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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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つぐない
  とあるβテスター、待ち合わせる

ルシェとのお茶会から暫く経った、ある日のこと。
僕こと投刃のユノは、宿の部屋で一人、机に向かっていた。
目の前の机には、赤青黄色の三原色に始まり、金銀灰色、果てはオレンジやピンクといった奇抜な色まで、多種多様、様々な色合いの染料アイテムが並べられている。

「……はぁ」
机上に並べられた、おびただしい数の染料アイテムを視界に入れながら、本日何度目かになるかもわからない溜息をついた。
これで商売でも始めるつもりなのかと疑われても仕方ない程の量があるこのアイテムたちは、昨夜、いつものように買い出しに行こうとしたシェイリを引き留め、無理を言って担当を代わってもらい、街で買い集めてきたものだ。

第1層の頃とは違い、今では染料アイテムも十分な数が市場に出回っており、染料一つ一つの単価は決して高いわけではない。
一部の色を除いてレアリティはそこまで高くない上に、下層の敵からもドロップするとあって、攻略組以外のプレイヤーも狩りをするようになってきた今では、需要に対して供給が完全に上回っている。
非戦闘系プレイヤーならともかく、僕達のように最前線で戦っているプレイヤーにとっては、むしろ安い買い物であるといってもいいだろう。

そう、決して高いわけではない。
高いわけではない……が、しかし。
塵も積もれば何とやら。いくら何でも買いすぎた。

正直、最初はここまでやるつもりはなかった。
適当な色の染料と、元に戻す為の黒い染料、この二つだけを買って帰るつもりだった……の、だけれど。
露店で売られている染料を一たび眺めてみては、「もしかして、こっちの色のほうがいいんじゃないか」という迷いが生じ、なかなか踏ん切りがつかない。
そうこうしているうちに、どうせやるなら全色揃えてしまえ!という、半ばヤケクソにも等しい衝動が生まれてしまい、両親から「行動力を活かす方向を間違っている」とよく言われていた僕の、変な所で凝り性という性格が災いし、現状出回っている全ての色の染料を買い揃えてしまった。

一部の色を除いてレアリティはそこまで高くないとは言ったものの、その"一部の色"までも含めた全色を揃えてしまったことにより、僕の全財産のうちの何割かが消失したことは言うまでもないだろう。
その総額は……、いや、思い出すと憂鬱な気分が更に悪化するのでやめておこう。
とにもかくにも、迂闊にも起こしてしまった一時の気の迷いによって、一晩眠って頭が冷えた現在、購入したアイテムたちを前に、こうして頭を抱えているのだった。

うぅ……本当に何やってるんだろう、僕。
この前チャクラムを買ったせいで金欠だし、こんな買い物をしている余裕はなかったはずなんだけどなぁ……。


「……っと、いけないいけない」
いつまでもプチ鬱モードに入ってる場合じゃなかった。そろそろ宿を出て、迷宮区に向かう準備をしないと。
メニューを開いてアラームを見ると、準備ついでの散歩に向かったシェイリと落ち合う予定の時刻まで、あと20分といったところだった。
準備といっても、部屋着から戦闘用の装備に着替えるのはショートカットコマンドをいくつか押すだけで済んでしまうので、表の道具屋でポーション類を補充するくらいしかやることはなかったりするのだけれど。
とはいえ、今のSAOでは回復アイテムをきちんと用意しているか否かが生死の分かれ目となるので、念の為、回復アイテムのチェックには少し多めに時間を割くようにしている。
いざという時、結晶アイテムの補充を忘れていたなんてことにならないように、最低でも転移結晶だけは所持していることを確認してからでないと狩りには行かない。というより、怖くて行けない。

モンスターとの戦闘によって犠牲になったプレイヤーの中には、転移結晶を使い切っていることを忘れて事故死してしまった人もいるという話だ。
最近は攻略が順調に進んでいるからか、そういった気の緩みともとれるミスが原因で死亡するプレイヤーが目立つようになってきている……らしい。
アルゴが提供している情報紙『ウィークリーアルゴ』の紙面に、わざわざ注意書きが掲載されるほどだ。

