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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第1章 光をもとめて
  第7話 絶対王者 陥落


 その後、ランスは勿論、ユーリも順当に勝ち進んでいった。
 ランスは≪くぐつ伯爵≫≪こんご≫と随分と個性的な選手と戦ってきている。

 最初のコロシアムの説明の『あの~、一応 殺しはご遠慮をほしいですので~~。注意事項に《文句言わない》とは書かれてますが~~』と言う説明を普通に無視してるような相手が多かった。くぐつ伯爵は、ちょっと人間として見るには無理が有りすぎるひょろりとした怪人で、人間の脳をえぐるのが最高の楽しみだとか何とか。
 主に、野党や盗賊相手 死んでくれたほうが世の為人の為な人間をターゲットにしているから捕まったりはしなかったのだが……、ランスにも容赦なく、異様に伸びた指に生えている鋭い爪を振るっていた。つまりは殺す勢いのある攻撃。

 5mを超える大男≪こんご≫だってそうだ。
 と言うか、幾らヘルマン出身だと言っても、ここまで成長してしまえば、殆どモンスターのデカントだろう。棘の棍棒を持ってる姿を見てもそうだ。そして、謳い文句が『コイツの一撃を喰らって生きていられた者はいない』とかなんとか。

「つまりは、死んでもお構いなし、って訳か? まぁ、明らかに格下だから特にクレームするつもりは毛頭無いが」

 ユーリは観客席最上部で今もバトルが続くコロシアムの全体を眺めながらそう考える。これまでユーリが当たった相手も、際物が多かった。おたま男にしても、防御無視、固定ダメージのハニーフラッシュを使用してきたから、『うっかり死んじゃってもいいや♪』と言うノリだ。
 つまり、殆ど全員(これまでの対戦者)が殺す勢いで攻撃を仕掛けてきているが、如何せんレベルが低い。このコロシアム自体は有名だが、はっきり言えばユランの名前くらいしか訊かない。
 退屈……といえば、本来の目的を見失いそうだから言わないが。

「ふふ……、退屈って顔してますね?」

 そんな時、ユーリの横に立ち、そっと問いかける女性がいた。
 選手は通常は控え室にいるのだが、そう言う決まりではない。今ユーリは次戦まで時間があるから、コロシアムの全体を見る事が出来る観客席側から、ランスの試合を見ていたのだ。そして、考え込んでいた事と、コロシアム内の人の多さも極まり、隣に来て、そして話しかけられるまで 誰が来たのかを気づく事が出来なかった。

「そんな事は無い……、とは言えないかな。表情に出てたのなら否定できないか」
「あらあら……、やっぱり、そうなんですね。 ユーリさんはそんな戦闘狂でしたっけ?」
「……違うぞ? こんな空気で戦うのは初めてだったから、ちょっとテンションの上げ方が狂ってきただけだ」
「それで、好きになってしまったと?」
「………。好きになっては……無い」
「ふふふ。少し遅いですよ? 回答に0.2秒程、いつもより遅いです」
「はぁ……敵わないな。真知子さんには」

 ユーリは両手を挙げて降参の構えを取った。
 彼女は カスタムの町の情報屋を経営しており、《芳川真知子》と言う名。ユーリはカスタムの町には言った事は無いが、とあるギルド依頼の際に巻き込まれていた彼女を救ったところから縁が始まった。彼女は珍しいコンピュータを扱う事ができ、色々な事を知りすぎているとまで言われる程の情報通。故に世間や男を冷めた目で見ていたそうだが……。実際に会ってみてそんな感じは全くしないのだ。

「……それは、ユーリさんに出会ってからですよ? 世の中は、私の知らない事がもっともっとあるんだってことを実感しましたし」

 真知子は微笑みを崩さぬままに、そう伝えた。彼女もまた ユーリと出会い 変わる事が出来た人物の内の1人なのだ。

「……ああ、そうだな。実際にオレもそれは何度も体験しているよ。ギルドの依頼をする度にと言っても大袈裟じゃない」
「ふふふ、そうですか。私と一緒、ですね。 あ、ユーリさん? 私の前でフードは3ヶ月間禁止条約はどうしたのですか?」
「っ……。そうだったな」

 真知子には、以前からも借りが多数ある。かなり質の良い情報を提示してくれる事が多く、金銭取引なのだが、『何か礼を……』と言ってしまったのが、ユーリにとってはoutだった。真知子が求めたのは、金銭の類ではなく、ユーリと面を向かって話したいと言う事。つまり、表情まですっぽりと覆ってしまいかねない程の大きさのフードを外してもらって、ちゃんと顔を見て話をしたい、と言う事だった。
 
「……ふぅ」

 ユーリはゆっくりとフードを取り黒いショートヘアを露にした。真知子はニコリと笑って頷く。『満足です♪』と言う台詞が今にも聞こえてきそうだ。

「お顔の事、そこまで気にする事ないって思うのに……」
「いくら真知子さんに言われても、それだけは 絶対同意しない」
「整った顔立ちで素敵だって思いますよ?」
「……はいはい。世辞をどうも」
「本心でしたのに……」

 童顔を気にしているのは昔からだから、ユーリは頑なに否定した。
 真知子の言うとおりな部分は勿論ある。童顔とイケメンは紙一重。とまではいかないと思うが、可愛いは正義!とも言うし。人気が出やすいのは確かだ。だが、それはあまりにユーリが気にしすぎるから、弄びたい衝動に駆られ、回りがからかってしまい……そして今に至っている状況なのだ。それに、ランスと出会った時の第一声もそれだったから、更に信用できないようだ。

「ふふ……。ロゼさんに相談したらどうですか? 彼女はAL教のシスターなんですから。きっと、ユーリさんを諭して、良い道へ導いてくれますよ?」
「んげ……。冗談でも止めてくれ。そんな事ちょっとでも言ったら、『直ぐにでも大人の階段を上らせてあげましょう! これで、童貞ならぬ 童顔卒業!』とか言ってきて襲われてしまうよ……。アイツは、悪魔しか趣味じゃないとか言っといて、ぬけぬけとそんな冗談か本気か判らん事を言うんだから」

