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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第2.5章 出会いと再会は唐突に
  第35話 またいずれ……

 場に流れるのは、極限の緊張感。ただ、その場にいるのは1人だけ。……だが、何かを感じる。

 直ぐ傍に、強大な何か(・・)がいる。


「(相手は間違いなく強い。まだ、姿を現してなく、見てもいないのに、感じる(・・・)。……生半可な、攻撃は無意味だな)」

 ユーリは、忍者刀を腰に挿し、姿勢を低くして長剣の方の柄を握り締めた。


 完全に、抜刀術の構えを取った。
 
 この構えから繰り出される剣技が 最も早い。即ち最速の剣技。
 Lv2の技量を如何なく発揮する自分の中では極限の境地のひとつだ。

 それは、一般的な強さのLvの差は、まるで意味を成さない。
 何故ならば、いくら、Lvの差が10であろうと、20であろうと、……極論すれば、例え100であろうと、その身体の急所に絶命しうる一撃を入れれば倒れる。つまりは必殺の一撃。

 今迫り来る相手は、恐らくは、才能限界値、現在の才能技能では 自分は遥かに劣っているとユーリは推察、肌で感じた。

 ならば、レンジャー、つまり忍者や暗殺者が良く使う≪暗殺の知識≫に酷似している力を使う。

 大事なのは才能限界、現在才能技能Lvより、自分の剣技、経験と技量の差でもあるのだ。

 そして、何よりも最後は、覚悟。……即ち、強敵に向かうだけの勇気だけだ。

「………」

 そして、ユーリは目を閉じた。あえて五感の1つを縛った。

 敵は見えない。見える位置にはいない。だが、相手は自分に攻撃を仕掛けられる距離にいる事は間違いない。
 視覚では捉えられないので、あれば、意味を成さない五感の1つ≪視覚≫を捨てよう。視覚を縛り、そして、気配で相手を見つける。

 攻撃の瞬間は、絶対に気配はするものだから。その一瞬の殺気でユーリは気づき、攻撃を避ける事が出来たのだから。




 ユーリが抜刀の構えを取っていたその時だった。

「(……怖い、ね。まさかコレほどまでの実力を持った人間が、こんな所に いるなんて思わなかったな)」

 まるで、別の空間にいるような風景の中で、その者はユーリの姿を見定めていた。
 今、目の前の男は別の空間にいる。……この空間からでは、全てが止まって見えるのだ。それなのに、極限までに 集中しているのが、その迫力が、空間を超えて伝わってくる程までだった。つまり。

「(今 姿を見せたら、接近したら……、斬られる、な。まるで、予知が出来る様になったみたいだ。接近戦するならこちらとしても覚悟を決めた方が良さそうだ。でも……)」

 相手はそう思わせるには十分の迫力と気迫だった。

 確かに相手は 人間。
 格下だと思えるのだが、それでも。無傷では済まされないだろうと言う事も悟れた。自分の力を過信しないし、相手の事も過小評価はしない。そして、無傷じゃすまない、或いは致命的な一撃を受けるかもしれない。 ……だけど、この者にも、譲れないものもあるのだ。決して譲れない一線があるのだ。

「自分が傷つくくらい何でもない。……あたしの同胞を殺させるよりは、何倍もマシってね!」

 額の赤い石がまるで光り輝いているかのように赤く輝くと、肩に備え付けていた鋼鉄の腕、《マニュピレーター》が妖しく動く。

「雷神雷光!」

 その者が、同じ空間に、ユーリと同じ空間に姿を現した瞬間、計4本ある腕が天へと伸びた。
 その後、1秒にも満たない時間で先ほどの雷撃の10倍、15倍……判らない程の雷撃が降り注いできたのだ。雷の雨、とも呼べる凶悪な魔法。

「避けられるか!?」

 轟きわたる雷。
 全てを飲み込む勢いで、ユーリの四方八方へと降り注いだ。

「………」

 だが、それでもユーリはまだ動かない。
 もう、自分の周囲に雷が落ち続けているのに。まるで、落ちる場所があらかじめ判っていたかの様に、直撃はまだしないと判っていたかの様に。

「コイツ……ッ(何て集中力……!)」

 今撃ち放ったのは、広範囲の雷撃による殲滅魔法だ。
 複数の相手をするのなら絶大な威力を発揮するのもだが、相手は1人。逃げ場を奪う、冷静さを欠けさすには遺憾なく威力を発揮するが、正確性は著しく損なうだろう。だが、それでも迫る雷を見切り、その雷速を反応できるよう人間は有り得ない。……そんな事が出来るなんて、有り得ない筈なのに……。
 
 徐々にユーリの身体に掠める雷撃。幾ら正確性に欠けるとは言っても、それを余って補うのが雷撃の数だ。ついにはユーリの頭上に降り注いだ。

 その瞬間、ユーリは目を見開く。天に向かって斬撃を撃ち放った。

「煉獄・斬魔」

 光を纏った居合いの一撃。

 その一撃は、降り注ぐ雷撃を、断絶し周囲に四散させた。一撃だけじゃない。次々に降り注ぐ雷撃の全てを、かの男に迫る無数の雷の雨を、瞬く間に切り伏せ、四散させていた。
 弾かれた雷が、周囲で暴れまわる。いや、まるで、雷が怖がっているかの様に、怯えているかの様に周囲へと散らり、消えていった。

「……なっ!?」

 目を……見開いていた。

 相手は≪魔法を斬った≫のだ。

 魔法と言うものは、基本的に戦士にとっては、避けるという概念は存在せず、詠唱を、発動を防げ無かったら必ず直撃を受けるといわれているものだ。そう、戦士には防ぐ事は叶わない。対処する方法があるとすれば、同じ魔法使いの援護、或いは自らの身体で堪えるしかない。それが今までの、これまでの常識だ。

 魔には魔、剣には剣。……それは、幾百年経とうが変わらない。

 だが……、その常識を、今一蹴された。


 襲撃者は、驚き立ち尽くしているのだが、ユーリには、決して余裕はない。

「っ――……、コレほどまでか」

 ユーリは、剣を握っている右手が震えている事に気がついた。その振るえを左手で抑える様につかむ。

 魔法と言うのは、実体が無い。
 故に斬るとき重さなど感じるはずも無いし、そもそも斬れる様なものでもない。だが、ユーリはそれを斬る事が出きる。

 嘗て、戦ったマリアとの一戦の時もそうだ。

 彼女の最大の攻撃魔法を打ち消した。あれは ユーリの持つ技能と剣撃の合わせ技である。

 そして、雷の魔法は、威力そのものよりも速度に特化している魔法だ。だから、防ぐにはこの居合の速度と、魔を打ち消す力。それしか無い。極限まで集中し、雷撃に負けない速度、抜刀術の速さ切り伏せる方法しかない。
 そして、その魔法の《重さ》は使い手の技量に比例する。この威力は、これまでとは明らかに違ったのだ。

