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竜門珠希は『普通』になれない

作者:水音
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第1章:ぼっちな姫は逆ハーレムの女王になる
  素人風という名のプロの演技

 
前書き
 
はいタイトルが何のことを言っているのか心当たりがある人、挙手ノ

  

 


「……で、今日午後から汐里さん来るんでしょ? ちゃんと起きててよね」
「え~っ? そうだったっけ~?」
「お母さんに身に覚えがなくてもそうなの」

 4月のとある平日の朝、午前8時過ぎ。
 足の短い絨毯が敷かれた洋間のソファーに女の子座りして眠たげに目をこする黒髪女性に対し、女性の眼前に立つ若干赤茶けた髪色の長女は人差し指を突き出して二度寝しないよう忠告する。
 なお、寝間着としても使っている着崩れた襦袢から真っ白い肩を覗かせる、まだ寝ぼけ眼の黒髪女性のほうが母親である竜門(りゅうもん)彩姫(さき)。今年春から通う学校のまだ着慣れていない制服を着て、ムダ毛やシミとは無縁の足を無地の黒ニーソで隠し、身だしなみもしっかり整えているほうが娘(かつこの話の主人公)である竜門(りゅうもん)珠希(たまき)その人である。

「汐里さんからあたしのスマホに連絡来たんだから」
「え~? 珠希ちゃん、いつの間にしおりんと仲良くなったのぉ?」
「アンタが自分の担当からのメールをことごとく無視(シカト)するからだよ!」

 原稿の催促であろうと打ち合わせや会議であろうとなかろうと、担当編集者であるはずの遊瀬(ゆぜ)汐里(しおり)からのメールを全く見ない母親のおかげで、連絡・仲介役を泣きつかれてしまい、首を縦に振ってしまった珠希は思わず右手に持っていたスマホの画面にヒビを入れてしまいそうになった。画面に添えた親指を中心にこう……真っ二つに、綺麗に。

「だって、メールだとしおりん、いっつも固いんだもん」
「固くて当たり前じゃん、仕事なんだし。しかも年上の担当作家にタメ口吐く年下編集とか、どんだけ偉いの?」

 在宅で小説家なんぞをやっている珠希の母、彩姫の作家歴は珠希の年齢とほぼ同じである。ただし書き上げるのは官能小説。しかも成人男性向け。それゆえに文学賞などの表舞台に立つことはないが、複数のシリーズ作品を生み出し、10年近くも第一線に立ち続けているその技術や感性は高く評価されており、彩姫のPNである【春日(かすが)景大(かげひろ)】の名を尊敬する官能小説家もデビューし始めている。むしろ、寝取られ・レズ・調教モノを得意分野とするこの男性向け官能小説家より担当編集者のほうが珠希に年齢が近い。

「だってぇ~、ベッドじゃあんなに素直なのに」
「黙れ性的倒錯者(パラフィリア)。朝っぱらから脳味噌溶けてんの? 沸いてんの? それとも腐ってんの?」
「あ~ん。どんどん珠希ちゃんの言い方がヒドくなってるぅ~」
「絶縁してないだけありがたく思って!」

 さすがに子供を4人も産んでもう男女間だけでの性行為に興味がなくなったのか、はたまた満足できなくなったのか、この理性の箍外れっぱなしの母親はあろうことか新しく自分の担当編集者となった遊瀬汐里に狙いを定め、彼女にはちゃんと異性の交際相手(カレシ)がいるというのにレズ調教を始めてしまった。
 本当にこんな母を持つ娘としては彼氏さんに申し訳なさすぎる。今すぐ絶縁できるなら絶縁したいし、○ねと言われたら○んでお詫びしたいくらいに。とはいえこの官能小説家は経験や仕事資料に基づいて汐里さんの性感開発や性技教導もしてあげているので、なかなか彼氏も喜んでくれているとか――もう倫理観とか一夫一婦制とかどうでもいいんじゃないかと思わせてくれる歪んだ関係ができてしまっている。

「むぅ。彩姫ちゃんヘンタイじゃないもん」
「うん。お母さんは変態よりも重篤だからね」
「っ! で、でもね、ヘンタイって単語は世界でも通用するんだよ? 凄くない珠希ちゃんっ?」
「うん。知ってる」

