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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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つぐない
  とあるβテスター、嗚咽する

「オラァッ!死にやがれクソがッ!!」

相変わらず騒々しい掛け声(というより、もはや罵声だ)と共に、リリアが敵の脳天目掛けて斧槍を振り下ろす。
対象は、鋭い鉤爪の付いた両手と、ボディビルダーのように筋肉質な体躯を持つ人型モンスター。
その太く逞しい首の上、人間であれば頭部に当たる部位にアナログ式の巨大な目覚まし時計を乗せた異形の怪人《ファイティング・クロックマン》だ。

時計盤の「10」と「2」の数字にあたる位置が空洞になっており、その奥からは人間のものと思われる、黄色く濁った双眸が覗いていた。
盤上では針の動きによって喜怒哀楽を顔を表現しているのか、僕たちから攻撃を受ける度、時計の短針と長針がぐるぐるとせわしない動きを見せている。

……正直に言って、第17層で戦ったゾンビたちとは別の意味で気持ち悪い。怪人というより時計の被り物をした変態と呼んだほうがしっくりくる。
だってさぁ……これだけムキムキの身体で、履いてるのがビキニパンツ一枚なんだぜ……?どうみても変態だろ……?


そんな変態───もとい異形の怪人は、白銀のハルバードによる兜割りの直撃を受けると、まるで手負いの獣が咆哮するかの如く、目覚まし時計のベルからけたたましい音を放った。
その喧しさたるや、慣れている僕でさえうるさく感じるリリアの罵声、それすらも掻き消すほどの大音量で───って、まずい!

「二人とも、一旦離れて警戒だ!増援がくるよ!」
「了解、だよっ!」
「クッソ、めんどくせぇな畜生!」
異形の怪人との近接戦闘を繰り広げていた二人へ呼びかけ、僕自身もバックステップで後退。そのまま壁際まで下がり、硬質な壁を背にする形で部屋の端に立った。
リリアとシェイリが敵と距離を取ったのを確認してから、右手を振ってメニューウィンドウを開き、ショートカットから索敵スキルを発動する。
一瞬の間を置いた後、身体中の全神経が研ぎ澄まされる感覚。次いで視界に暗緑色のフィルターがかかり、鋼鉄の扉に阻まれた向こう側、即ち部屋の外に位置する敵の存在を感知できるようになる。

僕たちの戦っていた第21層迷宮区のモンスター《ファイティング・クロックマン》は、プレイヤーとの戦闘によって窮地に立たされた際、稀にこうしてけたたましいアラーム音を放つことがある。
その際、自身は一切の攻撃を中断し、そのままプレイヤーによって倒されるまで蹲り続け、まったくの無防備な状態となる。
だけど、プレイヤーにとって本当に厄介なのは、このベルの音だ。

このアラーム音は狼の遠吠え《ハウリング》の如く、近場にいる同種族モンスターを呼び寄せるという性質を持つ。
したがって、このモンスターとの戦闘中にベルを鳴らされた場合、こうして一旦距離を取って周囲を警戒しなければ、すぐさま増援の《ファイティング・クロックマン》に囲まれてしまうこととなる。
そうなってしまったが最後、この筋肉質の怪人に嬲られてパーティ全滅という事態を避けるためには、急いで敵のいない通路に逃げ込むか、転移結晶で離脱しなければならない。
各個撃破で突破しようにも、《ファイティング・クロックマン》のHPはやたらと高く設定されており、数体に囲まれた状態から態勢を立て直すのは至難の業だ。

この増援を止めるには、床に蹲ったままベルを鳴らし続ける《ファイティング・クロックマン》を倒せばいい。
この個体は先の戦闘によってHPが減っている上に、攻撃してきたプレイヤーに反撃することもない。
攻撃を受けようが瀕死になろうが一心不乱にベルを鳴らし続けるだけなので、プレイヤー側に火力さえあれば押し切ることも難しくはない。
ただし、音の発生ポイントに真っ直ぐに向かってくる増援モンスターが、自慢の脚力でこちらへと到着するよりも速く、という条件が付いてしまうのがネックとなっている。

