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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第85話 決戦・ヘルマン第3軍


 サウスの方は、基本的にランスに加え、リーザスの兵士達中心に構成されている。

 大将(ランス)を中心に添えつつ、その周囲をリア王女の親衛隊、金の軍で固めつつ、後方には、紫の軍の魔法兵。そして 更に黒の軍の弓兵を配備し、金の軍だけではなく黒の軍の前衛部隊、騎士達を据えた布陣だ。

 ランスの視界には 限りなく女兵士達が映りつつも、男兵士達も遺憾無くその力を発揮できる布陣。……レイラとバレスには脱帽だ、と言われたユーリだが、あまりによく出来た配置。一辺の無駄のない配置を見て、『逆だ、逆。お前たちが凄い』と思ってしまったのは無理もない事だろう。
 ランスの力を最大限に発揮させつつの配置なのだから。


 そして、ユーリ達の布陣は、ノースへと向かう。


 サウスに向かう部隊の兵力に比べれば、幾分か落ちるものの 基本的な戦力は申し分ない。個々の力を考えれば、リーザス最強 赤の軍将軍リックや異国の戦士 清十郎、そして ユーリを加えた布陣は 紛れもなく解放軍最強、トップ3だ。

 ランスがいれば、いろいろとうるさいから、誰も言わないが。戦闘の面を言えば、ある意味ランス自身も、それは認めているフシがあるから紛れもない。 プライドの塊のランスが、戦闘面だけとは言え、認める程のものなのだから、それ程のものだ。無論、戦いを見てきている者たちからすれば、当たり前であり、今更だが。

 当たり前のだが、ヒトミや真知子、優希達は オクの町で最小限とはいえ、軍隊を配置、守らせて そこで待機している。



「さて。……もうそろそろノースだな」


 ユーリが真っ直ぐに ノースの方角、小高い丘が多数ある地形で、まだその姿を見たわけではないが、その丘を超えれば視界に間違いなく捉えられるだろう、その場所を見据えた。

 そして、そのユーリが言い終えたと殆ど同時に、空より 降りてきたのはフェリスだ。

(うえ)から見てたけど、街壁に合わせて、大体100程のヘルマン騎士達がいたよ」
「ああ。ありがとう、フェリス。日が出ていて しんどい筈なのに、飛んでくれて」
「いや、別に問題ないさ。ユーリがくれた眼鏡があるし。効果が結構広いのか、日の光もある程度は抑制されてる」

 降りてきたフェリスは、あの呪い?の眼鏡を外し、指先でくるくると回しながらそう言っていた。


――……初めて人間から貰った物。


 それは、形のない魂なんかじゃない。……悪魔が言葉巧みにだまくらかし、……魂を神から奪う為にしている人間の物。……そんな物じゃない。人間の世界だと言うのに、心が温かくなる気持ちだけは、どうしてもフェリスは抑える事が出来なかった。時折口ずさんでも、否定したかったが、もう無理だった。目の前の男否定する事が出来なくなってしまったんだ。

 でも、……当然ながら、口に出しては言わないが。

「だがそれでも、光は全身に浴びているんだ。戦闘になればきついだろ? ……だから、ある程度のフォローで良い。それに、危なくなったら即逃げても良い」
「……悪魔を舐めないでくれるか? ユーリ」
「舐めてるつもりは毛頭ないさ。逢魔を超えた刻を限定にしたら、間違いなくフェリスが最強だ。だが、それでも 無理だけは、許さん」
「………………」


――人間であろうと悪魔であろうと、同じ仲間だ。死ぬ事だけは許さない。


 フェリスには、そう言っている気がした。
 ユーリに真面目に、真顔でそう言われるフェリス。如何に、悪魔と人間とでは違いがありすぎるとはいえ……、人間の中でも異質であろう実力を持っているユーリに言われたら、照れてしまうのも無理はなく、そして 容易に信じる事も出来ない。

「……どの口が言ってんだか。それに、負けてるつもりなんか無いくせに」
「ははっ。……何言ってるんだ。フェリスは仲間だ。オレ達に勝ち負けなんか関係無いだろ。――……ただただ、フェリスのコトは 信頼してる。そう言いたいだけだ。……頼む」

