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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百六十八話 宣戦布告



宇宙暦 798年 12月 13日  イゼルローン要塞  ヤン・ウェンリー



『……自由惑星同盟は不実にも帝国との約定を破った。同盟はその罪を償わなければならない。ここに帝国は宣言する、同盟に罪を償わせるため帝国は大規模な軍事行動を展開する。全てが終わった時、宇宙には平和と新たな秩序がもたらされるだろう』

TV電話のスクリーンでは帝国の国務尚書、リヒテンラーデ侯が厳かと言って良い口調で宣戦の布告を行う姿が映っていた。二日前に放送されたものだ、もう何度この映像を見ただろう、見る度に溜息が出る。平和と新たな秩序か……、宇宙統一の宣言だな。年が明ければ帝国軍が大挙このイゼルローン要塞に押し寄せるだろう、フェザーンにも……。

「また見ているんですか?」
「……ユリアン」
キッチンで夕食の支度をしていたと思ったのだが……。
「見る度に溜息を吐いています、良くありませんよ、提督」
ユリアンが心配そうに私を見ていた。保護者失格だな、私は。ユリアンに心配ばかりかけている。

「分かってはいるのだけどね」
「また溜息を吐いている」
苦笑が漏れた。やれやれだ、どうにも重症だ。苦い想いを噛み締めているとTV電話の受信音が鳴った。番号は要塞司令部を表している、多分グリーンヒル大尉だろう。有休をとっているところに連絡を入れてきた、嫌な予感がしたが出ざるを得ない。スクリーンが切り替わってグリーンヒル大尉が映った。済まなさそうな表情をしている。ユリアンが気を利かせて席を外した。キッチンに戻ったのだろう。

『お休みの所を申し訳ありません』
「いや、気にしなくていい。何が有ったのかな」
『ハイネセンから通信が入っています』
「分かった、こちらに回してくれ」
『はい』
画面がまた変わった。今度はグリーンヒル総参謀長が映った。

『やあ、ヤン提督。休暇中に済まない』
「いえ、お気になさらないでください」
『そう言って貰えると助かるよ』
済まなさそうな顔をされると胸が痛む。やる気が出なくて休んでいたとは思っていないだろう。

『帝国が宣戦を布告してきた』
「はい」
私が頷くとグリーンヒル総参謀長も頷いた。
『我々はイゼルローン、フェザーン両回廊で帝国軍を迎え撃つ。戦線を膠着させ和平に持ち込む』
「はい」
私が頷くとグリーンヒル総参謀長が困ったような表情をした。

『そんな顔をしないでくれ』
「あ、いえ……」
『不本意では有る、軍事的には帝国軍を同盟領奥深くに引き摺り込んだ方が勝算が高いのだからな』
「ええ」
そう、勝算は高い。だが受け入れられなかった。
『しかしね、議長の言う事も一理、いや一理ではないな、十分に理がある。我々は軍人だ、その思考はどうしても軍事に偏り過ぎるのかもしれない』
「……そうですね」

政府、軍上層部の間で防衛方針を巡っての話し合いが十月に二回行われた。政府側はトリューニヒト議長、アイランズ国防委員長、レベロ財政委員長、ホアン人的資源委員長。軍側はボロディン統合作戦本部長、ビュコック司令長官、ウランフ副司令長官、グリーンヒル総参謀長、そして私。軍は帝国軍を同盟領内に引き摺り込んでの決戦を主張し政府側はイゼルローン、フェザーン両回廊での防衛戦を主張した。時に感情的に、時に理性的にそれぞれの防衛案の是非を話し合った。

そこで分かった事は民主共和政国家の政治家達が支持率の低下をいかに畏れるかという事、そして同盟市民への不信感だった。同盟市民に選ばれた政治家達がその選んだ同盟市民に不信感を持つ、その判断力に疑問を持つ、不可思議な事では有る。だがトリューニヒト議長だけではない、アイランズ、レベロ、ホアンの各委員長も同様だった。それを考えれば政治家が市民に対して不信感を持つのは当然の事なのかもしれない……。