「ちっ……」

 ユーリは、ついに剣を持てなくなり、地面に落としていた。
 それを確認した相手は、ゆっくりとした動作でユーリの前にまでやってくる。どうやら 驚愕していたであろう相手も、体勢を完全に立て直していた様だ。

「驚いた……。魔法は撃つ前に防がれた事とかは、結構あるけど、……撃っても耐えられた事も結構あるけど、まさか正面から斬り伏せられたのは初めての経験だ」

 雷撃によって、周囲の大地が悲鳴を上げ 辺りを土煙で覆っていた。
 その言葉と共に、土煙が晴れ、術者が出てきたのをユーリは視認した。

「こっちも、な。……まさか、何も無い空間から突然現れるなんて。魔法を撃たれるなんて。……そんなのは初めてだ。……成る程、攻撃を直前まで感じられないわけだ」

 ユーリは、あの広範囲の魔法を放たれた時に気づいた。……集中し、気配を探っていた時だ。

 魔法の発動と、その気配が現れたのは殆ど、いや全くの同時だ。攻撃に移る際には、こちら側に戻ってこなければならないのだろう。……そして、向こう側で既に詠唱を終えているから即座に撃てる。

 それは 素早い動きではない。突然現れたのだ。

 つまりは、瞬間移動。

 以前に会った悪魔。突然場に現れた悪魔の光景に似ているがそれとは違う。

 技能はLv2を遥かに越えの魔法使い。魔法技能Lv3の使い手だと言う事を悟った。伝説級の相手なのだということを。

「コレほどまでの大物が相手だとはな……、オレは運が良いのかも知れない」
「へぇ……、この状況で、そこまで言えるんだな。……笑えるんだな」

 武器を落としてしまい、無手。……絶望的な状況だと言うのに、ユーリは笑っていた。
 それを見て、現れた襲撃者もまた、不敵に笑みを見せていた。

「滅多に無い機会……だろう? 伝説級の力を持つ者と対峙するなんてな」
「ぷっ……はははは!」

 予想もしない返答に、堪えきれなくなり、笑みを見せる。ではなく、完全に声に出して、笑ってしまっていた。

「あたしの力を判ってて、そこまで言い切るんだな。……言い切れるだけのモノは持っている様だ。《警戒》《覚悟》そして、《自信》。その3つが、2・3・5の割合で、混じってる。本当に優秀な戦士の構図だね。……ただ、それだけに残念だよ」

 首をゆっくりと左右に振りながらそう言う。ユーリは言っている意味が判らなかった。

「残念……?」
「そうさ」

 首を左右に振った後、答えてくれる。……勿論、口でだけじゃない。

「……アンタの様な男が、外道だったって事が……だ!」
「ッ!!」

 4本の腕から迸る光。
《ライトニングレーザー》が、それも4本の光の中級魔法がユーリを襲った。無詠唱で撃ち放つ魔法。ユーリは、横へと跳躍し、全てを躱す事が出来た。追尾するタイプの魔法ではない為、避ける事はできたようだ。
 そして、勿論その躱したと言う事実を見て再び驚く。魔法を斬った時点で もう 驚く事はない、と思っていたのに。

「避けた。それもこの距離で……、普通、魔法って避けれるもんじゃないんだけどね」
「知っている。……だが、オレは慣れてるからな。魔法には……」

 ユーリはゆっくりと、顔を上げ この時初めて、完全に敵の姿を視認した。

 黒い髪にそして額には赤く輝くクリスタル。

 両の肩には異形の腕が付いており、まるで腕が四本あるようにも見える。その腕が魔法の補佐をしているようだ。だからこそ、あれほどの雷撃の魔法を撃つ事ができるんだろう。

「黒髪のカラー」

 ユーリは、そう呟いていた。
 追先ほど、カラーたちを攫っていた男達の内の1人が言っていた存在だ。

「さて、あいつらを何処へやったんだ? ……どうせ、お前の仲間がどっかに連れてったんだと思うけど、早く口を割った方が良いよ。正直、あんた程の使い手を殺すのは惜しい」

 腕を組みながら、そう言う黒髪のカラー。ユーリは、そのカラーが攻撃態勢こそは解いてはいないが、『惜しい』と言うのは、本心である事が判った。恐らくだが、カラーを差し出せば、と取引をするつもりで言っているであろう事も理解出来た。 ……生かすかどうかまでは判らないが。

 それでも、ユーリは首を振る。

「口を割るとでも思うか……? 随分と見縊られたものだ」
「いや、そうでもないさ。見縊ってもないし、口を割るとも思っちゃいないよ。……ただ、『言って欲しかった』 って言うのが、あたしの本音だな。……でも、それ程の強い意志を持ってる癖に、何でそっち方向に力を入れるのかねぇ……」

 黒髪のカラーは 軽くため息をしながらそう言っていた。

「……何を言ってるのか知らんが、オレとしてもがっかりだ」

 ユーリは、その姿を、黒髪のカラーを見た時から、感じていた。 

「何?」
「アンタも、カラーなんだろう。……あいつ等と同じ、カラー同士だ。……なのに、なぜ彼女達を襲う? 確かに、アンタも知っている筈だが、カラーの持つ額の《クリスタル》は、貴重なアイテムとなる。魔法を使う者なら、喉から手が出る程、欲しいのが実情らしい。だが……、それを手に入れる為の代償が彼女達の命だ。そして、カラーは悲しい過去を背負っている。今も、続いている。……そんな同胞達を手にかけるのか?」
「何っ?」

 ユーリは、もう笑みを見せなくなった。目は、釣り上がり……鋭さが増した。

「お前は、同胞達の命を奪うのか。……そうまでして、あのクリスタルが欲しいのか」

 言葉の1つ1つを言う度に、剣の柄を握る力が増してくる。

 この相手は、黒髪のカラーは間違いなく強い。あの男達が秘密裏に行動をしなければならないと言うのが理解出来る。
 そして、ここ最近の戦いの中でも、文句なしのトップクラスだ。

 だが、それでも負ける気は無い。そして、逃げる筈も無い。

 まだ、しなければならない事がまだあるのだから。まだ見ぬ未来へと行く為に。

 そして、出会った彼女(カラー)達の未来の為にも。

「……ちょっとまっt「煉獄!!」ぐっ!!」

 黒髪のカラーは、たじろいでしまった。
 ユーリの剣から迸る明確な殺気が、まだ剣で攻撃をしてきていないと言うのに、襲い掛かってきたのだ。
 ドス黒い感情が形を成して、襲い掛かってくる。それは、剣に留まらず、まるで全身を覆っていくようだった。