 ユーリはそういうと、フェリスの肩をそっと叩いた後、清十郎やリック達の元へと向かっていった。

 ユーリが触ったのは一瞬だった。その一瞬で、また、また 温かさが。……触覚が、ユーリの手を通じて肩から心にまで伝わってくる。温もりが頭部にまで来て、その熱さを感じてしまう。

「っ…… ったく、あいつはこんな時も、あいつなんだから。……また志津香に蹴られても知らないぞ」

 生憎、志津香も前衛部隊と比べたら、少数ではあるとは言え、自分が率いているメンバーがいる為、打ち合せを蔑ろにする訳にもいかず、マリアのチューリップ部隊と連携して、話をしていた為、気づいていない。
 それは、かなみも同様だ。メナドと今回の戦いの凡ゆる想定を交わしあっている為、気づいていない。


 だから、フェリスは少しの間ではあるが、動く事ができず、ただただ 温もりに触れているのだった。


 その会話は決して大きな声でも、目立っている訳でもない他愛のないもの。これを気づく事ができるとすれば、それは最早人間ではなく……。いや、気づく事ができる者がいるとすれば、恐るべきシスター? ロゼ。もしくは、両刀使いのミリ位だろうか……? 

 ロゼは 危なくない様に、と言う事で ヒーラーとしての配置、後尾であり、ミリも自分の部隊を指揮していてとりあえずは大丈夫そうだが……。

「後々を考えると、なんか、寒気がするけどな……」

 いや、きっと武者震いだろう、とどうにか誤魔化しつつ、気を取り直し、フェリスは新たな動きがないかどうか、低空で飛びつつ周囲の警戒をするのだった。
 



「それにしても、……たった100、……か」

 フェリスの言葉を訊いて、ユーリは考える。

 情報通り、ヘルマン側は二手に分かれている様だ。それは間違いない。
 だが、ホッホ峡の戦いの規模を考えたら、迅速に退いていった部隊、目算ではあるものの、その規模を考えたら、どうしても数が少なすぎる、としか思えない。
 そして、迎え撃つにしても、ノースの地形では、利を活かす事は出来ない。間違いなく数が多い方が圧倒的に有利だろう。

 それでも、数を割く理由があるとでも言うのだろうか。

 清十郎もその違和感は当然もっている。

「……解せんな」
「ああ。だが相手側の慢心、と言った類でも有り得ないな。向こう側は、オレ達に圧され、退いたも同然だ。戦術的撤退と言う言葉もあるが、それでも胸中は穏やかじゃない筈。……それに、向こう側の最大の強みの1つ。フェリスにも見てもらったが、魔人の気配も、どうやら無い様だ」

 清十郎も敵兵力を訊き、不穏な気配を感じた様だ。それは隣にいるリックも同様。

「魔人ではない、のであれば…… 彼らの強味は最早 1つしか無いでしょう。ヘルマン側が持ち得る最大の戦力。魔の力ではなく、人。……強国ヘルマンの象徴とも言える人物」

 リックの言葉に、ユーリも清十郎も頷いた。


――第3軍の将、人類最強と称される男がいる。


「……成る程な、血湧き踊る、と言うものだ。ここからが修羅……。地獄廻り。その入り口か」
「ええ、間違いはありません。かの将軍が率いている者達は、全てが強者でしょう。……弱者は有り得ない精鋭ぞろい。兵達ひとりひとりが、一騎当千の猛者と思って良い程の手練です」
「オレもそれは感じている。……何処か、これまでの戦場とは空気が一味も二味も違うからな。それに、リックがそういうのだから、間違いないのだろう。……くく、肩透かしはなさそうだ」

 清十郎は、僅かに震える手を見て 握り締めた。そして、リックも己同様に赤い剣、バイロードに手を強く掛ける。
 ここから先の敵の強さ。それを2人は肌で感じ取ったのだろう。 これまでの軍の兵士よりも明らかに練度が違うであろう事。フレッチャーの部隊は勿論、そして ホッホ峡の敵よりも。――……兵士のひとりひとりの力がまるで違う。つまり、少数精鋭同士のぶつかり合いだ。

 後は――、ただぶつかるだけだ。己が信念を剣に込めるだけだった。解放軍の勝利を信じて。

 
「トーマ・リプトン………」

 ユーリは相対するであろう男の名を口にした。
 
 そう、人類最強と称される男の名は、トーマ・リプトン。

 その武勲は、軍人でなくとも、非常に有名である為、よく知っていると言うものだ。老いても尚、まだ健在。寄る年波をも笑って超える男。如何なる戦においても正々堂々、正面切ってたたきつぶす。避けるまでもなく、正面から全てを受け止め、全てを返す。


――……そんな男が取った手段が、コレ(・・)、……か?


