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焼け跡の天使

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3部分:第三章


第三章

「何もかもがなくなったってのによ」
「何もかもなのね」
「そうさ、何もかもだ」
 また言った。
「戦争で全部なくなったんだ。それでどうやって」
「また作ればいいじゃない」
 諦め果てた声しか出さないイワノフに告げた。
「それなら」
「それなら?」
「ええ、それならよ」
 また彼に言うのだった。
「作ればいいだけよ。違うかしら」
「夢物語だな」
 またしても少女の言葉を否定した。それもすぐに。
「まさかそんな言葉を聞くとは思わなかったぜ。笑っていいか?」
「笑いたいの?」
「その馬鹿な言葉にな」
 こう言い返すのだった。
「笑いたいものだぜ。笑う気力もなくなってきたけれどな」
「いいわよ、笑っても」
 笑う気力がないと聞いてもあえて言ったのであった。
「笑いたければ」
「気力ももうないのにか」
「気力が欲しかったら立って」
 またイワノフに言う。
「私が言いたいのはそれだけよ。そして」
「そして?」
「前に進んで」
 そう彼に告げるのであった。
「ただ前にね。それだけでいいから」
「それで何かなるのかよ」
「少なくとも今よりはずっとましになる筈よ」
 少女はそう述べて笑った。うっすらとであるが優しい笑みであった。
「きっとね」
「きっとか」
「ええ」
「信じていいんだな」
 あらためて少女に問うた。
「今のその言葉をよ」
「信じなくても別にいいの」
 それはいいとまで言う。イワノフはその言葉を何故か受け入れた。少なくとも拒むことはなかった。そうするには少女の言葉はあまりにも優しかったからだ・
「けれど。立ちたいなら立って」
「立ちたいなら、か」
「多分。天使はこうは言わないわ」
 ふと天使という言葉を出した。それと共に顔に微妙な嫌悪感を漂わせるのであった。
「多分だけれど」
「あんたは天使じゃないのか」
「違うわ」
 そのことは否定してきた。それもわりかし強い声で。
「だから。そういうことは言わないのよ」
「へえ、そうかよ」
「けれど立ってとは言うわ」
 それは言うと告げる。
「私は。そう言う考えだから」
「じゃあ立てばいいんだな」
「そうよ」
 またイワノフに述べる。
「貴方がそうしたいのならね」
「正直今さっきまではそんなつもりにはとてもなれなかったさ」
 少し笑った。といってもさっき笑ってもいいか、と問うた時に考えた笑みではなかった。それとは別の、少し明るい感じのする笑みであった。
「だが今は」
「違うのね」
「ああ、まずは立つんだな」
「そうよ」
 また彼に言った。
「そして次に」
「前に進む」
 イワノフは今度は自分から言うのだった。
「そうだよな」
「ええ。できるかしら」
「さっきまではとんでもなく難しい話だったが今は違うな」
 これは彼の心が変わったからだ。全く異なってきていた。
「俺も今から」
「歩けるのね」
「少しだけならな」
 それが今の彼の返事であった。
「歩けるさ」
「だったら。歩くといいわ」
 少女はにこりと笑ってイワノフに声をかけるのだった。
「そうしてね。見て」
「わかったさ。それじゃあな」
 イワノフもその言葉を受け入れる。そうして前に向かって歩く。瓦礫まみれの道であったがそれでも歩く。その後ろには少女が笑っているが今は彼女の方を見なかった。
 
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