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グーラ

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4部分:第四章


第四章

「しかし」
「しかし!?」
「何か知ってるんですか!?」
 マムーの使用人達はスレイマーンの言葉に顔を向けてきた。首が一気に伸びた。
「心当たりはある」
「それは一体」
「夜だ」
「夜、ですか」
「そうだ。まずは夜になってからだ」
「はあ」
「それでいいな」
「夜になれば旦那様の行方がわかるんですね」
「僕の考えが正しければな。それでもだ」
「それでも?」
「正直生きているかどうかは保障できないぞ」
「それはまあ」
「少しは覚悟しています」
 彼等は肩を小さくしてそう述べた。
「けれどそれでもお願いします」
「やっぱり。どうなっているかがまず知りたいですから」
「そうだな」
 スレイマーンもそれに頷いた。
「では夜な」
「はい」
「ではその時また来ますんで」
「わかった。その時だが」
 ここでふと自分の店の中を見た。そして自分の使用人達の中でとりわけ精悍で凛々しい男に声をかけた。
「ジンナ」
「はい」
 ジンナと呼ばれたその若い男はそれに応えた。
「何でしょうか」
「今夜も御前の力を借りたいがいいか」
「私の力をですか」
「そうだ。一応これを持っていけ」
 そう言うと店の柱にかけている一本の刀を取ってジンナに手渡した。
「これをな」
「これをですか」
「ただしな、斬るのは一回にしておけ」
「一回ですか?」
「そうだ、一回だ」
 スレイマーンは言う。
「一回だけだぞ、いいな」
「何故ですか?」
「その時になればわかる」
 彼は念を押す。
「いいな、それだけでいいんだ。一回だけで」
「わかりました。じゃあ」
「それは背中にでも隠しておけ」
「ええ」
「僕の予想が正しければだ。間違っていることをアッラーに願う」
「アッラーに」
「そう、アッラーにだ。わかったな」
「わかりました。ではアッラーフアクバル」
「アッラーフアクバル」
 最後にアッラーに祈った。そして夜になりジンナを街に出した。その時ある女のことをくどいまでに言い含めた。
「覚えたな」
「はい、小柄で華奢な女ですね」
「肌は白く、髪と目は黒だ」
「中国人ですか?」
「そこまではわからない。だが妖しい女なのは確かだ」
「その女と会ってからは」
「まずはついて行け。そして」
「そして?」
「何かあればその刀で斬れ」
「一回だけですね」
「そうだ、絶対に二度は駄目だ。二度斬ると御前が死ぬことになる。いいな」
「わかりました。では」
「よし、行け」
 ジンナを送り出した。
「後から私が見ているからな」
「私共も」
「ジンナさん、頑張って下さいよ」
「何か大事になってるなあ」
 マムーの店の者達も来ていた。そんな様子を見てジンナは思わず呟いたのであった。
 だがそれさえもスレイマーンにとっては咎める対象になった。
「何を言っている」
 彼は言う。
「人が一人いなくなっているのだぞ」
「それはわかっていますけど」
 ジンナはてっきりマムーが女遊びにうつつを抜かしているのだろうと思っていたのだ。バグダートの様な街では退廃の中に身を沈める者も多いのだ。
「まさかねえ」
「とにかく行け」
 今度は急かした。
「そんなことを言っている間に来たみただぞ。ではな」
 スレイマーンはマムーの店の者達と共に身を隠した。そして道に出ているのはジンナだけとなってしまったのであった。
「ちぇっ、旦那様も最後まで言ってくれればいいのに」
 何故一回だけしか斬ってはいけないのか、それがまず気になった。だがあれこれ考えている間に女が彼の側にまでやって来ていた。
 見れば本当に美しい女であった。華奢な身体が余計に妖しい色気を振りまいていた。まるで夜に咲く紅の花のように。黒い髪と目が妖艶な輝きを闇夜の中に見せていた。白い肌が月明かりの中に輝いている。一目で心を奪われるような女であった。
「もし」 
 その女が笛の音に似た美しい声でジンナに語り掛けてきた。
「はい」
 ジンナはそれに応えた。スレイマーンの店では堅物として知られている彼もその声にすっかり参りそうになってしまっていた。だが何とか踏み止まっていた。
「今はお一人でしょうか」
「そうならばどうされるのですか?」
「よければご一緒しませんか」
 ジンナの目を流し目で見てきて問うてきた。
「一晩」
「一晩ですか」
「ええ」
 女は答えた。
「お安くしておきますよ」
 その言葉から女が娼婦であるとわかる。だがそんなことは大した違いではなかった。
「わかりました」
 主に言われたからであるがこれは心からの言葉でもあった。
 
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