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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百六十九話 襲来




帝国暦 490年 1月 15日   オーディン 新無憂宮 バラ園  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「征くか」
「はっ」
俺が答えるとフリードリヒ四世が満足そうに頷いた。
「不思議なものじゃ。三十四年前、予が即位した時は誰も予に期待などしなかった筈だが……。その予の治世において宇宙を統一する事になるとは……、歴史家どもは予を何と評価するかの?」
悪戯小僧の様な笑みを浮かべている。困った爺様だ。年を取ってから童帰りしている。

「臣下達は人を見る目が無かった、そう本に書くのではないでしょうか。門閥貴族達が滅びたのもむべなるかなと」
フリードリヒ四世が笑い出した。
「そちは酷い事を言う。予なら何かの間違いと書くところだ」
間違いの方が酷いだろう。征服されるフェザーンや同盟の立場を考えてくれ。統一は何かの間違いですなんて本に書いたら焼き捨てられるぞ。それとも笑い出すかな?

フリードリヒ四世が薔薇を弄り出した。周囲には淡いピンクの華が溢れんばかりに咲き誇っている。少し離れた所には白い薔薇も咲いているがこちらのピンクの薔薇の方が華やかで綺麗だ。薔薇園は楽で良い、ここでは煩わしい礼儀は無用という事でフリードリヒ四世と並んで薔薇を見ている。

「フェザーンは酷いようだの」
「はっ、煽る人間もおりますれば……」
「それを望む人間も居る、混乱は已むを得ぬか」
フリードリヒ四世がまた声を上げて笑った。参ったね、それを望む人間ってのは俺の事かな、それとも自分の事か。

フェザーンではあの後も暴動が続いた。まあ火種も有れば煽る人間も居るんだから当然ではある。同盟もペイワードも已むを得ずだろうが夜間外出の禁止、デモ、集会の禁止を行う事で暴動の沈静化を図っている。効果は有って暴動は収まったが時折小競り合いの様な衝突はまだ続いている。そしてペイワードに対する反感は日々強まっている様だ。

反ペイワードの動きが強まっているという報告もキスリングから上がっている。いずれリコールかな。その後で新たな傀儡を自治領主に選出し自由惑星同盟と絶縁する、戦闘中に後方が混乱すれば同盟には大打撃だろう。帝国の勝利に大きく貢献、そして帝国に服従。地球教はそんな形で幕引きを狙っているのではないかと思っている。おそらくルビンスキーは帝国に統一させて内から乗っ取るべきだとでも連中に言っているのだろう。

「何時までも引き留めておくわけにもいかんの。ヴァレンシュタイン、そちが凱旋する日を待っているぞ」
「はっ、必ずや御期待に添いまする」
「うむ」
フリードリヒ四世に一礼すると三歩後退してからもう一度礼をして身体を翻した。

薔薇園から建物内に戻るとヴァレリーが小走りに駆け寄って来た。
「お話は御済になったのですか?」
「ええ」
「では?」
「宇宙港に行きます」
出口に向かうと控室から護衛官達が現れ俺の周囲を囲んだ。長身、引き締まった身体、鋭い眼光、羨ましいよ。俺に半分でいいからくれないかな。新無憂宮を出て地上車に乗り込むと宇宙港を目指した。

宇宙港では大勢の軍人が列を作って待っていた。宇宙艦隊を指揮する男達だ。先頭はメルカッツ、そしてケスラー、クレメンツ……。ここに居ないのはシュトックハウゼンだけだ。彼はフレイア星域でガイエスブルク要塞と共に待っている。皆が俺の姿を認めると一斉に敬礼してきた。答礼して前を通り過ぎるとメルカッツ、ケスラー、クレメンツと順に後に付いて来た。艦隊は既にオーディンの大気圏外で待っている、宇宙港に居るのは各艦隊の旗艦だけだ。各自、自分の旗艦に向かう。

総旗艦ロキの艦橋ではワルトハイム、シューマッハ、リューネブルクの見慣れた顔が待っていた。他にも今回の遠征のために新たに配属された参謀達がいる。皆頬が上気していた、俺の姿を認めて敬礼をしてくる。それに応えてから指揮官席に座るとワルトハイムが傍に寄って来た。

「司令長官閣下、発進の準備は出来ております」
ワルトハイムの言葉に周囲が期待する様な視線を向けてくる。重いな、いや百五十年続いた戦争を終わらせるのだ、重いのは当たり前か。だがそれで終わりではない。これは新たな人類の歴史の始まりになる筈だ……。

「これより大気圏外で待つ艦隊と合流します」
「はっ」
「全艦発進せよ!」
命令を受けワルトハイム、シューマッハがオペレータ達に指示を出す。やがてロキがふわりと浮き上がるのが分かった。ロキだけじゃない、スクリーンにはネルトリンゲン、フォルセティ、シギュン、スキールニル等が次々と上昇する姿が映った。