 ユーリは、げんなりしつつ そう答えいてた。それを訊いて、真知子は先ほどとは全く逆に表情が曇る。

「嫌に具体的ですね……。ロゼさんのそれは未遂、ですよね?」
「逃げたって、以前 言わなかったっけ?」
「……そうでしたね」

 真知子は半ば冗談のつもりでそう言ったのだが、具体性のある答えが帰って来たため、少し気になってしまったようだ。確かに、以前ロゼに関する事は訊いた事はあるが、本人の事をよく知っているからこそ、話半分に訊いていたのだ。
 因みに、ここで名前が上がった《ロゼ》とはカスタムの教会の女シスター。

 良くも悪くも有名人だから嫌でも今後耳にするだろう。だから割愛するとする。

 ユーリが彼女と出会ったのは、とある街での事だ。……あまり良い思い出という訳じゃない。そしてあの過激なファッションスタイルは早々忘れれるものじゃないだろう。

「ふふ、彼女は、ここに来てますよ。『ユーリとランスで儲けさせていただきます。痛ましいコロシアムでのこの儲け。今後の寄付金として活用させてもらう……と考えてはいます。実行するかどうかは全て神のみぞ知る事です、アーメン』って言ってました」
「………。ほんっと変わってないな。真知子さんもそうだけど、ロゼも」

 ユーリはこめかみを抑えつつ、ため息しながらそう答えた。
 変わらない事、それは悪い事ではなく良い事も多いとは思うがここまでだと、笑ってしまう。ランスについては知らないと思うが、ユーリと一緒のキースギルド所属。そしてあの性格だから、風の噂なんかで聞いていたのだろうか。どうやら、AL教始まって以来の不良シスターは、今日 相当ボロ儲けしているようだと言うことは理解できた。

 そして、この町に彼女が来ているという事も。……気をつけたほうがいいだろうか? とも。

「さて、そろそろ戻る。またな真知子さん」
「そうですね。ああ……後、私もお2人には今日はとても感謝してますので♪」

 真知子は、小ぶりサイズだが重量感のある袋を持ち上げてニコリと笑顔を見せた。持ち上げた際に揺れ、中に何が入っているのかが直ぐにわかる。

「……なら、オレの顔出しはもういいんじゃないか? 正直、日が眩しい」
「それは、それ。これは、これ。ですよ? 御天道様にお顔を照らされたユーリさんも素敵です。 ……それに、ユーリさん? それとも……」
「はぁ……、男に二言は無い」
「はいっ♪」
 
 ユーリは頭を掻きながら、コロシアム控え室の方へと帰っていった。その後姿を見送る真知子。

「今回の仕事は本当に大変そうですね。私も影ながら応援させてもらいます。……影ながらじゃなければならないのが悔しい所ですが」

 正直、歯痒い思いを隠せない真知子。
 ユーリには何度も助けられた事もあるし、力になりたいと強く思っている。だが、今回ばかりはそうは言ってられないのだ。今までとは相手の大きさが違いすぎるから。何処で聞かれているかわからない状況。真の敵を知ったユーリはそれを危惧し、具体性のある話を殆どここではしてない。真知子も独自に調べた結果とユーリの話から照らし合わせた結果、殆ど深層に至ったのだ。だが、そのせいで枷が出来てしまった。
 ユーリはギブ&テイクだと言っていたが、それでも……。

「……ユーリさんなら大丈夫ですよ。何も心配はしてませんからね? おっとと、彼女には、私の方からも、話しとかないと。彼女とこのリーザス情報屋にも。……あまり妄りに話さない方が身のためだと言う事も」

 真知子はそう呟く。
 この町にも情報屋は勿論あり、ユーリもそこを利用する事は多々ある。今回も、自分の情報と彼女の情報をあわせて複合させている部分もあるからだ。彼女自身も今回の黒幕に気がついていると思うが、彼女の性格では話をそのまましてしまいそうな気もする。

 それだけは止めなければならない。

 この事件はもう、ユーリを、あの2人を信じる他無いのだから。



 そして、今回の目的の1つである相手との1戦が始まる。

 トーナメントの組み合わせ上、その相手とぶつかるのは、ランスだった。

「(ぐふふ……、よーし ついにあの忍者との対決だな。目的の1つ、いや、2つだ)」

 ランスは、控え室にいて、呼ばれるのを まだか、まだか、とウズウズしている様だ。因みに、ランスは忍者事 《ニンジャマスター》=《女忍者》だと決めつけている。だから、公共の場、公衆の面前でお仕置きタイムだ、と考えている。

「(あの時の様に、まさか敵前逃亡するわけにもいかんだろう)」

 あの時は、自分を恐るがあまり、逃げられてしまった(ランス脳内変換)故にだ。だが、今回はコロシアムだ。逃げようなどとはしないだろう。

『え~、選手の入場で~す~。 ランスさ~ん~ 出番ですよ~~!』

 ほんわかとした、声が魔法スピーカーから聞こえてくる。

「がははは。よしよし、漸くだな! ……それにしても,おっとり系の実況だな。遠目で見た感じだったが、随分と可愛かったぞ。女忍者とユランをヤった後は……ぐふふふ」

 目の前の敵? を置いといて、実況であるナギサの事も考えている様だ。本当にランスは、こんな場でもいつも通りである。
 いつも通りのまま、ランスはスモークが焚かれている、コロシアムの舞台に入っていったのだった。






~リーザス城 コロシアム 観客席北側A列~ 


 そして、観客席側で、ランスの戦いを見ているのはユーリだ。
 ランスは、遠目からでもよく判る。……ニヤついているその顔を。

「……、どうせどんなお仕置きを~、とか思ってるんだろうな」

 ユーリの考えは完全に的中である。もう、通じ合っていると言えるのだろうか?

