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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二十四話 ヴァルハラへ



帝国暦 489年  1月 15日   フレイア星域  ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  ヘルマン・フォン・リューネブルク



「フレイア星域か、ヴァルハラまでは後五日の航程だな」
フェルナー参謀長の言葉にヴァレンシュタインが頷いた。ヴァルハラまでは後五日、縁起の悪い言葉だ、後五日で死ぬような感じがする。チラっとヴァレンシュタインに視線を向けたがまるで表情は変わらない。多分何も感じていないのだろう、縁起が悪いなどと言ったら笑い出すかも知れん、一生俺をからかうに違いない。

ヴァレンシュタインが三十分後に作戦会議を開くと言った。フェルナー参謀長に分艦隊司令官の召集を命じると会議前に陛下の所に行くと言って立ち上がった。念のため俺が同行する事にした。内乱である以上敵は侵入しやすい、そして味方が敵になる事も有りうる。一人には出来ない。

エルウィン・ヨーゼフ二世は厳重に警備された一室に侍女と共に居た。ヴァレンシュタインの顔を見ると嬉しそうな笑みを浮かべた。妙な子供だ、誘拐犯に懐くとは……。
「もう直ぐヴァルハラ星域に着く。ローエングラム侯と決戦だ」
「……」
「大勢の人間が死ぬだろう。死者の数は五百万を超えるかもしれない。私も死を覚悟している」
エルウィン・ヨーゼフ二世の表情が悲しげに歪んだ。

「予の所為か。予が子供だからか?」
「正確には皆がお前を皇帝として認めていないからだ。お前は子供で弱く何も知らない、だから誰もお前を皇帝として認めない」
「……」
エルウィン・ヨーゼフ二世が悔しそうに唇を噛み締めた。

幼児にはむごい言葉だ。だが事実では有る。エルウィン・ヨーゼフ二世、エリザベート・フォンブラウンシュバイク、ザビーネ・フォン・リッテンハイム、誰が皇帝になっても内乱は起きたと思う。それだけの要因が帝国には揃ってしまった。

「止めたいか?」
エルウィン・ヨーゼフ二世が頷いた。
「戦闘が始まったらお前に時間を与えよう」
「……」
「その中で皆を説得する事だ。皆がお前の言葉に納得すれば戦争は終わる」
「……終わらなかったら?」
ヴァレンシュタインがエルウィン・ヨーゼフ二世をじっと見た。

「皆がお前の言葉を信じなかった、お前を皇帝として認めなかったという事だ。皇帝の地位に有りながら皇帝として認められない。惨めな一生を過ごす事になるな」
「どうすれば認めて貰える?」
「自分で考えろ」
エルウィン・ヨーゼフ二世が唇を噛み締めて俯いた。

「お前は皇帝なのだ。皇帝とはこの帝国の支配者にして最高権威者でもある。他人の言葉を借りるな、皇帝として自分で考えた言葉で話せ。そうでなければ誰もお前の言葉を信じない」
「……」
「期待しているぞ、エルウィン・ヨーゼフ。お前が皇帝として認められることを」

それだけを言ってヴァレンシュタインは部屋を後にした。ヴァレンシュタインはエルウィン・ヨーゼフ二世を皇帝として育てようとしている。戦いの前に皇帝を使ってローエングラム侯側に何らかの混乱を与えようとしているとも考えられるが明らかに育てようとしている。エルウィン・ヨーゼフ二世もそれが分かるからヴァレンシュタインに懐くのだろう。

妙な男だと思った。軍人でありながらその枠に収まり切らない。改革者としての顔も持つとは思っていたがエルウィン・ヨーゼフ二世への対応を見ている国家の重臣という評価が妥当だろう。内乱が終わればこの男が帝国を動かすのかもしれない……。見られるかな、それを……。

会議室にはフェルナー参謀長を始め参謀達は集まっていたが分艦隊司令官達の姿は無かった。会議開始までは未だ十分以上有る、こちらに向かっているのだろう。五分程で皆が集まった。シュムーデ中将、アーベントロート中将、アイゼナッハ中将、クルーゼンシュテルン少将、ルーディッゲ少将、シュターデン大将。定刻前だが全員が揃った、ヴァレンシュタインが会議を始めると宣言した。

「もう直ぐ決戦が始まります。我々の艦隊はローエングラム侯と直接対決する事になる」
ヴァレンシュタインの言葉に皆が頷いた。
「正直に言います、戦術能力で私はローエングラム侯に及ばない。正面から戦えば敗けるでしょう、必ず」
皆が顔を見合わせた。ヴァレンシュタインは嘘を吐かない、そして彼の言う事が外れる事も無い。

「兵力差で押し切ることは出来ませんか? こちらはローエングラム侯よりも一万隻程兵力が多いと思うのですが」
シュターデン大将の言葉に何人かが頷いた。だがヴァレンシュタインは同意しない、首を横に振った。
「難しいでしょうね、侯は天才です、引っ掻き回されて崩されると思います。正面からでは勝てません」

「ではどうします?」
俺が問うとヴァレンシュタインはちょっと唇を噛み締めるような表情を見せた。
「ローエングラム侯の持つ強みはその優れた戦術能力です、帝国随一かな。こちらが勝つためには侯が戦術能力を発揮出来ない状況を作り出すしかありません」
皆が顔を見合わせた。何を言っているのか分からないのだろう。もしかするとエルウィン・ヨーゼフ二世の説得が絡んでいるのだろうか?