帝国暦 490年 2月 10日   フレイア星域 帝国軍総旗艦ロキ  ナイトハルト・ミュラー



フレイア星域でシュトックハウゼン提督と合流するとエーリッヒは各艦隊司令官を総旗艦ロキに招集した。会議室で艦隊司令官と総司令部要員、シャフト技術大将がコーヒーを、エーリッヒはココアを飲みながら懇談だ。ガイエスブルク要塞をイゼルローン回廊に運ぶというのは聞いているが動かすのを見るのは初めてだ。事前に意識合わせをという事らしい。

「では要塞が先頭に立つと?」
「なんといっても重量が有りますからね。後ろに置いて暴走して艦隊に突っ込まれでもしたら大変な事になります。それにワープの時はかなりの時空震が発生しますから艦隊はある程度の距離を置いて後ろにいた方が良いでしょう」
「では要塞がワープを行い問題が無いと分かってから艦隊が続けてワープ、そういう事ですか」
「ええ」
ケンプ提督とエーリッヒの会話に皆が頷いた。

「しかしそのワープですが問題は無いのでしょうか?」
レンネンカンプ提督が問い掛けると皆が頷いた。まあ無理もないだろう、あの巨大なガイエスブルク要塞がワープ? 到底信じられない。
「大丈夫だ、既に三十回以上テストしているが一度も問題は生じていない」
シュトックハウゼン提督が答えると彼方此方で嘆息が漏れた。それを見てシャフト技術総監が満足そうに頷いた。

「安全のため航行は急ぎません。イゼルローン要塞へは時間をかけてゆっくりと進みます」
「では戦闘状態に入るのはフェザーン方面の方が先になりますな」
ビッテンフェルト提督が幾分不満そうに言うとエーリッヒが“そうですね”と言ってクスクスと笑った。

「作戦会議でも説明しましたがフェザーン方面とイゼルローン方面を比較すれば要塞が有る分イゼルローン方面の攻略は難しいと同盟軍は考えるでしょう。フェザーン方面で戦闘状態に突入させておいてイゼルローン要塞を攻略すれば……」
エーリッヒが意味有り気に言葉を止めた。
「フェザーン方面の反乱軍は簡単に退けない。無理な撤退をすれば甚大な被害を受ける」
俺の言葉にエーリッヒが頷いた。ニコニコしているが相変わらず辛辣だ。

「それにしても楽しみですな。イゼルローン要塞対ガイエスブルク要塞か」
「トール・ハンマー対ガイエスハーケン、確かに見応えが有る」
レンネンカンプ提督とビッテンフェルト提督の言葉にざわめきが起きた。派手な要塞主砲の撃ち合いを想像したのだろう。

「要塞主砲の撃ち合いは発生しないと思いますよ」
エーリッヒの発言に皆が訝しげな表情をした。
「ガイエスブルク要塞はイゼルローン要塞にぶつけます」
“ぶつける!”、彼方此方で驚愕の声が上がった。
「イゼルローン要塞を攻略する必要は無いのです、破壊すれば良い」
「……」

皆、顔を見合わせている。何処かで“破壊”と呟く声が聞こえた。普段感情を表に出さないアイゼナッハ提督も信じられないといったように頻りに首を振っている。それを見てエーリッヒが軽く笑い声を上げた。全く途方もない事を考える男だ。溜息が出た。
「イゼルローン要塞には民間人も居ます。物理的に破壊すれば彼らも死ぬ事になる。そう脅せばヤン・ウェンリー提督も降伏するでしょう」
「……」
皆、声が出ない。ただエーリッヒを見ている。エーリッヒがカップをソーサーに置くと静まり返った部屋にカチャリと音が響いた。

「その後は一気にイゼルローン回廊を駆け抜けハイネセンを目指します」
「……」
「イゼルローン要塞陥落によって混乱した反乱軍に防衛体制を再構築させる猶予は与えません。迅速さで彼らを圧倒します。それによって抗戦の意志を根こそぎ奪う、百五十年続いた戦争を終結させるのです」
エーリッヒが分かったかとでも言うように俺達を見渡す。彼方此方でカップをソーサーに置く音が起き皆が姿勢を正していた。



宇宙暦 799年 3月 12日  イゼルローン要塞  アレックス・キャゼルヌ



『では未だ帝国軍は現れないのかね』
「はい」
ヤンが答えるとスクリーンに映ったボロディン統合作戦本部長が顔を顰めた。
『帝国軍は一体何をやっているのか……。本当なら二月の末には現れてもおかしくないのだが……。二週間は遅れている』
本部長の言葉に司令室の彼方此方で頷く姿が有った。

「フェザーン方面の状況は如何なのでしょう?」
『今のところは問題無い。味方は帝国軍を押し返しているよ。もっとも帝国軍も本気で攻撃を仕掛けているわけでは無いようだ。ビュコック司令長官からは帝国軍の動きは鈍いと聞いている。……少し気になるところだ』
「そうですね……」
ヤンは憂鬱そうにしている。隣りに居るカールセン中将も同様だ。

