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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二十二話 崩壊への序曲




帝国暦 488年  10月 31日  オーディン  ギュンター・キスリング



「大丈夫か、ナイトハルト」
「ああ」
大丈夫じゃない、酷い顔色だ。ナイトハルト・ミュラーはかなり参っている。ワインの飲み方も何かを忘れようとするかのようだ。何を忘れたいのかは想像が付く。不器用な奴だ。

「無理はするなよ」
「済まん、心配をかける」
ナイトハルトが笑みを浮かべた。痛々しい、見ていられない笑みだ。
「辛いんだろう、吐き出して良いぞ。この店の主人を以前俺が助けた事が有る、それ以来何かと便宜を図ってくれるんだ。この部屋は防音完備だからな、ここでの話が外に漏れる事は無い」
「そうか」

「それに俺は口が堅い事には自信が有る」
「そうか……、済まんな」
オーディンの裏通りにある店だ。帝国軍の士官が来るような店ではない。だが今のこいつにはこの店の方が良いだろう。ここなら胸のつかえを吐き出す事が出来る筈だ。

「卿が反乱に加わってなくてホッとしたよ」
「エーリッヒから内乱には関わるなと言われていたからな」
「そうか、エーリッヒがそう言ったか」
ちょっと虚ろな口調だ。何か思う事が有るのかもしれない。
「自分とアントンはブラウンシュバイク公に恩義がある、だから貴族連合に与する。だが卿は柵が無い、内乱には関わるなとね」
ナイトハルトが“そうか”と言ってグラスを呷った。

「……きついな、こんなにもきついとは思わなかった」
「ナイトハルト」
声をかけるとナイトハルトはグラスにワインを注ぎつつ弱々しい笑みを見せた。
「エーリッヒと戦うのはきつい」
「……きついか」
「ああ、きつい」
しみじみとした口調だった。

「内乱が起きる前は負けるとは思っていなかった。エーリッヒやメルカッツ提督、クレメンツ教官、ファーレンハイト中将が居るから多少厄介かと思ったが負けるとは思わなかった。手古摺っても最終的には勝てると思ったんだが……」
「……」

かける言葉が無かった。実際俺も貴族連合軍が勝てるとは思っていなかった。あれは烏合の衆だ、統一された意思の下に戦う事など無理だと思いエーリッヒ達を不運だと思った程だ。だが現状は圧倒的に政府軍が不利な状況にある。宇宙艦隊副司令長官だったキルヒアイス上級大将は戦死、ミッターマイヤー、ケンプは脱落した。

「不思議なんだ。確かに貴族連合軍は予想以上に手強い。しかしここまで一方的になるほど手酷く負けたわけでもない。貴族連合軍にもそれなりに損害は与えている。それなのに肝心な所で敗ける、こんな事になるとは……」
「そうだな」

レンテンベルク要塞は奪回され辺境星域は貴族連合軍へと旗幟を鮮明にしている。政府軍が自らの勢力圏としているのはヴァルハラ星域を中心とした帝国の一部だ。おまけに皇帝も奪われた。圧倒的に不利な状況にある。妙な話だが気が付けば押し込まれていた、そんな感じだ。ナイトハルトがぼやくのも無理は無い。

しかし俺の見るところ貴族連合軍は中核になるブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家の兵力は殆ど損害を被っていない。そして両者の結束は予想以上に強い。損害を受けたのはそれ以外のどうでも良いと言える貴族達だ。言ってみれば贅肉を切り落として筋肉を残している。上手いやり方だ、最初から総てを統率しよう等と考えていない。

一方ローエングラム侯はジークフリード・キルヒアイス、ウォルフガング・ミッターマイヤー、カール・グスタフ・ケンプを失っている。こちらは軍の中核部隊だ、簡単に補充が出来るわけではない。落してしまった筋肉を付けるには相当な時間がかかるだろう。明らかに分が悪い。そして軍以外でもリヒテンラーデ公を始めとする貴族達を失った。いずれ内乱が終われば始末するつもりだっただろうが現時点では痛い損失でしかない。ローエングラム陣営は明らかに弱体化し孤立している。

「エーリッヒが出来るのは分かっていた。戦略家、戦術家として有能な事もな。でも謀略までこなすとは思っていなかった。酷い状況だよ、兵達は何のために戦うのか分からずにいる。士気は下がる一方だ」
ナイトハルトが溜息を吐いた。どうやら軍の状態はかなり酷いようだ。

予想外だろうな。兵達の殆どが平民だ。彼らはこの内乱が起きた時、反逆者を討伐するという大義名分以外に門閥貴族達の専横を抑え平民達の権利を確保するという想いが有ったはずだ。ローエングラム侯がその願いを叶えてくれる、だから侯のために戦うという希望が有っただろう。

