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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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始まりから二番目の物語
  第一話




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《???・???》


「――――」


海底にも似た、暗くそして淀んだ視界。微睡む心と記憶。意識の狭間。

どこまでが記憶で、どこまでが意識なのか。その区別をする境界すら虚ろな夢へと化していく。
その中で、一つの幼き頃の一重の夢現を見据えた。

―――その始まりは、いつで、どこで、どのように始まったのだろう。







extra:phaseいつか、始まりの、その始まりから。







ヒラヒラ…と、新雪が舞い散る中の事だ。
輝かしい、白銀色に染められた世界。色褪せて、まるで世界全ての人間が消失したかの様な錯覚。

だが、そんな中に鮮やかな色彩を放つ存在が佇立していた。
妖艶な美女とも言える風貌の女性。絢爛たる薔薇の様である美貌の持ち主。

優美に和傘で降りゆく雪を遮り、雪を踏む感触を楽しむ。
そうして、ドレスの様な着物を着た女性は歩を踊る様に進める。

前時代的な風貌ではあるもの、その有様はこの現代に置いて、見劣り等しない。
それよりも、何よりも輝かしく見える程だ。例えるのならば。

陳腐な言葉ではあるが、それは正に美しいとしか言い様が無い。


「……ここね」


家の立派な外門の前まで辿り着くと、女性は美しい声でそう口にした。
そうして、何かに聞き入る様に瞳を閉じ、耳を澄ませた。


……r……ir………sa……


耳に届くのは、誰かの詠う歌声であった。
その声を聞く限りに、まだ幼い少年のものであると理解出来る。

だが、それは普通の人間には聞き取る事が出来ないものだ。
一概にそれは、女性が普通ではない異常である事を指し示していた。

そして、その詠う旋律は既存の歌と音階ではない。そして、そこに混じる物をも女性は感じ取った。
悲しみ、嘆き、怒り、あらゆる言い知れぬ負の激情を、静かなその旋律を奏でる主より聞き取った。

紡がれる詠は爛れ落ち、それは最早呪詛と言ってもいい類であった。

私がこの地を訪れるのは、“あの事”があってから一週間程後の事だ。
本当は直にでも駆けつけたかったが、生憎と手を離す事が出来ない所にいた。故に到着が遅れた。

そうして私は、規正線の張られた門に手を翳す。そうして、そこにあった境界線である“壁”を取り払う。
けれども、何も周囲に変化はない。張られていたのは、不可視の人避けの結界だ。

その術の錬度としては、聞いていた歳にしては優秀と言える程の錬度だろう。
そう観察、考察するのは半ば職業上癖の様なものだと、切り離せないものだと、女性は薄く苦笑いを浮かべる。

そうして、これから会う少年の事を思い浮かべ、煤けた外門を潜り抜けた。
そして、一つの“世界”へと足を踏み込む。文字通りに、此処から先は別世界なのだ。






1







(……夢、か)


目の前に広がる一つの世界。それを見据えて、時夜はそう心の中で呟いた。
嘗て何度も何度も見た夢の残滓。それ故に、直に気が付いた。

現実感があり、自身がそこにいる様な錯覚を覚える、だが。
これは夢だ。それも嘗ての前世の自身の記憶によって構成された夢。

この夢に置いて、時夜は只の傍観者にしか過ぎない。
世界から俯瞰している様に、ただ見ているしか出来ない。

この夢の主人公は倉橋時夜ではない。そして暮桜霧嗣でもない。
主人公は幼き頃の“薬屋霧嗣”。過去故に、どれだけ変えようとしてもその結末は変わる事はない。


(俺が初めて義母さんに会った時の記憶、か)


