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黒魔術師松本沙耶香  人形篇

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12部分:第十二章


第十二章

「これなんです」
「それなの」
 見れば確かに見事な人形であった。顔立ちも身体も人間のものそっくりであり、それでいて何処か浮世離れしていた。白い顔に柔らかい身体、何処か日本の人形を思わせるものがあった。
 特に髪の毛が。黒く、生きているようであった。着せている服も和服であり赤く映えていた。
「凄いですよね」
「ええ」
 沙耶香は素直にそれを認めた。
「本当に凄いわね」
「私こんな立派なお人形見たことないんですよ」
 その声は少し興奮して上ずっていた。
「どうやったらこんなお人形が作れるのか。本当に不思議ね」
「これはもう才能ね」
 沙耶香はその人形の細かい部分まで見渡しながら述べた。
「ここまで出来るのは。特に髪の毛と目が」
「はい」
「生きているみたい。まるで今にも動いたりしそう」
 その髪はどうやら人間のものであるらしい。日本の人形に似たものを感じたのはここからであろうか。艶もあり、黒く光っていた。
「そうなんですよね。生きているみたいで」
「こんな人形を作られるなんてね」
 素直に賞賛を覚えた。
「素晴らしいと思うわ」
「私も早く先生みたいなお人形が作られるようになりたいです」
 真由子はうっとりとした声でこう言った。
「けれどここまでは無理ですよね、やっぱり」
「正直に言わせてもらうとこれはもう天才の域ね」
 沙耶香はきっぱりと言った。
「本当にね。見事なものだわ」
「私じゃ無理ですかね、やっぱり」
「どうかしら、貴女にも才能があれば出来るかも知れないわよ」
 月並みな言葉だがこう述べた。
「それか違うタイプのお人形を作るとかね。それはそれ、これはこれよ」
「とりあえずは頑張れってことですね」
「そうとらえてもらってもいいわ。それじゃあ」
 そう言い残して彼女はそこから去った。それからまた学園内を歩き回るのであった。
 その日はそれで終わりであった。帰る時になって絵里に声をかけられた。
「御自宅までですか?」
「はい」
 沙耶香はそれに応えた。
「今日はこれまでで」
「そうなのですか」
「また明日来ますよ」
 沙耶香はうっすらと笑ってこう述べた。
「それはわかっていますが」
「何か」
「いえ、てっきりこちらにお泊りになられるかと思いましたので」
 絵里は何故か戸惑いながら述べていた。
「部屋も用意しておりましたが」
「いや、それは結構」
 だが沙耶香はそれを断った。
「家は東京にありますし。すぐ来れますから」
「そうなのですか」
「それともまた二人で過ごされたいのですか?」
「えっ!?」
 どうやらそれが本音であったらしい。絵里は頬を赤らめさせて驚いた顔を作った。
「それは」
「ただ、今日は御容赦願いたいです」
「今日は駄目なのでしょうか」
「私の自宅ならばよいのですが」
「けれど今日は」 
 絵里は言った。
「私当直でして」
「そうだったのですか」
「はい。けれどそれなら仕方ありませんね」
「ここの当直室はどちらにあるのでしょうか」
「教会の後ろです」
 彼女は答えた。
「そこにあります」
「そうなのですか」
「若し宜しければ御一緒にと思ったのですが」
「申し訳ありません。教会ではね」
 沙耶香は一時気が向いたようであったが教会と聞いてその気をなくしたようであった。
「幾ら何でも神の御前で、というわけにはいかないでしょう」
「けれど」
「私がよくても貴女が」
 沙耶香は言った。
「流石にその罪は償いきれないのではないですか?」
 それは神への冒涜に他ならない。女と交わることですら罪だというのに。その罪に誘うのは他ならぬ沙耶香であるが彼女はここではそれを否定してきた。
「どうなのでしょうか」
「はい」
 そして絵里もそれを認めた。こくりと頷く。
「その通りです」
「では止めますか」
「いえ、待って下さい」
「何か」
 沙耶香は急に声をあげた絵里を見て目の中だけで笑った。目そのものは微動だにせず、何も変わってはいなかったがその中にある黒い瞳が笑っていた。まるで獲物を前にした虎の様に。確かに笑っていた。
「それでも。いらしてくれませんか」
「宜しいのですね」
「・・・・・・はい」
 震えながらもこくりと頷いた。罪深いことであるのはわかっている。それを冒すことが恐ろしい。だがそれ以上にその罪を冒すことと沙耶香のもたらすであろう快楽への誘惑に耐えられなくなっていたのであった。だからこそ頷いたのである。
「是非いらして下さい」
「わかりました。それでは」
 二人は教会に向かった。そして神と主、聖霊のいるその場所でまた罪深い夜を過ごすのであった。


 
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