パーティの枠が六人全員分埋まっているならともかく、この時計怪人たちとの乱戦を戦い抜くには、僕たち三人だけでは少々力不足といったところだ。
したがって僕たちは、戦闘中にアラームを鳴らされたら即刻相手と距離を取り、索敵スキルで周囲を警戒。駆け付けた増援が一体だけなら戦闘を続行し、それ以上の時には撤退するという戦法を取るようにしていた。
このアラーム音は周囲からプレイヤーの姿がなくなった時点で止まり、駆け付けた増援たちも思い思いの方向へと散っていく。
なので、例え僕たちが戦闘を放棄して逃げ出したとしても、それまで戦っていた部屋がMH《モンスターハウス》になって他のプレイヤーに迷惑がかかる……といった心配もない。

───どっちから来る……?

通路からこの部屋へと繋がる入口は三箇所。つまり僕が背にしている壁以外の全ての位置に、敵の侵入経路があるということになる。
うち一箇所───正面に位置する扉は、僕たちが入って来た入口だ。途中の通路で遭遇した時計怪人は全て倒してきたため、ここから増援が侵入してくるという可能性は除外していいだろう。

つまり敵が入ってくるとすれば、壁を背にして立った僕から見て右側と左側に位置する扉───もしくは、その両方から。

左手に持ったチャクラムの持ち手を握り締め、左右の扉へ交互に目を走らせる。
アラーム音が鳴り始めてから十数秒といったところだった。このどちらかの扉から増援が現れるまで、もう間もなくだろう。

「っ!」
と、その時。暗緑色に染まる視界の中に、ぼやけたシルエットが映ったのを確認した。
この暗緑色の視界の中では、壁や扉といった障害物で阻まれた位置にいる敵の姿は、ぼんやりとしたシルエットとして表示されるようになっている。
一般的な成人男性のそれと比べて縦にも横にも幅の広い大型のシルエットは、そこまで広くもない通路を一直線に、脇目もふらずにこちらの部屋へと向かってくる。間違いなく、目の前の時計怪人が呼び寄せた増援の姿だ。

そして、それが姿を現したのは───

「──右から一体だッ!!」
索敵スキルを解除し、それぞれの扉の脇に立って戦闘に備えてしていた二人へ向けて叫んだ。
同時に左肩を大きく振りかぶり、明るい赤紫色のライトエフェクトを纏わせたチャクラムを右の扉に向けて投擲する。
システムのモーション・アシストによる理想的なフォームで投擲されたチャクラムは、上半身の捻り戻しによるパワーが加わり、本来であれば人の手による投擲ではまず有り得ないであろう推力を以って宙を突き進む。
空間を水平に切り裂くかのように舞う円月輪が向かった先には、今まさに鋼鉄の扉を押し上げ、戦闘に乱入せんとしていた時計頭の怪人の姿───

「よしっ!」
「さっすがユノくん!タイミングばっちりー!」
円月輪が狙いを違わず相手の時計盤へと吸い込まれていったのを確認し、僕は快哉を叫んだ。
そんな僕と入れ違いに、嬉々としたソプラノボイスを響かせながら跳躍したシェイリの斧が、体勢を崩した怪人の筋肉質な肩口へと振り下ろされる。
部屋に入るなり出鼻を挫かれた時計怪人は、自慢の筋肉を傷付けたシェイリに憎々しげな視線を向け、絶対に許さないとばかりに時計盤の針を目まぐるしく回転させた。

どうもこのモンスターの筋肉に対する思い入れには、並々ならぬものがあるらしい。
弱点部位である時計盤に攻撃を当てた時よりも、筋肉を傷付けた時のほうがヘイト蓄積値が高かったりする。
……このモンスターをデザインしたクリエイターは、一体何を思ってこんな設定にしたんだろう。
筋肉に対する謎の拘りを持ったAIといい、どこからどう見ても変態にしか見えないデザインといい……徹夜明けのノリで生み出されたモンスターか何かなんだろうか。
流石にこれをデザインしたのは茅場晶彦ではないと信じたい。普通ならモンスターグラフィックを担当したクリエイターが生みの親になるんだろうけど、もしもそれが茅場晶彦だったとしたら、なんというか……色々と台無しだよ!