 それを、覚悟もなく受けてしまった為、溜まらず黒髪のカラーは、間合いを普段の倍以上に取った。いや……取らされた。 もしも、後ほんの一寸距離が近ければ 別空間へと逃げていただろうと思える。退けない理由があるのにも関わらずにだ。

「(……これほどの殺気、ここ100年は、感じなかった。いや それ以前にも……、……殺気をここまで具現化できるのか!?)」

 流れた汗が、額の赤いクリスタルを伝わり、目の中へと入ってくる。それでも、決して反らせる訳にはいかない。……このその凄まじい殺気から、目を反らせる訳にはいかないのだ。

「(だが、それよりも!)」

 黒髪のカラーは、勘違いをしていたのに 今 気がついた。

 彼女は、ユーリと同じ気持ちだったのだ。

 奴隷商人に捕まっている同胞(カラー)がいると言う情報を得たからこそ、黒髪のカラー……、彼女は、ヘルマン中を探していた。そのクリスタルの性質上、捕らえたとしても直ぐには殺されない。だから、何としてでも探し当てるつもりだった。

 そこで見つけたのが、目の前の男、《ユーリ》だ。

 その周辺には血溜まりがあり、短剣をカラーの娘に向けていた。彼女には向けているように見えたのだ。 だから、即座に攻撃をしたんだ。抵抗をする彼女達を手にかけようとしていると思えたから。
 見つける事が出来た安堵感、そして 仲間の危機。それらが 彼女から冷静な判断力と言うものを、僅かながら奪っていたのだ。

 当然だが、彼女の考えを、ユーリが判る訳も無い。……発動をさせているから。凶悪な殺意を向けているのだから。

「……オレは、今までにも、外道は、下衆は、……何人も、何人も 見てきている。だがな、アンタの様な目を、してる下衆は見た事が無い。……罪悪感も何にも感じずに、いや 無感情に、仲間の命を奪えると言うのなら、……単なる下衆じゃない。無慈悲の化け物。……と言う事だろう」

 ユーリは、剣を構えた。迸る煉獄は 彼女が言う様にユーリの身体をも包み込む。

「……目には目を、だ。《羅「待ちなっ!! なんか、あたしら互いに誤解してる!」っ……?」

 ユーリはその言葉を聞いて僅かだが、殺気を鎮めた。

 冷静に、言葉を訊く。言葉の内容を理解することが出来るくらいまでにだ。だが 当然だが油断はできない。如何に格上の相手だといっても、油断をさせて攻撃をしてくると言う可能性も大いにあるからだ。


 そして、その時だった。


「お兄ちゃんっ!!」
「お待ちください!!」


 この修羅の場に、新たな来訪者が現れた。それは、うし車で逃げた筈のイージス、そしてヒトミががいつの間にか戻って来ていたのだ。

「ッ! 馬鹿野郎! 何故、戻ってきたんだ!」

 ユーリは、それを見て驚き、声を荒らげた。もしも、人質でも取られてしまえば、いや違う。……狙いを変えられでもすれば、守る事が出来ないと思えるからだ。だが、その心配も、杞憂だと言う事が告げられる。

「違う、訊いてくれユーリ! その御方は、私達の敵ではない」
「お兄ちゃん! 無事なのっ!!」

 ヒトミは、煉獄に包まれていると言うのに、ヒトミに向けられている訳ではないが、その殺意のオーラの中にいるユーリに、躊躇などせずに、抱きついた。信頼をしているから、ユーリの事が大好きな彼女だからこそ、出来る芸当だろう。

 ヒトミはユーリがこの場所に1人で残った事を知らなかったんだ。囚われ、戦えないカラー達をユーリに言われたとおり、1つのうし車に集めていた時だ。突然、うし車が走り出した。そして、そこにはユーリの姿は無かった。

 逃げたのは、馬車の中にいるカラーの皆と、外ではユーリと一緒に戦っていた2人だけだった。

 その理由を訊いたヒトミは、手綱を握っているイージスに『ユーリの所に戻る』と、言ってきかなかった。危険だと言う事を何度伝えても、決して首を縦には振らなかった。

 そのヒトミの思いは、勿論イージスにも伝わっていた。

 助けてくれた恩人なのだから。人間だとかは関係ないから。
 だからこそ 護衛はサクラに任せ、1人はユーリの元へと向かう決心をつけていたのだ。

「ユーリ。その御方は、我らのカラーの森の村ペンシルカウの創始者。《始祖ハンティ・カラー様》です」

 黒髪のカラーの名前を告げたと同時に、ハンティの前に跪き、イージスは正式な作法で頭を下げた。

「……な、に?」

 ユーリは、状況が掴みきれないようだ。

 いきなり襲ってきた相手は、実は敵ではなく 先ほど助けたカラー達の祖と言える者らしい。
 なら、なぜ突然攻撃を? と頭の中が混濁し、完全に理解する事が出来なかった。少なくとも直ぐに理解するのは無理だった。ユーリの身に包んでいる煉獄が、阻んでいたのかもしれない。

「お、お兄ちゃんっ! ひどいよっ、私に何も言わずに、1人で、たった1人で残るなんてっ! しんぱい、しんぱいしたんだからねっ!!」

 ヒトミは、涙を浮かべながらユーリの胸の部分を両手でぽかぽかと叩いていた。そのヒトミの言葉が。胸に当たるヒトミの拳が、ユーリの身体に纏っていた煉獄を徐々に解いていく。

「あ、ああ。悪かった。状況が状況だったから何もいえなかったんだ」

 ユーリは、剣を下へと落とすと、ヒトミの頭を撫でた。

 正直な所、あの時は突然襲われた事、そして その相手が強大である事が重なり、早くカラー達を、ヒトミを逃がす事しか頭に無かったから。逃がそうとしていたヒトミに話す暇も無かったんだ。

「全く……お互いに勘違いをしてたって訳だ。でも、完全にこっちが悪い。……悪かった。いきなり攻撃して、アンタには礼を言わなきゃならない人だったのに」

 ハンティは頭を下げた。

 ユーリがヒトミと話をしている時に事の発端をイージスから聞いたようだ。捕まえていたのは軍の一部と言っていい。それも腐った一部だった。軍自体が動けば勘付く事が出来る。……だからこそ、何の関係の無い荒くれ者達を雇っていた様なのだ。

