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恋姫†袁紹♂伝

作者:masa3214
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第40話

 
前書き
~前回までのあらすじ~

陳宮「今(左)の彼女でいいんじゃない?」

重騎隊「声かけます?」



華雄「こんなんじゃ戦になんないよ~」

華雄軍「こっちの事情も考えてよ」

呂布「……(何の問題ですか?)」



呂布「……(あん? わいを倒してみぃ、わいを倒してみぃ)」

華雄「じゃあ俺、満足して闇に意識を落とすから」




申レN 

 
 洛陽にある謁見の間。戦が始まったばかりの頃、董卓に連なる文官達で溢れていたそこも、今は閑散としている。

「……」

「……」

 静けさが支配するその場所に居るのは、現在董卓と賈駆の二人のみだ。
 他の者達は汜水関が突破された祭に、敗色濃厚として避難させている。董卓に忠誠心を抱いていた彼等は渋っていたものの、敬愛する彼女の言葉が後押しとなり、後ろ髪引かれる思いでこの場を後にした。

「詠ちゃん――」

「ボクは避難しない」

 董卓の言葉を遮る形で賈駆が言葉を発する。
 長い付き合い故に、董卓の考えは手に取るようにわかった。この心優しい娘は連合の刃が喉下に突きつけられても、最後まで誰かを案じ続けるだろう。
 そのどこまでも優しい想いが、今は煩わしい。

「戦はまだ終わっていないわ、ボクの迎撃策は正直穴だらけだけど……あの二軍の力なら時間を稼ぐには十分よ!」

 言葉を発しながらも、賈駆は地形図を眺め思考を止めない。
 虎牢関の手前で連合を食い止めるという迎撃策、真の狙いは効果的な策を考える為の時間稼ぎだ。
 
 そもそも数に劣る自分達が、平地で連合を相手取るには限界がある。
 即興で作り上げた迎撃策により少しの間圧倒出来るだろうが、連合が形振り構わない形で本腰を上げればお仕舞いだ。
 たとえば、犠牲を省みず人海戦術的な騎馬による突撃を仕掛けてきたら――

 ――させない

 厳しい表情で兵馬駒を動かし続ける。策を練る者は自分ひとりになってしまったが、諦めるわけにはいかない。
 戦力差、一騎当千の敵将、そして――此方の地の利を無に帰す自動衝車。考えることは山済みだ。

 ――これをこう、いやでも……あ、これなら!

 賈駆の脳裏に一つの策が思い浮かぶ。今までの如く賭けに近いものだが、敗色濃厚なら一筋の光明に身を委ねるしか生き残る道は無い。
 急いで策の穴を埋めていく、願わくばこれを二軍に託すまでこのまま――

「報告! 袁紹軍の騎馬が華雄様の軍を突破!! 迎撃策は――……失敗です」

「――ッッ!!?」

 手に持っていた駒が零れ落ち、配置させていた董卓軍の駒を薙ぎ倒していく。それは皮肉なことに今の状況と、賈駆の心境を表していた。
 彼女は無神論者だが、この時ばかりは祈ったことすら無い神を心の中で罵る。

 自分達が、自分が何をしたというのだろうか。ただ()の隣で采配を振るいたかっただけだ。無欲な主に代わり功を得ながら同士を集め、彼女の徳で疲弊した民に少しでも笑顔を、脅威となる者達は自分達で退け。
 不幸が蔓延するこの大陸で、少しでも幸せに暮らしたかっただけだ。

 怒り、憎しみ、悲しみ、自己嫌悪、そして絶望。
 様々な負の感情が、賈駆の意識を刈り取ろうと迫る。ただでさえ疲労困憊な今、伝者の報告は気を失うに十分な内容で――

「ッ……」

 歯を食いしばり意識を保つ。唇が切れたのか塩気を感じるが、今はそれがありがたい。
 
 並みの女性、否。たとえ男性であっても賈駆の心境には耐えられなかっただろう。
 彼女が自我を保てたのは、背後で悲痛そうに報告を聞く主の存在が大きい。敗戦が決まった地で奮戦する張遼達と同じく、賈駆にはまだやるべき事が残っている。

「今、両軍は?」

「華雄軍は突破した騎馬隊の将を食い止め、張遼軍は迂回路から現れた孫策軍と交戦中です」

「……ありがとう」

 賈駆は心の底から華雄に、張遼に、そして董卓軍全員に対し感謝の言葉を呟いた。

「詠ちゃん、私が連合に降伏したと全軍に――「駄目よ!」っ!?」

「自分の身柄で皆の助命を願うつもりでしょう? そんなことボクが――いえ、皆が許さないわ」

「みんな?」

 きょとんとした表情で聞き返す董卓。いつもの賈駆なら、その愛らしい姿に悶えていたかもしれない。
 しかし生憎、今は平時には程遠い状況にある。時間も差し迫っている為早く説得しなければならない。

