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グーラ

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1部分:第一章


第一章

                    グーラ
 イスラム教が興って少し経った頃。バグダートの話である。
 この街は空前の反映を迎えようとしていた。ムハンマドの後継者達の後ウマイヤ朝からアッバース朝になった。その王朝の首都として人が急に集まりそこに商業が栄えようとしていたのだ。
 ここにマムーという商人がいた。歳は五十程で濃い髭を持っている。端整だが何処かしまりのない顔をしていた。
 顔にしまりがないのには理由があった。彼は名うての女好きだったのだ。その時の稼ぎは殆どを女に使う。妻子もいなく気楽に女遊びを楽しむ毎日だった。
「このバグダートも可愛い娘が増えたよな」
 彼は昼蜂蜜をたっぷりかけた三角のドーナツをかじりながら仲間に話していた。
「最近あちこちから人が集まっているからな」
 商売仲間であるスレイマーンはそれに応えた。彼はナツメヤシを食べていた。店は繁盛してかなり人が多かった。アラビア語だけでなく中国語や他の国の言葉も飛び交っている。
「そっちの商売はかなり儲かってるそうだぜ」
「そうだろうな」
「この前の娘はどうだった?」
 スレイマーンは尋ねてきた。
「あの中国の娘かい?」
「そう、あの黒髪の女の子」 
 彼は言った。
「目が切れ長でやけに艶やかだったけれど」
「ああ、よかったよ」
 マムーは助平そうに笑ってそう述べた。
「肌がな」
「ああ」
 彼はその少女について話しはじめた。
「白いだろ」
「俺達よりはな」
「ただ白いだけじゃないんだ」
「というと?」
「肌触りがいい」
「そんなにか」
「ああ。ほら、青い目や緑の目の女の子がいるだろ」
「いるな、最近」
 ヨーロッパから流れてきた少女達である。この時代奴隷の売買は普通だった。ヨーロッパからもそうした奴隷が辿り着いていたのだ。彼女達が娼婦になることも普通であったのだ。
「肌はあの娘達の方が白い。これは事実だ」
「それでも肌触りが違うのか」
「全然違う」
 マムーはきっぱりと述べた。
「あの娘達はザラザラしているんだ」
「そうなのか」
「そうなのかってあっちの女の子は抱いたことがないのか?」
「俺はそういう遊びはしないんだ」
 スレイマーンは答えた。
「もう嫁さんが二人いるからな。満足している」
「二人だけでか」
「二人もいれば充分だろ」
 スレイマーンはそう考えていた。
「まあ御前は違うみたいだけれどな」
「男の価値は何人の女を抱いたかで決まるんだよ」
 今でもある考えである。
「だから俺はな」
「それであの中国の娘も抱いたのか」
「ああ、それでだ」
 話が戻った。
「その肌触りだよ」
「そんなにいいのか」
「細やかでな。吸い付いてくるようだった」
「ふん」
「それが忘れられないな。今日も稼ぎがいいから」
「その娘のところに行くのか?」
「いや、あの娘はもういい」
 だがマムーはそれは否定した。
「別の娘を抱くさ、今日は」
「また中国の娘を見つけてか」
「中国の娘じゃなくてもいいな」
 彼は考えてからこう述べた。
「一つの国の女だけを相手にするなんて下らないことだ」
「バグダートにいるからかい?」
「そうさ、折角色々な人間が集まってきているんだ」
 彼は言う。
「いるだけの女を抱かなくちゃ意味がないだろう?」
「よく身体がもつな」
「その為に生きているからな」
「そういうことか」
「そういうことさ。まあこのまま稼ぎがよかったらな」
「ああ」
「今日もまただ」
「まあ楽しんできな」
 スレイマーンはそう声を送った。
「身体を壊さない程度にな」
「それで死んでもそれはそれで本望さ」
 ドーナツを食べて顔を崩して笑った。
「女で死ぬなんていいものじゃないか」
「そんなものかね」
「俺はそうさ。じゃあ行くか」
「ああ。親父、金はここに置いておくからな」
「毎度」
 金を置いて店を出た。そして二人は市場で商いに戻るのであった。
 バグダートの日差しは暑いが夜はそうではない。涼しげな風が一陣吹く。星月夜の中をマムーとスレイマーンが歩いていた。
「それでだ」
 スレイマーンはその中でマムーに声をかけてきた。
「どの娘にするんだい?」
「まずは遊郭のところに行こう」
「ああ」
 二人はまずはそうした酒場に入った。イスラムでも酒は何だかんだで飲まれていた。それは今でも時折見られる。過度の飲酒は駄目だが少しならアッラーも許してくれるという理由でである。
 ワインを飲みながら女の子を物色する。マムーはその中で一人の少女を見た。黒い目で切れ長の目を持つ少女だ。肌を露わにした薄いアラビアの服を着ているがその雰囲気は完全に異国のものであった。
「彼女だったな」
「昨日の娘はな」
 マムーは答えた。
「よかった」
「しかし今日は別の娘か」
「ああ、誰にするかな」
「あの娘はどうだい?」
 スレイマーンは黒人で目の大きな娘を指差した。
「あの娘は一週間前に抱いた」
「そうか」
 マムーの返事に頷く。
「黒人の女の子もいいものだ」
 彼は女の子に関する薀蓄をはじめた。
「いいのか?」
「筋肉があってな。それがいいんだ」
「ふうん」
「特にあの娘はな」
 その少女を見やって言う。
「じゃあ今夜はあの娘かい?」
「いや、今夜は止めておくよ」
「そうかい」
「今夜はもっと色気のある娘がいいな」
「あの娘はどうだい?」
 スレイマーンはアラビア人の娘を指差して問うた。
「色気が凄いぜ」
「あの娘は一月前に抱いた」
「早いな」
「その前にもな、今日はいいさ」
「じゃあ誰にするんだよ」
 何か誰もいないような気がしてきてそれに問う。
「このままじゃ誰もいないぞ」
「それなんだよ」
 マムーは困った顔で述べた。
 
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