 それを止めてくれた、……そして、仲間たちを守ってくれたのが、目の前の彼だった。

 そして、彼が止めてくれてなかったら、どうなっていたか判らないだろう。

「いや……」

 ユーリはとりあえず、完全に戦闘態勢を解いた。一度、完全に相手に向けた殺気を納めるのは難しかったが、どうやら本当に誤解らしい。攫われていたカラーである、イージスが敬意を持って頭を下げている所を見た事でも、納得できていたのだ。

「それにしてもさっ。あんた、強いね~? 若い人間でそこまで強いヤツ、久しぶり見たよ」

 ニヤリと笑ってそう言っているハンティ。
 その声を訊いて、そして顔を見て先ほどまでのイメージが霧散していく。どうやら、かなり気さくな人物のようだ。
 ユーリは、戦闘態勢を解いただけでなく、身体から力を抜いた。

「オレもそうだ。ふぅ……、正直、あのまま やり合ってたら 負けてたのは確実にオレだな。……世界はまだまだ広い」

 ユーリは、そう言ってまだ昂る気を落ち着かせていた。そして、ハンティはそれを訊いて更に笑顔になる。

「はぁ? 何言ってるんだ? あんただって、負ける気なんてさらさら見せて無かった癖に。あたしの魔法を2度も防がれて、しかも不意打ちの魔法を、だよ? あたしだってやばかったんだ」
「そうか? オレには、ヤバイって思ってる顔には見えなかったがな」
「言葉、返す様だけど、そりゃアンタだって同じさ」

 互いにそう言い合うと……ハンティとユーリは最後には笑いあっていた。本気でぶつかり合ったからこそ……、奇妙な信頼に似たものが出来たようだった。




「こりゃ、本当に面白いヤツだね。改めて自己紹介しようか、あたしはハンティって言うんだ。堅苦しい感じがするけど、一応 ヘルマンの評議員やってる。殆ど、幽霊員みたいなもんだけどね」
「オレはユーリだ。ユーリ・ローランド。自由都市のアイスの町のギルドに所属してる冒険者だよ」
「へぇ……あんた程の腕の持ち主が一介の冒険者なのか。宝の持ち腐れじゃない?」
「随分と評価してくれてるみたいだな……、そんな事は無いさ。オレ以上の者なんて世界には幾らでもいるだろう? 確か、ヘルマンなら、人類最強と称されている男がいたはずだが?」
「ああ、勿論いるよ。あたしの友達だ。……確かに、アイツも確かに強い、でも、アンタなら渡り合えそうだって思えるけどね? ここ最近の軍には、ぱっとする奴、いないけど」

 ニヤリと笑ってそう言うハンティ。

「買被りだって言いたいが……、一戦、戦れる機会があるのなら、その時は楽しみたいものだ」
「はは、あたしん時もそうだったけど、清々しいまでの戦闘狂って事だね?」
「そこまでじゃないと言いたいが……最近は否定を出来なくなってしまっているな。が、ハンティもそうじゃないのか?」
「キシシ。時と場合、だよ」

 ユーリはそう言うと頭を掻いていた。ハンティは、一頻り笑うと ユーリの傍で、ユーリの影に隠れる様にしているヒトミを見て、屈み目を見た。

「そっちのおチビちゃんも、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。何もしないから。寧ろ、礼を言わせてくれないかな? あたしの仲間達を守ってくれてありがとう」
「………」

 ヒトミは、何も答えなかった。イージスが大丈夫だといっても、ユーリと話しているのを見ても、ユーリに刃を向けたのは間違いないから。完全に信用するのは、難しい様だ。

「ヒトミ。大丈夫だ。このひとは大丈夫」
「うん……」

 なかなか心を許せなかったヒトミだったが、ユーリの言葉を聞いてゆっくりと、ハンティの方を見た。
 そして、ハンティはある事に気がつき目を丸くさせていた。ヒトミの姿を見てだ。彼女は慌てて出てきたのだろう。帽子が脱げていて、今はうし車の中にある。その大きな耳が顕になる。……彼女の顔も完全に。

「……こりゃ、また驚いた。あん……ユーリ、そのコ、幸福きゃんきゃんじゃん」
「ああ。最近知り合ったんだ。マルグリッド迷宮でな。手は出さないでくれよ?」
「出すわけ無いって、言っただろう? あんた達はイージス達の恩人なんだから。それにしても、随分と好かれてるみたいだね。ここまで モンスターに好かれてる人間は魔物使い以外で初めてだよ。幾らきゃんきゃんとは言ってもさ?」
「オレと出会って初めてだって事が多いな。……だが、お互い様だ」
「確かにね」

 再びユーリと笑い合っているハンティを見て、ヒトミはおずおずとさせながらも、ハンティの前に立つ。勇気を出して、訊いたのだ。

「その……お姉ちゃんは 皆に、お兄ちゃんに、ひどいこと……しない?」
「……勿論。誓うよ」
「なら……良いよっ!」

 それを確認すると、ヒトミは漸く笑顔を見せる事が出来た。
 ハンティの目を、表情を見て信じられると思ったようだ。それは、ユーリが言ってくれた事と、ユーリと笑い合っている事、そして、自分が幸福きゃんきゃんだと言う事を知って、攻撃をしてこなかった事もあるだろう。

「さて、イージスたちをペンシルカウまで送らないとね」
「オレも付き合う。ハンティとは色々と話してみたい事が多いからな」
「おっ、奇遇だね~。あたしもさ。例えば……」

 ハンティは、指差した。その先にあるのは剣だった。

「剣で魔法を斬るなんて芸当……あたしは長く生きてるけど、見た事無くてね」
「そうか? 大した事はしてないぞ。ただ、魔法が迫ってきた瞬間に斬っただけだ」
「はは……簡単に言ってくれるね。そんな事が可能かどうかは置いといて、基本的に魔法って言うのは避ける概念なんて無いはずなんだけど……、ユーリを見て覆された気分だよ」
「……魔法使いが最強だと思ってたか?」
「そりゃ状況によるだろう? 適材適所ってヤツさ」
「まぁ……確かに それに、さっきの芸当だって相手がハンティ1人だったから集中できたし、集中してたからこそ出来たんだ。乱戦だったら幾らなんでも無理だ」
「ま、そりゃそうだね。そんな乱戦みたいな状況でも出来たらあたしゃ、ユーリを人間とは認めないよ」
「それは、随分手厳しいな」

 ハンティは笑いながらそう言っているけど 内心は改めて先ほどの戦闘を思い出して心底驚いているんだ。幾ら1対1の状況だったとは言え、生半可な集中力じゃ、いや……普通ならそんな事は出来ない。できるのなら、直ぐにその技術が確立されて、対魔法使い技術として各国に浸透していってもおかしくない。
 この長い年月、今まで生きてきてそんな技術は見た事が無かったんだ。

