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映画

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3部分:第三章


第三章

「向こうから直々に御指名よ」
「何で私に」
 夕菜はそのあどけない、黒い大きな目を丸くさせていた。髪は長く黒くそれを後ろで束ねている。小柄で童顔だが胸は大きくスタイルはいい。まだ十六歳だがグラビアでも活躍している。最近はバラエティ番組やクイズ番組にも出てその明るいキャラクターと時折出す珍解答で売り出している。だが演技力についてはまだドラマに出たことはなく全くの未知数であった。
「映画ですよね」
「映画よ」
 彼女とは変わって茶髪をショートにし男のもののようなズボンのストライブのスーツを着たマネージャーははっきりと告げた。
「当たり前じゃない。佐藤幸次郎なんだから」
「それはわかりますけれど」
 彼女にもそれはわかった。しかしであった。
「けれど」
「どうして夕菜ちゃんがってこと?」
「私ドラマもまだですし」
「映画もね」
「演技、したことないです」
 これは自分でもよくわかっているのだった。
「それでいきなり主演なんて」
「普通はないわよね」
 これはマネージャーもよくわかっていた。
「やっぱりね」
「そうですよね。それでもですか」
「私もね」
 マネージャーの顔が曇った。
「わからないのよ」
「やっぱり」
「ええ。実はドラマのことはね」
 二人は事務所で話をしていた。事務所の一室で紅茶を飲みながら話をしているのだ。
「そろそろ仕事入れようと思ってたのよ」
「そうだったんですか」
「脇役だけれどね」
 一応こう断る。
「ほら、主人公の友達とかそういうので」
「出させてくれるつもりだったんですか」
「そうなのよ。ところがね」
 そのオファーだったのだ。
「急に向こうから話が出て来て」
「主演ですか」
「どうするの?夕菜ちゃん」
 マネージャーはここで夕菜本人に尋ねた。
「それで。受ける?」
「主演ですよね」
「ええ、そうよ」
「それで佐藤監督ですか」
「凄い抜擢よね」
「抜擢っていうか」
 夕菜は首を傾げてマネージャーに述べた。
「私でいいんですか?本当に」
「謙遜?」
「そうじゃなくて」
 謙遜というのは否定した。
「まだ。演技なんてしたことないのに」
「それでいきなり。素質を見抜いたのかしら」
「それでも」
 佐藤の名声は世界的なものである。日本だけに留まらないのだ。その彼の映画にまだ新人アイドルの自分が主演になる、幾ら何でも有り得ない話だとしか思えなかったのである。
「これは。あんまりにも」
「まあ夕菜ちゃん」
 マネージャーはいぶかしみ続ける彼女に笑顔を向けて言った。
「そんなに考えなくてもね」
「いいっていうんですか?」
「チャンスはチャンスよ」
 これは確かにその通りであった。
「チャンスだから。チャンスは掴む」
「はい」
 芸能界での鉄の掟である。
「いつも言ってるわよね」
「それはそうですけれど」
「だったらそうしましょう」
 マネージャーはこう考えることにしたのだった。
「ここはね。それじゃあ」
「このお話受けろってことですね」
「佐藤監督は確かに謎が多い人だけれど」
 これはこのマネージャーも知っていた。
「それでもセクハラとかいじめとかする人じゃないわよ」
「そうなんですか」
「私生活も謎に包まれているけれど」
 これについてもであるのだ。とにかく謎の多い人物であるのだ。
「それでもね。そういったことはしないから」
「真面目な人なんですね」
「真面目っていうか」
 マネージャーはさらに言う。
 
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