「策が成らなかった時点でボク達の敗北は決定したわ、じゃあ何で華雄達が戦い続けていると思う?」

「そ、それは」

「目を背けないで! 皆貴女の為に戦っているのよ、……わかるでしょう?」

「……」

 顔を俯かせ、無言で肯定する。
 自分に対する想いに鈍い董卓だが、嫌でも理解していた。

 そもそも今回の戦は簡単に回避できたのだ。無条件降伏という形で……
 それを許さなかったのは賈駆を始めとした家臣、そして民達である。
 董卓が相国として洛陽に身を置いていた期間は短い間ではあるが。自身が政治利用される中、彼女はせめて洛陽の民達に報いようと活動した。
 宦官達に搾取され疲弊していた住民を、相国の立場を利用して助け続けたのだ。
 今では洛陽で彼女を知らないものは居ない。道を歩けば誰もが笑顔で挨拶を、子供達は遊んで欲しいとせがむ。
 董卓は――洛陽の民に愛されているのだ。

 其処に来て今回の騒動、悪逆董卓を討つべく連合がやって来る。
 洛陽の民たちには青天の霹靂な出来事だ、彼等は相国である董卓の庇護の下、生を謳歌していたのだから。
 そんな民達が董卓を見捨てる筈も無く、今回の戦に発展した。

「連合が月の存在を許すはずないわ。命を取られ、汚名を着せられるのがオチよ。
 真実を知る民は、力で抑えつければ良いと考えて……ね。貴女がどれだけ愛されているかも知らずに」

「……」

「月が本当に皆の事を想っているなら、彼らの気持ちを無下にするはず無い。
 そうでしょう? ……月」

「……うん」

 短く返事をして玉座から降りる。

 わかっていた。
 敗色濃厚なこの戦に新兵達が沢山集ったときから。わかっていながら、董卓は目を背けかけていたのだ。
 心優しい彼女は、皆が自分の為に命を賭している現実、その重責に耐えていた。だからこそ全てを終わらそうと、皆を助ける名目で連合に降ろうとしたのだ。
 しかし、親友の言葉で思い出した。

 自分の命を軽んじる事が、皆に対する最大の裏切りであることを――

「安心して、月はボクが死なせないわ!」

 ――今この時も、時間を稼ぎ続ける皆に誓って。
 
 賈駆は友の手を引き、伝令に来た者を護衛として伴いその場を後にした。









「急ぐです! 先行させてくれた呂布殿達の為にも、董卓を確保するです!!」

 華雄軍を突破した音々音と重騎隊七百の軍勢は、大した抵抗も無く洛陽内部に進行した。
 門前に大勢の敵が配置されていたが、殆ど新兵で構成されていた彼等は、重騎隊の突進力の前に成す術もなく蹴散らされた。

「陳宮様! 前方に馬車が、大勢の護衛も伴っております!!」

「!?」

 隊の言葉に反応し前方へ目を向けると、制止した馬車が確認できた。
 此方の存在を察知したのか、馬車はゆっくりと動き出し――

「な!?」

 徒歩で追従していた護衛達をその場に残し、重騎隊に向かって走り出した。
 
 音々音は重騎隊を制止させ、馬車を避ける為に隊を道の端に寄せる。
 悪寒がするのだ。大軍の壁を物ともしない重騎隊の力をもってすれば、馬車を正面から受け止める事も出来たかもしれない。
 しかし、脱出しようとする董卓が敵に向かって来るだろうか。それも護衛を残して。
 
 ――何かあるです!

 馬車を操る騎手の鬼気迫る表情。それも相まって接触を避けたが――

「へ?」

 何も無かった。
 馬車は悠々と重騎隊の中を通り抜け、音々音達が来た方向に走り続ける。

「に、逃がすなです! 今すぐ反転して――『オオオオオッッッ!』 !?」

 後を追おうとした音々音だが、彼女の指示は重騎隊に攻撃を仕掛けた敵に阻まれる。
 いつの間にか接近していた歩兵達は、重騎隊の足元に纏わり付くように動いている。馬車を避けるため停止していた為、重騎隊は反転することも苦しい。
 そこで音々音は敵にしてやられた事に気がついた。

 あの馬車に董卓は居たのだ、頼りになる軍師と一緒に。
 重騎隊の詳細を聞いていた賈駆は、数に勝るとはいえ新兵達では相手にならないと考えた。
 ならば――無視すればいい。