「今だよ、リリア!」
「わーってる!」
まあ、この怪人を生み出したクリエイターのセンス云々は置いといて。
シェイリが新手を引き付けているうちに、僕とリリアは最初に戦っていた個体───今も床に蹲り、ベルを鳴らし続ける怪人を倒しにかかった。

「さっきからジリジリうるっせーんだよ!この腐れ時計がァッ!!」
君も十分うるさいよと突っ込みたくなるのを何とか堪え、僕も攻撃を開始する。
これ以上の増援を呼ばれる前に倒してしまいたいので、投擲してから手元に戻るまで時間の掛かるチャクラムは使わず、両脇のホルスターから抜いたスローイングダガーにライトエフェクトを纏わせた。
左右それぞれの手指の間に4本ずつ、計8本のナイフを挟み、アンダースローによる連続投擲を行う。

相手は顔を伏せて蹲っているため、このモンスターを投剣で攻撃する際に一番ダメージ効率のいい弱点部位───時計盤から覗く両目を狙うことはできない。
よって僕が狙うのは、両目の次にダメージを多く与えることのできる部位。即ち、頭頂部で振動を続ける二つのベルだ。
一撃を当てた際のダメージ効率こそ劣っているものの、両目に比べて体積が大きいため、投剣スキルの威力を発揮するには申し分ないターゲットだ。

青い光に包まれたナイフによる二連撃《ダブルニードル》が全弾命中し、塗装が剥がれるかのようにポリゴンの欠片が周囲に舞い散った。

「くたばれ!!」
間髪入れずに白銀のハルバードが丸太のような両脚を薙ぎ払い、技後硬直による攻撃の隙間を埋めていく。
リリアの連撃が終わる寸前に硬直から回復した僕は、次の攻撃に向けてナイフを構えつつ、一人で時計怪人と戦っているシェイリに横目を向けた。

「………」
いくらシェイリが戦闘センスに恵まれているとはいえ、一人で時計怪人の相手をするのは荷が重いだろうと思っていた……の、だけれど。
少し心配しながら視線を向けた僕が見たものは、シェイリの両手斧スキル《ワールウインド》によって自慢の筋肉を滅多打ちにされている時計怪人の姿だった。
どうやら僕の心配は、完全に杞憂だったようだ。

「避けちゃダメだよ~!」
自身の筋肉に並々ならぬ思い入れを持つこの怪人は、その肉体美を傷付けられることを何よりも嫌う。
それを知ってか知らずか、シェイリの攻撃はそのことごとくが腕や脚の筋肉へと吸い込まれていく。

無邪気に繰り出される無慈悲な攻撃。
それによって削られた部位から、ポリゴン片がはらはらと落ちていく。
シェイリの猛攻から筋肉を庇いながら必死に応戦する時計怪人の姿は、どことなく哀愁が漂っていた。

……まあ、敵に情けをかけている余裕はないんだけどね。
それに相手は変態だし、容赦する必要はないだろう。シェイリ、その調子で頼むよ。

自慢の筋肉をボロ雑巾のようにされていく怪人に少し同情しながらも、目の前の敵に集中するべく余計な思考をカットする。
視線を戻すと、ちょうどソードスキルによる連撃を終えたリリアが、技後硬直に入ったところだった。
僕はすかさず四連続投擲技《フォース・テンペスト》を発動させ、瀕死の怪人に追撃を仕掛けた。
両腕を交互に使って四度、投擲された16本のナイフが無抵抗の怪人へと迫り、瞬く間に敵のHPを削っていく。

───あと、一撃!