「……アホか!!」

 静かに、そしてはっきりと否定したユーリ。なんで否定をしたのかは……、不毛なので割愛する。
 

~リーザス城 コロシアム~


『さぁ~~、はじまりますよ~~~。続きまして~、ニンジャマスターさんの入場ですー!』

 実況の声も響き渡る。いよいよ、目的? であるニンジャマスターの入場だ。自然と、ランスの対抗側の入場口に視線がむく。確かに、十中八九 あの相手がこの間のあの女忍者ではないだろう。
 だが、十中八九、と言うだけであり 100%違うとは言えないから、自然と視線も向けてしまうのだ。

 そして、魔法映像の画面に《見参》と言う文字が浮かび上がったと同時に、煙幕が沸き起こった。

 あの時の様に 煙幕を使う所を見て、ランスの中の信憑性が増した様だ。

「がっはは! さぁて、女忍者め! どんなお仕置きをしてやろうか!」

 立ち込める煙幕の中で、俄然やる気が出るランス。そして……、ついに現れる。


「花散る舞の、静けさやァァァ~~……」

 割と、近い距離から聞こえてくるその声。……ランスは、一気に力が抜けてしまっていた。
 何故なら、この声はあの時のものじゃない。『ヒカリ・ミ・ブランの調査はここで終わりと言っている』と言っていたあの時の声は、耳に残っているから。
 紛れもなく、男の野太い声だ。

『はぁ~い~、ニンジャさんの登場ですよ~~!』

 このおっとりとした声の方が遥かに色気がある。……男の声じゃないから。
 そして、ニンジャマスターは煙幕の中、まだ姿は見えないが、続ける

「ここまで来たるは、あっぱれ若人、されど、あ、されど されど、我が壁、阻みたりぃぃぃぃ~~……!」

 その姿が、ついに顕になった。

『……JAPANで、確かああ言うのがいるんだったな。カブキ、だったかな?』

 観客席で見ていたユーリは、その特徴的な姿を見て、そう呟いていた。目の前のランスは煙幕で暫く姿が見えていなかった様だが、ユーリは大体見えていた。観客席から見ていたから、かもしれないが。

『ランスなら、声で判るか。……後で文句を言われそうだ。オレに』

 ユーリはため息を吐いていた。理不尽な文句が続くのは、もう恒例だ。基本的にスルーで終わるが。

 とりあえず、ランスの圧勝だろう、と想像しながら、ユーリは眺めていた。




 ランス圧勝との見方をしているユーリ。ランスはと言うと、完全に目の前の相手があの女忍者ではない、と悟った瞬間。

「う、うるせーーーー!! 誰だお前! あのかわいいが、ムカつく女忍者はどこだ!!」

 それは、ランスの都合であり、対戦相手にとっても、訳がわからない事だろう。が、そんなランスの言葉はまーーったく訊いていない、ニンジャマスター。というより、自分の世界から帰ってきてない様だ。
 怒り心頭のランスは、まだ名乗り?の途中であるニンジャマスターに一直線に斬りかかった。

「あ? まだ名乗りの途中……」

 呆気にとられるニンジャマスターだが、そんな名乗り?を流暢に待つようなランスではないから、あっと言う間に、強力な一撃を当てる。
 吹き飛ばされてしまったニンジャマスターは、全くいいところなし。
 ただ、登場演出で盛り上がっただけだ。

「がぶれがばーーーっ!! ……む、むねん」

 そのまま、目を開けたまま、完全に意識を失った様だ。

『おお~~ すごいですね~~、ランス選手~! あっという間の勝利です~~!』

 仄々としたランス勝利宣言が飛ぶ。が、ランスが喜ぶ訳もなく。

「く、くそー……、なんて虚しい勝利だ。あんな事や、こんな事をしまくるつもりだったのに……。それもこれも、あのガキが悪い! 紛らわしい!!」

 ユーリの想像のとおり、理不尽な怒りを向けられており、また後で、五月蝿く言われてしまうのだった。

「ぐぐぐ、せめて ユランを倒しておいしく頂かなくては。後はそれだけだな。何だか、アイツが、優勝する事で軍の上層部に~とか面倒くさそうな事を言っていたが、ユランとヤれれば、オレ様はそれでいい! つまり、下僕に全任せだな。がははは」

 あっと言う間に立ち直ったランス。
 この後は、ユーリの準々決勝が終わればついに、準決勝。《VS ユラン》だ。

 自信過剰であり、『常に自分が最強。証明するまでもなし!』と思っているランス。そして ユーリの強さもある程度は知っている為、戦うのは面倒くさい、という結論に達するのは時間の問題だった。つまりは、 《ユーリvs ランス》の試合は完全に消滅した瞬間でもあるのである。



 そしてそして……、ユーリも順当に、全く問題なく準々決勝を突破。

 そして、ついに始まるのは準決勝だ。

 ランスの相手は勿論、圧倒的な強さで勝ち上がってきたコロシアム チャンピオン ユラン・ミラージュ。

『さぁ~~遂に残すのは準決勝と決勝の2戦ですね~~。果たして誰が優勝の栄光に輝き~~、リーザス軍将軍とのエキシビジョンマッチの権利を得るのでしょうか~~! 司会は私、キドウ・ナギサが引き続きお送りします~~』

 司会者の言葉に会場のボルテージも更に湧き上がった。
 どうやら、貰えるのは名誉と挑戦権らしい。……リーザス軍の将との直接的な戦いになるとは思ってもいなかった。スカウトの類が来るのでは無いか?くらいにしか思ってなかったんだ。確かに、コロシアムで話していた観客達の会話を訊いただけであり、信憑性としては乏しかった。ちゃんと調べていなかった事が災いした様だ。