 目の前に男はそれを体現している。
 才能レベル的には自分より遥かに下だと思うが、そんなものでは計れない強さを持っていると直感した。

「さ、イージス。他の皆は何処にいるんだい?」
「はい。リッチの町付近で身を隠している筈です」
「ん、了解。あたしも付いてくけどいい?」
「ありがとうございます。始祖様」

 ハンティも、皆と一緒についていく事になり、一先ず リッチの町へと一行は向かっていった。

 道中に襲撃が少なからずあるのでは無いかと思ったが、黒髪のカラーの存在はヘルマン王国ではかなり名が轟いている様なのだ。恥ずかしながら、ユーリは黒髪のカラーの事は知らなかったのだが。盗賊の類には何度か遭遇したが、戦意が合ったのは最初だけで、直ぐに彼女を見て戦意を失った。

「へぇ……これは随分と楽だな。送ると言っていた当初は、そこそこは大変だと思ってたけど」
「何言ってんだか……、そこらへんの盗賊なんか、あんたの相手になるのかいっての」
「まぁ……、そう言われればそうだが、それは 体力の問題もあるだろ」
「ま、数が確かにいればそうかもしれないね。あ、そうだ」

 ハンティは何かを思い出したように人差し指を上に向けた。

「そう言えば、戦ってる時も思ったが。ユーリはそのフード外さないのか? 視界が狭まって、集中力の妨げになるんじゃないか?」
「………」

 結局何処に言っても言われる事は同じなのである。
 
 まるで性質の悪い呪いのようだとユーリは思っていた。
 そんなユーリを見てヒトミは苦笑いをして、ハンティに伝えていた。ハンティは、その理由が判るにつれて、どんどん顔が嫌な笑顔へと変わっていっていた。

 どうやら、からかい甲斐があるとでも思われたようだ。……ユーリはそんな目をする人物を良く知っていたのだから。







~ヘルマン領 リッチの町近辺~


 カラーのメンバーが隠れている場所へと向かった。

 どうやら、何事も無く隠れられていたようだ。その場所に残り、護衛を勤めていたサクラが多少は警戒をしていたようだが、あの山道を越えてこちらまで追いかけてくるような連中はいなかったようだ。リッチの町からも、不信な人間も、来なかったとの事。

「本当にありがとね。ユーリ。皆無事なのは、あんたが助けてくれたおかげだ」
「何、オレ達は 偶々通りかかっただけだ。それに、彼女達に気づいたのはヒトミだ」
「えへへ……」

 ユーリはヒトミの頭を撫でると顔をふにゃりと緩ませていた。ハンティも腰を落として同じ目線に立つ。

「ありがとね。おチビちゃん」
「うんっ! でも、私、ヒトミだよっ! ちゃんとそう呼んでっ ハンティお姉ちゃんっ!」

 おチビと呼ばれて少し頬を膨らませていた。ハンティはそういわれて笑って。

「悪い悪い! あははは。ヒトミ、ありがとね?」
「うんっ!」

 ちゃんと名前を言われて、ヒトミは笑って喜んでいた。そして、うし車2台で二手に分かれて移動する事にした。しんがりの位置にハンティとユーリ、ヒトミ。先頭にイージスとサクラの構成。

 先頭としんがりと言ってもそんなに離れているわけでもないから、そこまで意味は無い。ただ、ハンティとユーリは互いに話したい事が多々あった為だ。

「さて……カラーの森をここからずっと西だからね。結構長旅になるよ」
「ん? そう言えばちょっとした疑問なんだが、ハンティは瞬間移動ができるんだろう? それを使えばあっという間なんじゃないのか? ……ああ、複数連れて行く事ができないとか?」
「いや……、できることはできるんだが、あれは制御が難しい魔法でね。あまり多用したくないし、あたし以外をあの空間に連れて行きたくないんだ。かなり危険だからね」

 ハンティは先ほどまで笑っていた姿から一変しそう説明する。

 確かに瞬間移動と言う魔法はこれまでに見た事の無い魔法だ。技能的に考えればLv3の魔法と言う事、だろう。

「……成程、はは それに良く考えたら、まともな魔法Lv3の使い手に会ったのって、初めてだな」
「それは褒められてるのかな?」
「まぁ……そうだな。オレが以前に会ったヤツは性能は確かに良いんだが……如何せんへっぽこ天然系だったから……」

 ユーリは苦笑いをしながら頭をかいていた。その表情を見たハンティは相当苦労した様なのを感じ取ったようで、笑っていた。


 

 そして更に数時間後。



「そうだったユーリ、あんたに攻撃しちゃったお詫びとカラーの皆を助けてくれた礼をしたいんだけど。何か、出来ることって、無いかな?」
「ん……別に構わない、っと言いたいが、そう言ってくれるなら少し良いか?」
「おっ? なんでも言ってくれよ」

 ユーリは少し考えてた後その願いを伝えた。

「魔法Lv3の力を……《見せて》貰いたい魔法があるんだが、構わないか?」
「ん? 良いよ。って言っても、覚えてる魔法しか使えないし、それに目立っちゃうから大規模なのは出来ないよ?」
「それは、わかってるって カラー達を乗せてるんだから」
「判ってるなら良し! それで、どんな魔法が見たいんだ?」
「《スリープ》と《幻覚魔法》かな」
「ん~、それくらいなら全然問題ないけど、別にあたしじゃなくても良くない? 魔法使いになれてるって言ってたし」

 ハンティは首を傾げていた。
 ユーリはLv3の使い手と言う事で聞いてきたのだと思っていたのだが、今上げた魔法は別にそこまで難易度が高い魔法じゃない。Lv1高くてLv2はあれば大丈夫だと思えるのだから。だが、当然ながらユーリには、理由がある。

「いや……、やはり 魔法だって、本人の基本性能に依存するからな」
「そりゃそうだ。良いよ。あ~、でもさ この2つの魔法は、基本的に相手がいないと、実演って意味じゃ出来ないよ」
「……そうだったな。ヒトミちょっと良いか?」