そういった事例もあるので、僕は迷宮区に行く前に必ず転移結晶の数をチェックし、余裕があれば一つか二つ余分に持ち歩くようにしている。
自分で使う分の他に、万が一パーティの誰かが結晶を持っていなかった時に渡せる分は確保しておきたいという理由からだ。
少し神経質に見えるかもしれないけれど、迷宮区の攻略には文字通り命を懸けているのだから、用心するに越したことはないだろう。

……それに。
ルシェと初めて出会った時のようなことも、これから先、ないとは限らない。

あの時は第2層のモンスターが相手だったから、僕一人でも助けることができた。
だけど、あれが僕のレベルと同等か、あるいは格上のモンスターだったら。彼女を助けようとすれば、僕も無事では済まなかっただろう。最悪の場合、共倒れになっていた可能性だってある。
もちろん、転移結晶を使えば自分は助かっただろう。だけど、目の前でやられそうになっている人を見捨てられるほど、僕は非情になりきれそうもない。

あんなことはそうそうあって欲しくはないけれど、もしもまた、ああいう場面に遭遇した時のために、少しでも保険をかけておきたいという気持ちがあった。
偽善……なのかもしれないけれど。


「……よし」
ちゃんと転移結晶を所持していることを確認し、アイテムウィンドウを閉じた。
ポーション類も思っていたほど減っていなかったので、今日の探索はこのまま行っても問題ないだろう。

続いてショートカットコマンドを操作し、装備を整えていく。
今まで着ていた部屋着が光に包まれ、代わりに半袖の黒いインナーが装着された。両肩に掛けられたショルダーホルスターのストラップが胸の前で交差し、上から装着された胸当てによって隠される。
両脇の下に固定されたホルスターには、投擲用のナイフをそれぞれ5本までセットできるようになっている。
更に腰のベルトの左右に4本ずつナイフを吊り下げ、背面部のポーチには実体化させた転移結晶などの緊急時に使うアイテム類。
左の太もも巻き付けた革のベルトには、リリアから譲り受けた《シャドウピアス》の鞘を装着(戦闘で使うことはほとんどないと思うけれど)。
先日購入したチャクラムは、右腕に嵌めた金属製のガントレットに重ねてベルトで固定。このガントレットは肘から手首までの前腕部だけを覆うタイプのものなので、投擲の邪魔になることはない。
最後にフード付きのマントを着込めば、戦闘用装備の完成だ。

「ん。準備おっけー」
武器の類がマントで隠れていることを確かめ、ホルスターからナイフを抜いて投げるまでの一連の動作を素振りで数回行ってから、フードを浅く被った。
深く被れば顔を覆い隠すこともできるのだけれど、この前のお茶会で、ルシェから「顔隠してると逆に怪しいですよ!あたしなら真っ先に警戒します!」という手痛い一言を頂戴したため、最近はあまり深くは被らないようにしている。
その発言の直後、「あ!で、でも、ユノさんは最初に会った時から怪しかったですよ!あたしはユノさんが見た目怪しい人でも気にしてませんから!!」という、フォローなのかそうじゃないのか判断できない慰め方をされたけれど、地味にショックだったのは言うまでもない。僕、そんなに怪しい奴に見えていたのか……。

後に、友人知人にも聞いてみたところ。
シェイリには「ユノくん、今更だよー?」と笑顔で言われ。
リリアには「オマエ、気付いてなかったのかよ……」と真顔で言われ。
クラインからは「あー、その、なんだ……おめぇさんも色々あって大変だったんだろうから、仕方ねぇよ、うん。あんま気にすんなよ、ユの字」と気を遣われてしまうという、何とも散々な評判だった。正直泣きそうだった。

