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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二十三話 決戦前


帝国暦 489年  1月 7日  レンテンベルク要塞 アントン・フェルナー



メルカッツ総司令官の執務室に男達が集まっていた。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯、メルカッツ総司令官、オフレッサー上級大将、ヴァレンシュタイン提督、グライフス提督、ヴァルテンベルク提督、クレメンツ提督、ファーレンハイト提督、リューネブルク中将、アンスバッハ少将、シュトライト少将、ザッカート少将、そして俺、フェルナー少将。

「そろそろかな」
ブラウンシュバイク公の言葉に皆が頷いた。とうとう内乱は年を越した。二年がかりの反乱になった。誰にとっても予想外の事だろうが少しずつ終局が見えてきている。ここにきてようやくローエングラム陣営に綻びが生じた。

貴族達の通商破壊作戦は予想以上にオーディンを揺さぶった。フェザーン商人が交易船を出すのを渋り始めたからだ。物が届かなくなる、困窮するという現実よりも届かなくなるかもしれないという恐怖がオーディンを激しく揺さぶった。今回のオーディンの混乱を見ていると恐慌というのは現実よりも人間の心が生み出すものだというのがよく分かる。

貴族達の通商破壊作戦を無視出来なくなったローエングラム侯は自らロイエンタール、ビッテンフェルト、メックリンガー、ケスラーを引き連れ補給線を破壊する貴族達を攻撃した。完璧に掃討したと言って良いだろう。ローエングラム侯は声明を出して航路の安全を宣言した程だ。

ブルクハウゼン侯爵、ジンデフィンゲン伯爵、クロッペンブルク子爵、ヘルダー子爵、コルヴィッツ子爵、シュタインフルト子爵、ハーフェルベルク男爵が戦死。ランズベルク伯爵、ラートブルフ男爵、フレーゲル男爵は命からがらレンテンベルク要塞に逃げ戻った。

通商破壊作戦に動員された兵力は八万隻、その内損失は四万隻を超える。無傷の艦など一割も無いだろう。余りに一方的な結果にレンテンベルク要塞は憂色に包まれたがエーリッヒだけはそれと無縁だった。エーリッヒはブルクハウゼン侯爵達が戦死したと聞いた時は“御見事”と称賛したがフレーゲル男爵が逃げ戻って来たと聞いた時には“詰めが甘い”と吐き捨てた。全く同感だ、あの役に立たない甥御殿を何故片付けないのか、肝心な所で役に立たんな、ローエングラム侯。

大戦果だが状況は変わらなかった。ローエングラム侯の声明を聞いてもフェザーン商人達は交易船を出そうとせず内乱終結までは船を出さないと声明を出したからだ。理由は簡単、エーリッヒはフェザーンの保険会社に通商破壊作戦はこれからも続くと囁いた。どうしてそんな悪知恵が働くのか……。

実際フレーゲル男爵達を再度送り込んでいる。但し兵力は少ない、広い宇宙空間で何処まで通商破壊作戦が出来るかは不明だ。だが兵力を送り込んだという事実が大きかった。元々高かった保険料は更に高騰し交易船を出す事は利益よりも危険が大きいと商人達も判断せざるを得なかった。ローエングラム侯は戦術的な勝利は得たが戦略的には敗北した。

その敗北が目に見える形で現れたのがオーディンでの暴動だった。フェザーン商人が交易船を出さないと知ったオーディンの住民が物資不足に対する不満から暴動を起こした。当時オーディンを守っていたのはナイトハルト、ワーレン、ルッツの三提督だったが兵を使って暴動を鎮圧した。

どうにもならなかったようだ。暴動を抑えるには物資を供出するしかないが軍にも供出出来るような余裕は無かった。辺境の惑星なら人口も少なかっただろう、供出による抑制は可能だったかもしれない。だがオーディンは帝都だ、当然だが人口は多い。一度物資を供出すれば際限なく供出を続けざるを得なくなる。苦渋の決断だったと思う……。