「つまり混戦状態を作り出します」
“混戦”、“それは”、“しかし”等と声が上がった。皆が驚いている。
「誰も自ら艦隊の指揮統制を放棄するとは思わないでしょう。不意を突いて混戦に持ち込みます。混戦状態になれば艦隊指揮は出来なくなるのですからローエングラム侯の最大の武器を潰せます。後は単艦戦闘、消耗戦です。兵力はこちらが一万隻多い、勝てるでしょう」
「……」

皆声が出ない。いずれも自分の能力には自信を持っている男達だ。ヴァレンシュタインはその男達に勝つために能力を、プライドを捨てろと言っている。しかし勝つためとはいえ艦隊の指揮を放棄するとは……。思わず首を横に振った、途方もない事を考える男だ。

「しかし、それでは損害が……」
アーベントロート中将が口籠った。言いたかった言葉は分かる。消耗戦になれば損害が馬鹿にならない、そういう事だろう。だがヴァレンシュタインは表情を変えることなく言葉を続けた。

「混戦状態になった時点で接舷攻撃を行い戦艦を二隻奪取します」
「……」
「その戦艦を使いブリュンヒルトに近付き接舷攻撃をかける、そして内部を制圧する」
ざわめきが起きた。皆が俺とオフレッサーを見ている。接舷攻撃、つまり主役は陸戦隊、俺とオフレッサーか。二隻と言うのはそれぞれ一隻ずつ、どちらか一方が辿り着けば良いという事だな。オフレッサーが静かに興奮を見せていた。死に場所を得た、そう思っているのかもしれない。俺も少し興奮している。

「二隻では少なくありませんか?」
「あまり多いと怪しまれますよ、シュムーデ中将。二隻はローエングラム侯を守るためと言ってブリュンヒルトに近付く。混戦状態ですからおかしな事では有りません。そして隙を見て接舷攻撃をかける。上手く行けば早い時点で決着が着くでしょう」

会議終了後、艦橋に戻ってから何故エルウィン・ヨーゼフ二世の事を話さなかったのか訊いた。オフレッサー、フェルナー少将が訝しげな表情をしたので説明すると二人とも頷いている。それを見てヴァレンシュタインが微かに苦笑を浮かべた。

「戦う前から戦わずに済むかもしれないとは言えません。上手く行かない可能性も有るんです。皆に弛んで欲しくは有りません。そういう事が許される相手ではない」
「……」
「最悪の場合は延々と潰し合いが続きますよ、地獄です」
もう苦笑は無かった。憂鬱そうな表情だけが有った。



帝国暦 489年  1月 18日     ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  アントン・フェルナー



エーリッヒの私室に四人の男が集まった。エーリッヒ、俺、リューネブルク中将、オフレッサー上級大将。決戦前に少し飲みたいとエーリッヒに誘われた。そしてリューネブルク中将、オフレッサー上級大将がそれに合流した。エーリッヒはフルーツワイン、他の三人はウィスキーの水割りを飲んでいる。

「ヴァレンシュタイン、感謝しているぞ。卿は最高の舞台を用意してくれた」
オフレッサーの言葉にエーリッヒが首を横に振った。
「喜ぶのはまだ早いでしょう。エルウィン・ヨーゼフの説得が上手く行けば戦わずに勝てる。それに失敗しても接舷攻撃が上手く行くとは限らない、乱戦ですからね、味方に撃沈される可能性も有る」

「それでもだ、俺は卿に感謝している。卿は如何思うのだ、リューネブルク」
「そうですね、これだけ華々しい舞台は無いでしょう。感謝しています」
陸戦隊の二人は上機嫌だ。戦死する確率は誰よりも高いのだがな、困ったものだ。エーリッヒも困ったような顔をしている。話を変えた方が良いか……。

「ようやくここまで来たな、正直貴族連合軍が勝てるとは思わなかった」
俺の言葉にエーリッヒを含め皆が頷いた。
「卿の御蔭だ、感謝している」
エーリッヒが苦笑を浮かべて“運が良かった”と言った。そうじゃない、運も有るかもしれないがそれだけでは勝てなかった。

