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彼に似た星空

作者:おかぴ1129
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5.出発

 ここから提督の生まれ故郷までの行き方をものすごくざっくりと要約すると、まずは船に乗って海を渡り、提督の故郷に一番近い港町を目指す。港町に到着したら次は地元のローカル鉄道に乗って約半日。その後到着した駅からバスに乗って数時間…という具合だった。飛行機という選択肢もあったわけだが、私達艦娘が深海棲艦と必死に戦った結果、こうやってある程度の制海権を取り返すことが出来た実感が欲しくて、私はわざわざ時間が余計にかかる船旅を選んだ。

 電算室で青葉に提督の故郷を調べてもらった数日後、私と霧島は艦娘としての任務を終え、人間としての生活をスタートさせた。その日のうちに私たちは海軍が事前に準備してくれていた新しい住居に引っ越しをし、部屋を作り上げて、新生活の準備を整えた。

 その後私は、次の日に控えていた提督の生まれ故郷に向かう旅の準備を始めた。と言っても、必要な準備というのがそれほどあるわけでもなく…準備らしい準備といえば、明日着ていく服ぐらいだった。以前に提督から『似合ってる』と褒めてもらえたワンピース。提督の生まれ故郷にはこれを着ていくと、それこそ提督が生きている時から決めていた。今の季節は夏。本当はあの日着ていたアーミージャケットも着て行きたかったのだが、やはり今の季節にアーミージャケットは暑い。彼には申し訳なかったが、アーミージャケットは諦めて、ワンピースだけにすることにした。

 港に到着したあと、私はチケットを購入して乗り場に急いだ。購入の際に事務員から身分証明の提示を求められ、先日海軍から支給された『人間としての身分証明』を見せたところ、

「あぁ…元艦娘の方でしたか。海を守っていただいたこと、感謝しております」

 と感謝されたのが印象的だった。

「うー…乗り場はドコですカー…分からないデース…水上電探にも感無しデース…」

 事務員が教えてくれた通りの場所に来たのに、それらしき船の乗り場はない…すでに艦娘ではないので当たり前だが、水上電探にも感はない。というか私にはすでに水上電探は装備されてないことを今思い出した。そんな基本的なことすら忘れてしまうほど動揺していた時だった。

「金剛お姉様! こっちですよ!!」

 なんだか懐かしくて、なんだか頼れる声が聞こえてきた。

「金剛さーん!! こっちこっちー!!」

 思春期後期にあたる女子高生の中でも、とりわけ人生を舐めてかかっているタイプ特有のニュアンスの声が聞こえ、この声もまた自分の知り合いの声であることに私は改めて安堵した。声のした方を振り向くとそこには、同じく艦娘をやめた霧島と鈴谷がいた。

「霧島ー! 鈴谷ー! 会いたかったデース!!」

 私は二人の元に向かった。自分でも気づかないうちに足早になってしまうほど心細くなっていたことを、私はその時初めて理解した。

 その後二人に導かれ、私はなんとかフェリーに乗ることが出来た。どうやら根本的に乗り場を間違えていたらしく、乗り場はチケット売り場を中心に見て、ちょうど反対側だった。霧島と鈴谷も、まさか私がチケット売り場の向こう側にまで迷いこんでいるとは思わなかったらしく、私を見つけた時は二人もかなり焦り始めていた頃らしい。

「いや…ハァー…なんとか間に合って…ハァー…よかったです…ハァー…」
「ホントだよ…まさか出だしからこんなことになるとは…ゼェ…」
「うう…姉の威厳、まるで無しデース……」

 甲板でひとしきり3人で息を整えた後、私は二人の服装に初めて気付いた。鈴谷はブラウンのジャケット、霧島はあの見慣れた巫女装束。二人共、艦娘の時の服そのままだった。

「今気付いたんデスけど…ゼハー…二人共…あの時のままの服…なんデスネ…ゼハー」
「鈴谷は、ゼェ…まぁ別にこのままでもゼェ…いいかなーって。この服には思い出がいっぱい詰まってるし…ゼェ…」
「私はほら…あの日にちょうど私の部屋が壊されて、服も全部無くなったしハァー…本当はお姉様が出発する前にお姉様と服を買いに行きたかったんですけど…ハァー…」
「oh…そ、それはちょっと悪いことをしたネー…」
「私も昨日の夜のうちにお姉様に言っておけばよかったですね…霧島の計算ミスでした」

 そういえば昨日の夜、私が今日に向けて自分の服を準備していた時に、一緒に住む霧島は何か言いたそうな顔をしていた。結局何か言おうとしたところで霧島の携帯が鳴り、何も話せなかったけれど…霧島はこの話をしたかったということを、私はやっと理解した。

「んじゃ霧島、あっちに着いたら、まず霧島の服を買うデース! それでいいデスカ?」
「よろしいんですか?」
「いいに決まってるネー! 何も気が付かなかった姉の罪滅ぼしと思えばいいデース!!」
「ありがとうございますお姉様!!」

 本当に嬉しそうな顔をする霧島を見て、やはり霧島は私達4人の中では一番年下ながら、一番落ち着いた性格をしているんだなぁと私は思った。たとえばこれが、あの比叡なら…

『ひぇえ〜!! お、お姉様!! 私、服がありませんッ……?!!』
『よほぉおおおおおい! お姉様とショッピングだぁあああああ!!』

 と大騒ぎして私に抱きついていただろう。そして、フとそんなことを思い出し、自らの心にこうやってダメージを与えているあたり、私はまだあの日のことを引きずっているといえる。

「ちょっと霧島さん、あれあれ」
「ああ、そうだった忘れてました…」

 鈴谷にそう促され、霧島は自分のスポーツバッグから一本の水筒を取り出した。

「金剛お姉様、これからティータイムをしませんか? 紅茶は準備してあります」
「これからデスカ?」
「海の上でティータイムなんて洒落てるじゃん? 金剛さんが入れた紅茶も美味しいけど、この紅茶はちょっと特別製だよ?」

 鈴谷がそう言い終わる頃、霧島が水筒から紅茶をカップに注ぎ、私に渡してくれた。紅茶の素晴らしい香りが私の鼻腔をくすぐり、潮風と相まってなんだか心地よい気分になり、体中がリラックスしていくのを感じた。

 一口だけ口につけてみた。なるほど。これはいくつかの茶葉がブレンドされている。

「んん〜…これは中々美味しいデスネ〜…あれ?」

 思い当たる節があって、私はつい霧島の顔を見た。淹れる人の好みによってまったく配合が異なるはずの茶葉のブレンドと紅茶の濃さだが、私はこのブレンドを知っている。この濃さと味には心当たりがある。霧島は、優しい微笑みで私に教えてくれた。

「お姉様。この紅茶を淹れてくれたのは、五月雨ちゃんです」
「やっぱり…五月雨なんデスネ」
「お菓子もありますよ。五月雨ちゃんお手製のショートブレッドです」
 
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