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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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2部 Aincrad:
第1章 奇縁のプレリュード  2023/11
  1話 薄闇の片隅

 湯呑に注がれた茶の水面を見つめつつ、俺は拠点に独り残っていた。
 普段ならば賑やかな相棒(ヒヨリ)テイムモンスターという名の保護者(ティルネル)も同席する団欒の場なれど、今は故あって留守を預かる俺だけの一時となっている。

 それは、遡ること二日前。
 クーネの率いる女性限定ギルド《片翼の戦乙女》に新たなメンバーが加入したことに端を発する。未だ最前線に投入できるだけのステータスを備えたプレイヤーも乏しい彼女達だが、しかし着実に成長を見せるのもまた事実。だが、彼女達には現在ある障害が立ちはだかっているのだ。
 《前線攻略》と《後進の育成》の二大業務が引き起こす人員不足。乏しい人員を以てギルドの運営に奮闘しつつも、慢性的な無理の蓄積はいよいよ限界を迎えたのだという。そもそも、クーネを始めとする草創期メンバー四人ともう一人だけでギルドにおける主要業務を回すことそれ自体が困難であったのだが、それでもやってのけていたのだから驚嘆に値する。ともあれ、現在レベリングを重点的に行っているプレイヤーのレベルが三十代に乗ってしまえば、彼女達を中堅層として更に下のメンバーの育成を任せておけるという構想だ。そこで、クーネは苦渋の決断としてヒヨリとティルネルを助っ人として召集し、一週間だけレベリングに向かうPTの援護を依頼したのである。もちろんヒヨリ達が断る理由も、俺が反対する理由もなく、二つ返事で送り出して現在に至る。ちなみに男性恐怖症を抱えるプレイヤーが居たことで俺は戦力外通告を言い渡されてしまった次第だ。甚だ自分の無力を悔いるばかりである。

 ともあれ、俺もこの二日間は決して何もしなかったわけではない。
 ベータテストで得られていた情報は辛うじて十層まで。既に最前線が四十層に迫る今となってはその情報量的アドバンテージも失われてしまっているが、しかし俺にはベータテスト中に培った《嗅覚》があった。誰もが呆気なく聞き流すNPCの言葉や、ダンジョンに刻まれた何らかの痕跡を辿る、我ながら偏屈な技能はそれでいて侮りがたいものだ。
 言うなれば、この《嗅覚》によって暴かれた隠しダンジョンや隠しクエストというものは《誰も知らないリソースの宝庫》と称するに他ならない。第一発見者としてダンジョンには踏み込むし、クエストだって攻略する。当然、有用性の高いアイテムは優先的に貰う。そのダンジョンやクエストで得たアイテムや経験値を足掛かりに、俺達のステータスがあると言っても過言ではない。

 ………それが有用であるか否かは俺の判断するところではないのだが。

 そして、この二日間をフルに用いた調査で得たのは、とある隠しクエストの情報だ。
 仕入れた情報を精査するところによれば、そのクエストを受領するためのNPCは十余層も下にいるという。難易度としては警戒を厳にするまでもないのだが、プレイヤーの目を忍んでいた相手だ。まったくの無警戒では餌食になりかねないのがSAOという世界(ゲーム)である。加えて、久しぶりのソロプレイだ。三人で行動することに慣れた身ではあるが、このままヒヨリとティルネルが戻ってくるまでの五日間を待ちぼうけで過ごすというのも気が引けるし、前線における俺の立ち位置は危きを窮める。クーネ達の依頼に応えられなかったこともある以上、ここは俺が単独で出向くことで対応する。

 湯呑の中身を空にして洗った後、装備を確認してから拠点から一歩外へ出る。
 斜陽が上層の底面をオレンジに染めるのを見つつ、思いの他に過ごしやすい気候にあることに気付く。今日日の珍しく安定していたらしい気候パラメータのことを思うと、日中であれば麦畑を揺らす『これぞ田舎』というような光景を拝めただろうが、生憎ながら景色と快晴では腹も満たせない。
 ふと湧いて出たロマンチシズムを脳内のポップアップ・メニューから廃棄して、俺は現在の仮ホームタウン、第三十五層《ミーシェ》の中心である《転移門広場》へと足を運んだ。牧歌的な街並みに鎮座するモニュメントめいた石のオブジェの前に立ち、記憶の中で戸締りの確認を今一度だけ繰り返してから、目的地を唱えた。