 それは、ノースに配置した数、少数に絞ったことに対しての話ではない。
 ……これまで戦ってきた中での事であり、清十郎の言葉を借りるとすれば、《解せない》最大の部分だった。
















~レッドの町 宿屋 不誠実《ホッホ峡の戦い前日》~



 ホッホ峡での戦いの前日。
 セピア・ランドスターを捕虜にし、トーマについて ユーリは訊いた。

『トーマについて、だ。話を訊くと心底信頼している事は判った。人類最強と称されるヘルマンの豪傑だ。ある程度は知っている。だが、それはあくまで、訊いた限りの話だ。……その本当の性質は知らん。お前はどう思うんだ? お前には、トーマは、どう見える』

 そのユーリの問いを訊いて、セピアは即答した。

『トーマ将軍は、ヘルマンの象徴だ! 心技体の全てを兼ね備えたお人。決して驕らず、自ら最前線に常にたち続けている』

 セピアの淀みない言葉に、それが虚言のたぐいではない事は、即座に分かった。
 判ったからこそ、ユーリは更に言おうとするセピアを遮る様に、言う。

『なぜ、それ程の男が、魔人と手を結ぶ? ……そんな、人類にとって これ程相応しい絶対敵と手を組もうと考えた?』
『ッ……!』

 ユーリの言葉に、セピアはなにも答える事が出来なかった。

『……確かに、魔の者を味方につければ、圧倒的に有利だ。その時点で勝負あり、といっていい。……たった、数人で国を落とす事だって出来る。それが魔人だからな。例外(・・)はあるが、大多数が人間をゴミ屑の様にしか思ってないとも言える存在だ。人間に情け等かけないだろう。……その心技体が揃った誇らしい男、トーマは、人間の戦いに、そんなもの(・・・・・)を組み込んだ。捕虜の扱いを謳っている事も含めてだが、人道とやら、そんな事を、ヘルマン側に言えるのか? ……相手は、そんな事は考えてくれないぞ。……ただ、嬲られる、それだけだ』

 そこまで言った後、ユーリはセピアの目を見据えた。

『それでも、トーマは。トーマ・リプトンは、正しい選択をしたと思っているのか? 強大な力を、人間では御しきれない存在を使ったら、自国が、自身の部下たちの身も危うい可能性が高い。その程度の事を考えられない男なのか?』
『っ……、と、トーマ様は……、トーマ様は!!』

 セピアは、言葉を 説得力のある反論をしようと思ったのだが、言葉がまるで見つからない。だから、醜くても、ただただ 足掻く。子供の様に感情をぶつけるだけだった。

『トーマ様は、そんな事は、安易なことなんか、しないっ!! 魔人は、上の……っ。上の判断っ……! で、でも 今までは全部、全部考えて、その上で、上に意見もしてっ……! ヘルマンを、これまで 支えてきたんだっ!! 何十年も、ずっと、ずっと支えてきたんだっ! だ、だから……あの、あのおかたには、必ず考えが、なにか、なにかがあるハズなんだっっ!!』

 説得力の欠片もなかった。
 だが、ユーリにとってもそれだけでも良かった。

 セピアは、これまで遭遇してきたヘルマン側の兵士とは毛色がまるで違う。どんな命令にも、国の為に、従う、それが軍人だ。だが、時として その命令を曲解し やり過ぎる者達も出てくる。欲望のままに、蹂躙する者達も出てくる。……そんな者達が多かったが、セピアは違った。良心も併せ持っている様だ。今回の作戦。……魔人に頼った侵略についても、疑問をもっている。
 フレッチャーやヘンダーソンとはまるで違った。騎士道精神も持ち合わせている。

『……そうか』

 だから、ユーリはこれ以上はセピアに訊いても無駄だと悟った。 
 ただ、盲目に信じているだけではない事も感じた。これまでに、ずっと セピアの様な若い兵士達を支え続けてきたのだろう事も、事実だと判る。
 ハンティの友だから、と言う理由も大きいだろう。