ちなみにアルゴは爆笑だった。
話を聞くなり「にゃ、にゃハハハハ!ユー助、冗談きついヨ!冗談ダロ、今まで気付いてなかったトカ!オネーサンを笑い死にさせるつもりカ、にゃハハハハハハッ!!」と、目尻に涙まで浮かべての大爆笑だった。
ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけれど、僕の格闘センスじゃ返り討ちに遭うのが目に見えているのでやめておいた。
あの女、情報だけが取り柄かと思いきや、ああ見えて意外と実力派だったりする。
敏捷値に特化したステータスと、小型のクローを用いた格闘戦を得意としているので、近接戦闘では勝ち目がないだろう。
ましてや彼女は情報収集と称して日々迷宮区を駆け回っているため、戦闘での立ち回りに関しては攻略組にも引けを取らない。
そんなアルゴ相手に格闘戦を挑むのは、いくらなんでも無謀というものだった。ちっ。



───閑話休題《それはともかく》。



準備を整えて外に出ると、予定の時間の7~8分前といったところだった。
装備の変更とストレージのチェックを合わせても、およそ10分程度しか掛かっていないことになる。
改めて、SAOでの着替えは簡単便利だということを実感したのだった。
現実世界でこれだけの装備を1人で整えるとなると、どれほどの時間が掛かるのやら。僕1人じゃホルスターの装着すらままならないんじゃないだろうか。
まあ、それ以前に、こんな武装してる時点で警察行きになるだろうけれど。

「おう、待たせたか?」
と、予定の時刻より少し早く、3人目のパーティメンバーが転移門から姿を現した。

街を歩けば、すれ違った女性が振り返るであろう端正な顔立ち。
ロックバンドのミュージシャンにいそうな、流行りの髪型(僕は基本的に流行には疎いのだけれど、なんとなくそれっぽい)。
男にしては華奢な骨格ではあるけれど、長身の体躯がそれを補っており、貧弱な印象は受けない。
むしろ鋭い目付きと相まって、ワイルド系が好きな女性に大いにモテそうな外見をした成人男性だ。

鈍い光を放つ金属鎧を着込み、白銀のハルバードを肩に担いだ様は、まるでファンタジー世界に登場する騎士といった風貌だ。
パーティメンバーである僕から見てもかなり様になっている。

ただし、中身はヘタレ。それも類を見ない程のヘタレだ。

SAOには妹のアカウントでログインし、そのままデスゲーム開始となってしまったため、キャラクター名と外見が致命的なまでに一致していない。
両親が既に他界済みであるため、唯一の肉親である妹のもとへと一刻も早く帰還するべく、僕達とパーティを組んで攻略に挑むこととなった───

───と、これだけなら、いい話なのだけれど。

そもそも妹さんに無理を言ってナーヴギアを借りたのが、SAO内で妹にちょっかいをかける男がいるんじゃないかという、なんともまあ……な理由であるため、いまいち恰好がつかない。
他にも、実の妹相手に結婚願望を持っているんじゃないかという疑惑もあるため、いつの日か現実世界に戻れたとして、それはそれで妹さんが心配だったりする。色々な意味で。

「ううん、今来たところだよ」
「それ、待ち合わせの相手が可愛い女の子だったらよかったんだけどなァ……オマエじゃなぁ……。はぁ~……」
「………」
ちょっとイラッっとしてしまった。後で誤射と見せかけて、後ろからナイフでも投げつけてやろうか……。

そんなイラつかせ系男子の彼はというと、どうも中身がヘタレなのを他者に悟られないよう、口を開けば誰彼構わず悪態をついてしまうという癖があるらしい。
まあ、彼の中身がヘタレだと分かった今となっては、悪態をつかれても多少イラッとするだけで済んでいる。
アルゴと初対面の時も色々とあったみたいだけど、シェイリの行った喧嘩両成敗の甲斐もあって、最近ではそんなにギスギスはしていないようだ。
もっともあの件に関しては、完全に彼の自業自得なわけなのだけれど。