「ミッターマイヤー提督の負傷が癒え復帰したそうです。艦隊の編成に取り掛かったとか。それを考えるとこれ以上の先延ばしは危険でしょう、今なら疾風ウォルフは決戦に加われません」
シュトライト少将が渋い表情をしている。彼方此方で頷く姿が有った。

「ブラウンシュバイク公の仰られるようにそろそろ決戦の時だと思います。ローエングラム侯が動かせる兵力は三個艦隊、約五万隻。一戦して内乱を終わらせましょう」
メルカッツ総司令官が重々しく発言するとまた皆が頷いた。

「しかし厄介ですな、ローエングラム侯の下にロイエンタール、ビッテンフェルトの二人が残りました。頭が痛いですよ」
「そう言うな、ファーレンハイト中将。我々が敗北する可能性も有った、いやその可能性の方が高かったのだ。それを思えば何ほどの事も有るまい」
クレメンツ提督の言葉に彼方此方から笑いがさざ波の様に起きた、皆が苦笑している。

「いやいや、勝ち目が出てきたから頭が痛いのですよ。負け戦なら悩む必要は有りません。華々しく散る事だけを考えれば良い」
ファーレンハイト提督の言葉にオフレッサーが吠えるように笑った。なんだかなあ、人間の中に一匹だけデカいクマが居る、そんな感じだ。

暴動後、ルッツ、ワーレン、ナイトハルト、ケスラー、メックリンガーの五人がローエングラム陣営から離脱した。兵達がローエングラム侯に付いていけないと訴えたらしい。特にルッツ、ワーレン艦隊は酷かったようだ。彼らは辺境星域の鎮圧を担当していた。辺境星域の抵抗の執拗さは彼らにローエングラム侯への不信感を持たせたようだ。それがオーディンの暴動で限界に達した。

彼らはこちらの味方になったわけでは無い。中立を表明してカストロプに退避している。貴族連合軍は通商破壊作戦で四万隻を失ったがローエングラム侯から五個艦隊、六万隻以上を奪った事になる。流血こそないが凄絶なまでの潰しあいだ。決戦に使える艦隊は貴族連合軍が八個艦隊、ローエングラム侯が三個艦隊にまで減った。

「全軍で押し包むのかな?」
リッテンハイム侯の言葉に皆が顔を見合わせた。
「出撃は全軍にしましょう。但し戦闘に入るのは三個艦隊にすべきだと思います」
妙な事を言うな、エーリッヒ。皆不思議そうな顔をしている。まさかとは思うが正々堂々なんて考えているわけは無いよな。俺が思った事をオフレッサーが問い質すとエーリッヒが軽く笑い声を上げた。

「そうじゃありません。カストロプの艦隊が本当にローエングラム陣営を離脱したという保証は無い。もしあれが擬態なら全軍でかかっても五分五分ですよ。オーディン近郊で戦えば四日もすれば連中は押し寄せて来る。不意を突かれて大敗します」
彼方此方から唸り声が聞こえた。

「余程の危険が無い限り三個艦隊で攻め続け罠ではないという見極めがついた時点で全軍で攻めるべきだと思います」
「ヴァレンシュタイン提督の言う通りだな。ここまで来たのだ、念には念を入れよう」
メルカッツ総司令官の言葉に皆が同意した。

出撃は二日後、一月九日になった。最初に戦うのはヴァレンシュタイン、クレメンツ、ファーレンハイト艦隊。ファーレンハイト提督がビッテンフェルト提督、クレメンツ提督がロイエンタール提督、そしてエーリッヒがローエングラム侯に相対する事が決まった。



帝国暦 489年  1月 7日  レンテンベルク要塞  アマーリエ・フォン・ブラウンシュバイク



ドアをノックする音が聞こえると侍女が速足でドアに向かった。二言、三言、言葉を交わし相手を確認すると私を見て頷いた。隣に座っている妹に視線を向けると妹が頷く。二人で立ち上がった。妹は微かに緊張している。侍女に視線を戻し頷くと侍女がドアを開け若い男性が入って来た。