 自身のパラフィリア疑惑払拭のために弁解を試みる母親に対しての、一部パラフィリアすら魅了する美麗イラストを描く娘による容赦ない塩対応(ぱ○る)っぷり。
 海外にも一定の固定ファンを持つほどにまでなった原画家・イラストレーターである【天河みすず】としての彼女なら握手を求められるだろうが、今の彼女、竜門珠希は一般人である。毒電波を垂れ流すどこかの局のゴールデンタイムにしがみついて演じる総選挙もなければ、マスコミ相手に乾いた笑顔振りまいて熱愛報道を否定する必要もない。
 そもそも声優をアイドル視する兄のせいで、アイドルという単語にすら軽い嫌悪感を抱いているくらいだ。

 なお、この娘が“Hentai”が世界に通用すると知っていた理由は、自分が描いた18禁同人誌がネット上で海外向けに様々な言語に翻訳されてアップされていたことと関係ないとは言えなくもない……かもしれない。


 また、医学上、性的倒錯者が性的倒錯者とみなされるには、一般常識から相当かけ離れたレベルの症状が見られるのだが、それはこんな朝っぱらからできる話ではないうえ、ウィ○さんを見れば解決するので割愛するとして――。

「だったらまずは夫婦間からまともな性行為の範疇のコトをしてよ」
「うんわかっ……って、え? ……あれぇ?」
「気付いてないとでも思った? このあたしが。この家のほぼすべてを掌握してるあたしが」
「いっ、いぃぃえぇ……」

 心当たりがあるのか、はたまたありすぎて困るのか、声を震わせて視線をそらす母を前に、かつて友人がドン引きしたほどの広大な敷地と立派な家屋の維持・整備・管理をもこなす、家父長制度とか何それレベルの万能長女は話を続ける。

「じゃあ次からは大丈夫?」
「うんうん。大丈夫だよっ! ほんとにほんとにもうしませんからっ」
「本当に?」
「ほんとにしませんっ」

 心中まで勘繰るような視線を送る珠希に、彩姫はまるで鬼軍曹に詰問された二等兵のごとく背筋をぴんと伸ばして答えた。
 だが、この精神年齢の幼い母がそこまで断言したとなると、今の会話で本当に夫婦間の営みすら終了させてしまう気がした娘は、両親がここでレスになるほうが問題だと即座に計算し、譲歩の姿勢を見せる。

「言っとくけど、常識的な範囲でならいいんだからね?」
「常識的っていうとぉ、AF?」
「っ!? それは……っ、……まだ許す」

 いきなり後ろ(・・)の話か、と軽く驚いた珠希だが、このとき珠希は重大なミスを犯した。決して忘れていたというわけではないが、作品内における描写の緻密さ・濃厚さと普段の精神的幼さのギャップがあるものの、今珠希が対峙している母親は性的な行為・知識なら一般人より詳しい官能小説家(プロフェッショナル)であることを。

「それじゃあ、露出や窃視やスワッピングは?」
「は? ……え? ろ、しゅ……? せ、窃視って何?」
「とりあえず、珠希ちゃんの言葉的にはアダルトビデオ的に許せる内容だったらOKってことでいいのかなぁ? ……あっ! そうなるとコスプレとBDSMは基本だよね。ネタなら露出と窃視と疑似近親とぉ、あ、素人風ハ○撮り、○交と実録風(・・・)盗撮モノもかな?」
「いやいやいや……。疑似とか素人風とか、めっちゃユーザーの夢壊しまくってるし」

 この竜門家唯一ともいえる常識人(でも野球バカ)の聖斗や、三次元(リアル)の性的な話はスルー対象な結月がいれば、母と長女の朝から濃密にアダルティな会話に「ツッコミどころそこじゃねーし!」と言って制止してくれるのだが、この時間、既に二人は制服を着て中学校に向かってしまっていた。

「えぇーっ? だって大抵が演技(それ)フェイク(あれ)だもん」
「知らないよ。あたしそんな経験ねーですもん」
「……珠希ちゃん。それはerg原画家としてどうかと思うよ?」
「え? なんで今の流れであたしが非難されるわけ? あと今はもうerg以外にもイラスト描いてるから! むしろerg以外の仕事のほうが多いから!」