更に彼のヘタレ具合は、武具のチョイスや戦闘時の立ち回りにも顕著に表れている。
武器にハルバードを選んだのは、敵との間合いを長く保てるため。
防具にプレートメイルを着込んでいるのは、敵の攻撃による致命傷を少しでも避けるため。
ついでに言うと、プレートメイルを着込んでいるからといって壁役《タンク》として立ち回るわけではなく、むしろ異様に鋭い直感(というより、ヘタレ故の生存本能のようなものだろう)により、敵の攻撃を回避することに重点を置いている。
それがどれほどのものかというと、金属鎧を着込んでいるにも関わらず、時として敏捷値特化型のビルドをしている僕をも凌駕するほどだ。
攻略組に属する一プレイヤーとして、その回避能力は尊敬に値するところではある……のだけれど、如何せん回避する度に叫びまくってうるさいので、あまり羨ましいとは思わない。

そんな裏通りの鍛冶師こと、ネカマ───じゃなかった、ハルバード使いのリリアだった。


「んで、今日行く迷宮区ってのはどんな所なんだ?」
「あれ、行ったことなかったの?」
少し意外だった。今までずっと1人で鍛冶師と攻略を両立させてきた彼のことだから、僕達とパーティを組んでいない時でも、ソロで様子見くらいには行ってるものだと思ってたのだけれど。

「ここんとこは素材集めばっかやってた。鍛冶師も廃業したわけじゃねぇからな」
「なるほどね。じゃあ今度、何か作ってよ。具体的にはチャクラムとか」
「アホか。チャクラムなんか作れねェよ」
「だよねぇ……」
駄目元で言ってみたとはいえ、こうもはっきり否定されると落ち込むなぁ……。

SAOで鍛冶師と呼ばれるプレイヤー達が習得する主なスキルは、《斬撃武器作成》《刺突武器作成》《打撃武器作成》の3つが主流となっている。
それぞれ作成できる武器の種類は文字通り、《斬撃武器作成》では剣や曲刀を、《刺突武器作成》ではレイピアやエストックといった細剣、《打撃武器作成》ではナックルやメイスといった打撃系の武器を作ることができる。
クラインの使うカタナのような、隠し《エクストラ》扱いのスキルが必要となる武器種についても、《斬撃武器作成》スキルの熟練度が上がるにつれて解禁されていくという仕組みだ。

ちなみに僕が投剣スキルで使っているナイフは刺突武器扱いになっているらしく、《刺突武器作成》スキルで作ることができる。
僕は重量と威力のバランスが取れているという理由でスローイングダガーを愛用しているけれど、当たり判定が小さくなるかわりに貫通力の高いピックや、漫画などで忍者が使っているような苦無《クナイ》も作成することができるので、一口に投剣スキルと言っても、どれを使うかはプレイヤーの好みによるところが大きい。
個人的にクナイは格好いいと思うのだけれど、ナイフやピックに比べて重量があり、大量に持ち歩こうとするとストレージが圧迫されてしまうという理由から、実戦に取り入れることを泣く泣く断念したのだった。
それに、噂によるとSAOで忍者をロール(MMORPGにおいて、プレイヤーがその役割になりきって演じること)しているギルドがあるらしく、クナイや体術を用いた“忍者のような戦い方”をするプレイヤーを見かけると、やたら対抗意識を燃やしてくるのだとか。ちょっとめんどくさい。

そして、肝心のチャクラムはというと。
厄介なことに、この武器カテゴリだけは別枠扱いとなっていて、《投擲武器作成》というスキルが必要になってしまう。
てっきり斬撃か打撃に属する武器だと僕は思っていたのだけれど、投擲に加えて打撃、もしくは斬撃といった複数の要素を持つ武器の特性からか、チャクラムの作成には専用の鍛冶スキルが設けられているようだった。

この専用スキルというのが曲者で、鍛えているプレイヤーがなかなか見つからない。
SAOでの主流は近接戦闘なのだから、わざわざ使い手の少ない武器の制作スキルを上げようとする人が少数派なのは仕方がない……のだけれど。
僕のようにメインウェポンとしてチャクラムを使うプレイヤーにとっては、プレイヤーメイドの武器の流通がないというのは結構な痛手だ。
チャクラム系統の武器はNPCの武器屋で店売りはしておらず、鍛冶師プレイヤーによる作成ができないとなると、後は敵のレアドロップを狙って手に入れるしかない。
そういった入手の難しさのせいで、チャクラム使い自体の数は少ないものの、市場に出回っているドロップ品は軒並み高額という悪循環が出来てしまっているのだった。