“支持率等というものはどれほど高くとも安心出来ない、市民の支持等という物は極めて移り気で不安定な物だ。事が起きればあっという間に下がる。だから政治家達は支持率の低下には極めて敏感だ。一番拙い事は支持率が下がり続ける事だ。そうなれば政府はレームダック状態になる、何も出来ないし決められない。両回廊を放棄すればそうなる可能性は非常に高い。その状態で帝国軍を同盟領内に引き摺り込んでの迎撃など到底無理だ。あっという間に地方星系は同盟から脱退して帝国と和平を結ぶだろう。そうなれば同盟は戦わずして瓦解しかねない”

トリューニヒト議長の言葉だ、沈痛な表情だった。そして言葉を続けた。
“君達は優秀な軍人だ。だから帝国軍の事は分かるだろう、それは彼らが敵だからだ。しかし同盟市民の事は分からない、何故なら君達が彼らと戦う事は無いからだ。だが我々政治家は違う、我々は常に同盟市民に気を許さずにいる。彼らは我々にとって潜在的に敵なのだよ”

政治は軍事に優先する。そしてその政治面での制約が軍事的な手段を制限してしまうとは……。敵よりも味方が足を引っ張るのか……。
『イゼルローン要塞にはカールセン中将の第十五艦隊を送る』
「分かりました」
『残りの艦隊はフェザーン回廊に展開する。つまり、貴官への増援は第十五艦隊だけだ。それ以上は無い……』
「已むを得ません。帝国軍の主力はフェザーンでしょう」
グリーンヒル総参謀長が頷いた。フェザーンには要塞は無い、帝国にとって攻略しやすいのはフェザーンだ。

『カールセン中将には貴官の指示に従うようにと言ってある。彼も貴官の実力は十分に理解している。問題は無いだろう。厳しい戦いになると思うが宜しく頼む』
「分かりました」
カールセン中将は叩き上げの実戦指揮官だ。総参謀長は私の様な若造の指示で動くのは不愉快かと心配したようだ。何かと気を遣ってくれる。

グリーンヒル総参謀長が頷くと“では”と言って通信が切れた。二個艦隊で帝国軍の大軍を防ぐ、第十五艦隊はオスマン中将の第十四艦隊と共に新編成の艦隊だ。練度は必ずしも高くない、そういう意味では要塞防御戦のほうが安心して使えるところはある。しかし果たして防ぎきれるのか……。溜息が出そうだ。民間人の脱出計画が有った筈だ。念のためキャゼルヌ先輩に頼んで何時でも実行出来るようにしておいた方が良いかもしれない。溜息が出た……。



帝国暦 489年 12月 31日   オーディン 新無憂宮 黒真珠の間  グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー



黒真珠の間には大勢の人が集まっていた。政治家、軍人、高級官僚、貴族、そして貴婦人。宮中主催の新年のパーティがこれから行われる。以前、この種のパーティは門閥貴族とその取り巻きが勢威を振るっていたが今はもう無い。目立つのは政治家、軍人、高級官僚の姿だ。いずれも実力で今の地位を得た男達だ、門閥貴族達が纏っていた軽佻浮薄さでは無く落ち着いた力感の有る雰囲気を醸し出している。

パーティは華やかさだけでは無く昂揚感にも包まれていた。先日、帝国政府は反乱軍に宣戦を布告している。軍人だけではなく政治家、高級官僚にまで昂揚感が有るのはその所為だろう。今回の遠征が決戦だと皆が理解している。そして誰も遠征が失敗するとは考えていない、必ず成功する、反乱軍を下すと思っている。

エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、元帥、宇宙艦隊司令長官、そして私にとっては娘婿でもある。皆が遠征軍の勝利を信じるのは彼の存在が大きい。常勝、不敗を謳われ、大軍の指揮運用において周囲から絶大な信頼を得ている。もちろん、私も彼を信頼している。勝てる男だ。そして何と言っても運が良い、私には無かった運の良さを持っている。

当然だが彼もこのパーティに参加している。ユスティーナと和やかに会話をしている姿からは昂ぶりは見えない。彼を知らなければ遠征軍の総司令官と言われても到底信じられないだろう。軍の重鎮でありながら軍人らしさなど微塵も無い男だ。

「久しいな、ミュッケンベルガー元帥」
名を呼ばれて振り返るとエーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥が立っていた。二人とも手にグラスを持っている。
「行かなくて良いのか、あちらに」
シュタインホフ元帥がニヤニヤ笑いながら顎でヴァレンシュタインとユスティーナを指し示した。