 だから、それ以上はなにも訊かず、ユーリはセピアを眠らせ 当初の予定通り 彼女を解放したのだった。





~リーザス領 ノースの町 近郊~




 場面は修羅の場に戻る。
 どれだけ考えても、判らないだろう。……答えはでないだろう。

――本人と相対するまでは……。本人の、眼を見るまでは……。








~ノースの町・近郊《ヘルマン側》~



「…………………」

 今日も空一面は、青一色。快晴、とはこのことを言うのだろう。

 ヘルマンの国からは 見えない景色、空模様だった。戦場であったとしても、空は、何処からであったとしても、変わらない。そう思っていたのだが、今 認識が変わった。

 長く……、長く……、戦い続けてきた歴史の中で 初めての感覚。そして 人が見れば呑気だといえるだろう。もう目と鼻の先に迫っているであろう緊迫した場で、悠長に空を眺めている事など……。

「将軍。配置は、終わりました。……これで、よろしいのですか」

 ガイヤスは、トーマに報告をした。
 全ての兵士達の配置。……それは、これまでの戦い 第3軍の規模を考えたら、心許ない程の少数である兵士達だ。それらを配置する事など、時間は掛からなかった。ただただ、思うのは、トーマの決定に関してだった。いや、それも違う。

「お前こそ。付き合う必要はないのだぞ」

 そう、ガイヤスも全てわかっていた。

 目の前の男、トーマが何を考えているのかを。

「いえ、お供します」

 だからこそ、言葉は少ない。自らの肩書きは、大隊長。だが、それも最早この場では意味はなさないだろう。今いるのは、ただの軍人。……憧れ、そして信頼しきっている男と共に行く。……最後の最後まで、共にゆく。それしか考えていなかったから。

 だが、それでも 最後の一線を簡単に超えるとは思っていない。

 冷静な大隊長ガイヤスは、端的に、それだけに覆すことはない強さで、トーマの側近として、その傍に。自分の居場所として、固辞をしていた。


 そんな時、だった。


「…………なに、してんのさ……」


 突如、なにも無かった筈の場所に、誰かが現れた。
 黒い髪、鉄の腕、……そして 額のクリスタル。

「ハンティ。……ハンティ・カラー………」

 そう、戦場に降り立ったのは、ハンティだった。
 ヘルマンでは、いやこの世界では、知らない者などいない、とも言われているヘルマンの豪傑、トーマが率いる軍を敗戦へと追いやった事態が、パットンの傍にいる、と決めていた決心にヒビを入れたのだ。

 そして、現状を目の当たりにした。

――睨む様な、責める様な、縋る様な、惜しむような。

 そんな視線に、複雑な色を織り交ぜて、ハンティはただ、佇んでいた。

「…………」

 パットン皇子の乳母ハンティ、そして教育係として、父親替わりであったトーマ。

 それを抜きにしたとしても、2人には親交がある。……そんな二文字だけでは、表せれない程の絆が2人にはある。

 それを知っているからこそ、ガイヤスは何も言わず、場を憚り、解釈をしてそこを離れた。 だが ハンティには、ガイヤスの姿など、最初から見えてはいない。

「どうして、リーザスに戻ってこないの。こんな、こんな小勢で………」

 なぜ、ここにトーマがいるのか、それを訊かなければならないからだ。
 絶望、とも言える戦力差の中で。 

 そんな言葉にトーマはゆっくりと答えた。

「他に兵は割けん。……北方も旗色は悪いのではないか?」

 洗脳から解かれた青の軍。
 堅牢な部隊として名高く、リーザスの青い壁と称される猛将コルドバが率いている部隊だ。安易な配置で崩せる筈もなく、そのことについては、トーマ自身にもわかっていた。
 そして、ハンティも決して偽る事はしない。

「ああ。……盛り返されたって。青の軍だけじゃない。……今は解放軍側にいる事が明確な白の軍だけど、多分その別部隊だろう。そいつらが合流。更に動き回ってる。……ここを目指して、ね……」

