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焼け跡の天使

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2部分:第二章


第二章

「皆な。こんなパンなんて今は夢みたいな話だ」
「そう、夢なの」
「夢じゃなかったら妄想だ」
 こうまで言う。
「昔は違ったけれどな」
「そうなの」
「奇麗で。平和な街だった」
 食べ終えた彼は不意に昔の日々を懐かしんだ。あの青い空はそのままだがそれ以外は全く変わり果てている。それも目に入っていたのだ。
「それが。戦争でな」
「何もかもなくなったのね」
「本当に何もなくなってしまったな」
 少女に応えてまた呟く。
「奇麗にな。俺の家族も皆死んじまった」
「皆?」
「ああ、皆さ」
 また言う。
「爆撃でな。瓦礫の下でくたばっちまった」
 彼の家族のことは知っていた。戦争の中頃のこの街への大規模な爆撃で家族は家ごと全員死んだのである。この街に戻って最初に家のところまで来たが本当に瓦礫の山になっていた。それが何よりの証拠だった。彼にはもう帰る家も温かく迎えてくれる家族もいないのだ。それが嫌になる程わかっていたのだ。
「だから。俺は一人さ」
「一人なの」
「珍しくとも何ともないさ」
 彼はそう少女に述べや。
「この戦争じゃ皆そうさ」
「ふうん」
「ふうんっておい」
 彼は少女があまりにもこの戦争のことに無知なので思わず問うた。
「御前この街の人間か!?」
「いいえ」
 それは違っていた。彼女はそのことを首を横に振って否定した。それが何よりの証拠であった。自分自身で示してみせた証拠であった。
「違うわ」
「だったら何処の奴だ!?」
 彼は不審さを露わにさせて彼女に問うた。
「この街の人間じゃないとしたら」
「何だと思う?」
 少女は逆にウラノフに問うてきた。
「私が何かは」
「さあな」
 今はあまり考えられない。深く考えるにはあまりにも疲れ果てていた。しかし危険なものは感じなかった。戦場でそうしたものを散々感じてきたが今は感じなかったのだ。
「とりあえずは危ない人間ではなさそうだな」
「そう、人間なの」12
 少女はそこに何か言いたいようであった。
「私が」
「!?」
 ウラノフは少女の言葉に違和感を感じた。それと共に最初一瞬だけ見たものが脳裏に浮かぼうとした。だがそれが浮かび上がるより前に少女が言ってきた。
「じゃあそれでいいわ」
「いいっておい」
「ところで。立たないの?」
「ああ、暫くはな」
 彼はこう答えた。
「どうにもな」
「やっぱり疲れているからなのね」
「その通りだ」
 パンを食べていささか楽になったとはいえまだ疲れ果てている。だからこう答えたのである。
「このまま死ぬのかもな」
「死ぬつもり?」
「そのつもりはない」
 それは否定するのだった。
「けれどな。それでも」
「生きられないのね」
「今は皆そうだ」
 イワノフは諦めきった声で述べた。少女を見ているがそこに見ているのは希望なぞではない。それとは全く異なる暗鬱としたものでしかない。
「誰だってな。わかるよな、それは」
「ええ、わかるわ」
 少女も彼の言葉にこくりと頷く、それを否定することはなかった。
「けれど。それには早いとも思うわ」
「早い?」
「ええ」
 また彼に答えた。
「私はそう思うのだけれど」
「じゃあどうしろっていうんだ」
 彼は嘲笑を込めて尋ねた。だったらどうするのかと。そう問うたのだ。
「今の俺達が」
「動けばいいわ」
 それが少女の返事であった。
「動けば。それだけでいいわ」
「動いて何になるんだ」
 イワノフはそれもまた否定した。何かを肯定する気持ちにはもうなれなかった。ただ何処までも疲れ果てていた。その彼に動くことはできなかった。
 
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