「保護者が必要な年でもあるまい、たまには年寄りの相手から解放してやらねば」
「なるほど。しかし保護者が必要なのは卿ではないのかな?」
「そうそう」
今度はエーレンベルク元帥もニヤニヤ笑っている。相変らず口が悪い。この中で一番若いのは私なのだが……。

「年が明けて十五日に兵を発すると聞いた。一年か……」
「心配かな?」
「まさか、私は心配などしておらぬよ、シュタインホフ元帥。あれは勝つための準備を怠らぬ男だ。必ず勝つ」
私が断言するとシュタインホフ元帥が首を横に振った。

「いや、ヴァレンシュタインの事ではない、ユスティーナの事だ。一年も放って置かれるのだ、何かと心配であろう」
「それは、まあ……。しかしこればかりは耐えて貰わなければ……。ユスティーナの夫は宇宙艦隊司令長官なのだ」
私の言葉にエーレンベルク、シュタインホフ両元帥が頷いた。

「考えてみれば我らも随分と家族には寂しい想いをさせたな」
エーレンベルク元帥がしみじみとした口調で呟いた。我ら三人、何度も前線に出た。無事に帰って来たものの今思えば出征の度に残された家族は不安と焦燥に責められたであろう。十分にその不安を思い遣れていたかどうか……。

「だがそれも今回の出征で終わる。そうであろう? エーレンベルク元帥、ミュッケンベルガー元帥」
「そうだな」
「ああ」
ヴァレンシュタインを見た。私だけではない、エーレンベルク、シュタインホフ両元帥も見ている。

「妙な男だ。まさかあの男が反乱軍を下す事になるとは……」
「六年前には想像もしなかったな」
全くだ、六年前には想像もしなかった。第五次イゼルローン要塞攻防戦、あの時は面倒を引き起こす邪魔な小僧でしかなかった。だが今は私が果たせなかった夢をあの男が果たそうとしている。

「確かに妙な男だ」
私の言葉にエーレンベルク、シュタインホフ両元帥が頷いた。
「だが私の後継者であり娘婿でもある。不思議な事だ、どうしてこうなったのかな?」
二人が笑い出した。笑いごとではないのだが私も笑ってしまった。世の中には不思議な事が満ち溢れている。大神オーディンは悪戯好きの様だ。



帝国暦 490年 1月 14日   オーディン 帝都中央墓地  ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



出立を明日に控え忙しい中、司令長官が突然外出すると言いだした。慌てて警護を整え同行したが司令長官が地上車を走らせたのは帝都中央墓地だった。墓地の傍に有った花屋で白い水仙の花束を二つ買い墓地の中に入る。事前に花屋に連絡してあったらしい、どうやら思い付きでここに来たわけでは無いようだ。もしかすると御両親の墓に行くのだろうか。

警護の兵士は司令長官と私の周囲を固めるように歩いている。皆厳しい表情をしている、出征前に何か有っては大変だと緊張しているのだろう。石畳の園路を司令長官と共に歩く。何度か園路を曲がり司令長官が足を止めたのは十分程歩いた頃だった。

「閣下、これは……」
驚いた、私だけじゃない、警護の兵士も驚いている。そして司令長官は少し寂しそうに笑みを浮かべた。
「ローエングラム伯とグリューネワルト伯爵夫人の墓です」
ヴァレンシュタイン司令長官は今でもローエングラム伯の事を想っている。ここに来たのも初めてではない筈だ、私は知らないから休日にでも来ているのかもしれない。ローエングラム伯を殺してしまった事を後悔しているのだろうか……。

「墓が有ったのですか?」
幾分声が掠れた。反逆者なのだ、反逆者は墓を持つ事など許されない、遺体を家族に渡す事さえ希だと聞いた。普通は遺棄されるらしい。だがこの墓には二人の名前が書いてあった。
「ええ、陛下にお願いして帝都中央墓地に埋葬する事を許していただきました。この二人は家族が居ませんから……」
家族が居ない?