「リリア!」
「任せろ!」
僕の声に応えるように、リリアの構えた白銀のハルバードがライトエフェクトを纏った。
腰だめに構えた斧槍へと力が集約され、その強大さを示すかのように深緑の光が膨れ上がっていき───

「うらあああああっ!!」
気合一閃、溜めに溜めた力を解放し、回転を加えた斧槍をがら空きの胴目掛けて突き出した。

両手槍 重単発刺突技《ヘリカル・ドライバー》

使い手が溜めた力に加え、螺旋回転による貫通力が加わった強力な突き攻撃だ。
二人がかりの攻撃を受けながらもアラームを鳴らし続けていた時計怪人は、この攻撃によって既に危険域まで落ち込んでいたHPの残りを全て奪われ、ポリゴン片を撒き散らしながら消滅していった。

「……ったくクソ野郎が、余計な手間かけさせやがって」
「まだだよ、リリア。次は向こうだ!」
「だああああ、めんどくせぇ!とっとと片付けるぞ!」
増援を呼ばれる脅威はなくなったとはいえ、まだシェイリが一人で戦っている。一息つくのは敵を全滅させてからだ。

休む間もない連戦によって滅入った気分を奮い立たせ、両手にナイフを構えた。
そうして、残った時計怪人と戦うシェイリに加勢するべく、そちらへと視線を移し───

「あ」
「あ? ……ばっ!?」
「ん~? あっ」
た、その時。
シェイリの攻撃によってHPをイエローゾーンまで減らした時計怪人が、床に蹲る姿が見えた。
一拍の後、部屋にアラーム音が鳴り響く。


ジリリリリリリリーン。
ジリリリリリリリーン。


「………」
「………」
「また鳴っちゃったね~……?」
どすんどすんという足音がどこからか聞こえてきた。それもさっきとは違い、今度は複数の足音だ。
僕たちが呆けている間にも、足音はどんどん大きくなっていく。
窮地に陥った仲間を救うため、ビキニパンツ姿の変態たちがこの部屋へ殺到しようとしている音だった。

「……まじですか」
「俺、もう帰りてぇ……」
「ユノくん、どうしよっか?」
丸太のような腕で顔を覆い隠し、駄々っ子のように地面に蹲る筋肉の塊。
その姿を眺めたまま呆然と立ち尽くす僕。
涙目で弱音を吐くリリア。
困ったように笑うシェイリ。

───よし、逃げよう。

どすんどすんという足音が部屋の近くまできていることを感じながら、僕たち三人は元来た方向へと全速力で駆け出した。
やってられるかっ!!


────────────


迫りくる変態の群れから逃れるべく、それまで戦っていた部屋を飛び出した僕たちは、通路の突き当たりに位置する安全エリアへと駆け込んだ。
白い壁で囲まれた小部屋に無事到着したことを確認し、安堵の溜息をつく。
時計怪人がアラームを鳴らす確率はそう高くないはずなのに、連続でハズレを引いてしまうなんて。我ながら運がいいのか、悪いのか。
こんな低確率を連続で引き当てるくらいなら、同じ確率の武器強化を連続で成功させてほしいものだよ、まったく……。

「あー……だりぃ。あの時計野郎、すっげぇめんどくせぇのな」
げんなりとした様子で床に腰を下ろすリリア。僕とシェイリもそれに倣い、白い壁を背にして並んで座った。

「まさか連続で呼ばれるとはね……。さすがに、あれを捌き切るのは無理かな……」
いくら見た目がアレだとはいえ、その戦闘能力自体は立派な最前線のモンスターだ。
不運にも二度目の増援は一体ではなかったし、あと少し逃げ遅れていたら危なかっただろう。
正直なところ、全員揃って安全エリアに逃げ込むまでの間、生きた心地がしなかった。