「本当に勝てる可能性は二パーセントだったのか?」
前から疑問に思っていた。リューネブルク中将、オフレッサーも興味津々といった表情だ。エーリッヒの苦笑がさらに大きくなった。
「正面から戦えばね。二パーセントでも多いくらいだ」
「なるほど、正面から戦ってはいないな」
俺が冷やかすとリューネブルク中将、オフレッサーが噴き出した。

「内乱だから出来た事だ。そうでなければ負けていたよ。ローエングラム侯と正面から戦わない、ローエングラム侯を孤立させる、それしか勝つ方法は無かった」
「……」
「皆が彼の持つ華やかさ、眩さに目と心を奪われた。そうである限りローエングラム侯は孤立しない。勝利の鍵は如何にして彼の持つ華やかさ、眩さを奪うかだった。あまり楽しい作業じゃなかったな」
「……」
ぼやく様な口調だった。

「最後の戦いも華やかさ、眩さとは無縁だろう。二つの艦隊でフリカデレを作るような戦いになる。頭の天辺から爪先まで泥塗れ、いや血塗れになるような戦いだ。ローエングラム侯にとっては不本意な戦いになるだろう」
エーリッヒがワインを一口飲んだ。表情が渋いのはワインの味の所為ではあるまい、大分鬱屈している。

「後悔しているのか?」
エーリッヒが“まさか”と言って肩を竦めた。
「私はローエングラム侯とは違う、戦争に美しさや完璧さを求めたりはしない。戦争は芸術じゃないんだ、どれほど無様であろうと勝てば良い。そして多分、私は勝てるだろう。スクルドは耐久性に優れている、単艦戦闘は望むところだ……」
また一口ワインを飲んだ。

「能力じゃない、兵力の多さで勝つ。凡人が天才に勝つ、極めて希な例だ。士官学校の教材にしてもおかしくない。どんなに出来が悪くても諦めるなと生徒に希望を持たせる事が出来る」
余りの言い草に皆が失笑した。エーリッヒも笑っている。オフレッサーが“酷い話だ”と言うと更に笑い声が大きくなった。

「内乱が終わったら如何するんだ?」
「そうだな、……ブラウンシュバイク公爵家から去るよ。借りは返したからね」
「そうか……」
「何かと世話になった。アントン、卿には感謝している」
「いや、感謝するのは俺の方だ」
「軍も退役して民間に戻るつもりだ」
驚いてエーリッヒを見た。リューネブルク中将、オフレッサーも驚いている。視線を受けてエーリッヒがちょっと困ったような表情を見せた。

「ヴァレンシュタイン、卿の才能はこれからの帝国に必要だろう」
「もう関わりたくないんです、軍にも政治にも。今回の内乱で嫌になりました」
「……少し疲れたのではありませんか」
リューネブルク中将の言葉にエーリッヒは首を横に振った。
「違います、自分が嫌になったんです。人間、勝つ事ばかり考えると際限なく卑しくなるというのは本当だと実感しましたよ、もう沢山です」
しみじみとした口調だった。

リューネブルク中将、オフレッサーが痛ましそうな眼でエーリッヒを見ていた。エーリッヒは疲れている、その事を憐れんでいるのだろう。そしてブラウンシュバイク公達がエーリッヒを放すとも思えない、その事も憐れんでいるに違いない。エーリッヒも心の何処かでは無理だと思っているだろう。

「……それで、民間に戻って如何するのだ?」
オフレッサーが問い掛けるとエーリッヒはちょっとはにかむ様な表情を見せた。
「本を一冊書こうと思っています」
本? 弁護士じゃないのか?

「今回の内乱を単なる権力争いという位置付けで終わらせたくないんです。この内乱が起きた一因にはこれまで抑圧されてきた平民、下級貴族の怒りが有ったと思います。ラインハルト・フォン・ローエングラムはその怒りの体現者だった。彼はその抑圧を解消しようとしたのだと思います。ローエングラム侯の登場は偶然じゃない、必然だったんです。彼が現れなくても他の誰かが同じ事をしたでしょう」
「……」

オフレッサー、リューネブルク中将が頷いている。二人ともローエングラム侯とは敵対した。しかし同じ怒りは有るだろう、ブラウンシュバイク公爵家に仕えたとはいえ俺にも無いとは言えない。そしてエーリッヒ、彼も両親を殺された。その抑圧の犠牲者だった。エーリッヒがローエングラム侯と戦う事を不本意と思ったのもそれが有るからだろう。

「この内乱が終ればローエングラム侯は反逆者として排斥されます。まともな評価などされる事は無いでしょう。だから自分がその辺りを記しておきたいと思います」
「その本が出版されたら是非読みたいものだ」
オフレッサーの言葉にリューネブルク中将が“読むのですか? 本当に?”と冷やかしオフレッサーが“馬鹿にするな”と抗議した。エーリッヒが笑う、俺が笑う、そしてリューネブルク中将とオフレッサーも笑った。その本が出版されれば名著として評価されるだろう、出版されればだが……。



 
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