 ユーリが、ヒトミを呼んだと同時に、ヒトミは、びくっ! と身体を震わせていた。

「ぅえ!? お、お兄ちゃん、私を実験台にするつもりなんだっ!?!?」

 そう思ってしまうのも、無理はないだろう。ユーリは見たいから、受けたりはしないだろうから。ユーリは、軽く笑った。

「そこまであからさまに引かないでくれ……、これは 眠りの魔法だ。カラーの森までまだ 先は長いし眠っていた方が良いだろう? ヒトミは、頑張ってくれたんだからな」

 ユーリは、笑いながらそう言うと、ヒトミの頭を撫でた。

「むぅ~……ほんと? お兄ちゃんって女誑しだし! ああ、判ったっ! きっと、私の身体が目当てな“ぽかっ!”あぅっ」
「だからマセ過ぎだ。……でも、嫌なんだったら別に強制はしないよ」
「えへへ~、じょーだんだよ。だって、私、お兄ちゃんの事信じてるもん」

 ヒトミはそう言うと、ハンティの前にちょこんと座った。いつでも良いようだ。

「それじゃ、いくね」
「うん。あ、あと幻覚魔法だって 使ってくれても良いけど、怖いのは止めてね……?」
「判ってる判ってる。それに、そんなのしたら、ちびっちゃうよね?」
「ぶ~~~ハンティお姉ちゃんのイジワル……」
「キシシシ……、冗談冗談。それじゃ、良い夢を……“スリープ”」
「あ……ん……zzz」

 ハンティが手を翳してそう唱えると、ヒトミは瞬く間に瞼を閉じて意識を失っていた。かなり深い眠りに入ったのは見て判った。ユーリはぐらりと揺れて倒れこむヒトミを支えて、自分の膝に頭を置いた。丁度膝枕の要領に。

「そんでもって……、『げ~ん~か~く~……みえ~る~かん~じ~る~』」

 ハンティは、眠っているヒトミのおデコに手を当てた。すると……穏やかに眠っていた筈のヒトミの表情が徐々に変わっていく。

「ふ……ふふ~……おに……ちゃん……zzz」
「オレの幻覚を頭の中にか?」
「ああ、そうだよ。こうなったら夢を見せる魔法みたいだけど、こんな風な使い方もできるってね。おチビ……ヒトミには特別サービスしてあげた」

 ハンティは何処かいやらしく笑う。
 ユーリはいっている意味がいまいち判らなかったが……直ぐに理解出来た。

「見て~……zzz お兄ちゃ~ん……わたし、……良い身体……立派な……れでぃに~……zzz むにゃ」
「………」
「キシシ……、ほんっとおませさんだね」
「焚き付けないでくれ……」

 ユーリはやれやれとため息を吐いていた。
 そして、その後 ヒトミに備え付けの毛布を被せ、頭を撫でる。少し乱れてしまった鮮やかな緑の髪をすいてあげる。夢の中ではどんな事になっているのかわからないが、時折妖しく笑っているところを見ると……、随分年齢制限がアウトな夢を見ているようだった。


 更に数時間がたって。


「さてと、もうそろそろって所だね、ナガールモールの北側だ」

 ハンティは遠くに見える町を見つつそう言っていた。あと少し西へと進めば森に着く。そこから先は、人間も中々立ち入らない場所だから、そこまで警戒する必要もなくなる。

「ふぅ……とりあえず何事も無くて良かったな」
「だね。それより、さっきのユーリへのお礼の件だけど あんなんで良かったの?お礼って程の事でも無い気がするけど?ってか、あたしが礼してるなんて思えないし」
「ま、オレにとっては結構大事な事なんでな。その辺りは気にしないでくれ。ありがとう」
「ユーリがそう言うなら構わないけどね。でも、あたしの方がかなりありがとうなんだけど」

 ハンティはそう言うと笑ってユーリの肩を叩いた。

 
 その時だ。



“きぃぃぃぃぃぃ………。”



 あの(・・)現象が起きた。……世界が止まったのだ。

「(………なんだ?)」

 ハンティはユーリの肩を叩く、ユーリの肩に手を触れた瞬間に動かなくなってしまった。

「(この感じって……瞬間移動してる時のあれに似て……)」

 瞬間移動中の景色は全て止まっている。
 人間も動物もモンスターも木々のざわめきさえも全て。木から落ちる葉も空中で止まっている。その感じと全く同じ。違うのは、自分の意識はあるのに時が止まった感覚だと言う事だった。

『……まさか、こんな事も あるもの、なんだな』
「(っ……!?誰だッ!)」

 ハンティは声が突然して驚きを隠せなかった。聞こえてきた、と言うより頭の中に響いてきた感じだった。

『ハンティ・カラー……。ドラゴンの、娘』
「(な、なんでそれを……?)」
『あいつ等に否定され、存在そのものを消されてしまった悲しき種族の最後の生き残りよ……』

 頭の中に響いてくる声。……全てを知っている存在なのか?ハンティは頭の中で何度もそう思っていた。

『よく……今の今まで無事、だったな。……愛おしいドラゴンのカラーよ』
「(あんたは……誰だ?ユーリ……なのか?)」
『……今は知らなくても良い。知らなくて良い事だ……いずれ時が来れば、全てが判る。世界の全てが。お前が心底怖がっている者達との戦いの果てに』
「(ッッ!!)」

 ハンティは身体を震わせた。
 なんで、この≪声≫の主はそこまで知っているんだろう? 自分の事を知ってると言う事は……。

「(あんたは……私と同じ……? あの時代の……)」
『お前は、存在してはいけない生き物なんかじゃない。いつの時代もお前を必要としているからこそ、あの一瞬も、そして、この瞬間を生きていられたんだ』
「(それでも……あのデカイ存在の前にはあたしは無力だ)」
『ふ……ふふ。そう思うのも無理はないな。それだけの事を経験しているのだからな……、だが、今は立ち止まらず進め。真っ直ぐに只管進め……時代の流れに身を任せて。いずれ終わりが来る。……そう、必ず』
「(そ、それは一体……!?)」

 そう言われた瞬間。






「ッ!!!」

 世界が突然再び動き出した。
 ハンティは知らずうちに身体に相当力を入れていたようで、思わず前のめりに倒れてしまいそうだった。

「っと、大丈夫か? あの魔法は、そんなに魔力を使う魔法だったのか? 反動が来るのが遅い気もするが」

 ユーリがハンティの身体を支えた。
 その身体は、尋常じゃないくらい汗を掻いていたのだから、そう思っても仕方が無いだろう。

「い、いや……何でもない。何でも……」

 ハンティは改めてユーリを見た。さっきの声の主、声色こそ彼のものではないが、この場で該当するのは目の前の彼しかいない。天から見ている者の可能性も否定できないが。

「あんたは……ユーリはいったい……」
「ん?」

 ハンティがずっと顔を見て、視線を外さない事に気になったユーリは首を傾げた。

「どうしたんだ?」
「いや……」

 ハンティは何も言わず、何も聞かずに押し黙った。時が来れば判ると言っていたんだ。

 なら……待つとしよう。

 これまで、悠久の時を生きてきた中で、今回の出来事が最も気になる事だが……。今は≪あの声≫の通りにただ、前に進むんだと思っていた。確かに、あの声の主とユーリは関係あると思う。この状況では関係ある可能性が高いだろう。だが、今の彼が、何かを隠しているようにも見えないんだ。


