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幻影想夜

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第四夜「明日見る希望(ユメ)」


 残業残業って、馬車馬のように扱き使うくせに、その分しっかり給料払って欲しいものね!
 まぁ、この傾きかけた会社じゃあ…願うだけ神様が困ってしまいそうだから、今日のとこは止めておこう…。
 私は書類に立ち向かった。気が滅入ってしまいそうな量だけど、明日の朝までには完成させなきゃ…。

 薄暗くなったオフィス。誰もいない空間に、パソコンを叩く音だけが響く。
 不意にドアの開く音がした。
「遥さん、まだいたの?」
 私は顔を上げて、声の主を見た。同期の山口くんだ。
「ああ、お帰りなさい。もぅ、こっちは天手古舞よ!今日、久乃さんが急病で入院したの知ってるでしょ?」
「そうだったんだっ!それできみが、その代理をやってるって訳?」
 そうか、彼は営業で朝から外回りだったから、まだ聞いてなかったんだ…。
 えぇっと、自己紹介がまだだったわね。私は小野遥。一応事務員として、このポンコツ会社に雇われ早五年。もう二十三になった。入院した久乃さんも同じ小野だから、皆には名前で呼ばれてる。
 入ってきた彼は、同期の山口昇くん。さっき話したよね?歳は一つ上の二十四歳。顔はいいんだけど、どことなくボケッとしてる…そういうとこが、なぜか評判がいいのだけど…しょっちゅう物を忘れるのが難点なのよね。
「そうよ。社長ったら、何人かに割り振ればいいのに、私一人に全部投げてきたのよ!?この書類の山っ!!」
 私は左手に置いてある書類の山を叩いた。
「社長、きみに期待してるみたいだからね。この間だって、専務の桜井さんが葬儀で休んだ時、なぜかきみが立ち回ってたっけ…。凄い顔して…。」
 チッ、憶えてたか…。
「それだけじゃないわよ?清掃員さんが休んだ時は、トイレ掃除から玄関の窓拭きまで遣らされたわっ!」
 私は書類をチェックしながらブツブツと呟いた。
 山口くんは可笑しそうに笑いながら、自分のデスクで仕事を始めた。
「あれ?でも山口くん?あなた、今日は直帰じゃなかったの?何で今頃ここで仕事してんのよ…?」
 私は不思議に思ってホワイトボードを見ると、そこには確かに<直帰>と書いてある。
「……?」
 当の本人は怪訝な顔をしてる。少しばかり時間が経って、彼はハッとした風に返した。
「あ、そうだ!仕事遅くなると思って。こんなに早く終わると思わなかったからそう書いたんだった。」
 忘れてたんだな…また。
「もう帰って休んだら?この前の件は片付いたんでしょ?」
 私はそう言って、彼の方を見た。彼はキョトンとして、私の方を見ている。
 何?何が言いたいのよ!?
「別に仕事は沢山あるから、もう少し片付けてくよ。珍しく早く終ったんだし、折角だからね。」
 彼はそう言って笑った。フンッ、やる気だけは人一倍あるんだから…。
 ま、書類も後は間違いがないかチェックするだけだし、コーヒーでもいれてきましょうかね?
 私はそう思い席を立ち、事務所の奥にある給湯室へ向かった。
 彼はいつもブラックだ。私は無理だけどね。二つのカップを持ってオフィスに戻っり、彼のデスクに向かう。
「どうぞっ。」
 彼に向かってカップを差し出す。
「ありがとうっ!」
 花が咲いたような能天気な笑顔。ころころと犬コロみたいな人。
「仕事は順調に進んでる?」
 心配になって、コーヒーを啜りながら聞いてみた。
「うん、今遣ってるのは大丈夫だよ。」
 よし、忘れてることはないようだ。
「でも、明日の朝に仕上げようとしてた書類、そっくり家に置いて来ちゃった。いまやってるのは、少し先のやつなんだよねぇ~。」
「ブッ…!」
 私はコーヒーを吹き出しそになった。何ですとっ!やはりボケボケ魔神か!?
 額に手をやって、ため息をついた…。今に始まったことじゃあないけど、よく社会人として遣ってけるわ…。
「でも大丈夫!今日の分は完了してるしね。遥さんの方はどう?」
 私の心配はしなくていいって…。
「こっちはあと小一時間もすれば終わるわよ。」
 取り敢えず、この山を平地にしないとね。もう一頑張りよ!