「では……」
「キルヒアイス准将は両親が健在でしたのでそちらに渡しました。オーベルシュタイン准将は執事が遺体を受け取りました。彼は良い主人だったようです、執事のラーナベルトは遺体を庭に埋めたと聞いています」
ヴァレンシュタイン司令長官が水仙の花束をそれぞれ墓石の上に置いた。

「あの、遺族は罪に問われなかったのですか? 縁座により処罰を受けると聞いていますが……」
不審に思ったのは私だけではないだろう。護衛の兵士達も不思議そうにしている。ちょっとあんた達、警護に身を入れなさい! 身近にいる兵士を睨むと慌てて周囲を警戒し始めた、他の兵士達も。

「そうですね、本来なら遺族も縁座により処罰を受け財産を没収されるのですが伯爵夫人は陛下の寵姫でしたから格別の御温情を以って本人以外には罪を及ばさなかったのです。ですからキルヒアイス准将もオーベルシュタイン准将も本人以外は罪に問われませんでした」
「……」

陛下の格別の御温情、それだけではない筈だ。多分司令長官が陛下にお願いしたに違いない。もしかするとヴェストパーレ男爵夫人、シャフハウゼン子爵夫人も口添えしたのかもしれない。もう一度墓を見た。白い墓石には名前と生年月日、死亡年月日が書いてあるだけだ。伯爵夫人と伯爵の墓にしてはそっけない程に簡素だが墓が有るだけましなのだろう。

「ローエングラム伯の夢は銀河帝国の皇帝になる事、そして宇宙を統一する事でした。だが私が彼の夢を奪ってしまった、だから彼は死んだ……」
司令長官がローエングラム伯の墓を見ている。一体何を思っているのか、何を話しかけているのか……。“奪ってしまった”と言った。“だから死んだ”と言った。ここへ来たのはローエングラム伯への贖罪なのだろうか。司令長官が軽く息を吐いた。

「行きましょうか」
「宜しいのですか?」
「ええ、ローエングラム伯はもう死んだのです、墓に話しかけても返事は無い。その事にようやく気付くとは……。ここに来たのは所詮は自己満足にしか過ぎない」
幾分自嘲が混じった口調だった。胸が締め付けられるような気がした。

「宇宙統一は私の夢、いや義務だ。シャンタウ星域で一千万人を殺した、あの時から私の義務になった。ローエングラム伯とは関係ない。統一しこの宇宙から戦争を無くす。誰もが安全に、穏やかに暮らせる世界を創る。彼の望んだ宇宙と私が望む宇宙は似てはいるが同じではない、同じであってはならない……」
墓を一瞥するとヴァレンシュタイン司令長官が歩き始めた。

自分に言い聞かせるような口調だった。司令長官の斜め後ろを歩きながら横顔を見た。感情が見えない、人形のように無表情だ。ヴァレンシュタイン司令長官がローエングラム伯を忘れる事は無いのだろう。伯を殺してしまった事への罪悪感、喪失感が司令長官の心から消える事は無いに違いない。司令長官はこれからもそれを心に抱えて生きていく……。

視線に気付いたのかもしれない、司令長官が私を見た。
「心配は要りません、大丈夫です」
「……」
「出征を明日に控えて少し心に不安が生じたのでしょう。急にローエングラム伯が生きていれば、伯に会いたいと思いました」
私が納得していないと思ったのだろう、司令長官が苦笑を浮かべた。ようやく人間の表情に戻った。

ローエングラム伯の死は必然だった。余りにも野心を表に出し過ぎた。司令長官が居なくても何時かは死ぬ事になっただろう。だが司令長官の存在がローエングラム伯を死に追いやった事も事実だ。私がそれを否定してもどうにもならない。そして司令長官もそれを否定して欲しいなどとは思っていない。私に出来る事は共に歩む事、司令長官の重荷を共に背負い少しでも軽減する事だ。何処まで出来るかは分からないが……。

「小官は閣下と共に歩む事を不安に思った事など有りません。どれほどの苦難であろうと共に歩む覚悟は出来ています」
「……大佐」
司令長官が足を止めた、皆も足を止めた。司令長官は私をじっと見ている。嘘では無い。第六次イゼルローン要塞攻防戦、あの時から私の心は決まっている。

「でもお願いですから御一人で抱え込むのはお止め下さい。小官はそれだけが心配です。話せない事も有るとは思いますが少しでも御心の内を漏らして戴ければと思います」
「……有難う」
照れくさそうな、何処か幼ささえ感じさせる小さい声だった。そしてまた歩き始めた。

 
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