「むにゃ……あ……おはよう……おにいちゃん……」

 その後、ヒトミは目を覚ました。
 眠ってから、幻覚をかけられていた事はすっかりと忘れてしまっているようだ。

「まぁ、そんなに長くかけてないからね。展開的にR-18指定設定だったし?」
「そんなもんを子供に見せるんじゃないって!」
「ん~~……」

 ヒトミが覚えていないのがせめてもの救いだろう。話しによれば、長くかけていればちゃんと覚えているとの事だ。……覚えておく必要があるとユーリは頭に入れていた。









~カラーの森 東ナガールモール口~



 このルドサラウム大陸の中央部、翔竜山を取り囲むように広がっている森。
 別名でクリスタルの森とも呼ばれ、カラー達の額の宝石を狙う侵入者が絶えない事からこの名前で呼ばれる事もある。そして、その森は一度迷うと二度と出られないと言われている。歴代女王達の大いなる力によって結界で守られているのだ。

「さて……、ここまで着たらもう大丈夫だよ。こっから先はこの娘らにとっては庭みたいなもんだ」

 ハンティはそう言うと同時に、カラーの娘達が一斉にうし車から降りてきた。皆横一列に綺麗に整列していた。

「そうだな?」
「はい。大丈夫です」
「本当にありがとうございました。始祖様、ユーリ様」
「何とお礼を言ったら良いか……」

 サクラとイージスが並んでユーリにそう言っていた。
 ハンティは、彼女達の隣でいるから必然的にそうなる。そして、13人のカラーの娘達もユーリの事は信頼したようで、出会った当初の様な表情は一切しなくなっていた。一人一人がユーリの事を心から信頼しているようだ。ハンティは彼女達を一頻り見た後に、ユーリの方を見る。

「いや~、あんたってやっぱ人間の中では別格の部類だね。人間を基本的に嫌ってるカラーの子達をこんなに しちゃうんだから」
「……なんだか、その言葉に悪意があるな。『しちゃう』ってなんだよ。人聞き悪い風に言うな」
「キシシ! 言葉の綾ってやつだよ。ま、気にしない気にしないってね」

 ハンティは、本当に楽しそうに笑っていた。
 カラーはいつどの時代でも狙われている種族だ。額のクリスタルが目当てであり、それを取ってしまえば、カラーは命を落とす。更に言うと、カラーの娘を犯せばクリスタルの輝きが赤から青へと変わる。月の満ち欠けのように変色していくのだ。
 
 そして、クリスタルの力は増していく。

 皮肉な事に陵辱されればされる程に増していくのだ。だからこそ、捕まったら大勢に輪姦されて最後には殺されてしまう。歴史上何度も繰り返されてきた事なのだ。

 だからこそ……、ユーリの様にカラーの信頼を得た人間は極稀なのだ。


「あ~後、オレの事を様付けで呼ぶのは止めてくれないか……、なんだか嫌なんでな。普通に呼び捨てで構わない」
「む、判った。では、私はユーリと呼ぼう」
「ん……私もイージスと同じく」
『私達はユーリさんと呼ばせてもらいます!!』

 イージスとサクラはユーリと、そして他のカラーの子達はさんを付けて呼ぶ事になった。ハンティはその光景を見て再び微笑んだ。自分もヘルマンに所属しているのだ。人間の国で暮らしているから人間の悪い部分は勿論良い部分だって知っている。
 ユーリは人間の良い部分だ。間違いない。そんな人間がひとりでもいる事を彼女達が知ってくれて嬉しく思っていた。

「ユーリさんなら、里に迎えても良いんじゃないかな?」
「あ、わたしも賛成っ! ユーリさん、格好可愛いし! 私……欲しい!」

 カラーの娘達何人かがそう言いあっている。信頼をしてくれたと言う意味では前半の言葉は嬉しいが後半の言葉はいらない。

「……コラ、聞こえてるぞ。誰が可愛いだ」
「あうっ……!」
「いたっ……!」

 ユーリは軽くカラーの娘達にゲンコツをした。ユーリがつけているフードの理由は、彼女たちは知っている。……このおしゃべりが瞬く間に言ってしまったからだ。

「キシシ!」
「全く……ハンティは弱みや秘密を握られちゃ不味い相手だって事か」
「違う違う、面白い話は共有しないとって事」
「オレにとったら面白くない! ……どっかの誰かと同じような事を」

 ハンティがからかっているのが判っていても……、ユーリはそういわずにはいられなかった。巧みに誘導されているようにも思える。これが歳の差と言う事だろう。

 ……どれだけ離れているか見当も付かないが。

「ユーリさんっ! また、カラーの村に着てくださいね? 貴方の遺伝子を後世に残したいです」
「おいおい……物凄く ドストレートな言い方だな……」
「キシシシ、ユーリ? 照れて色っぽい事ピンクな事を考えたって思うけど、そんな展開にはならないよ?」
「ん? どういうことだ?」
「カラーは基本的に人間と自分から交わる事は無い。処女受胎が多いんだ。つまり、村に迎えられて遺伝子を残してって事は……」

 ハンティはニヤニヤと笑いながら。

「ただの精液奴隷になっちゃうって事。ああ、考えによっちゃ気持ち良い事してくれるから男にとっては天国かもね? ある意味。ユーリは大層気に入られてるみたいだから、サービスもしてくれるんじゃない?」
「んなの ぜぇぇぇったい嫌じゃ!!」
「わ、私達、そんな事は………」
「えっと~……しませんよ? 多分」
「なんで、そこで言葉に詰まるんだよ!! それに、多分って何だ! オレは嫌だ! それにお前らは人間嫌いなんだよな? 村まで来ないから安心しろ! 直ぐに出てく」

 ユーリはそう言うと、慌てて逃げるように引き返す。
 ちょっとノリは入っているようだが、流石にそんな展開は望んでいない。ランスなら飛びつきそうだが……。あんな節操無しと一緒にされたら敵わない。

 そんなユーリを見たカラーの娘達は残念そうにしていた。

「あう~……こんなに優しい人間にあったの始めてなのに……」
「わ、私達が気持ちよく抜き取って……」
「だから嫌だ!! っての!」
「お兄ちゃんやっぱり……」
「コラ! ヒトミ! やっぱりって何だ! オレはいっつも被害者じゃないか」
「あははっ! じょーだんだよっ!」