  *  *  *  


 暫らくは静かだった。
 彼がパソコンを叩く音、私がチェックしてる書類の擦れる音だけが事務所に響く…。
 私はこの仕事、結構好き。確かに、会社の内情は火の車って感じだけど、ここの雰囲気は気に入ってる。そして、他社に倒されてたまるもんかっ!って気にさせてくれる仲間もいる。
「あらぁ、二人ともまだやってたの?」
 社長が入ってきた。この口調だが、れっきとした男性だ。別の言葉で言い換えれば、オカマ様なのだ。
「遥ちゃんが心配になって、ちょっと見にきちゃった❤」
 最後のハートは要らないですよ、社長…。
「もうすぐ終わりますから。」
 私は苦笑いしなが社長に言った。
「ゴメンねぇ~遥ちゃん。あなたしかこの仕事頼めなかったのよぅ~。他の人にも振り分けようかって迷ったんだけどね、却って効率が落ちるんじゃないかって思ったの~。で・も…何で昇くんまでいるわけ?今日、確か用事があるって…だから直帰しますって言ってなかったかしら?」
 社長がクネクネと意味深な瞳で彼を振り返った。山口くんは顔を引き攣らせて言った。
「い、いやぁ…、用事無くなっちゃって!早く帰って来れたから、次の仕事の段取りでもとっ…!」
 社長はクスクス笑って返した。
「やっぱりねぇ。私はお邪魔虫のようだから、これで退散し・て・あ・げ・る❤」
 だから、語尾のハート、要らないって…。
「あ、遥ちゃん、これ差し入れのドーナツよ。後で昇くんと食べてね。あと、会社はどうにかなりそうだから、あんまり心配しなくてOKよ!」
 全部見透かされてる…。さすがオカマ様、神々しいわ。
「それじゃ、あとヨロシクね❤」
 それでもやっぱり、ハートは止して下さい…。
 そのままウインクしてオフィスを出て行った。顔はいいんだけどねぇ、もう四十六なのにウインクって…寒っ!
「ねぇ、山口くん。用事って、本当によかったの?」
 私が尋ねてみると、彼はビクッとして返してきた。
「だ・だい・大丈夫だよっ!まったく何にもOKだしっ!」
 …意味不明だ。何か悪いこと聞いちゃった?
「ふーん、それだったらいいんだけどね。」
 でも、女の勘…。彼は何か隠してる。
「社長の言ってた“やっぱりねぇ”って、何?」
 ちょっとカマをかけてみる。洒落じゃないわよ?
 そう尋ねた後の彼は見物だった。いきなり椅子を立って…
「あ、その、え~と、何というか、その、あ、違…、え~と、あ…!」
 書類が落ちて床に散らばった。それを拾おうとして、机の角に頭をぶつけ、「痛っ!もう、何でこう…」と、そうやってるうちに書類を踏んで、「ああっ!足形がっ!」と叫んだと思うや、またそれを拾おうとして、今度は椅子を引っ繰り返した…。
「ああっ!」
 その一角だけが阿鼻叫喚…。何やってんのかしら…。
 私は見て居れずに、彼のところに来た。
「もう、どんくさいわね!」
 頭を抱えてる彼の代わりに、撒かれた書類を拾った。彼に任せてたら、今日中には終わらないような気がする…。
「すみません…。」
 彼は真っ赤になって項垂れてる…。
「全く、そそっかしいわねぇ。何でこんなに狼狽えなきゃなんないのよ?もう、社長も社長だわっ!意味深なセリフ吐いてくなってのっ!」
「え~っと、社長が悪いんじゃなくて、僕のせいなんですけど…。」
 …?なぜっ?
 俯いたまま、彼は徐に私へと言った。
「僕、遥さんのこと好きなんです…!入社した時から…。社長、それに気付いてるようで…。」
 …ハッ?…え~っと…

 今度は私だった。

「その、え~っと、あのねぇ、あっ!」
 隣の机の筆記用具を入れた缶をぶちまけた。
「あんっ!もうぅ!!」
 それを拾おうとしたら、後ろの棚にぶつかって、上に乗ってるものを散乱させた…。何やってんだか…私…。
「ハハハハハハ…!」
 そんな私を見て、突然彼が笑い出した。
「遥さんでも、こんな風になることあるんだ!」
 ええぃ!うるさいっ!
 私は真っ赤になって言い返す。
「もう!何で隠してるのよ!面と向かって言えば良かったじゃない!!」
 そう言って、私は彼を睨みつけた。
 すると、彼は真顔になって「遥さん、僕と付き合って下さいっ!」っと、こうきたわけだ。
 何さ、何もこんな物が散乱してるとこで言わなくったって…。
 なんだか私は可笑しくなってきた。
 駄目だわ、この人私が付いててあげなきゃ!
「いいわ。」
 この時、私の中の悪戯心が疼いた。ちょっとからかってもいいよね?
 私は彼に、勢い良く抱きついた!彼はまた、あたふたと顔を真っ赤にさせて、自分の腕をどうすれば良いものか、思案に暮れていた…。


 今日みる夢は今日のもの
 だから、明日の希望(ゆめ)は明日に取っておかないと。
 いつまでも希望(ゆめ)が続いて行くように…

 ねぇ、二人だったら心配いらないよね?

 また明日も、大きな希望(ゆめ)を 見ようね。 



       end...


 
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