ゆっくりと私達に近付いて来る。ソファーの前で立ち止まると
「お時間を取って頂き有難うございます」
と言って礼をしてきた。三人で席に座った。侍女が紅茶を持って来た。目の前の青年はコーヒーを好まない。飲むのはココアか紅茶だ。

「ヴァレンシュタイン提督、私達に話したい事が有るとの事ですが?」
妹のクリスティーネが問うとヴァレンシュタインは“はい、御人払いをお願いします”と答えた。彼は物静かな、穏やかな雰囲気を醸し出している。しかしそれでも私は緊張を強いられているし妹も同様だろう。冷徹なのだ、感情が見えない。六年前、彼はブラウンシュバイク公爵家に仕えた。未だ子供だったがその時から冷徹で感情が見えなかった。夫を含め男達には頼もしく見えるのだろう、だが私には違和感と畏怖の方が強い。

「陛下は如何お過ごしですか?」
妹と顔を見合わせた。エルウィン・ヨーゼフとヴァレンシュタイン、皇帝と反逆者、幼児と誘拐者。本来なら二人の間には反発、敵意が有って良い、だがエルウィン・ヨーゼフはヴァレンシュタインを嫌っていない。むしろ何処かで頼りにしている。

「子供なりに色々と考えているようです。以前の様に癇癪を起す事も無くなりました」
私が答えるとヴァレンシュタインは無言で頷いた。この内乱で甥は変わった。いやもしかすると変わったのではなく苦しんでいるのかもしれない。オーディンのクーデター騒動でグリューネワルト伯爵夫人、リヒテンラーデ公、その他大勢が死んだ時、非常にショックを受けていた。

自分の知る人間が殺されたという事が幼児には衝撃だったようだ。通商破壊作戦で貴族達が死んだ事も影響しているだろう。子供らしさが消えているような気がする。何処か目の前の青年に似ていると思った。この青年も十代の前半で両親を殺されていた、衝撃だっただろう……。

「苦しんでいるのかもしれません」
妹も私の懸念を口に出した。口調には憐みが有ったがヴァレンシュタインは無言で頷いただけだった。やはり感情が見えない。兵達は彼をビスク・ドールと呼んでいる。上手い事を言うものだ。

「良い皇帝になると思われますか?」
思いがけない質問だった。エルウィン・ヨーゼフを皇帝として認めるという事だろうか? 彼を廃しエリザベート、ザビーネを女帝にするとは考えていないのだろうか? 妹を見たが彼女も驚いている。

「御息女を皇帝にしたいと御考えですか?」
「いいえ、そうは思いません。皇帝の地位が如何に危ういか、今では私も妹も良く分かっています。先帝陛下は寵愛していた伯爵夫人に殺されました」
「ですが夫達が如何思うか……、それに貴族達が……」
妹が溜息を吐いた。

「皇帝も貴族も平民も命は一つ、そして失えば死」
嘲笑、……ヴァレンシュタインの言葉には嘲笑が混じっていると感じた。妹は唇を噛み締めている。だが彼の言う通りだ。命は一つしかなく失えば死は平等に訪れる。今回の内乱で誰もがそれを肝に銘じただろう。身分がどうであれ所詮は人間に過ぎないと……。そして目の前の青年は今頃気付いたのかと嗤っている。

「御安心を、御二方には既にお話ししました。ブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家は帝国の藩屏としてゴールデンバウム王朝を支えていく、ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯はそのように御考えです」
思わず妹と顔を見合わせていた。私達だけではない、夫達も……。ホッとした。これ以上争わずに済む。そして思った、目の前の青年が説得したのだと。

「それに今回の内乱で貴族達はその多くが戦死しました。生き残った貴族も敗戦で力を失っています。ブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家が手を結べば反対は出来ません。不満を言う様なら潰せば良い」
気負いはない、平静な口調だがヒヤリとするものを感じた。