 別にAV女優の性的絶頂に際しての言動が演技かどうかを区別できなくても、ergの原画家として致命的にはならない。あちらはあくまで一連の動画であって、こちらは差分こそあれ基本的に一枚のイラストまたはカットで勝負する静画の世界である。ゆえに一人でも多くのユーザーの印象に残る――砕けた言い方をすれば、思い出しただけで×××が××して思わず××ってしまうようなイラストを一枚でも多く生み出せればいい。

 そもそも表情、ポージング、構図においても基本的なテンプレートがいくつかあり、珠希はそれを複数組み合わせて、目新しいものに見せかけているだけだ。ましてやイベント原画はイベントシナリオが完成していなければ手が付けられない以上、シナリオの内容に沿うよう土台となるテンプレートに自身の持ち味と変化をつけていくところからスタートし、後はシナリオライターやディレクターらとの折衝の繰り返しが始まる。

 決して、珠希がまだ処女であることがいけないということを邪推してはいけない。


「……と、とにかく、母屋のほうは誰もいないんだからね? 鍵も全部かけてきたから、あとは離れで勝手にやっといて」
「はぁ~い」
「あ、汐里さんとレズるのだけは禁止」
「ぅええぇぇぇ~っ!?」

 勝手にやれと言いつつも禁則事項を作ってきた娘を前に、母は心底残念な声を漏らして唇を尖らせる。その仕草は本気で小学生のそれと全く同じだった。

「……お腹空いたらどうすんの?」
「お昼食べる~。今日は珠希ちゃんの炒飯が食べたいなぁ」
「いやいや、あたしいないから。今日これから学校だから」

 大丈夫かこの母親(アホ)は?

 一応尋ねてはみたものの、自分の職業上必要な事柄や興味あるものに関しての知識量は人並み以上ながらやはり頭のネジが何本か紛失している彩姫は、離れの中に備えつけられている簡易キッチンにある冷蔵庫の中に昼食として用意されたサンドイッチの存在を忘れていた。
 あれほど作った珠希(ほんにん)が何度も、冷蔵庫に入れておくからお昼に食べるよう言ったというのに。

「………………行ってきます」

 ――大丈夫なはず。三日くらい何も食べなくても人は生きていけるんだし。自身の経験からも今はそう信じるしかない。
 ガスコンロの扱いすら間違えるおそれがある母親を前に、この状況で自分にそう言い聞かせるしかない現実に朝からK.O.されそうになるのをぐっと堪え、それ以上の彩姫の言葉を一切受け付けず、珠希はバッグを肩から提げると離れの玄関を出た。



  ☆  ☆  ☆



 今年から珠希が通う高校は歩いて30分ほどの距離にある。
 家を出て、住宅街をから駅前まで続く小さなアーケードの商店街を抜けて、駅構内を南口から北口へ抜け、中心繁華街を脇目に見つつ、なだらかな丘陵地を上ると校舎が見えてくる。


 しかしその30分ほどの通学距離を往復する間、特にアーケードの商店街では珠希に様々な声がかかる。

「おう、珠希ちゃん。今日は学校かい?」
「おじさん。今日、平日だよ?」
「んん? ……ああ、そうだったなぁ」
「あら珠希ちゃん。おはようさん」
「おはよう、おばちゃん」

 真っ先に声をかけてきたのは八百屋のおじさんおばさん夫婦。
 おじさんのほうは威勢のいい商売人気質だが、あまり調子に乗りすぎたり、熱が入りすぎたりして本業のほうが疎かになることがある。すると店の奥からおばさんが現れ、物理的かつ精神的にシメられるのだが、その一連の流れは珠希を含む常連の奥様方にとっては定番の光景だ。


「あら珠希ちゃん。まだ制服に着られてるって感じね」
「いやいや、まだ一週間しか経ってないし」
「んもう、そこがまた初々しくていいんじゃない」
「なんかいかがわしい発言に聞こえるのは気のせいかなぁ?」
「まっ、失礼ねっ!」

 続いて声をかけてきたのは衣装作製に使う様々な生地や道具を扱うため結月も顔見知りの手芸品店の店主。
 なお女性店員が他に2名いるものの、身長180近い色黒筋骨隆々なこの店主はガチ(オネエ)である。決してオネエ()ではない。しかも店員さんから、この去勢済み(オネエ)は『ソードアーt(以下略)(SAO)』はあっても、そこからタピオカ入りのカル○スが出てこないとか――朝の爽やかな気分が台無しなエピソードも教えてもらっている。
 ちなみにタピオカは種ではなく、澱粉の塊である。