「………転移、ラーベルグ」


 音声を認識し、視界が青い燐光に覆われるのも一瞬。牧歌的で農夫NPCが往来する広場は突如として寂れた無人のものへと移り変わった。
 十九層、未だクォーターポイントを知らなかったプレイヤー達が破竹の勢いを以て突き進み、他の層と同様に疾風の如く駆け抜けていった主街区は、まさしく風の通り道とも形容できるような人気のなさだ。街自体に面白味もなく、NPCさえ歩いていなければ必然的にプレイヤーの姿だって確認出来ない。だからこそというべきか、この層における隠しクエストは俺が発見した以外には確認されていないのである。今回はその取りこぼしを処理することとなるが、先ずはクエストの受領が先決か。寂れた街の目抜き通りから、うらぶれた横道に進み、おおよそ一般のプレイヤーならば立ち入ろうという気さえ起きないような袋小路に、例のNPCが佇んでいた。夕刻から夜間にしか出現しない時限式のNPCは、黒いフード付きのローブを纏った気味の悪い姿はどうにも奇怪な趣を漂わせている。
 通常クエストでは最初から存在するクエストアイコンはなく、一見すればクエストNPCであるとは露ほども疑うまい。こんなところまで迷い込んで、気味の悪いNPCだけでは割に合わないだろうが、むしろ俺からすれば《こんなところに意味有りげに居られる》方が怪しいくらいだ。上層にて得た情報では、何やら怪しげな儀式を決行した事が理由で身を潜めているのだとか。実に不穏なのだが、臆せず声を掛けてみた。


「なんでこんなところに座っているんだ?」
「……ヒヒヒ……アンタ、この辺りの人間じゃないね………ヒヒッ……」


 俺の問いかけなんぞお構いなしに、NPC――――声からして男らしい――――はひきつった笑いを零すたびに身体を震わせる。不気味過ぎて仕方がないが、ここは圏内だ。うっかり刃物を突き出されてもダメージを受けることはないだろう。


「……この辺りの、この街の人間はね……フヒヒ……ここを気味悪がるものなのさ……まあ、オイラも余所者だけどよ……余所者の、アンタに、分ぁかるかねぇ………ヒヒヒハハハハハッ!!」


 とうとう何が可笑しいのか勝手に大爆笑を始めてしまった男だが、実はこの問いこそがクエストに至るか否かの分かれ道なのだ。上層の情報提供者であるNPCが言うには、彼は《話の通じない相手》と《話題の共有できない相手》と判断したら、それ以降はこちらが何を言おうとも黙秘を貫いて会話さえ出来なくなるのだという。とりあえずは、昨日の間に収集しておいた情報で話を取り繕う。


「………ここ、夜になると()()()()()()()()()()()んだってな」


 昨日、ラーベルグで聞いた七不思議の一つをかいつまんで話してやる。
 詳細な設定はいろいろ面倒だから省くとして、どうやらこの回答は男のお気に召したらしい。


「……いいねぇ、知ってるねぇ……じゃあ、アンタも、ここが()()のを待ってるクチかい? …………ヒヒッ……」
「いや、アンタに話があっただけだ」
「………あ? ………オイラに?」
「昔、まだアンタが真っ当な剣士だった頃に手に入れようとしていた業物について、話を聞きたい」
「……なんだ、つまらないねぇ……」


 男はどこか寂しそうに肩を落としつつも、一応は説明をしてくれるようだった。
 そして、情報を一通り纏めると、男はついぞその業物の入手が叶わず、この街の北に進んだ先にあるダンジョンの最奥に安置されているのだとか。情報源であるNPCの話を併せて付随するならば、この男はかつて凄腕の剣士であったのだが、友を救うべく亜人の居城に攻め込まねばならない局面にあたり、愛剣では如何とも出来ず、その業物の力を求めたのだという。しかし、結局業物を手に入れるまでに力及ばず、その試練に挫折した男に届いたのは友の訃報と遺品だったのだという。
 そんな救われない話を聞いた後、男にクエストアイコンが発生して受領の是非を問うウインドウが出現する。迷わず《YES》を押下すると、先の笑い声の途絶えた寂しげな声で告げられる。