「やれやれ……、余計な一戦が増えそうだな」

 ユーリは思ってなかった事だから、今後の対応について考えを張り巡らせた。ランスは絶対に深く考えてはいないだろう。

 仮に戦いをしたとして、てきとうに手を抜くか? と考える。
 だが、軍から王国内部への警戒を薄らせようと考えていたから。そこから糸口を見つける事が真の目的。力を見せれば、人手不足とも言われているらしい状況で、恩も売れる可能性もある。内部へと入り 情報を収集するのには、必要な事だろう。

「……ま、理想は 軍にも一目置かれ、更に王国にも、依頼なりなんなりを任される者になる事、そこから奥を見てみる事だからな……。戦いになっても構わないか。それより次だ」

 ユーリは刀を握りそして握りを開いた。次の相手は中々の使い手だからだ。相手は無手だが、無茶苦茶な力で相手をなぎ倒してきていた。型破りの拳法の使い手。
 いや、腰に二本の刀を挿している所を見ると、剣術も使うようだ。なのに、無手と言う事は使う必要が無い相手だという事だろう。

「……面白いな」

 ユーリは、ランスの次に行われる為まだまだ時間があるが、楽しみのようで自然と笑みを浮かべていた。これでは、真知子に戦闘狂になったといわれても仕方ない状況である。




~リーザス城 コロシアム 観客席南側C列~



 コロシアムと言うのは、リーザスでは名物になっているもののひとつだ。故に人も沢山集まり活気が着いている。そして、ここにいる2人もそう。

「ユーリさんも、ランスさんも凄いね。お父さん」
「そう、だな……、たった2人で、あの限りない明日戦闘団から娘を助けてくれたから 腕は確かだと思ってはいたが、ここまでの腕とは思ってなかった。まさか初出場でここまで来るとはな……」

 態々 店を閉めてまで2人の応援に来た酒場の親娘。パルプテンクスと、そのオヤジは驚き目を見張っていた。
 だが、ランスの次の相手は、このパンフレットの一面を総なめにする絶対王者ユラン・ミラージュだ。パンフの隅から隅まで絶対王者の強さを謳った言葉の数々が目に嫌にでも入る。

「次は並みの相手じゃねえ。ユランだぞ……。ランスはいったいどう立ちまわる?」
「そう、だよね。 あの人の強さも凄いから。全然見えなかった……」
「あれが、ユランの代名詞とも言える必殺剣。幻夢剣だ……。まさに瞬殺だったな」

 ユランの戦いを見ている2人。本当に女だとは思えないのだ。観客達をも、ユランの姿を捉える事が出来なかった。何が、彼女を触発させたのか、いきなり最強の剣技を撃ち放ち、対戦者を秒殺してしまったのだから。

「……無事に帰ってきてください。ランスさん。……ユーリさんも」

 パルプテンクスにとって、2人は命の恩人だ。幾らコロシアムの試合と言っても、彼らの無事を願わずにはいられなかったのだった。




~リーザス城 コロシアム 観客席 西側B列~


 西側の観客席では、高笑いが木霊していた。その発生源は、その露出がかぎりなく高いスタイルの女性神官だ。

「いぇーい! いやぁ もう さいっこう!! これまで三戦三勝! こりゃ笑いが止まんないわ!」

 その騒ぎの内容から、どうやら、大勝をしているようだ。
 リーザスのコロシアムでは賭けも行われており、その形式は一戦事に行われ、その勝者を当てると言う単純なもの。オッズは事前情報、そして選手の経歴などから決められるのだが、ランスやユーリに関しては甘いと言わざるを得ない。
 自由都市では名前が非常に売れているが、リーザスではそれ程有名ではなく、何よりコロシアム出場は今大会が初だ。だからこそ、比較的オッズが高く、小金でもそれなりに大金に成りかねないほどだ。
 それを見たロゼは、笑いを堪えるのが大変だった。

「おいおい、あんた神官だろ? 神に仕える神官がこんな賭け事なんざして良いのかよ?」

 酔っ払いがロゼに絡んでくる。
 大金を稼いでるロゼを見て嫌味のひとつでも言わずにはいられなかったのだろう。だが、ロゼはニヤニヤと笑い。

「ああ、なんと痛ましい試合でしょうか。怪我人も非常に多く心を痛めます。となればこの勝ち金が必要かもしれません。彼らの治療費に当てようか、と思っています。思いはしますが、実行するかどうかは、神のみぞ知るうちです。アーメン!」

 てきとーな返事を返し次の試合の賭けに向かうロゼ。その姿は下着にローブを羽織っただけと言う露出度の高い格好。……顔を隠そうとしているユーリとは真逆と言っていいだろう。会話の中に神官と言う言葉が出ているが……その姿、言動からは信じられないだろうけど、彼女は、正真正銘AL教。ALICE教団の神官だである。

 ロゼの説明はここまでにしておくとして、とりあえず、会場のボルテージはどんどん上昇してゆく。オッズの高い選手がここまで、人気選手を叩きのめし勝ち上がってきているのだから。2人を知らない観客にとっては番狂わせが連発と言う状況と言ってもいいだろう。

「ユランに500GOLD!」
「ユーリに200……いや、止めだ! アイツだ! 清十郎! 二刀流使いの清十郎に200GOLDだ!」
「チャンピオンが負けるわけねぇだろう!! ユランに有り金全部突っ込むぜ!!」

 その後に行われる試合。
《ランスvsユラン》についての倍率はユランの圧勝である。

 例え、ユランに賭けたとしても大した額にならず、ランスに賭けると一攫千金と言った具合だ。

 そして、もう1つのカードが《ユーリvs清十郎》
 その倍率は ほぼ五分五分であり、ユーリと清十郎戦は白熱しそうだが、ランスとユラン戦は消化試合くらいにしか考えてない連中が多い。

「(この空気……美味しすぎる)」

 ロゼは舌なめずりをしていた。
 大声を上げて笑い出したい気持ちを必死に抑えるロゼ。大勢の男達の波を押しのけて、ロゼは賭けの受付の前に立つと両手に抱えた大金を勢いよく置いた。