「ユノくん、大丈夫ー?」
僕の様子をいたたまれなく思ってか、隣に座るシェイリが顔を覗き込んでくる。
僕がよっぽど酷い顔をしていたのか、彼女のくりっとした瞳には、心配そうな色が浮かんでいた。

「ん、大丈夫だよ。ありがとね」
そう言って頭を撫でてやると、シェイリは嬉しそうに目を細めた。
そんな相方の顔を見ているうち、僕の心もいくらか落ち着きを取り戻してくる。
普通に考えれば、一人で新手の相手をしていたシェイリのほうが、精神的には消耗しているはずなんだけど……日頃から超マイペースであるが故か、特別堪えた様子はないようだった。
想定外の事態になると慌ててしまう僕としては、彼女のそんなところが少し羨ましかったりする。

「しっかしクソみたいな迷宮区だな、畜生。さっさと次の層に移りてぇ」
「まあ、あと少しの辛抱だよ。 ……多分」
愚痴るリリアを宥めつつ、現在の攻略状況を頭に思い浮かべた。
アルゴの情報によれば、この第21層迷宮区の攻略は、既に2/3ほどが完了しているという。
これは攻略組最大手ギルド《アインクラッド解放同盟》───通称《ユニオン》を取り仕切るディアベルから齎された情報であるため、まず間違いないと見ていいそうだ。

いくら面倒なフロアであれ、残すところ1/3ともなれば、ボス部屋が見つかるのも時間の問題だろう。
最近の攻略ペースを鑑みれば、あと数日もあれば見つかるはずだ。そう思えるほどに、ここ数ヶ月の攻略のペースは早い。
一時は絶望視されていた攻略がここまで順調になったのは、一重に《ユニオン》の存在によるところが大きいだろう。
SAO最大規模を誇るギルドが率先してボス攻略に赴くことで、攻略組全体の士気が上がってきており、多くのプレイヤーが攻略に対し、「なんとかなる」ひいては「いつかクリアできる」と思えるようになっていた。

また、《ユニオン》を率いるディアベルの人柄に惹かれてか、彼らの本拠地である『はじまりの街』に身を置く者達を中心に、新規加入希望のプレイヤーが後を絶たないらしい。
総員は既に数百名に上り、このまま規模を拡大し続ければ、いずれは1000人を超える超巨大ギルドになるのではないかと言われている。

そんな《ユニオン》攻略部隊の活躍もあって、ここのところの攻略は、1層につき一週間前後のペースで突破できている。
この第21層が解放されてから、今日で5日目。これまで通りのペースでいけるとするならば、あと数日もしないうちにボス攻略戦が待っているはずだ。
恐らく僕たちも参加することになるであろう、ボス攻略戦が。

「攻略といえばよ……あの黒ずくめのガキ、ここんとこ見ねぇな」
「うん……そうだね」
何気なく持ち出された“彼”の話題に対して、僕は曖昧な返事を返した。
リリアの言う“彼”に関しては、僕が今、一番気になっていたことでもある。

黒ずくめのガキ───キリトを狩場やボス攻略で見かけることは、近頃すっかりなくなっていた。


「なんつーか、あのガキ見てるとよ、ラムダで腐ってた頃の自分を見てる気分になんだよなぁ。全身から根暗オーラ出てるっつーか、なんつーか」
「……リリア、根暗だったんだ?」
「!? ねねね根暗じゃねーし!根暗でもコミュ障でもねーし!」
僕はそこまで言ってないし、リリアの場合は根暗というより臆病といったところだけど……というのは置いといて。
彼の言いたいことは、何となくわかる。

───……よう、ユノ。

今から少し前、何層か前の迷宮区で偶然出会った時の───最後に会った時の、キリトの顔を思い出す。
まるで後ろめたいことでもあるかのように、僕から目を逸らした、彼の顔を。

