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グーラ

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2部分:第二章


第二章

「この店の娘はあらかた味わって。今日は違う娘がな」
「じゃあ店を変えるかい?」
「そうだな。店はここだけじゃない」
 バグダートは大きな街だ。こうした店が他に幾らでもある。スレイマーンですら知らないような店すらある。奥の深い街なのである。
「出るか」
「ああ」
 こうして場所を変えることにした。店を出て夜道を歩いていた。
「さて、と。何処にするんだい?」
「そうだな。あの店にするか」
 目の前にある一軒を指差した。
「あそこにも可愛い娘がいるんだ」
「じゃあそこにするか」
「ああ、そうするか」
 こうしてその店に向かおうとした。だがここでマムーは足を止めた。
「おや」
「どうした?」
「いや、あの娘」
 その時目の前から一人の娘がやって来た。華奢で小柄な身体に白い肌が月明かりの中に浮かんでいる。髪は黒くそれが白い月の光を照らし出していた。琥珀色の目が切れ長に妖艶さを放っていた。
「これはまた」
 スレイマーンも彼女を見て声をあげた。
「凄い美人だな」
「ああ、そうだな」
 それにマムーも頷く。
「バグダート広と言えどあそこまでの娘は見たことがない」
「君が言うんだから相当なものだな」
「そうだ。これは」
「今夜はあの娘にするのかい?」
「決めた」
 その言葉に頷く。
「今夜はあの娘だ」
「わかった。じゃあ後は話だな」
「君はいいんだな」
「だったらさっきの店でもう決めているさ」
 笑ってそう述べた。
「生憎だが酒だけでいいんだ」
「まあ酒もな。いいものだけれど」
「アッラーよ、お許しあれ」
 右目を瞑って言った。こう言ってから飲めばいいとされているのである。それがムスリムの教えであった。酒を飲む前にアッラーに許しを乞えばよい。案外フランクなところがあるのだ。
「女の子にはそんなの言わなくていいぞ」
「公平に愛する限りはかい」
「俺は博愛主義者だからな」
 笑いながら言った。
「だから今から」
「公平に愛しに行くと」
「そうだ。じゃあな」
 そう言ってスレイマーンと別れた。
「明日色々と話すから」
「ああ、楽しみにしているよ」
 いつものことであった。マムーは女の子との一夜を詳しくスレイマーンに話すのである。彼にとってはシャーナーメに匹敵する英雄譚なのだ。スレイマーンにとっては都々逸であっても。
 マムーはすぐその娘に声をかけて夜の街に姿を消した。スレイマーンはそれを見送り一旦は別れた。そして次の日であった。
 店に出て来たマムーは上機嫌であった。そして昨夜のことを彼に話す。
「いやあ、昨日はよかった」
 いつもここからはじまるのである。
「まずはな、二人で」
「うん」
「酒を楽しみながら話をした。その話の面白いこと」
「そんなに面白かったのか」
「カリフが街で商人に化けて何かとしているとか色々あったぞ」
「カリフがねえ」
 ハールーン=アル=ラシードだ。いつも伊達男の宰相と首切り役人の黒人を従えている。生真面目だが結構物騒なカリフというのが印象だ。何しろすぐに死刑を宣告するのだ。
「そう、そのカリフの話や異国の話。実によかった」
「そしてそれからも」
「ベッドの中は言うまでもない」
「ほう」
「堪能させてもらった。やはり寝るのなら女の横だよ」
「そうだな。若ければ」
「何か若さをもらった気分だよ、全く」
「そうなのか?」
 だがスレイマーンはそれには違和感を覚えた。
「あまりそうは見えないが」
「どうしたんだい、一体」
「いや、今の君の姿だけれどな」
「ああ」
「徹夜だったのかい?」
「まあそうだけれど」
「それでか。随分やつれている」
「だが全然疲れていないんだ」
 マムーのテンションはかなり高かった。いつも精力的な彼だが今日は特にそうだった。
「何か無性に力が出て仕方ない」
「そうなのかい?」
「そうさ。何を言っているんだ」
「いや、それならいいが」
 それでもどうにも引っ掛かるものを感じずにはいられなかった。それだけ今のマムーのやつれは異様であった。まるで三日も眠っていないかの様に。
「今夜もあの娘にするよ」
「今夜もかい?」
「ああ、何しろ最高だからな。何もかもが」
「そうかい。じゃあ今日も稼ごう」
「ああ、今日はどんどん稼ぐぞ」
 イスラム商人らしい言葉であった。イスラムは商人の宗教であり商業を奨励していた。だからこそ瞬く間に普及したのである。武力で広まっただけではないのだ。
「それで今夜も」
「無理はしないようにな」
「何、大丈夫だよ」
 くままである目で答えた。
「夜の為ならな」
「そうか?」
「そうさ、じゃあやろうぜ」
「ああ」
 スレイマーンも自分の店に入った。それから商いに励んだがマムーの様子は明らかにおかしかった。ずっと高いテンションのままものを売っていた。かなり稼いでいるがそれを何に使うかはわかっていた。夕刻になり商売が終わった頃になって彼はマムーに声をかけた。
 
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