「……剣なんざ、もう見たかねぇ………それを欲しがってるアンタの馬鹿面もな………とっとと失せなよ………」


 項垂れつつも追い払うように手の甲を数回ひらつかせ、男はそれ以降は完全に無言となる。
 どうやら《話題の共有できない相手》であると認識されたようだが、ここで機嫌を取るわけにもいかないので退散することに。マップを頼りに大通りまで戻ると、すでに日は沈んだことで夜の帳が降りていた。ヒヨリとティルネルが同行していたならば一旦引き上げていたところだが、俺だけともなればそんな制約は無いに等しい。何に構うことなく目抜き通りを北へ進み、どこか寂しげな森を抜ける。
 この辺りであればModに頼らずとも隠れ率を損なうことなく隠蔽スキルを行使できる。おまけに装備の色調も暗色系に統一されていることから夜間や暗所においては更に隠れ率にプラス補正を受け、この界隈で活動するプレイヤーであれば感知すら困難であろう。最前線の隠しダンジョンを偵察していれば、この程度はザルに等しいというのも事実だ。何に迫られるでもないが、このままダンジョンに直行してしまおうかと考えた矢先、やや離れたところから剣戟の音が耳に届く。
 反射的に音源の方角を向くものの、森という見通しの悪い地形では状況が把握できない。もし仮にプレイヤーがモンスターと戦闘を行っているのだとしても、剣戟の音が疎らに響いてくるということから察するにプレイヤーは少数であると思われる。劣勢にせよ優勢にせよ、どちらにしても見過ごした結果死んでしまったとあっては寝醒めも悪いというものだし、他のプレイヤーに知られていないからこそ業物は逃げないだろう。ともなれば、急行あるのみ。森を駆け抜けて音源へと向かうと、そこには俺が予想した中で最悪に最も近い光景があった。

 一人の盾持ち片手剣のプレイヤーが、五匹の緑の肌の亜人――――ゴブリンに囲まれていたのである。
 じりじりと追い詰められるプレイヤーを、下卑た笑みを浮かべつつ粗製の得物を手ににじり寄る構図は、目の当たりにしてしまっては看過できないものだ。レベリングの最中で獲物をかっさらうわけでもないと胸中で言い張り、腰に差していた片手剣《ソロースコール》を抜き放ち、地面を蹴り飛ばした。


「ゼァァッ!!」


 三歩で間合いを捉え、逆手持ち《バーチカル》特有の刃を突き立てるように振り降ろす刺突が、一番手前のゴブリンの肩口を穿ち、胴を突き抜いた。深々と我が身を貫いた刀身を何事か理解できずに一瞥くれた頃にはHPが全損し、ゴブリンはポリゴン片となって四散する。


「おい、アンタ。危なかったらコレを使っておいてくれ」


 懐からティルネル謹製のポーションを放って渡すとゴブリンは皆一様に俺に牙を剥く。
 仲間思いであることは良い事だ。仇を討たんとヘイトをこちらに向けてくれれば、守る者に気兼ねなく立ち回れるのだから。
 しかし、そんな義勇溢れるゴブリンも実際のところは獣じみた金切り声を張り上げ、単調に突進を敢行してくるだけなのだが、だからこそやりやすいというものか。ゴブリン自体は階層に相応しいステータスと数的有利でプレイヤーを圧倒するタイプのモンスター。個人的にはここより下層のエルフの連携が強敵であったように思えるが、この際優劣は横に放るとしよう。今やるべきはゴブリン退治だ。

 ………とはいえ、最前線から十六も下の層のモンスターに苦戦することもなく、淡々と殲滅を済ませる。最後のゴブリンを一閃の下に降して愛剣を鞘に納めると、窮地に遭ったプレイヤーに視線が向いた。別にHPが回復すれば逃げ帰っても咎めることはないのだが、随分と義理堅い性格のようだ。


