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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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5話

(エイジャックスよりゲシュペンスト02、VIBS起動します)
 耳を打つ通信使の声に、一言応じたパイロットは、全天周囲モニターの外へと視線を泳がせた。
 暗黒の常闇に浮かぶ無数の宇宙ゴミは、VIBSによるデジタル映像ではなく現実の物だ。数年前から建設が始まったサイド8の建造の際に排出された産廃物が捨てられているのだ―――ということに、ゲシュペンスト02のコールサインで呼ばれたパイロットは興味のかけらも抱いてはいなかった。
 操縦桿を握り込み、フットペダルを押し込む。前面からかかる程よい負荷Gを感じながら、パイロット―――MSZ-006X2《ゼータプラス》のパイロットは周囲に視線をやる。
 真紅に染められた無垢な瞳が敵を探る―――肉眼で、ではない。
 見るという動作は、ヒト種だからやってしまう慣習のようなものだ。その本質は見るのではなく観る。このパイロット風に言わせれば、ざわざわした感触の探知というものだ。より一般的な言い方をすれば、敵意だの殺気だのと呼ばれる胡散臭い感覚を感じ取る、とでも言おうか。
 唾液を飲み込んだパイロットは、自機を可変させた。コンマ数秒で、戦闘機のような平べったい形状から四肢をもつ人型へ―――MS形態に成った。
 四肢をばたつかせることによるAMBAC機動と身体各所に装備されたバーニアを小刻みに吹かし、デブリの陰に隠れた《ゼータプラス》の胎の中で、HUDに投影されたレーダーと、己が神経を統合させる。
 敵―――6。
 想定機種は《ジムⅢ》と《百式改》の混成部隊。
 相対距離は数十キロ。
 問題は―――。
 多目的ディスプレイに手を伸ばし、事前のブリーフィングにあった情報を呼び出す。
 第2小隊後衛に位置する、砲撃支援用装備の《ジムⅢ》が邪魔だ、と思った。このパイロットの腕を持ってすれば、大した障壁ではないが、戦いとは常に細心の注意を払い、最善の方法を持って挑まねばならない―――というような理知的思考は、実はパイロットの頭の1/3も占めてはいなかった。単に、面倒くさいなぁぐらいな感想を惹起させたに過ぎないのである。ただ、その面倒くさいという単純な思惟が全てを把持しているのである。
 どうやって、後方の部隊を仕留めるか。何度、何十度、何百度と乗りこなし、手に馴染んだ愛機の武装は確認するまでもない。
 漆黒の《ゼータプラス》の頭部に備えられた、黒々した孔―――ハイメガキャノン。
 射程圏内に入るまで息を潜め、時が来たらきゅってしてドカーン。そんな大ざっぱなプランニングをしながら、この機体で最も高価な電子機器―――身体を抜け出し、機体を抜け出し、外界まで広がった神経が敵を捉える。
 相対距離は―――。
 一瞥。先行している第1小隊は既に双方攻撃範囲内だが無視。その向こうからくる敵機に《ゼータプラス》を相対させる。
 《ZZガンダム》のそれに比べれば、ハイメガキャノンの出力は大きく劣る―――上唇を舌で撫でたパイロットは、ハイメガキャノンのトリガーを引き抜いた。
 青白い爆発的な閃光が一瞬頭部に閃いたかと思うと、その閃光が一直線に屹立する。メガ粒子の奔流―――濁流は一瞬で眼前のデブリを蒸発させ、冥い宇宙を貫いていく。亜光速の熱射が後方に位置していた《ジムⅢ》3機目がけて殺到し、まず先頭にいた小隊長機を飲み込んだ。
 1機。
 感慨を感じる暇はない―――敵の間に一瞬広がった感情の幽れを理解するや、フットペダルを踏み込んだ。
 爆発的にスラスター光を迸らせ、加速を仕掛ける。
 狙いは残りの《ジムⅢ》―――脇から奇襲をかける形になった《ゼータプラス》がビームライフルを掲げる。
 トリガーを引いた。
 バレルの長い黒光りする銃器の切っ先に穿たれた孔から、青白い閃光が吐き出される。立ち上がった光の矢は一瞬で《ジムⅢ》に襲い掛かり、右腕の肘を貫いた。
 まともな戦力は後4―――思案を裂くようにロックオン警報が鳴る。
 背後から《百式改》が3機、そして残りの《ジムⅢ》が支援用の大型ビームライフルを指向するのを認識。
 迷いはない。
 《ジムⅢ》がビームライフルを構えかけた時には、《ゼータプラス》のライフルが《ジムⅢ》を冷たく見据えていた。
 交錯するメガ粒子の瞬き。青白い閃光は、冷徹に《ジムⅢ》のコクピットを貫いた。襲い掛かる粒子ビームを、《ゼータプラス》は躱す素振りをとったのかと思えるほどの微細な挙動で回避してみせた。
 あと3。
 攻撃警報の劈くような音―――パイロットは、HUDを見ようともしなかった。背後を見ようとすらなく、AMBAC機動で素早く反転しつつ、彼女は殺到する数条もの光軸を幻視()た。
 必中の一撃で放たれたはずの攻撃―――されどその必殺は、相手の心情としては、という限定付きの言葉でしかない。
 《ゼータプラス》のパイロットにしてみれば、それはあまりにもお行儀のよい攻撃でしかなく、無意味な単調さを感じさせるだけだった。
