切り音を音色に目蓋が閉じていった。






「そういえば――」

 一頻り素振りし終わった袁紹が突然口を開き、恋に話しかける。
 寝惚け眼で袁紹の言葉に意識を向けたが――……
 
 彼女の睡魔は次の一言で完全に吹き飛んだ。

「――恋とは試合った事が無いな」
  
  
 
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