「あ、珠希ちゃん。今日は活きのいい桜鯛が入荷(はい)ったんだけど、どう?」
「え? ほんとに?」
「ああ、結構な大物だよ。ほら」

 手芸品店の種無しオネエから解放された珠希が魚屋の前を通り過ぎようとすると、この中で商店街に軒を連ねる店の店主の中では最も若い魚屋の(あん)ちゃんが、活気のいい声で今朝仕入れたばかりの品の中でも飛び切りの目玉商品を見せてきた。

「ぅわ、これはデカいね。色もいいし、これかなり値張るでしょ?」
「まあな。でも珠希ちゃんになら特別安くしとくよ?」
「えっ? どれくらい?」
「そう、だな……」

 発泡スチロールの箱の中に収まりきらんばかりの大きさの桜鯛を前に、竜門家の財布を預かる身として、食品や家事用品を衝動買いすることはまずない珠希が値段を尋ねる。

「まあ、珠希ちゃんは親父の代からお得意様だし――」
「――よし買った」

 そして(あん)ちゃんから耳を貸すよう手招きをされ、その値段(税込)を聞いた瞬間、珠希は頭で考えるどころか、本能より早く――むしろ脊髄反射で――返事をした。


 女子高生としての嘴はまだまだ青い一方、そこらの主婦より主婦をしていると言っても過言ではないこの少女、どこぞの巷で聞かれるここ数年と今年の桜鯛の漁獲量と相場と平均サイズをおおよそでも知っている時点で主婦どころか仲買人に転職してもいいかもしれない。少なくとも現役女子高生の持つスキルではないことは確かである。

 一応、この鮮魚担当仲買人予備軍のこの少女の名誉のために釈明すると、ツテを辿れば仲買人の一人や二人は捕まえられる彼女は断じて卸売市場の鮮魚エリアを徘徊しているわけではない。単にどうでもいいことに対する記憶力が人並み外れているうえ、似非主婦生活の長さに伴う魚屋の先代主人(=兄ちゃんの親父さん)から教えてもらった目利きを遺憾なく活用しているだけだ。


 ……とまあ、この釈明が釈明になっていないことはさておき、惚れ惚れするくらいの即断即決ぶりを見せた珠希には魚屋の兄ちゃんもご満悦な様子だった。

「さすが。わかってるねえ珠希ちゃん」
「当然でしょ。何年こんな生活を――。生活を……」


 ――竜門珠希。
 今年16歳になる高校一年生にして、一家の家事を掌握してはや4年。
 八百屋と魚屋だけでなく、この商店街にある惣菜屋やクリーニング店、金物屋などの店員とも顔見知りという完全なる疑似主婦である。この話のヒロイン(のはず)なのに。
 もっと年齢相応の楽しいことはあるはずなのに、それをほとんど知らずにここまで来た15歳の現役女子高生(JK)はふと我が身を思い返さなくてもいいのに思い返し、所帯臭さという傷口を自らこじ開けてしまったことに絶望していた。


「どうかしたかい? 珠希ちゃん」
「……ううん。とりあえず今お金払ってくから放課後まで取っといて」
「別に金なら帰り際でいいぜ?」
「ダメダメ。忘れると困るから、お互いに」

 まだ疑似主婦生活も若葉マークだった頃、取り置きしてもらった品を忘れるという凡ミスをやらかして以降、買うと決めたものは即座にその場でお金を払うことを癖づけている。

「それじゃ、あまり遅くなってきたら電話してくれて構わないんで」
「おうよ。それじゃ学校頑張ってきな」
「はい。それじゃっ」

 先程の桜鯛の入ったスチロール箱に購入済のシールが張られたのを確認して、珠希は魚屋の兄ちゃんの声を背中に受け、改めて学校に向かった。




  ――稜陽高校。
 去年の梅雨時、いつもの「仕事したくない病(本人はあくまで「六月病」だと主張)」を発症した母・彩姫が本気モードの外面の良さを発揮した三者面談で進学先の第一希望に挙げた学校であり、一時的に10近く偏差値を落としていた(原因はプロローグを参照)珠希が今年の春から通う私立高校である。
 なお既婚者だった当時の珠希の担任が彩姫に惚れこんでしまい、本当に「既婚者『だった』」と表現せざるを得ない事態になってしまったというのはまた別の機会に――。