「ランスに10000GOLD、んでもって、ユーリに12000GOLD!」
「んな!!」
「はぁっっ!!?」

 ロゼの周囲から一気に場がざわついた。
 そもそも、一神官がこれ程の大金を持っている事自体驚きだがそれ以上に、負ければ即破産しかねない額を名も知られていない様な選手に賭けるのか?と言う所にあった。
 当然、受付員も目を丸くする。金額を数えなければならず、中々に信じられない額だが……、この袋の大きさ、重さから考えたら 本当だと認めざるを得ない。だから、本気なのはわかる。だけど、聞かずにはいられなかった。

「ほ、本当によろしいんですか? これまでの全額を含めて全て?」
「とうっぜん! これ、外したら無くしたらもう鼻血も出ないわ」

 ローブの下には下着しか着けてない為、ローブについている貼り付け式ポケット、パッチポケットを裏返して金が無い事をアピールしていた。

「あー、これで破産しちゃったら、仕方がありません。身体でも売りましょう! 神に捧げた(現・頭の中では)この純血ですが……、生きる為であれば、ありす様もきっと赦してくださるでしょう!!」

 1mgもそう思っていないのは、周囲皆が判っているようだ。そしてALICEと言う発音も何処かおかしい。 

 会った事のない者が殆どだが……、ここまで奇抜な行動をするともう仕方ないだろう。彼女がここまで負ける気の無い強気で勝気な勝負が出来るのはランスやユーリを知っているからだ。ユーリには直接面識が有り、ランスは面識は無いが、自由都市で暮らしている為、知っていた。

 もう一度、紹介しよう。
 彼女はAL教団始まって以来の不良神官。信仰心ゼロ、いや……ゼロどころかマイナスと言ってもいい程だと名高い人物《ロゼ・カド》である。

 ユーリは面識有り。……数少ない自分が苦手とする、非常に苦手な相手でもあった。










~リーザス城 コロシアム 北側A列観客席~




 本日のコロシアムはどの席も超満員。
 100%どころか、立ち見席も含めたら120%は悠に超えてるほどだった。空いたスペースの手摺に手を置き、じっと闘技場を見下ろす1人の少女がいた。
 何故だか、彼女の周囲には酔っ払いが痴漢を働いていたり、チャラ男がナンパしたりと大勢の中、正直やりたい放題していたのだが……彼女には何もしていない。容姿は美少女の域に入っている筈なのだが、見向きもしていなかった。……否、皆彼女を認識できずにいたのだ。己の気配を限界まで消し、意識を連続で逸らし、自分の影を薄くする。隠れているわけじゃないのに 認識できずにいるのだ。
 それはこの場の全員がだ。

 鮮やかな紫の長髪が熱気に煽られているのか僅かに靡いていた。

「……あいつら、一体何してるって言うの?」

 静かにそう呟く。
 このコロシアムに顔を出したのはまったくの偶然だ。今大会は、かなりの熱戦だと言う事、異常に強い男達が入ると言うことを聞きつけて見に着ていたのだ。

 実は……彼女は格好良く強い男の子がいたら……、運命の出会いとか……、考えてたり考えてなかったり。

「(か、かんがえてない!! 任務よ任務!!今は、あの冒険者達の監視、監視!!)」

 頭を左右にぶんぶん振りつつ否定していた。何に、否定しているのかはさっぱりだが、あきらかに前者の香りがぷんぷんするのは気のせいでは無いだろう。

 彼女は実は運命的な出会いに……凄く憧れているのだから。……だが、とりあえず 馬鹿な妄想は終わりにして、真剣な表情で見ていた。

――……なぜ、あの男達がこのコロシアムに参加しているかを、だ。

 今大会はリーザス軍のお偉い方も見に来ている。優勝者には もれなくリーザス最強である《赤い死神》と称されている、将軍とのエキシビジョンマッチが出来、チャンピオンと言う栄誉を得られるだけで、大した意味は無い筈だ。勿論……、例の少女を探すメリットも無いと思える。

(あの緑色の大男は兎も角……、彼は要注意だわ。何も考えてない筈がない。でも……)

 ぎりっ……と、唇を噛んだ。そして、手摺を握る手にも力が更に加わる。

「………私は」

 悔しそうに歯噛みもしていた。そう、彼女の正体は、以前にリーザス公園で姿を現した女忍者だったのだ。
 あの時姿を現したのは、忍者としては失策だと言えるだろう。





~リーザス城 コロシアム~


 そこでは、もう既に準決勝が始まっていた。準決勝第一戦目。

《ユランvs ランス》

 オッズでは圧倒的にユラン有利なのだが、そうはいかない。

「だりゃああ!!」
「おっと!」

 攻め続けるランスとそれを華麗に巧みに回避わすユラン。時折、ランスも強烈な一撃。正に剛剣のとも言える一撃を放つが、それも回避するその攻防はこれまでとはまるでレベルが違い、観客は思わず息を飲み、初めは歓声を上げる事すら忘れている程だった。

「へぇ……、本当に想像以上だよ。この私の剣をここまで防いだ男は初めてだ!」
「ふんっ! そんじょそこらの三流男と一緒にするんじゃない! ええぃ! いつまでも、ひらひら避けるんじゃない!」
「ふふ、優雅さに欠けるだろう? 柔よく剛を制すってね」

 互いの剣は交差しあう。
 一体何合目の打ち合いだろうか……、わからないほどの数、そして火花を散らせていた。初めこそは息を飲み、ただ魅入っていた観客だったが、今は違っていた。傍目には、攻撃を完全に見切り、且つ攻撃も加えている、攻撃回数も多いユラン。我らがチャンプが圧倒していると、心を躍らせ騒いでいた。