数ヶ月前に会った時は、第1層でのボス攻略戦において臨時のパーティメンバーとして共に戦った、レイピア使いの少女───アスナと行動を共にしていたのに、僕の知らないうちにパーティを解消したのか、傍らに彼女の姿はなかった。
彼がいつからソロになったのかはわからかないけれど、たった一人、最前線の狩場で戦っていたキリトの顔は、傍目に見ても随分と疲れているように思えた。

───いや……やめておくよ。

僕が次のフロアまで一緒に行こうと誘っても、気まずそうな顔で断られただけだった。
そんな彼の態度に、僕は、自分が第1層で彼にしたことを───キバオウ達の見ている前で、彼を散々罵ったことを、まだ許してもらえていないものだとばかり思っていた。
今更かもしれないけれど、謝ろうか、どうしようか……そんなことを考えているうちに、キリトは一人で歩き去ってしまい、薄暗い通路の奥へと姿を消した。

それ以来、彼の姿は見ていない。


「やっぱり……怒ってるのかな」
「あぁ?まーだそんなこと言ってんのか、オマエ」
あの時のキリトのことを思い出し、自己嫌悪に陥りそうになった僕を、リリアがばっさりと切り捨てた。

「必要悪だったんだろ、オマエがやったことは。あのガキだってそんくらいわかってんだろが」
「いや、でもさ……」
「だああああ!うぜぇぞオマエ!半年以上も前の事でウジウジ悩んでんじゃねぇ!」
「うー……」
そう言われてしまうと、返す言葉もないのだけれど……。

───必要悪。

リリアの言う通り、あの時僕がやったことは、つまりはそういうことなのだろう。
あの時の僕には、ああいう方法しか思い付かなかった。
あれは仕方がないことだった、と。その後のボス戦で再会した時、キリトもそう言ってくれていた───けれど。

───でも、ね……。

キリトがあんなに疲れた顔をしながら、自ら一人になる道を選んでいるというのに。
あの時、全てのプレイヤーを敵に回すつもりで啖呵を切ったはずの僕は。
誰かと一緒にいることを、許されるはずのなかった僕は。今、こうしてみんなの好意に甘んじている。

───俺は……ソロでいい。

あの時、僕から目を逸らしながら、キリトはそう言った。

でも、本当なら。
本当なら、彼の立場にいるべきである人間は。
誰ともパーティを組むことなく、一人で生きていくべきである人間は。
キリトではなくて、僕でなければならないはずだったのに───


「───なんてこと考えてないよね、ユノくん?」


───不意に。

まるで僕の思えを全て見透かしているかのように、隣に座るシェイリが口を開いた。
彼女の口から語られたのは、今まさに、僕が考えていた通りの内容で。
完全に虚をつかれた僕は、何かを言おうとして口を開いたまま、何も言葉を発することが出来ずにいた。

「なんつーか、オマエ……本気でめんどくせぇヤツだな」
「うっ……」
そんな僕の様子から、シェイリが言ったことは図星だと確信したらしく、リリアが呆れ顔でこちらを見た。
言葉の端々から、内心うんざりしているといった様子が感じ取れる。

「ユノくん。そういうこと考えるの禁止って、わたし言ったよね?」
「……、うん……」
「今度そういうこと言ったら怒るからね」
「はい……」
次は怒るから、というよりも。
シェイリがこういう言い方をする時は、大体にして、既に怒っている時なのであった。

まあ、確かに……今のは僕が悪かっただろう。
まるで、あの日の───リリアと初めて出会った日の、繰り返しだ。

人の本心なんてものは、その人自身にしかわからない。人の心の中を覗くことなんて、誰にも出来はしない。
キリトが何を思って一人でいるのか、そのことをいくら僕が考えたって、答えなんて出るはずもなかったんだ。
ましてやキリトの代わりに、僕が一人になるべきだったなんて───そんなことを考えるのは、こうして一緒にいてくれる二人に対して、あまりにも失礼というものだろう。