僕が今使っているチャクラムだって、数日がかりでプレイヤーの露店を探し歩き、ようやく見つけた(しかも価格は相当ぼったくられた)ものだ。
リリアに頼んでスキルを取ってもらおうかとも思ったけれど、彼のスキルスロットのほとんどは生存能力を高めるスキル(罠解除、隠蔽、バトルヒーリングetcetc...)で埋まっているため、ただでさえ臆病な彼に、それらを削除してまで強要するということはしたくない(というより、頼んだら本人がマジ泣きしそうなのでやめておく)。
もともと彼は攻略組志望なので、僕達とパーティを組むようになったこれからは、戦闘系スキルを鍛えるのに重点を置くとのことだった。鍛冶師はあくまで副業という位置に落ち着いたようだ。

「でも少しだけ勿体無いよね。リリアちゃんお手製のチャクラムなんて、コレクターに高く売れそうなのに」
「やめろ、ゾッとするようなこと言うんじゃねぇ!!」
出会い頭にイラッとさせられたお返しとして、彼のトラウマを少しだけ抉ってみた。こうかはばつぐんだ!
実は一部の武器コレクターからアルゴへ、「鍛冶師リリアの行方を追って欲しい」との依頼が来ているそうなのだけれど、このことは本人には伏せておくことにしよう。
アルゴとしても流石に気が引けるらしく、今のところ適当に言葉を濁して誤魔化しているそうなので、当分の間、彼のプライバシーは守られることだろう。

「大体、チャクラムなんざ不人気武器もいいとこだろ。売れもしないモン作る馬鹿がいるかってぇの」
「くぅ……」
悔しいけど、何も言い返せない。
専用スキルの熟練度を1から上げる手間に、武器作成にかかるコスト。そこまで苦労して作ったところで、ほとんど買い手がつかないという需要の低さ。
例え鍛冶師を専業としているプレイヤーでも、よほどの物好きでもない限り、斬撃や刺突といった主流武器の作成スキルを鍛えるだろう。
これから職人クラスを目指すプレイヤー達は言わずもがな。チャクラム使いはどこまでも不遇なのであった。

「チャ、チャクラムだっていい武器だよ!投げれるし殴れるし!」
「ハッ、オマエが殴るとか。是非とも見てみたいモンだ」
「くっ……!」
語尾に(笑)とでも付きそうな嘲笑い方をされた。く、悔しい……ッ!

「……つーかオマエ、なんでそんなに近接戦闘が下手なんだ?わざとやってんのか?」
「わざとじゃないよ!精一杯やってるよ!」
「………」
や、やめろ、そんな目で僕を見るな!
そんな、「それはひょっとしてギャグで言ってるのか?」とでも言いたさそうな目で僕を見るんじゃない!!

「……まぁ、誰にでも得手不得手はあるとはいっても、なぁ? 極端すぎんだろ、オマエ」
「い、いや、だって、間合いとかタイミングとかさぁ……ちょっと難しいというか……」
極端なのは嫌というほど自覚しているし、できることなら僕だって前に出て戦ってみたい。
だけど、例え前に出たところで、敵の攻撃を避けきる自信がない。
別に運動が苦手とか反射神経が人一倍悪いとか、そういうわけでもないんだけどなぁ……。

「つってもオマエ、敵の動きも見切れねぇのに何でナイフはあんなに当たるんだ?俺にはそっちのほうが意味わかんねェよ」
「それは、こう……なんとなく?」
「……は?」
投剣スキルを発動させてから敵に当たるまでには、少しラグ(遅延)がある。
当然ながら、相手との距離が長ければ長いほどラグは大きく、反対に、ナイフの投擲速度が速ければ速いほど着弾までの時間は短くなるというわけだ。
いくら僕のステータスが敏捷値に特化しているといっても、投げた瞬間に敵に当たるわけではない。なので投剣で敵を攻撃する時は、そこのところを微調整しながら投げている。