「いや~~。ユラン選手の怒涛のラッシュですね~。ランス選手も何とか捌いて持ちこたえてはいますが~……。この状況、どう思います~?」

 実況のナギサが隣の男に問いかける。
 この準決勝から解説として招かれた金髪の男。目元にはマスクを装着しており、素顔の全ては見られないが その仕草、そして言葉遣いから美男子を連想させていた。この男こそが、優勝した選手とエキシビションを行う予定のリーザスの将軍だった。
 ナギサの問いかけに男はマイクを手に取り答える。

「そうですね。……これは一見、ユラン選手が手数で圧倒しているように見えます、ですが、だからと言って、ユラン選手が優勢か? と言われれば違うでしょう」
「え~? そうですか~? ですが、終始主導権を握っているのはユラン選手のように見えますよ~? 先ほども言いました通り、物凄い数の攻撃なんですから~。ランス選手の攻撃は当たってませんし~」

 ナギサの話も最もなのだ。これまでの戦い。恐らく対戦相手との実力差がありすぎた事から、あまり深く見る事が出来なかったが、ユランの強さは、幻夢剣もそうだが、何よりもその身体捌きにもあるのだ。
 攻撃を全て見切り、躱し そして最後には、必殺の剣で仕留める。まさに『蝶の様に舞い蜂の様に刺す』 それを体現している戦闘法だから。

「……ええ、確かに それに関しましては、僕も同意見です。……が、ユラン選手の攻撃も全て、ランス選手に防がれています。……速度で勝るユラン選手が捉え切れていないと言う事は恐ろしく勘の良い選手なんでしょう。ランス選手は。動きを見ても、型にはまらない、自由奔放とも言える身体捌き。何処から強力な攻撃がくるか判りません」

 そして、その解説役である将軍のそれも、まさにその通りだった。
 ランスはユランの攻撃を一撃も身に受けておらず、全て防いでいた。彼は圧倒的なパワータイプではあるが、野生の勘……と言うべきものも持ち合わせており、更に身のこなしも柔らかく素早い。そして、ここ一番では必ず捌ききっているのだ。
 そして、何よりも有り得ない体勢から、有り得ない攻撃力が篭った一撃を放ってくる。隙だらけに見えて、実は誘い。……ユランは、その太刀筋を読みきれていないように見えたのだ。

「ユラン選手の動きも素晴らしい。力では不利と見て受流している。如何な強大な力でも身体に当てず、その軌道を変えられたら、0に等しいですからね。……ですが」

 そう実況したそのときだった。
 ランスは高く剣を掲げ、力任せに振り下ろした。素人目にも判る頭部を狙う唐竹。そんな判りやすすぎる太刀筋はユランにとっては恰好の的。カウンターを当てやすい軌道だったのだが、脳裏に嫌な予感が走った。

 すぐさま、受流す事もせず カウンターを狙う事もせず、全力で後ろへと飛び回避したのだ。

 その自分の脳裏に画いたイメージは間違ってなかった。

「っっ!?」

 強烈な一撃は、闘技場の地面にまるで爆弾を破裂さしたようなクレーターを生み、周囲に大量の砂埃を巻き上げていた。

「むっか~~!! 避けるんじゃない! いい加減にしろ! 卑怯者が!」
「馬鹿を言わないでくれ。攻撃を避けるのも立派な戦術だ」

 冷静を装っているが、内心は穏やかではいられなく、余裕も最早微塵も無い。

(……この出鱈目な威力は、あんなの 一撃でも貰ったら……。一発で終わりだな)

 戦いの最中、ユランが頭の中で描いたイメージ。
 それは、受けた瞬間自分の身体が観客席にまで吹き飛ばされる予知夢に似た光景だった。

「そう、これです」

 実況の男は指を指しつつマイクも口元へと持っていき続けた。

「これこそが、ランス選手の強み。……圧倒的なパワーです。」
「げほっげほっ……。そ~ですね~……。まるで、私達のほうまで、砂埃が飛んでくるかと思いましたよ~~」

 当然、飛んで着てはいないのだが、錯覚し思わず噎せてしまうほどだった。相対していない他者にまでイメージを植え付ける、凶悪で強大な力だ。ランスが振り下ろした剣先の地面は大きくえぐれているのだから。

「ご覧の通りです。ランス選手の攻撃は正に一撃必殺の剛剣。ユラン選手は、今は避け捌いていますが、体力・精神力がランス選手より先に尽きた時、それが勝敗を決しかねません。だからこそ、チャンスがあっても攻めきれない。あの威力を間近で見たユラン選手は脳裏に刻まれているでしょう。更に不安要素が生まれたと言っても過言じゃありません。」
「なるほど~~……参考になります~!今後のお2人の戦い、まさに目が離せません~!この勝負、勝つのはどっちでしょうか~!」

 観客の声援に応えるようにユランは、飛び出し連撃を浴びせるが、ランスはそれを避け、剛剣を振るう。実況の言うとおり、集中力を切らした時が最後、だろう。

(……強い。あの男とやる為に温存、とか考えてた自分が情けないな)

 ユランは剣の柄をぎゅっと握り締めた。

「がははは!!! 今度こそ、くらえぃ!」

 ジリ貧だという事はランスもわかっており、相手の弱みを見抜く目は誰よりも長けている。相手に嫌がる事をさせたら右に出るものはいない……と言う程だ。……が、それはユランの誘いだった。このまま、無駄に体力を浪費し、打てなくなる前に。あの尋常じゃない速度の持ち主と戦う為に取っておいた技を解放する。

「む……!!」
「おおっと~~! ユラン選手、あの剣の軌道は~~!!(軌道……キドウ。なんちゃって♪)」

 さすがに、この緊張感の中で口には出さなかったが、頭の中ではちゃっかりと言ってしまってるのがいつもマイペース、キドウ・ナギサと言う女だ。……それも、いつも見ている技だからだろう。
 だが、いつもと、少しばかり違っていた。

「違う……あれは!」
「ええっ!! あ、あれ!?」

 目を見開く男と、思わず自分の口調を忘れてしまっているナギサ。
 ユランの背後に光球が現れ、それがただでさえ尋常じゃない彼女の素早さを更に向上させていた。

(アンタは強い……。今日一日で2人も私が思うなんてね。……だからこそのとっておきだ。自分の限界を出させてくれる相手にとっておいた新技!)