目の前にチップが置かれた。二つ、色は赤と青。置いたのはヴァレンシュタイン。訝しむ私達をヴァレンシュタインが穏やかに見ている。
「選んで下さい」
「……これは?」
私が問い掛けても無言だ。妹と視線を交わす、どちらを選ぶべきか? 赤? それとも青? いやそれよりもこれは何なのか……。私が青を、妹が赤を選んだ。

「これは?」
今度は妹が問い掛けた。
「設計図です」
「設計図?」
「そうです、侯爵夫人。この帝国の、いや新たな帝国の設計図」

設計図? 新たな帝国? 一体彼は何を言っている?
「ゴールデンバウム王朝の命数は尽きかけています」
「ヴァレンシュタイン! 無礼でしょう!」
妹が叱責したがヴァレンシュタインの表情は変わる事は無かった。

「大胆な改革を行えばその命数を延ばす事が出来ます。これまでは貴族達が反対して出来なかった。しかしこの内乱で貴族達は力を失った。今なら改革が出来ます。改革がいかに有効かはブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家が一番良く分かっている筈です」
「……」

その通りだ。この青年がブラウンシュバイク公爵家に来て六年、改革は直ぐに始まった。改革のために費用は発生したがそれ以上に領内の生産高は上がった、そして領民達の忠誠心も。リッテンハイム侯爵家も当家と同じように改革を行う事で領民達の支持を得た。ブラウンシュバイク公爵家の人間なら、リッテンハイム侯爵家の人間なら、改革の有効性を疑う者は居ない。

だが改革の内容は平民達の権利を抑えてきた帝国の方針とは全く相容れないものだった。ルドルフ大帝の血を引く一人として後ろめたさを感じないわけでは無い……。
「改革を帝国全土に広げろと?」
「そうです。フェザーンを征服し自由惑星同盟を征服して宇宙を統一する。この宇宙から戦争を無くす、そのためには改革が必要です」

「宇宙を、統一……」
声が掠れた。そんな事が出来ると?
「イゼルローン要塞は?」
「攻略は可能です、侯爵夫人。その中に全て入っている」
ヴァレンシュタインの言葉にチップを見た。この中に全てが? 信じられない、妹と顔を見合わせた。

「何故これを?」
「……」
「貴方が居れば必要無いでしょう? 私と妹に託す必要は無い」
「……生きて帰って来るという保証は有りません。だからそれを託します。そしてそれは二つ揃って意味が有る様にしてあります。宇宙を統一して帝国を繁栄させるには貴女方が協力するしかない」

「……つまり自分の死後、夫達が権力を求めて争った時はこれを使って止めろという事ですか?」
「そういう事です」
声の掠れが止まらない、帝国を私達に託す? もう一度チップを見た、この中にヴァレンシュタインから私達に託された帝国の未来が入っている。ヴァレンシュタインを見た。目の前の青年は平静を保っていた。自らの手で宇宙を統一したいと思わないのだろうか? 死を恐ろしいとは思わないのだろうか? 眩暈がしそうだった。

「陛下は戦場に連れて行きます」
「……」
「皇帝としてこの内乱の結末を見届けて貰う」
「ですがエルウィン・ヨーゼフは未だ……」
最後まで言葉を続けられなかった。ヴァレンシュタインが冷たい目で私を見ている。

「関係有りません、公爵夫人。陛下は銀河帝国第三十七代の皇帝なのです。その責務を果たして貰う」
「……」
「ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯も同意しておられます」
そういう事なのだと思った。夫達はエルウィン・ヨーゼフを皇帝として認めた。だから戦場に出す、皇帝としての責務を果たさせるために……。

そして皇位を諦めたのもそれが理由だろう。皇帝としての責務を娘達に果たさせるのを受け入れられなかったのだ。ブラウンシュバイク公爵家とリッテンハイム侯爵家は帝国の藩屏としてゴールデンバウム王朝を支えていく、そしてエルウィン・ヨーゼフは皇帝として帝国を統治する。目の前の青年がそれを決めたのだと思った。



 
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