視界に映る住居たる屋敷はすっかり焼けて崩れ落ち、見る影もない。
辺りには、焼け焦げた家の柱が炭として転がっている。

寂しい光景。
それを助長するかの様に、空から雪の粒が舞落ちてくる。

見上げた空は赤黒く染め上がっている。それは文字通りの異常な光景だ。
降り下りる雪すらも赤黒く、血の色をしている。それはさながら、天よりの血涙。

それは嘗ての俺が自身が“形成”した世界。
自らが望む渇望に基づき、創り出された自身の法による独界である。

その中で、一人ぽつりと存在する様に白髪に少しの黒髪が混じった美少女と見紛う少年が詠っていた。

それはまるで一枚の高価な絵画の様でありながら、同時に不気味さを覚える。
そう、今なら言う事が出来る。この時の自分は確かに“壊れて”いた。

頬はこけ、目は落ち窪み、そこに人としての生気は感じられない。酷く不気味な異様な存在。
既に死相めいたものさえも浮かんでいる。詠いながら、ごふっ…と嫌な音を立てて、血を吐いた。

首を伝って落ちる血を気にも留めずに、少年は再び詠を紡ぐ。

今こうして、この夢を見ているのは“あの夢”を見た名残なのだろうか?
そもそも、何故俺は今此処にいる…?不意に疑問を覚えた。何故、俺は今この夢を見ているのかと。


(…こうしているだけでも、思い出すな)


見ているだけでも、あの日の感情が胸を一分の隙も無く蘇る。
全てを失い、踏みにじられ、世界に一人しかいないという錯覚に陥る。

大切な物を根こそぎ奪われ、犯され、蹂躙され、自身すらも砕かれてしまったと。


「―――精が出るわね、坊や」

「……誰?」


反応が遅れる。
詠っていた少年は首を傾げ、濁った瞳で目の前の薄紅色の髪をした女性を見据える。


「貴方のお父さんの、妹…つまり、貴方の叔母に当たるわ。お久しぶりね、霧嗣」

「…そうですか、記憶には無いですけどお久しぶりです叔母さん。早速ですが、今すぐ帰って下さい。…今は誰かと会話をする気分ではないので」


少年は淡々と、そう言葉を告げる。
けれど、叔母と名乗った女性は首を縦に振る事はない。


「…悪いけれど、それは出来ないわ。霧嗣、私は貴方を迎えに来たのよ」

「……言いましたよね、俺は此処から動くつもりはない。言う事を聞いてくれないのなら、少々手荒な真似をする事になります」

「それは此方も一緒よ。貴方を連れて行く為なら、私も少々の強行策にでなければならない。今の貴方はヒトではないもの。そんな貴方を、私は見るに堪えないわ」


二人は平行線であった、故に二人が取るべき行動は単純明快であった。
武力による衝突、それにより相手を組み敷く事だ。

―――『Ezel-夜の歌-』

世界に呪詛の様にして、少年の旋律が響き渡る。
そうして、舞い降りてくる赤黒い雪を媒介にして一本の髪の毛程度の細さの刀剣を“呼び招く”。

その刀剣は媒介にした雪と同様に、黒を基調として所々に赤色が混じっている。
それを目の前の女性に向け、敵意を持って構える。

そうして相対する過去の自分と義母を見据える。






2







(…そして、俺は負けた)


今だから、何故負けてしまったのかが理解出来る。
憎悪に捕らわれ、目の前の現実すら見えていなかった自分。

そんな中で出会った、俺に未来という希望を与えてくれた一人の女性。
今の俺がこうしてちゃんと存在出来ているのは、偏に静流、そして義母さんのお蔭だろう。

―――人々の頭上に夜明けは公平に訪れる。

目の前で前世の自分が“母さん”に抱き締められ、そう告げられているのを耳にする。
それは俺に向けられた言葉ではないけれど、力強く頷く事が出来る。

今もまだ、あの日の夢に苛まれるけれど。
何時の日か俺の心も、夜明けの様に晴れる日がくるのだろうか。


その言葉を耳にしながら、俺の意識はそこで壊れたテレビの様に途切れてしまった。


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