それに、キリトだって。
そんな風にエゴを押し付けられることは、望んではいないはずだ───

「キリトくんがどうしてひとりでいるのか、わたしはわからないけど……だからって、ユノくんがそういうこと考えるのはちがうよ」
「……そう、だよね」
「わたしもりっちゃんもいるのに、今更ひとりになるなんて言い出したら、わたし怒るからね」
「ごめん……」
「大体、そんなに気になるなら自分で聞きゃあいいだろが。あのガキの居場所なんざ、暴力女に頼めば一発だろ。いつまでもグダグダ言ってたらぶっ殺すぞ」
滅多に怒らないシェイリを怒らせてしまったという事実に、みるみる罪悪感が湧いてくる。
そんな僕に苛立っているリリアからは、なんともまあ、散々な言われようだった。

「もーっ、どうしてユノくんはすぐそういうこと考えるのかなぁ。よくないよ?」
「つーか最近気付いたんだけどよ、オマエってすっげぇネガティブなのな。落ち込んでる時のオマエ見てるとイライラするわ」
いや、確かに今のは僕が悪ったけれど。

「なぁ、こいつって前からこんなんなのか?オマエ、ずっと一緒にいたんだろ?」
「んー……そうかも? ユノくんはいつもこんなかんじだよ~」
「うっわ、うぜぇ……女々しいなんてモンじゃねぇな……」
悪かった……けれど。

「ねぇユノくん。もう、そんなこと考えちゃダメだからね?」
「俺からも言っとくぜ、根暗野郎。何かあるとすぐ一人でウジウジしやがって、見てるこっちの身にもなれっての。次またこういうこと言い出したらブチ転がすからな」
なんていうか……言い過ぎじゃないか?
さすがに泣きそうなんですけど。

「………」
「ちょ、おまっ……泣いてんじゃねぇよ!俺が悪いみたいじゃねぇか!」
「りっちゃん、ユノくんを泣かせちゃダメだよー」
「!? て、てめ、このクソガキ!何いきなり裏切ってんだコラ!」
「ユノくん、ごめんね?泣かないで、ね?」
泣きそう───というか実際に涙ぐんでしまい、潤んだ視界の向こうに慌てふためくリリアの顔が見えた。
僕の被っていたフードをシェイリが脱がし、よしよしと頭を撫でてくる。

……いや、もう、なんというか。
またしても悪癖を露呈してしまい、情けないやら気恥ずかしいやらで、暫く顔を上げられそうにない。
そうこうしているうちに嗚咽が止まらなくなってしまい、僕はおでこを膝に押し付けながら、うううと唸った。

「い、いや、俺も少し言い過ぎたかもしれねぇから、よ……そろそろ泣き止めよ、なぁ?」
「も~、ユノくんは泣き虫なんだから」
困ったように笑いながら頭を撫でてくれるシェイリの手は、やんわりと温かかった。
最前線の安全エリアで体育座りしながら顔を伏せ、隣に座る小さな女の子(本人に言ったら怒られるだろうけれど)に頭を撫でられながら嗚咽を漏らす僕の姿は、傍から見ればとてつもなく格好悪いことだろう。

でも、僕が泣いてしまった理由は。
自分が情けなくて仕方がなかったからとか、二人の言い方がきつかったからとか、そういうのとは、本当は少し違っていて。
こんな風に怒ってくれる人がいるということが、嬉しかったからなのかもしれなかった。



────────────



この時の僕は、何も知らなかった。

キリトが何を思い、ソロプレイヤーという道を選んだのか。
キリトが僕に対して、どんな想いを抱いていたのか。
あの時の僕の行動を、キリトがどんな思いで見ていたのか。

僕は本当に、何も───何も知らなかったんだ。


そして、そのことが。
そのことが、回りに回って、あの事件に。

サチを───彼女の親友を奪ったあの事件に、繋がってしまうのだということを。

この時の僕は、知る由もなかった。 
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