「次はここに関節がくるかなーとか、このスキルが発動する時の足の位置はここかなーとか、そういう場所を狙って投げてるんだけど……え、ダメなの?」
「………」
僕が言うと、リリアは思案顔で黙り込んでしまった。
……何だろう。僕の戦い方、何かまずかったんだろうか。

ちなみに僕は、武器を持った人型のモンスター───コボルトやゴブリン、オークといった敵を狙うのが一番得意というか、弱点部位に当てやすいので戦いやすく感じる。
顔面や各所の関節といった弱点部位が人間と同じだし、使ってくるソードスキルもプレイヤーと共通のものが多いので、モーションの出始めに投剣を打ち込んで技のキャンセルを狙うことができるからだ。
逆にクリティカル部位がよくわからないモンスターだと、比例して投剣の威力も下がってしまうので苦手だったりする。
あと、盾を構えて防御に徹してくる敵はどうしようもない。その場合はシェイリとスイッチして体勢を崩してもらうか、もしくはそのまま倒してもらう(恐ろしいことに、筋力特化の彼女はバックラー程度ならお構いなしに叩き斬ってしまう)ことにしている。

どちらにせよ得手不得手がはっきりしているというか、苦手な敵相手には完全なお荷物になってしまうのが悩みどころだ。確かにリリアの言う通り、極端すぎると言われても否定はできない。
せっかく体術スキルも取ってあることだし、そろそろ近接戦闘の練習をしてみてもいいかもしれないなぁ……。

「……でもなぁ。近接戦闘、苦手だしなぁ」
「おい」
───と、僕がそんなことを考えていた時。
今まで黙っていたリリアが、突然ソードスキルを発動させた。
両手槍スキル《ソニックスラスト》。初級スキルであるため威力は低いものの、予備動作や硬直が短く、相手を牽制する際によく使われるソードスキルだ。

「っ!?」
さっきまで普通に話していたはずなのに、突然、それも僕の真正面から、真っ直ぐに心臓部を目掛けて斧槍が突き出される。
驚く暇もなく反射的に身体が動き、ガントレットを嵌めた右腕でハルバードの石突きを跳ね上げ、急所を抉られることを回避した。
そのまま上半身を捻り、空いた左手で右脇のホルスターに入っているナイフを掴む。体を正面に向け直す勢いを利用し、返す手でナイフを投擲───しようとして、そこで気が付いた。

───ここ、圏内じゃん……。

咄嗟に迎撃態勢に入ってしまったけれど、よく考えたらさっきの攻撃が直撃しても何の問題もないのだった。
拍子抜けした気分でナイフをホルスターに戻し、リリアの方を見る───と、攻撃を跳ね上げられた体勢のまま、引き攣った顔で硬直していた。

「ちょっと、いきなり何するの。びっくりしたじゃん」
「……び」
「?」
「びびびビビらせんじゃねぇよ馬鹿野郎!反撃しろなんて言ってねぇだろうが!!」
「………」
どうやら反撃されることまでは想定していなかったようで、槍を持つ手が小刻みに震えていた。本気で驚いたらしく、少し涙目になっている。
そんなこと言われても、いきなり攻撃してきたのはそっちなんだけど……。

「で、今のは何だったの?僕だって結構驚いたんだけど」
「……いや、オマエ、今ので気付かないのかよ」
「え?」
斧槍を下ろしたリリアは、まだ少し引き攣った顔で僕を見た。「何とぼけてんだこいつ」といった目を向けてくる。
いや、気付かないも何も、今の流れに一体何の意味があったというのだろう。
近接戦闘のことを考えていたら突然攻撃されて、咄嗟に躱して反撃に移ろうとしただけで───って、

「あれ?」
「やっと気付いたか……」
「僕、反撃してた?」
「思いっ切りな。ぶっちゃけ死ぬかと思った」
そう、僕は“至近距離から”繰り出されたリリアの攻撃を躱し、それどころか反撃までしようとしていた。
斧槍のリーチは剣に比べて長いとはいえ、完全に、僕が苦手とする接近戦闘の間合いだ。
ましてや《ソニックスラスト》の攻撃速度を考えれば、僕が躱しきれるはずがなかった……の、だけれど。