 ユランは、自然体の構え。ただ、剣筋、太刀筋は身体に聞けと一心。どの様に動くかをも本能に任せていた。

「んげっ! なんじゃ、この速度は!」

 ランスも目を見張るほどの速度。ついさっきまででも十分早かったのに体感で先ほどまでの倍近い速度ではないか?と思ってしまうほどだった。


 そして、そのユランの技の圧倒的な力、雰囲気は 観客席にまで届いていた。

『あっちゃあ……ヤバイじゃない!大損?? アイツ、ただでさえ凶悪な技をさらに一段階上げてる!?』
『ら、ランスさんっ!』
『マジか!?あんなの今まで見たことねえぞ!?』

 観客席のロゼは思わず舌打ちをしてしまい、冷や汗を掻いていた。ランスに賭けている金だって相当な金額……失えば破産もありえたからだ。パルプテンクスもオヤジも思わず身を乗り出していた。

『……その剣、正に夢幻の如し。それもとっても歪な夢を見るでしょうね。あんなの喰らったら……』

 戦いを魅入ってしまったのは観客たちだけでなく、偵察に着ていた女忍者も同じだった。
 これまでに何度も見ている筈なのに、それは一味も二味も違う事がこの距離からでも理解できる。いつだったか、言の葉を操れるモンスター、その技に倒された凶悪なモンスターが称したものであり、いつしか定着した軌道。それが≪幻夢剣≫と呼ばれるものだった。

 だが、彼女は王者になっても奢らず、自らを高めてきたのだろう。それが判るほどの代物。
 自らの限界を更に破り、≪幻夢剣≫を明らかに超えている業。

「歪空幻夢剣!!」

 それは一閃。流れるような動きをしていた剣が、ユランの咆哮と共に、恐るべき速さ、変幻自在の軌道でランスの身体に迫っていた。さすがのランスもこれまでに見たことの無い程の速度だった故、反応すら出来ていなかった。
 もう、コンマ数秒。刹那の時で、その刃はランスに一撃を入れ、勝敗を決するだろうと、観客の誰もが確信をしていた。
 だが、その瞬きさえ赦さない刹那の時……その逆を考えていた者がいた

(ランス選手のあの目は……)

 一人目はランスの目を見た実況の男。そして、もう一人。

「……あれは。成る程な 流石、ランスって事か……残念だったな。ただ、相手が悪かったようだ」

 ランスの奇策を見抜いたのはユーリだ。この勝負はもう先が見えている勝負だった。地力でも敵わない。なら、最も信頼できる必殺技に縋るしかない。だが……、それすら封じられてしまっているんだから。

 この間、0.2秒を切る。

「なな、なんだっ!!」

 ユランは、絶句し体勢を崩した。
 ユランの剣はランスを間違いなく捕らえていたが、到達する寸前に逸れてしまったのだ。何故、剣が逸れた?滑ったかのように逸れたのか困惑していたユランだったが、そのまま、前のめりに倒れランスの鎧に思いっきり近づいてしまったとき、全ての理由に気がついた。

「そ、そんなっ!?」
「がははは!! 幻夢剣破れたり!!」

 厳密には違う技名だが、性質はまるで変わらないものだった為か、効果は絶大だった。実はランスはさらに鎧に改良を加えていた。

 それは、ランスが事前に 幻夢剣を簡単に破る方法を模索していた時の事。
 色々と確認した所、魔法でも使わなければ難しいだろう、と言う結論に至った。それでも、諦めきれなかったランスは、シィルに考えさせたのだ。

 無理難題を吹っかけられたシィルだが、ランスのために と必死に考えて 『止めるのが無理なら、ヌルヌルで滑らせてみればどうか?』と提案をしたのだ。

 そこで、ランスが目をつけたのが 《スベリヒユ》。

 リーザス場内部に生えている植物であり、からしじょうゆと一緒に食べれば美味しいと評判。そして、何よりもヌルヌルと滑るのだ。
 それをちょいとリーザス城から拝借し、自身の鎧に塗り、更にはユランとの鍔迫り合いの最中、その刀身にもたっぷりと塗り付けた。

 ユランの攻撃は鋭い。それが災いしたのか、その剣はランスの身体を捉える事が出来ず 鎧と自分の剣に塗られたスベリヒユが滑らせてしまい、攻撃が当たらない。

「ま、まさか……、これを誘っていたのか!?」
「気づくのがちょっと遅かったな! オレ様の頭脳ぷれい!」

 ランスは高々と剣を突き上げ、更に両手で柄を握り締める。先ほどのは片手であの威力だ。それが両手なら……と、身体は危険信号を全開で出していたが、それ以上に身体を動けなくしていた。

「喰らえぇぇぃ ラーーンスアタァァァック!!!」

 ランスは剣を高々と突き上げ、飛翔すると一気に叩き落した。その軌道の先はユランではなく、その目の前の地面。元々、ランスはユランの身体目当てだったから、傷つけるのは最小限にとどめようとしており、且つ 女の子を傷つける事自体殆どする事は無い。
 例外はあるが、今回は例外ではない。

 そして、ユランは直撃こそはしてないが攻撃の衝撃波自体は受けている為、ノーダメージと言うわけではない。鎧はその一撃の破壊力で崩れ落ち、余波で身体は吹き飛ばされ 背中から叩きつけられた。