 ヒトミはヒトミで、からかう様にして遊んでいた。随分とからかわれる事が多くなったユーリだった。

「なぁ、イージス?」
「はい、なんでしょう?始祖様」
「あんたの過去の事はあたしは良く知ってる。でも、人間にはそれだけじゃないって事、今日判ったんじゃないか?」
「……はい」

 イージスは、一瞬だけ沈黙したが、直ぐに返事を返していた。彼女の姉妹は人間の手でクリスタルを抜かれて殺されたのだ。ハンティは彼女達を救う為に乗り込んだのだが……もう既に遅かったんだ。

「ま、彼女達が言うように村に迎えても良い人間って言うのは賛成だが、そこに留まるような器じゃないさ。アイツは」
「そうですね……。あれ程の技量を持つ人間は私は見た事がありません。見聞が浅いからなのかもしれませんが」
「ただの強さだけなら、ユーリ以上のヤツはまだまだいるって思う。アイツも更に強くなるから、一概には言えないけどね。でも、心までと言えればそうはいかないさ」
「……それも判ったつもりです」
「パステルにも伝えておいてよ。ま、あのコが簡単に信じるとは思えないけどな」

 ハンティはそう言うとユーリの方へと向かった。ユーリは、ヒトミと話をしているようだ

「さて、これでお別れだな。こんな所までありがとな、ユーリ」
「ああ」
「そんな警戒するなって。流石に最後くらいは真面目に言うよ……本当にありがとう。ユーリ」

 ハンティはユーリの背中を軽く抱きしめた。そして、あの声に語りかけるように……。

「あたしは……前に進む。これからも」

 ハンティはそう言っていた。だが、ユーリには勿論なんの事かは判ってない。

「何の事を言ってるんだか……、ヘルマンの事を考えるのも前に進む事も良いって思う、だが、身内の事も注意しておいた方が良いぞ?どんな国でも膿は存在するものだからな」
「手厳しいね。勿論だ。判ってるよ」

 ハンティは苦笑いをすると、表情を直ぐに元に戻した。

「……ユーリとはまた何処かで会う。そんな気がする。あたしはその時を楽しみにしてる」
「オレもだ。それに、伝説の黒髪のカラーに名を覚えられるのは光栄極まれりだな」
「思ってもない事を。伝説なんて一人歩きするもんさ」
「ま、ハンティを見てたら わかる気はするな」
「おー言ったな?」
「「はははは!」」

 最後に2人はしっかりと握手を交わした。この瞬間から、彼女は友だ。

「あー、私もする~! お兄ちゃんと、お姉ちゃんと一緒にする~!」
「はいはい」
「あははは!」

 ヒトミも横から2人に抱きつくように飛び込んだ。


《人》と《カラー》と《モンスター》


 構図は歴史上でも滅多にありえない、稀有な光景だろう。だが、それでも確かに信頼し合っているのは見て判る。

 そんな光景だった。


 そして、その後ユーリとヒトミを乗せたうし車はカラーの森から立ち去っていった。うし車の中でユーリは思う。

「(本当に良い出会いをしたな……ヒトミ、クルックー、ハンティ、千鶴子さん……ま、一応アニスも入れてやるか)」

 空を仰ぎながらそう思うユーリ。こんな出会いも冒険者の醍醐味の1つだから。

「ハンティか……近い内にまた、出会うだろうな」
「そうなの?」
「ああ、そんな気がする」
「へー、私もまた会いたいなっ! ハンティお姉ちゃん面白いからっ」
「そうか。でも、ハンティと一緒になって また変な事 言ったらデコピンだからな?」
「あぅ~……」

 青空の下。

 ユーリ達を乗せたうし車は、アイスの町目指して走っていった。








――……ユーリとハンティのまた会うと言う予感。それは計らずしも当たる事になる。


  LP0002 3月 リーザス陥落と言う極めて大きな事件の中心で……



















〜人物紹介〜


□ ハンティ・カラー

Lv-/-
技能 魔法Lv3 剣戦闘Lv1

ヘルマンの評議員の1人でその正体はもう今は存在されないとされる太古のカラー≪ドラゴン・カラー≫の生き残りであり、レベルも才能限界も存在しない。
伝説の≪黒髪のカラー≫と呼ばれている。
ヘルマン王国では、皇子?の守り役にして乳母であり、姉であり恋人と言う複雑な関係を築いている。
彼女の様子から見ればそうは見えないが、かなり人見知りな性格らしい。
故に、初対面こそ戦いあったユーリだが、もうすっかりと打ち解け合い 気に入り、信頼出来る人間の1人となった。

彼女はユーリとの再開を自分の楽しみの1つにしている。



〜魔法紹介〜


□ 雷神雷光
使用者 ハンティ・カラー

広範囲に雷を雨の様に降らせる広範囲雷撃魔法。逃げ場が無い程の範囲に降らせる為、一度発動してしまえば、全てを雷で薙ぎ掃われる。Lv3クラスの雷系最強の魔法である。
雷属性:最上級魔法に分類


□ 煉獄・斬魔
使用者 ユーリ・ローランド

ユーリの持つ≪技能≫の力を剣に纏わせて放つ技術。
単純に居合として敵を切る事も出来るが、それ以上に物理的に斬れないものを斬る為魔法使いにとって天敵とも言えるだろう。

ただ……、高い集中力を要し 且つ乱発できない為、タイマン専用とも言われているらしい。


〜地理情報〜


□ カラーの森

ルドラサウム大陸の中央部にある広大な森林。その中心にドラゴンが住まうと言う翔竜山が聳え立つ。神秘の森だが、カラー達の額の宝玉、クリスタルを狙う侵入者が絶えない事から≪クリスタルの森≫とも呼ばれている。
一度迷うと二度と出られないと言う曰くがあるが、それでも侵入者は後を絶たず、カラー達が人間を嫌う最大の要因となっている。


□ ペンシルカウ

カラーの森に存在する カラー達が隠れ住む村の名前。
クリスタルを奪おうとする人間から身を隠す為に、2人のカラーにより創建され、侵入を防ぐ為に様々な罠や結界を仕掛けられており、防衛隊も組織され、人間を撃退している。

カラーは、女性しか生まれない為、外界から捕らえて来た人間は精液奴隷の部屋という場所に移されており、人間の男性の精液を採取して子孫を残している。その場所で人間は家畜の様な生活を強要され、危険と判断された人間は手足の腱を切られる。
女王には特別優秀と見做された人間の精液が使用される。

あわや、ユーリはその場所に入れられかけたとか……。





 
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