「あれ……なんでだろ。急にリリアが攻撃してきて、何も考える余裕なんてなくて……」
「……オマエさぁ、もしかして」
と、リリアが何かを言いかけたところで。

「ユノくん、おまたせー!」
商店通りの方向から、見慣れた少女が歩いてくるのが見えた。
肩にぎりぎりかからない長さの黒髪。小柄な体型と幼い目鼻立ちからは想像できないけれど、これでも高校生だという(実を言うと、今でも信じられない)。
本人曰く「可愛くないから」という理由で重装備を嫌い、スカートタイプのハーフアーマーを愛用している。
そこだけ見れば可愛い女の子なのだけれど、その背に担がれている血色の大斧が全てを台無しにしていた。

このゲームが始まった頃からの僕の相棒であり、一部のプレイヤーから《首狩り》という不名誉な渾名を頂いている少女、シェイリだった。


「りっちゃんも、おはよ~。ふたりとも早いねぇ」
「……おう」
ふにゃりと笑うシェイリに、リリアは気恥ずかしそうに目を逸らした。
人目を避けるようにして治安の悪い裏通りに身を置いてきた彼は、シェイリのようにストレートな感情表現をする相手には弱いらしい。

───素直じゃないなぁ。

口を開けば悪態ばかりついているリリアだけど、にこにこしながら話しかけてくるシェイリを拒みはしないあたり、満更でもないのだろう。
もともと彼はヘタレに加えて寂しがり屋な面があるらしく、一ヶ月前に僕達と知り合ってからは、迷宮区の攻略にもちょくちょく同行するようになっていた。
あの洞窟での戦いにおいて、即席パーティであるにも関わらず安定した連携を取ることができていたので、迷宮区の攻略に彼が加わるのは、僕としても心強いところだった。

───それに、シェイリも。

一ヶ月前にリリアと知り合うまで、彼女は僕以外のプレイヤーとパーティを組んだことがなかった。
第1層でのボス攻略戦の時、僕が攻略組の面々に向けて啖呵を切ってしまったためだ。
彼女は僕を信じてついてきてくれた。けれど、そのせいで、他の攻略組のメンバーからパーティの誘いがくることはなくなってしまった。

それについては、負い目がないわけじゃない。
MMORPG初心者の彼女は、正式サービス開始日に僕と知り合って以来、ずっと行動を共にしてくれている。
だけど、本当にそれでよかったのか。初心者だからこそ、彼女はもっと多くの人と関わっていくべきじゃないのか。それを邪魔しているのは、他でもない、僕なんじゃないのか。
……そんな風に疑問を抱くことは、これまでに何度もあった。
彼女は気にしていないと言うけれど、それでも、やっぱり。

───ひとりは……さみしいよ。

あの時、シェイリが漏らしたあの言葉。結局、真意はわからなかったけれど。
もしもあれが、僕も見たことのない、彼女の本心なのだとしたら。
彼女は、寂しかったのだろうか。
いつも笑っているけれど、本当は寂しかったのだろうか。
そればかりは、僕にはわからない。
わからない───けれど。

あの日からずっと、僕を支えてくれた彼女には。
こんな僕を信じると言ってくれた、彼女には。
寂しい思いは、してほしくなかった。

「……って、おい待てコラ。何だそのクマは」
「えへ、可愛いでしょ~。さっき買ってきたんだよ~」
「クマのストラップ……か? へぇ、裁縫スキルがありゃそんなのも作れるんだな……っておい!やめろ馬鹿!俺の作った斧にそんなモン付けんじゃねぇ!!」
「え~?可愛いよ?」
「んなモン可愛くしてどうすんだ!おいやめろ、柄にストラップ巻いてんじゃねぇ! やめろォォォォ!!」
だから今、こんな風に談笑している2人を見ると。
僕以外の人と、楽しそうに話しているシェイリを見ると。
何だか僕まで、嬉しくなってくるのだった。 
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