 それを訊いて、トーマは思わず苦笑を漏らした。

「……思った以上に悪いものだな」

 ここまで言った所で、もうハンティは我慢できなかった。

「だから、トーマ……! あんたが死ぬわけにはいかないだろう。……これは、明確じゃない。相手側に関して、あたしに心当たりがある。だから、あたしが……!」

 そこまで言った所で、トーマの手が。ハンティの頭よりも遥かに大きな手のひらを向けられた。

「ハンティ。……それは、皇子の命か?」
「ッ………え………?」

 ハンティには、何を言っているのかが判らなかった。
 トーマは静かに、そして 何処か重みのある言葉を繋げる。

「お前に、儂を拾い上げて来いと……、そう、皇子がお命じになったのか」
「……………」

 重みのある言葉、問い。

 それには、鋼の様な意志を感じた。そして、一端を察し、ハンティは力なく、首を振る。

「ならば、動けぬ。それでは意味がない」
「そんなの、気にしている場合!? 命令の系統だの、なんだの……! 今はそんな事を言っている場合じゃ……「違う」ッ……」

 それは一番の重みのある遮り、だった。

「皇子の眼を覚ます為だ。……ご自身で、何を起こしたのか。そして、どうなったのか、……その全てを。その背に負ってもらわなければ意味はない」

 きっぱりと、この歴戦の猛将、黒騎士は言い放った。

「パットンの……眼を……?」

 ハンティは、そこでパットンの姿を思い描く。

 今のパットン。それは、無能で傲慢、更には小心者、愚鈍、癇癪持ち。……上げればきりが無い。

 それが、近年の皇子への評価だった。

 現在、皇子であり、第3軍を率いている立場にはなっているものの、誰ひとりも、心から従っていない。いや、3軍に限った話ではないだろう。国に戻ったとしても、従う者など、片手で数えられる程度しかいないだろう。

 だが、目の前の男。この最強の黒騎士を除いては。

「……ヘルマン本国は、未曾有の苦境にある。貪官汚吏どもがよって集って、ヘルマンを、古い国を食い物にしようとしておる。シーラ殿下は、個人としては善良だが、周りにいる者共の人形となる運命。……今のままではそれは変えられぬだろう。その玉座につけば、多くのものが不幸になるだろう」
「………」

 トーマは、己の相棒であり、苦難を共にしてきた戦鎚《グラ・ニュゲト》の取手を握り締め、続けた。

「未来を拓かねばならん。皇子が玉座に就く形でなくとも良い。……ヘルマンをよりよく導けるものが必要だ」
「トーマ……」

 ハンティの眉が僅かにあがった。

――無理だ。パットンには……。

 その言葉が喉から出かかっていた。
 嘗て戦い、そして 奇妙な縁となった男にも言われた。

『身内の事も注意しておいた方が良い』

 確かに、その通りだった。……全くを持って、間違っていない。もっともっと、注意しておくべきだった。……でも、それも今更後の祭りだ。

 だが、目の前の最強の黒騎士、トーマは全く違った。

「皇子には、皇子の器がある。……人を惹く、小さからぬ器だ。儂はそう思う。……今はただ、眠っているだけだ。それを呼び起こす為、……儂は残りの命を使う。初めからそれが仕事と心得ておる」

『残りの命を使う』
 その言葉を訊いた途端、ハンティは目の前が暗くなる気がした。いや、間違いなく暗い。闇が多っている。長らく生きているがゆえに、何度も味わってきた。

――出会い、そして……別離。

「……死ぬの。トーマ。パリエナみたいに……、あたしの前から……、また、ひとり……」



――……時代の流れにのって、ただ前に進め。……立ち止まらず、只管……。


 極近しい言葉。あの言葉を胸に、進もうと決めていた。
 だけど、それも揺らいでしまう。

 思い出深い、パットンの実母の名。
 それを出され、トーマは僅かに、目を伏せ……、直ぐに不敵に目を見開いた。

「ふふふふ……ワッハッハッハッハッハ!! 儂は、トーマ・リプトンだぞ。殺せる奴なんぞ、そうはおらんわ」

 豪快な笑い声。戦場である事すら忘れてしまいそうだ。

「……まったく、あんたも 因業だね」

 もう止められない。
 そう思ったからこそ、ハンティも薄く笑った。そして、知らぬうちに曇っていた心が、綺麗に払われたような気分だった。

「さあ、小細工や、後方からの指揮は終わりだ。……次世代の力、この身で味わうとしようか。だが、そう簡単に超えさせんぞ。ヘルマンの騎士の強さを、心ゆくまで披露してくれるわ」