だがその大義名分も希望も打ち砕かれた。辺境星域での焦土作戦、フリードリヒ四世の暗殺、リヒテンラーデ公との野合、所詮ローエングラム侯も平民達の事など考えていない、身勝手な野心家でしかないと気付かされた。そして戦局は決して良くない……。

「そのうち逃亡者が出るかもしれない。皆頭を痛めている」
「……そこまで酷いのか」
ナイトハルトが頷いた。深刻だな、兵達の心は折れかかっている。今では貴族連合よりもローエングラム陣営の方が烏合の衆に近いのだろう。今は兵達かもしれないがそのうち指揮官クラスの心も折れるかもしれない。そうなれば崩壊は間近だ。

「付いていけるのか?」
「……」
「今回のクーデターの後始末、酷い物だった。大丈夫なのか、ローエングラム侯は」
「……」
ナイトハルトが苦しそうな表情をしている。やはりな、悩んでいるか。ただ裏切りは矜持が許さない、そんなところかもしれない。

オーディンで起きたクーデターは凄惨な結末を迎えた。クーデターの首謀者、ゲルラッハ子爵、オッペンハイマー大将を始め主だった参加者は本人のみならず家族まで死を強いられた。リヒテンラーデ公の一族が族滅させられた事がローエングラム侯に処罰の正当性を与えてしまった。

政府閣僚は殆どがゲルラッハ子爵に同調したため政府は有名無実化している。このオーディンで生き残った貴族達はほんの僅かで息を潜めて、首を竦めて生きている。貴族達にとってローエングラム侯は流血帝アウグスト二世にも等しい存在に違いない。

ローエングラム侯の処罰が厳しいのはグリューネワルト伯爵夫人を殺された怒りも有るだろうが見せしめの意味も有るのだと思う。貴族連合軍と戦うのに根拠地であるオーディンが安定しないのでは安心して戦えない。二度と敵対勢力の蠢動を許さないためには厳しい処置が必要だと考えたのだと思う。

理解は出来る、しかしそれも自分に災難が降りかからなければだ。ナイトハルトはその災難を生きている人間では一身に受け止める事になった。クーデターを鎮圧したまでは良かったがその後にローエングラム侯からゲルラッハ子爵達の処刑を命じられた。

全員毒による自栽という形をとったが中には死を望まず押さえつけて毒を飲ませた者もいるらしい。ナイトハルトが自ら毒を飲ませたわけではないが本人にとって気持ちの良い話ではないだろう、しかも一人や二人ではないと聞く。ナイトハルトが憔悴し迷っているのはその事も影響しているだろう。

「侯を裏切るような事はしたくない。だが俺一人の問題ではないからな。部下達の事も考えなければ……」
「……」
「ビッテンフェルト提督に言われたよ。戦いたくても戦えない状況になる可能性も有る。そうなれば意地も通せんと」
「……」
「覚悟だけはしておいた方が良いだろうな」
ナイトハルトがグラスを一息で空けふーっと息を吐いた。



帝国暦 488年  11月 20日  レンテンベルク要塞 アントン・フェルナー



「ガイエスブルク要塞に比べるとやはり小さいな」
「そうだね、おまけに居住性も良くない。まあ最前線なんだから余り贅沢は言えないか」
昼食後の御茶の時間、二人ともゆっくりと背もたれに体重をかけ寛ぐ。満腹感と幸せ感が……。陽だまりで昼寝をする猫の気分が良く分かる。世は事も無し、満足満足。こういう怠惰な時間が有っても良い。エーリッヒの部屋はコーヒーとココアの香りが混じった妙な匂いに満ちていた。

「オーディンは酷いみたいだな」
「貴族達が頑張っているからね」
「それはそうだ。拿捕すれば自分の物になる。楽しくて仕方がないだろう」
「他人の物を金を払わずに懐に入れる。褒められた事じゃないんだから少しは罪悪感を持って欲しいよ」

他人事みたいな批評に思わず噴いた。作戦は卿が考えたんだけどな。それに仕事を楽しむのは悪い事じゃない。フェザーンからの、いやフェザーンだけとは限らない、オーディンに向かう交易船、輸送船は尽く貴族達によって拿捕されている。その所為でオーディンは物資不足に陥っているらしい。

「放置はしないだろう」
「放置はしないだろうね」
「如何する?」
問い掛けるとエーリッヒが首を横に振った。
「如何もしない、ローエングラム侯に任せるよ。大体貴族達は我々が行けば嫌がるだろう、分け前が減ると言って」
見殺しか。エーリッヒは貴族連合軍をローエングラム侯の手で葬り去るつもりだ。エーリッヒがココアを飲んだ。俺もコーヒーを口に運ぶ。