 数年前の校舎改築と校内設備の刷新に際して外壁が真っ白に変わり、周囲から目立つ建物となった。とはいえ、珠希がこの学校を進学先に選んだ理由は外観や設備の良さからではなく、ただ単に家から楽に通える範囲にあり、睡眠時間を削いでまで勉強することなく合格できそうで、かつそれなりの進学実績と偏差値がある学校というだけであったが。

 そんな学校の1階。
 新学期が始まって間もない新入生たちの教室や廊下では、早くも席が近かったり外見や雰囲気が似ていたり趣味が合いそうだったりする3、4人構成のグループがいくつかできていた。
 いかにも野球か柔道やってましたという雰囲気の坊主頭の男子たちは男子たちで集まり、運動部でない生徒たちは生徒たちで同じ臭いでも感じたのか、類は友を呼び集めて同性だけのグループができ、今はまだ対立構図こそないものの、スクールカーストの階層にそれぞれ分類されていた。


 ――そしてそんな学校の1階。1年C組の教室の窓側最後尾。
 古今東西いくつものアニメや漫画におけるクールでシニカルでブレないダウナー系主人公にとって定番のはずの席に、朝からパラフィリア予備軍とごく普通に会話をこなし、通学途中の商店街で桜鯛を取り置きしてきた、海外のゲーマーからも知られるイラストレーターにしてergの原画家・グラフィッカーの肩書きを隠し持っている少女は腰を下ろした。

 珠希の苗字上、五十音順で席を埋めていくと「わ行」の生徒がいない限り、いつも窓際最後尾かそのひとつ前というのが定番だ。この時期、心底「わ行」の姓の人口動態を疑うのと同じように。
 だが、そんなことで疑われる「る」以降の姓を持つ人々の困惑など我関せずなこの少女、クールな雰囲気こそあれ、それは初対面の人間相手には基本的に小心者なことを悟られないようポーカーフェイスをしているだけであり、責任や義務とは無縁でありたい反面、一度背負わされた信頼や期待に関しては120%の本気と努力で返す熱情を秘めている。


 ………………のだが、

「……やっぱり、こうなるんだよねぇ」

 就学の心得などを聞かされた始業式を含めて今日で一週間が経ち、同じ中学出身の生徒が誰一人としていないクラス内で珠希は見事に“ぼっち”になっていた。


 「人を寄せ付けない美貌」という表現はこの少女のためにあるといっても過言ではないのだが、中学以降、クラスメートに顔見知りがいなくなるか、積極的に声をかけてくる生徒がいないと毎年こうなる珠希の情状も少しは酌量してほしい。
 中学の学校祭で歴代最多の『他校生からナンパされまくった女子』という嬉しくもない記録を持つ珠希の逸話を噂程度に知っている男子もいるようだが、8割の脚色と1割の誤解が混じった噂が原因で完全にどうしてもお近づきになれない高嶺のフラワー扱いだった。一部少数の見解をもってすれば、そのフラワーは棘がついた薔薇であったが。
 そもそも学祭でナンパされたのは珠希だけではなく、珠希と行動をともにしていた三人の友人たちもだ。それどころか三人それぞれが珠希に引けを取らない強烈な個性の持ち主で、外見のレベルも珠希と同等(・・)(*注:ここだけ珠希談)だったことはさておき――。

「……うん。何となくわかってた。わかってたんだ……」

 誰にも聞かれないよう小声でボヤくこの現状、ほんの数日前に『普通』になると心に決めた珠希にとってこれはスタートダッシュから見事に躓いたことになる。カレシどころか友人一人作れないようではリア充どころか無味乾燥の灰色の高校3年間が始まり、後の黒歴史化間違いナシである。


 しかしながら、“ぼっち”になったもっともな心当たりは既に始業式の日にあった。
 あった、というよりは、会ったために引き起こされた、というべき出来事だった。




 
 

 
後書き
 
 よく素人モノやナンパモノに出演している一般女性(仮)の中からA×女優を特定する人がネットにいるけれど、彼らの洞察力・観察力は純粋に凄いと思います。企画モノ女優とかまで把握し切れるわけないと思っていたので……。

 あとむりこぶの絵を即座に見分ける人も凄い。
 こっちは私のゲーム友達にいますが、アイツはゆずフリークだから仕方ない。

 
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