 トーマの言葉に、ハンティも軽く頷いた。

――……敵側に、以前トーマに話した男がいる。おそらく、間違いない。

 ハンティが最初に言った言葉ではあるが、それを話す前から、トーマもなにかを感じていたのだろう。疑いようが無かった様だ。

「パットンに伝言は?」
「不要。己で己の道を掴まねば、それを歩いていく事などできん。あった事だけを伝えてくれ」
「……ヒューには? 自分の息子のこと、忘れてない?」
「あれも子供ではない。儂の道を模倣する必要もない」

 息子へ残す最後の言葉になるかもしれないと言うのに、トーマは短くそう答えるだけだ。
 更に、先程までは見えなかった、曇っていた心だったが為、見えなかった。トーマのその表情は、年甲斐もなく、期待に胸を躍らせているのだ。……それがよく判った。

「ったく………不器用な親父だよ、あんたは」 
「ワッハッハッハッハ!」

 再び大笑いして、トーマは空を見上げた。

「ヘルマンの曇り空とは、まったく違うな……、暖かく、そして心地よい空気だ」
「………ああ、別に珍しくもない空さ」

 このような空があること、ヘルマンの薄暗く、湿った宮廷の外に、大きな世界が、広く、広く、広がっていることを、それをパットンにも教えてやりたかった。

 だが、トーマは首を軽く振った。いまでなくても、いつかは伝わると信じているから。

「トーマ」
「む?」

 ハンティが声を掛ける。
 それは、最大級の贈る言葉だった。


あいつ(・・・)は強いぞ?」
「…………ふふ、ワッハッハッハッハッハッハ!!!」


 ここから始まるのは戦争。

 殺し合い、だ。

 なのに、どうだろうか? トーマの姿は、客観的に、状況を踏まえて見たとしても、死地へと向かう男には到底見えない。そして、迎え撃つ、受け止める、そういった類ではない。……そう、挑戦者の姿其のものだった。
 久しく……見なかった姿。

「将軍。そろそろ、リーザス軍が見えてくる頃です」
「うむ」

 もはや、ハンティに振り返ることもない。ヘルマン最強の黒騎士は戦場へと臨む。

「……ハンティ。皇子を頼むぞ」

 振り返らずに、そうとだけ伝え。ハンティも。

「言われるまでもないさね。任せときな、トーマ」

 今生の別れ、というにはまるで軽い。
 普通に、普通に帰ってきそうだ。


『良い戦だった』


 と軽口を携えて、また 陽気に笑いそうだ。そんな姿が、目に浮かんだ。
 ハンティは、軽く笑うと……姿を消した。





「将軍の笑い声……ひさしぶりに聞きました」
「む……、そうだな。国を出てから、どうにも考えることが増えすぎておったわ」

 トーマは、その巨体のごつい顎を軽く撫でる。
 

『………………………』

 そうして、兵達にここに集った馴染み深い兵士達に向き直る。

 みな、トーマの号令を待っていた。


「……今更、覚悟を問うたり謝ったりはせん。愚かで、そして気高い ヘルマンの誇り達よ。儂はただ、喜びと共に、感謝するのみだ」 


 ぎらりとした眼で、騎士達をひとりひとり、睨みつける。


「ここが、我らが闘うべき場所だ。祖国を想え、大事な者を想え。その者が明日生きる為……、今日、闘え!」

 その目に宿る、滾る様な闘士が、くすぶり続けた騎士たちの心に燃え移っていく。


「剣を取れ! 己のために、勝利のために………、ヘルマンのために!!」
『――――――――ヘルマンのために!!』


 それは、大地を轟かす、黒騎士の。……漢の雄叫びだった。

 















~決戦の場・ノース近郊~




 広がる平野。見通しがよく、空も戦日とは思えぬ程に澄み広がっている。
 
 だからこそ、よく判る。その澄んだ空気が、リーザスの美しく、広がった大地が雄大に語ってくれているのだ。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……………っっ!!!!』