 パイロットの挙動コンマ数秒にまで追従する《ゼータプラス》が身体を捩る。機体を掠めるメガ粒子の牢獄を平然と脱した漆黒の《ゼータプラス》が毒々しいほどに紅いデュアルアイを閃かせ、ビームライフルの銃身を左手で握りこんだ。
 バーニアで加速。さらに放たれるメガ粒子の弾丸を紙一重で躱して見せながら、彼我距離を瞬時に皆無にした。
 眼前で爆ぜる粒子ビームの閃光。
 零距離で放たれたビーム砲を嘲笑うように回避するや、ビームライフルの先端からビームサーベルを発振。慌ててビームサーベルを引き抜こうとする《百式改》の胴体を横なぎに両断した。
 超高熱の刃がガンダリウムの装甲を融解し、液化した金属が飛沫のように舞う。
 それと同時に、両脇から2機の接近を把握。亡骸と化した灰色の《百式改》を蹴飛ばし、サイドスカートからビームサーベルを引き抜く。
 左からサーベルを振り下ろす《百式改》めがけて、逆手に握ったビームサーベルを薙ぎ、受け止める。さらに右から砲撃の挙動を取る《百式改》へは、ビームライフルの牽制射を浴びせる。
 背後からサーベルで切りかかってくる手負いの《ジムⅢ》へは腰のビームカノンを指向し、蒼白の光軸を胴体に叩き込んだ。
 僅かに数瞬―――3方向からの攻撃を全ていなす《ゼータプラス》のパイロットには微塵の苦も感じられない。さも平然といった様子で《ジムⅢ》を屠殺すると、右翼の《百式改》にさらに牽制射を砲撃しながら、左翼の《百式改》が左腕に2本目のサーベルを握るより早くビームライフルをコクピットに指向―――トリガーを引いた。
 ぼん、と爆発する前にスラスターを逆噴射―――そのさなかにも、《百式改》が放つビームライフルを平然と躱しながら、漆黒の《ゼータプラス》はライフルを投げた。
 腰のビームカノンの砲撃で牽制しつつ、ビームサーベルグリップを引き抜く。青白い閃光が口から吐き出され、数万度に達する粒子の束はさながら光の剣と化した。
 両逆手にビームサーベルを構えると、《ゼータプラス》がスラスター光を爆発させた。背中から2本突き出るフィン・ファンネルユニットのせいもあってか、肢体をもったMSというには異形の《ゼータプラス》が血色の瞳をぎらつかせる姿はある種スプラッターですらある。《百式改》のパイロットが悲鳴にも似た咆哮を上げるのを知覚したパイロットは、表情をぴくりともさせずに黄金の体躯を視界に固定した。
 最後の1射を躱し、クロスレンジに入る瞬間に《ゼータプラス》が左腕のサーベルを振りぬく。
 回避挙動を取ろうとしたらしいが、遅かった。灼熱の刃が《百式改》の右腕を肘から先切断し、スパーク光が爆ぜる。勢いのまま横なぎに払われた右腕のビームサーベルの一閃をあわや回避してみせた《百式改》が左腕にビームサーベルを握る―――。
 パイロットは、慌てもしなかった。振りぬいた勢いのまま、さらに《ゼータプラス》の体躯を捩りきる。その場で反転する勢いのまま、《百式改》の左腕めがけて後ろ回し蹴りを見舞った。
 直撃箇所は丁度手のひらの部分―――反動で握ったサーベルグリップが放り出される。
 回し蹴りを食らって怯む《百式改》が立ち直る前に、正対する形になった《ゼータプラス》は、両逆手のサーベルをまとめて《百式改》に突き立てた。
 無味乾燥な感触が手を伝う―――眼前を見れば、串刺しにされた《百式改》が死人のふりをしているように漂っていた。
 ※
「状況終了―――VIBS、カットします」
 オペレーターの声が耳朶を打つ。アーガマ級『エイジャックス』の艦橋で腕組みしながら眼前のモニターを眺めていたフェニクスは、まぁこんなものだろうなといつも通りの麗とした顔色を変えなかった。
「ヴァルキュリュアの発現は見られませんでした」
「―――ファンネルも使わなかったからな」
 オペレーター―――アヤネ・ホリンジャー中尉がどこか落胆しながらも安堵するという奇妙な感情を含蓄した声色で報告する。フェニクスの応答もおざなりだった。
 ヴァルキュリュア―――顔を幽かに顰めたフェニクスは、腕組みしたまま鼻を鳴らした。
「しかし彼女の強さは何度見ても凄まじいな」
 艦長席に座る壮年の男がため息交じりに言う。綺麗に整えた七三分けの髪に薄く髭を生やした男は、やや頼りない見た目ながらも『ゲシュペンスト』が他部隊に教導を行う際の遠征時のMS母艦の館長を務めている男でもある。
「あれでまだ全力でないのだからな」
「彼女の存在意義はそれ、ですから」
 本心では、無い。薄気味悪さを感じるその言葉に怖気を感じていると、ふむと納得したように艦長が頷く。艦長も、フェニクスが本心で言っているなど露ほども思ってはいない。
「では両部隊に帰投命令を出してやれ。回し蹴りを食らった奴には迎えをやれよ。中でシェイクされているだろうからな」
「了解。こちらエイジャックス、小隊各機は帰投せよ。繰り返す―――」
 大きく鼻息を吐く。
 モニターに映る漆黒の《ゼータプラス》の真紅の瞳が記憶の中の姿と被る。苦い顔をしたフェニクスは―――今日くらい、存分にしていいことにしようと決心した。 
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