『……すげぇ』

 観客の殆どが息を飲んだ。

 直撃してないのは、状況を見てわかったが、真に驚くべき所はあの轟音と凄まじい砂埃、そしてこれまで以上に抉れた地面だ。それらは、あの男の破壊力を物語っていた。

 ユランは意識はしっかり持ち、空を見上げつつ 自分のダメージ具合を確認する。
 どうやら、強大な一撃を受けたせいで、一時的に身体機能が麻痺してしまったようだ。

(立ち上がれそうに……、無いな。だが、直撃こそ外されたと言うのにこの威力……、アイツが、ちゃんと私の身体を狙ってたら……)

 身の毛もよだつ想像。全身の毛穴から汗水が吹き出て鳥肌が立つ。明らかに自分の負けだ。例え、それが奇策だとしても、通用するというのであれば立派な戦術。誰もが考えつかない様な方法をとって、更に結果を残したランスの勝ちだ。
 
 そして、何より自分は手加減された。その事実を認めること事態が苦痛でもあったが、負けは負け。素直に認める。

 そして、それと殆ど同時にランスの切っ先がユランに向けられた。

「どうだ? どこぞの軟弱な男共と一緒にされて不愉快だったが、俺様は強いだろう?」
「……ああ、そうだ。幻夢剣を超える剣、歪空幻夢剣を破られるとはね。……レイラにだって、負けないつもりだった」
「がははは! オレ様を三流戦士と一緒にするんじゃい! 負けを認めるんだな?」
「……ああ、あんたの勝ちだ。ランス」

 ユランの敗北宣言に、観客が静まり返った。
 絶対王者であるユラン・ミラージュの敗北にショックを受けてしまったのだろう。……が、その負けも理解できるであろう。あの破壊力を目の当たりにすれば。

≪ランスアタック≫

 恐らく、今後ユランの幻夢剣と同等、否それ以上に語り継がれる事になるだろうから。

「そこまで~~。勝者はランス選手、決勝進出決定です~!」

 ナギサの高らかで仄々としたアナウンスを皮切りに静寂だった観客席から盛大に大歓声が生まれた。これはまだ準決勝だと言うのに、王者を破った故に新王者となったと、祝福をしているようであった。

「がははは!! それじゃあ、早速だ! ヤルぞ!」
「ま、まて……、せ、せめてシャワーくらいっ」
「ふっふーん! オレ様は気にしない。一石三鳥作戦の内の2羽も逃がしてしまった上に、多少とはいえ、苦労もした。そして、何よりも! 今更生殺しとかされてたまるかー!」
「そ、そういうことじゃ、なくてっ……! ぁ、やっ……!」
「がははは、へっぴり腰で、抵抗など出来んだろー。約束は約束だからなー!」

 ランスは、ユランを抱かかえると、そのまま剣闘士控え室へと帰っていった。傍から見れば、勝者が手を差し伸べているように見えるが……。

 これから何が行われるか、誰もわかっていなかった。



 
 

 
後書き
~人物紹介~

□ ユラン・ミラージュ

Lv14/27
技能 剣戦闘Lv2

リーザス・コロシアムのチャンピオン。その実力は、国王も自慢する程の者であるが軍には所属はしていない。勇者アリオス・テオマンに自身の必殺技≪幻夢剣≫を破られて以降、更に技に磨きをかけ昇華させた≪歪空幻夢剣≫を編み出すが、スベリヒユを使われ、威力を発揮することなく敗れてしまう。

しかし裸も同然の防具で戦っていた割には、素肌に傷1つ無いのが不思議だ……。


□ ロゼ・カド

Lv4/20
技能 神魔法Lv1

カスタムの町の自他共に認める淫乱シスター。なぜシスターをしているのか解らないくらい信仰心は全く無く、AL教始まって以来の不良神官として一部ではかなり有名ではあるが、実は鬼才とも呼ばれている。
ユーリとは以前より面識があり、多少交流があるが……、多少苦手意識も持っているようだ。(多少?)
そして、神官とはあるまじき行為、と言うか普通の人間でも中々無い悪魔とH三昧な毎日を送っている。

嘘か真か、一度だけユーリとヤろうとした事があったとか無かったとか。
彼女の本心は不明である。


□ 芳川真知子

LV 5/33
技能 情報魔法 Lv1 召喚魔法 Lv1
 カスタムと呼ばれるの町の情報屋。諸事情により、今回リーザスへと足を運んでいた。
コンピュータを使って理論的に情報を導き出す才女。色々と知りすぎたせいか、世の中の男に冷たい視線を向けていたが、ユーリと出会い、それは息を潜めている。やんわりとじっくりと、ユーリにアプローチをしているが、伝わってない様子。でも気にしたそぶりは見せず、彼を想っているコは他にもいると自分の中で確信しているらしい。(現にリーザスでは多数……)尚、町には双子の妹がいる。


□ キドウ・ナギサ (ゲスト)

Lv10/33
技能 料理Lv1 格闘Lv1 

リーザスコロシアム名物。と一部から熱狂的なファンがいる名物司会者。司会の時は正装だが、いつもはゴスロリの衣装を身に纏っている。
終始のんびりとした思考と言動を繰り返しており、緊張感の無い司会だ、と当初は思われていたが、回数を重ねる事にその『マイペースさが良い!』『そそる!!』とか言われ出し、定着した。のんびりマイペースな彼女だが、侮るでなかれ、自身の倍の体格はあろう者を投げ飛ばす剛の者である。
……不埒目的で近づくのなら……ご注意願いたい。

名前・性格はFLATソフト作品「シークレットゲーム」より


□ ホウジョウ・カレン(ゲスト)

Lv7/12
技能 剣戦闘Lv1

リーザスコロシアム司会補佐。ナギサとは主に一緒に仕事をしており、パートナー的存在である。病気持ちである姉の為、今日もコロシアムの司会、がんばります。と常に真面目な少女である。
尚、剣の術も時折実況等で来てくれているリーザス軍の人たちから指南を受けているとか。
全ては病床の姉の為。

名前はFLATソフト作品「シークレットゲーム」より
 
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