 命をも顧みない、男達の雄叫び。鬨の声。


「―――――フェリスッ!!!」


 空に広がるそれはまるで怒声。
 上空から警戒をしていたフェリスに向かって放たれた。 

 フェリス自身も、何が起きているのが判っているため、即座に反応する。

「降りろ! 撃たれるぞ!!」
「ッ……! ああ。判ってる!!」

 フェリスは、翅を畳み、強引に落下した。着地の際に多少足に響いたが、低空であるため、まるで問題にはならない。

「これは……」
「予想以上だ」

 リック、そして清十郎。
 2人も、その雄叫びを訊き、認識を新たにする。体格ではない敵の巨大さ、強大さも。

 視界に僅かにだが捉えたその姿は、まさに一本の黒槍。

 ただの槍ではない。……腹にくくった一本の槍。決して折れぬ槍。時として、それはどの様な兵器よりも強力で、強大となる。

「おい! 部隊、展開しろ! 急げ!」

 解放軍たちの其々の部隊のリーダー達は、すぐさま指揮をとる。

 想定の範囲内は遥かに超えている。僅か100程の軍勢とこちら側、リーザス部隊。
 数の暴力とはよく言ったものだから、多少なりとも、リーザス側には慢心はあっただろう。

 だが、それは一部の兵士たちだけであり、彼らを束ねている者達にはそう言ったものは持ち合わせてはいなかった。


『オレ達も、何倍、何十倍もの相手を踏み越えてきた。……それが、相手側にも起こりえない、とは言えないぞ』

 
 ……ユーリの言葉を訊いたから。

 それを訊いて、そう少しでも、思ってしまっていた自分達を殴りたくなった程だ。



「こりゃ、乱戦ね。被害少なくするには、前に出すぎない方が良いって事かねー?」
「………ですが、回復しなければなりませんよ。みなさんを」
「そうです! わ、私たちには、神が、ALICE様がついてます。大丈夫です」



 前衛ではない。後衛である筈なのに、突き抜ける様な威圧。圧倒され兼ねる敵の特攻。 それに、思わず言葉を漏らすロゼ。そして 平常心であるとはいえ、いつもよりも大分反応の遅いクルックー。神を、仲間を信じ、胸の十字架(ロザリオ)を握り締めているセル。

 誰ひとりとして、彼女達を気遣える者などいなかった。全員が、極限まで集中していたからだ。

「……リーザスの為、リア様の為……ッ!」
「負けられない。絶対、負けられない……ッ!!」

 比較的最前線に配備した かなみとメナドも武者震いが止まらない。かつてない程の威圧を感じているからだ。魔人の様な体に突き刺さる様な威圧じゃない。
 まるで、大木、いや 山そのものが、押し寄せてくるかの様な威圧感、圧迫感だった。
 
「………ッ」
「……チューリップ、チューリップなら、絶対っ……!!」
「負けません……、ぜったい、ぜったいに……」

 後衛に位置している魔法使い部隊の中心にいる志津香、そして チューリップを最前線に据えつつ、砲撃部隊を指揮しているマリア。そして 砲撃部隊を守る様に配置されたランの部隊。何戦も戦い、追い返してきた女傑。肝の据わったカスタムの四魔女の3人だが、今回ばかりは仕方がないだろう。

「……ぶるっ、とくるです。……今回は」
「ど、どうして こんな場所に……」
「じゅ、ジュリア、おちっこしたくなっちゃった……」

 いつもの口調が変わってしまうトマト。やや 軽い気持ちも何処かにあり、ちょっとした好奇心に負けてしまったことに後悔しているアテン。正直ビビりまくってる ジュリア。


 まだまだ規模は多いのだが、ここまでにして省略する。


 戦闘を、戦争を何度も体験し、《慣れ》も見え始めた者達でも 例外なく威圧されてしまう程の威圧感だった。

 そんな者に正面から迎え撃とうとしているのが、リーザス解放軍が最強 3人。

「…………」 
「赤将 リック」
「………神無木 清十郎」

 各々の持つ武器に手を掛ける3人。
 
 そして、黒き壁、いや 巨大な黒槍がもう目と鼻の先へとやって来た途端。

「行くぞォォッ!!」
「参るッ!!」
「応ッ!!」

 それが合図だった。
 リーザス側も文字通り一本の槍と化し、敵を迎え撃つ、のではなく 攻め入ったのだった。
 
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