「ほ、本当にうまくいくなんて」

「知ってる? 獅子も自分から向かってくる獲物には手を出さないそうよ」

 唖然としている友に、笑顔で知識を披露する賈駆。
 彼女は心理戦で重騎隊に勝利したのだ。








  
 
 

「もう少しよ月、この先に協力者が居るの」

「協力者?」

「洛陽でも大きな行商の者よ、彼と落ち合って荷馬車に移動するわよ」

「う、うん。この馬車は?」

「囮よ、流石に相国用の派手な馬車で追手は撒けないもの」

 洛陽から脱出を果たした董卓と賈駆。
 向かう先は戦地から少し離れた場所、協力者である商人の荷馬車に移り、荷に紛れてこの地を後にする手筈だ。
 乗り心地は良くないだろう。豪族として生きてきた董卓と、その親友として生活してきた賈駆。
 特に不自由なく生きてきた二人にとって、初めて味わう不便。道程も険しいが、背に腹は変えられない。

 馬車が小刻みに揺れ始める、おそらく整備されていない道に差し掛かったのだろう。
 合流地点まであと少し――その時だ。

『きゃあ!』

 突如強い揺れが発生し、馬車内で二人の悲鳴が上がる。
 気を張っていた賈駆は、董卓の体を押さえ両者の転倒を免れた。

「あ、ありがとう詠ちゃん」

 董卓の礼に反応せず、賈駆は体をゆっくりと動かす。
 表情から余裕が消え、冷や汗を流していた。
 
 馬車が止まったのだ。先程の揺れは急に止まった事で発生したのだろう。
 今自分達は一刻を争う事態、護衛と騎手を任された男もそれは承知している。その彼が馬車を止めたという事は、異常事態が発生した証だ。

「何があったの!?」

 騎手へと通じる小窓を開け、状況を確認しようと騎手の背中に尋ねる。

「そ、それが前方に……」

「……味方?」

 道を塞ぐように兵士達が立っている。その数約百人。
 賈駆が困惑していると、兵士達の中から見知った者が顔を出した。

「ははは、驚かせて申し訳ない。お迎えにあがりました次第で」
 
 笑顔で杖を突きながら現れたのは初老の男性、この地の脱出を担当する商人だ。
 味方である事に安堵した賈駆は、董卓を伴い馬車から降りた。
 
「……合流地点はまだ先のはずですが?」

「ええ、しかし心配で心配で。こうして様子を見に来たわけです」

「それは!……いえ、感謝致します」

 賈駆個人としては、余程の事が無い限り計画に無い行動は避けるべきだと諭したかった――が。脱出できるかどうかはこの男に掛かっているし、今の話を信じるなら自分達を案じての行動でもある、余計な一言で気分を害する必要はないだろう。
 
 その時だ。商人の方に近づこうとした賈駆の耳に、背後から苦悶の声が聞こえた。
 振り返ると――馬車の騎手だった男が、商人の連れてきた兵士達に槍で突かれている!

「な、これは!?」

「ははは、彼は用済みなので」

「そ、そんな――」

「……そういうことね」

 大体を理解した賈駆は董卓を庇うように前に出る。武の欠片も無い自分の背ほど無力なものはないが、矢避け程度にはなる。

「ははは聡明聡明、実に察しが良い」

「詠ちゃん、どういうことなの?」

「簡単な話よ、アイツは……大金に目が眩んだ。ボク達を連合に引き渡して、金を得ようっていう算段」

「ふむ、当たらずも遠からず――と言った所ですな」

「あら、商人のあんたに金以外の目的があるわけ?」

 口調自体はいつも通りだが、余裕の無い賈駆は冷や汗を流し続ける。
 状況は絶望的。それでも何とか打開策を生み出そうと、時間稼ぎと情報を共に得ようとしている。

「見え透いた時間稼ぎ。乗ってあげましよう」

 商人の男は今も笑みを浮かべている。しかしそれは人を欺くとき使う仮面では無く、弱者が見せる必死の抵抗を嘲笑う類の。歪んだ嗤いだ。

「儂はある方の密命で動いているのです」

「……密命」

「董卓様を相国に据えた――あの方ですよ」

『!?』

 二人の娘は驚きに目を見開き絶句する。この商人の言葉が真実なら、黒幕は張譲だ。
 彼を知る二人は驚きを隠せない。董卓を相国に据えた後の騒動では頭を下げ謝罪し。連合が動き出すと同時に、洛陽から十常侍達が脱出するなか一人残り、董卓軍を裏から支えてくれた人物だ。