「餌としては使わないのか?」
またエーリッヒが首を横に振った。
「同じ手が何度も通じるとは思わない。危険だよ」
「……」
「貴族達が敗北して補給線を回復しても直ぐに物資が届くわけじゃない。商人達は慎重になる筈だ。オーディンの困窮は暫く続く。なんならもう一度補給線を断っても良い。ローエングラム侯への不満は募る一方だろうな」
「……」
エーリッヒが笑みを浮かべて俺をじっと見た。

「暴動が起きるかもしれないよ、アントン」
「……」
「ローエングラム侯を見限る人間も出て来るだろうな」
「……それが狙いか」
「そうなれば良いがその前に決戦を挑んでくるかもしれない。如何なる事やら……」



宇宙暦 797年  12月 20日  イゼルローン要塞  アレックス・キャゼルヌ



「帝国の内乱は随分と酷いようですな」
シェーンコップ准将の言葉に皆が頷いた。
「オーディンでクーデターが起き鎮圧したと思ったら今度は暴動とは……、ローエングラム侯の旗色はかなり悪い」
「というより現状では負けかけている、そんなところではないかな。副司令長官のキルヒアイス提督も戦死しているしリヒテンラーデ公もクーデターで殺された」
パトリチェフ准将、ムライ少将が言うと司令室の彼方此方から“ウーン”と唸り声が聞こえた。ヤンは無言だ。

「やはり皇帝暗殺と焦土作戦が効いているんじゃないですか。辺境星域は貴族連合に付いたのでしょう?」
「付いた、というよりオーディン周辺だけだろう、ローエングラム侯が支配しているのは。これでは帝国を支配しているとは言えんな。第一皇帝も奪われている」
アッテンボローとフィッシャー少将の遣り取りに彼方此方から同意の声が上がった。

「司令官のお考えは?」
俺がヤンに振ると皆が視線をヤンに向けた。ヤンは困った様に髪の毛を掻き回した。
「正直に言えばローエングラム侯が敗けるとは思わなかった、予想外、かな。総司令官のメルカッツ提督は地味だけど老練で隙が無いと聞いているが……」
言葉が途切れた、納得してはいない。

「腑に落ちない?」
俺が言葉に出すとヤンが頷いた。
「政略面でローエングラム侯を叩いています。彼の大義名分を尽く潰している。その上でローエングラム侯の部下達を戦場で破っている。これではローエングラム侯から心が離れますよ。少し鮮やか過ぎるな」
ヤンの言葉にパトリチェフが“なるほど”と相槌を打った。

「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、ですな」
バグダッシュの言葉にヤンが頷いた。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、ここ最近良く聞く名前だ。貴族連合軍で主力部隊を率いる提督だという事だが……。
「知っているのかな、中佐」
「同盟では余り知られていませんが帝国ではブラウンシュバイク公の腹心としてかなり有名な男です。まだ二十代の前半ですが大将の地位に有ります」

ローエングラム侯程ではないが出世は早い。平民で大将、ブラウンシュバイク公の後ろ盾が有ったのだろう。恩返しというわけだ。
「内乱前、何度かブラウンシュバイク公が戦場に出ていますがそれに同行しています。公の上げた武勲に関わっているという事でしょう」
皆が顔を見合わせた。近年ブラウンシュバイク公が戦場で上げた功績は決して小さくない。その事を考えたのだろう。

「ローエングラム侯が敗れれば一安心、そういう訳には行かないようだな」
「キャゼルヌ少将、私はむしろヴァレンシュタイン大将の方が手強いと思いますね。彼の謀才は侮れません、油断するとローエングラム侯のように滅茶苦茶にされますよ。部下から離脱者が出ているという報告も情報部にはフェザーン経由で届いています」
彼方此方から溜息が聞こえた。昨年同盟軍を粉砕したローエングラム侯が部下に離脱されるまでに追い込まれている。

「部下が離脱か……、ローエングラム侯を斃したとして問題はその後だな。ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯、何処まで協力体制を維持出来るか。今は盤石に見えるが敵が居なくなれば……、場合によっては新たな内乱が起きるかもしれない」
ヤンの言葉に皆が顔を見合わせた。新たな内乱、意表を突かれたのだろう。

帝国の混乱はまだまだ続くのかもしれない。同盟にとって帝国の混乱は有難い事だ。今回の内乱で同盟は少ない戦力をさらに失う事になった。出来れば或る程度の戦力の回復が出来るまでは混乱して欲しいものだが……。



 
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