フェザーン回廊では既に戦闘が始まって二週間が経つ。味方はフェザーン回廊の狭隘部、比較的帝国側に近い場所で防衛戦を行っている。帝国軍は強攻すれば損害が馬鹿にならないと見ているのだろう。だが二週間だ、いくらなんでも二週間も無為に過ごすとは……。有り得ない事だ、にもかかわらず帝国軍は本気で攻撃を仕掛けてこない。どういう事なのか……。

『問題はフェザーンそのものだ。反ペイワード運動が酷い』
「……」
『ペイワードをリコールしようという動きが出ている』
「長老会議でしょうか」
本部長が頷いた。
『市民からも出ている。今のところは同盟軍の陸戦隊が居るから本格化していないが防衛線を突破されればあっという間にリコールされるだろうな』
ボロディン本部長の口調は苦い。

『おそらくは地球教、ルビンスキーが動いている。ペイワードからは反ペイワード派を拘束してくれと何度か要請が出ている』
「要請を受けるのですか?」
ヤンの口調は不同意という響きが有った。ボロディン本部長が首を横に振った。
『市民の支持は必ずしもペイワードには無い。今でさえ市民をかなり抑圧している。これ以上は危険だろう、拘束は逆効果になりかねない』
本部長の口調は更に苦いものになった。

『ペイワードは今リヒテンラーデ侯と接触している。帝国と同盟の和平交渉をと向こうに訴えている』
「状況は如何なのでしょう?」
『思わしくは無い。もっとも接触は維持出来ている。戦局が膠着するかこちらに有利になれば和平交渉は本格化するかもしれない』

彼方此方から溜息が聞こえた。頼りない話だと思ったのだろう。だが可能性が有る以上同盟はペイワードを切り捨てられない。ペイワードもその事は分かっているだろう。同盟に対し強気に出るのもそれが有るからだ。その後、ハイネセンの状況を話して通信は終わった。ハイネセンは比較的落ち着いているらしい。フェザーン方面で戦局が膠着している事で市民は安心している様だ。

「妙ですな。イゼルローンと違ってフェザーンには要塞が無い。攻撃を躊躇う理由は無い筈だがフェザーン方面は本気で攻めない、こちらには敵は未だ来ない、帝国軍は何をやっているのか」
「ええ、腑に落ちない事ばかりです」
カールセン提督がヤンに話しかけている。猛将と評価の高いカールセン提督にとっては現在のただ敵が来るのを待つという状況はなんとももどかしい事なのだろう。

「ヤン提督、帝国軍はヴァレンシュタイン元帥がイゼルローン要塞に到着するのを待っているという事は有りませんか」
「ヴァレンシュタイン元帥が此処に来てから本気で攻撃を始めるという事ですか」
「何故ヴァレンシュタイン元帥が遅れているのかは分かりませんが彼が来るのを待っている。彼がこの遠征の総司令官ですからな」

なるほど、帝国最大の実力者に敬意を払っているというわけか。彼方此方で顔を見合わせている姿が見えたがヤンは少し眉を顰めている。不同意のようだ。ヤンの様子を見てカールセン提督が“フム”と声を出した。余り拘泥しないところを見ると思い付きのような考えなのかもしれない。

「急な体調不良で遠征軍が進撃を停止しているという事は無いでしょうか? ヴァレンシュタイン元帥は余り身体が丈夫ではないと聞いた事が有ります」
ムライ参謀長の言葉にパトリチェフ副参謀長が“なるほど”と頷いた。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン元帥、帝国軍の名将であり同盟にとっては最大の敵。彼によって同盟は恐ろしい程の損害を受けている。その彼の唯一の弱点が健康に難ありという事は同盟の人間なら誰もが知っている事だ。

「フェザーン方面の帝国軍の動きが鈍いのもそれが理由では?」
ムライ参謀長が言葉を続けた。確かに有り得ない話ではない。指令室の彼方此方で頷く姿が見えた。
「もしそれが事実なら元帥の体調が戻れば帝国軍は押し寄せて来ますな。さて、何時になるのやら」
カールセン艦隊のビューフォート参謀長が溜息混じりに発言すると他からも溜息を吐く音が聞こえた。皆、待つ事に疲れ始めている。

「ヤン提督!」
オペレーターが緊張した声を上げると司令室の空気が一気に引締まった。敵か?
「哨戒部隊から緊急連絡です! 帝国軍と接触!」
敵だ! ようやく帝国軍が来た! 司令室が興奮している。心拍数が跳ね上がったような気がした。
「形状は球体またはそれに類する物、材質は合金とセラミック、質量は……」
声が途切れる、オペレーターは蒼白になっていた。ムライ参謀長が“質量は如何した?”と苛立たしげに声をかけた。

「質量は、質量は概算四十兆トン以上です」
声が震えている。“四十兆トン?”、“馬鹿な、何だそれは?“、と声が上がった。
「質量と形状から判断して直径四十キロから四十五キロの人工天体と思われます」
「……」
「映像、映します!」
司令室のスクリーンに巨大な軍事要塞が映る、彼方此方で呻き声が起きた……。



 
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