「その様子では欠片も疑っていなかったようですな。ははは、さすが張譲様だ」

『……』

 頭が白くなるような衝撃の中、軍師の性なのか、賈駆はある答えに辿りついた。

「この……戦……」

「む、この戦がどうかしましたか?」

「全て……計画されていた」

「!? はは、はははは!!」

 賈駆の呟くような言葉を聞いて、商人は狂ったように笑い出した。
 余りに笑いすぎて体勢を崩し、杖でそれを支えている。

 それが治まると彼は語りだした、その計画を。

 以前、十常侍の一人である張譲は現状に不満を抱いていた。
 搾取し続けた大陸の疲弊、賊の増加、漢王朝の失墜とそれに伴う権力の弱化。十常侍が一丸となり漢の復権に動けば変わったかもしれない、しかし彼等は張譲を含め自己中心的。自分の権力の為に誰かを利用する事はあっても、誰かに利のある事の為に動くわけが無い。
 張譲一人の権力では王朝の復権は不可能、協力者を得ようにも諸侯は無能揃い。
 そこで――十常侍の権力を全て吸収することにした。

 鍵となるのは董卓(火種)だ。彼女を相国に据えれば、必ず各地から不満が上がる。
 張譲はそれを影で助長させ、反董卓の風を引き起こした。そして連合が結成する。
 戦力差は雲泥の差。十常侍達は泥舟と化した洛陽からすぐさま逃げだした、権力にしがみ付く輩でも命は惜しいのだ。
 連合の規模を知った張譲は、董卓軍の規模を生かさず殺さない程度に維持。
 戦に応じられる程度の戦力に留めた。

「そして董卓軍は連合に敗北。民に愛された董卓様は脱出を図るも、偶然現れた賊の凶刃に倒れる。その事態に張譲様は涙を流すも、流され続ける血を止めるため彼女の亡骸と共に連合に降伏。
 勇ある者として連合に遇され、有力な諸侯と交友を結び洛陽の実権を得る。
 董卓様の死に民達は涙を流し。彼女を最後まで支え、自分達を救うために身を差し出した張譲様に忠誠を誓う。
 万が一董卓軍が戦に勝ったとしても、洛陽にある十常侍の権力――最低限の目的は手に入る」
 
「……」

「どうです、完璧な計画でしょう? 儂が考えた訳ではありませんがね。ははは!」

 賈駆が口を開く前に、男はそれを手で制した。

「儂は買収されませんぞ? どちら付いた方が有益かは一目瞭然ですからな!」

 くっ、と賈駆は口を閉じる。話を途切れさせてはいけない、何かふらなければ――

「お願いが御座います。私の命は差し上げますので、どうか……どうか詠ちゃんだけは」

「月!?」

「……ご心配せずとも、賈駆様を傷つける気は一切御座いません」

『え』

 男の言葉に、二人は同時に声を上げる。ほっとする董卓、訝しむ賈駆。
 彼のそれは――慈悲の類では無かった。

「才覚に端正な顔つき、多くの方に需要があるでしょう」

「な!?」

「実は儂、奴隷業も商いとしておりましてな、むしろそちらが本業で御座います。はは」

 男の視線が賈駆の身体を這うように注がれる。肢体を値踏みする目線に短い悲鳴を上げ、体を硬直させた。
 ここまで薄汚い欲を浴びせられるのは、初めての経験である。

「……無駄話が過ぎましたな」

 ここまでか――賈駆は袖に隠した白刃を強く握る。自分に華雄達のような武力があれば、これで大立ち回り出来たかもしれない。
 無論、素振りすらした事が無い賈駆に、そのような芸当が出るはずも無く。

「ごめんね、月」

 今にでも泣き出しそうな顔で謝罪する、親友は首を横に振り微笑んだ。
 これから賈駆が何をしようとしているのか、彼女にはわかるのだ。

 自害、それも親友を手に掛けた後で。
 
 目の前の敵は外道だ、奴等の手に掛かる位なら自分の手で――楽にする。

 怖い。
 人を手に掛けた経験などある筈も無く、親友を苦しませるかもしれない。

 怖い。
 自分だけ死に切れず、捕らえられて地獄のような日々が続くかもしれない。
 
 怖い。
 誰か――誰か助けて。






「ではそろそろ――『どっこい脇がガラ空きじゃいッッ!』 な!?」

 商人の合図で兵士が二人に近づこうとした瞬間、側面から現れた何かに吹き飛ばされた。
 ソレは董卓達の前に来ると反転、彼女達を守るように正面の兵士達と相対する。

「……御輿?」

 紛うことなき御輿であった。
 





 
 

 
後書き
この話で今章収束とか言ったな、あれは嘘だ。
※予想以上に長くなったので分ける事に……非力な私を許してくれ。 
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