「………貴方、攻略組なの?」
「あ、ええ、まぁ………はい」
「……ぷっ、ぷくくっ……!」


 問われた声は女性。ローブのおかげで顔なんか判然としなかったが、ヒヨリやクーネのような同年代の類いではなく、どこか落ち着きのある成熟した声だ。どうやらそれなりに年上の方らしいが、それを意識してしまうと恐縮してしまう。何しろ明確に年上の相手だ。これまでSAOでは接触しなかったようなカテゴリーの相手に接し方で躓いていると、突如として女性は腹を抱えて笑い出したのである。


「え、あ……どうなさいました!?」
「ご、ごめんなさいね。あんなに強いのに、やっぱり見た目通りの男の子だったから安心しちゃって……ホントに悪気はないのよ?」


 見た目通りとはどういう意味だろうか。詳細な説明を要求したいところだが、この場に留まっていてもモンスターの湧出が発生するだけだ。おまけに夜間ともなればモンスターも多く湧くし、パラメータも変化する。彼女の為にも一度はラーベルグに戻すべきだろう。手持ちに転移結晶でもあれば持たせたいところだが、生憎と品切れだ。こうなれば同伴する他ないだろう。


「………とりあえず、一旦主街区へ戻りましょう。夜間の狩りは危ないからお送りします」
「ありがとう。嬉しいわ」
「では、行きますよ」
「………あ、ちょっとだけ待って!」


 先を行こうと一歩踏み出すと同時、呼び止められたことでたたらを踏みそうになるのをSTR値で堪え、努めて平静を装って振り向くと、女性プレイヤーはフードを外してこちらを見つめていた。短い髪を後ろで結んだ彼女は、やはり俺の知り合いにはいない年齢層に属するらしい。それでもたおやかな美しさを湛えた彼女は一切のブレもなくこちらを凝視してくるのである。
 何をされるものかと手に汗を握っていた俺の警戒に反して、女性はにっこりと笑みを作る。


「助けて貰ったのに命の恩人の名前も知らないなんて、ちょっと失礼かなって思って……良かったら、教えてくれるかな?」


――――自己紹介。
 実に忌々しい響きの言葉であるが、今日は奇跡的にヒヨリは不在だ。
 つまり、今宵を以て俺の宿願が、その第一歩がここに達成せしめられることとなる。なんと喜ばしいことだろうか。


「俺はスレイド、片手剣士(ソードマン)です」
「スレイド君、って言うんだ。助けてくれてありがとう………それと、普段通りに話してくれれば良いわ。私も気を遣っちゃいそうだし、貴方も楽でしょう?」
「いや、まあ………分かった」
「うん、よろしい!」


 始めて横槍を入れられずに完遂した自己紹介に不思議な達成感を覚えつつ、無為な敬語は不要との申し出に覚束ないながらに肯んじると、女性は満足そうに一つ頷く。
 しかし、自己紹介とは自分だけが相手に名を教えて終える者ではない。相手に名を伝え、そして相手の名を知る為の儀式なのだから。







「――――私はグリセルダ、貴方と同じ剣士よ。よろしくね」 
 

 
後書き
第二部始動、グリセルダさん登場回。


《月夜の黒猫団》全滅から三ヶ月後、《背教者ニコラス》との戦いから三ヶ月前にあたる時系列となり、既に別所にて公開されたクーネ達のギルド《片翼の戦乙女》の成熟期に差し掛かる過渡期でもあります。クーネ達については地味に進捗の目処がたっているので、ギルド内の体制が整うまでの大詰めの段階というところでしょうか。彼女達にも知られざる戦いがあったのです。
この章に補足するならば、今回は上記の理由でヒヨリやティル姉やクーネ達は登場しません。多分ですがアルゴも出ません。スレイドのDEBANですね。自己紹介だけでこれほど有頂天になれる彼は底が浅いのか、不遇すぎたのか、正直良く分かりませんが頑張っていきたいと思います。

さて、今回は後書きで取り上げることが無いので、このあたりで失礼します。
次回の更新も可能な限り早めにしたいところですね。



ではまたノシ 
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