| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

緋弾のアリア-諧調の担い手-

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

赤い夢
  第四話




凍夜side
《東京・武偵局》
AM:12時34分


「…さて、と。執務室の方にいるって話だけど」


先程、受付で彼女の所在を確認した所、執務室の方にいると教えて貰った。

悠然たる足取り。勝手知ったる武偵局の中を凍夜は足早に進んでゆく。
時に、同僚や後輩と廊下で出くわしながら、俺はこれから会う、彼女の事を頭に描いていた。

ここ最近は大きな事件も無い為に仕事で一緒になる事もなく、家庭を持っている為にプライベートで会う機会もめっきりと無くなった。

……確か。そう、思考を切り離す。
最後にプライベートで会ったのは、結婚指輪の件について相談をした時だったかな?

笑顔が素敵で白衣の似合うラピスラズリの瞳が特徴的な女性。料理上手な、武偵高からの勝手知ったる同期だ。
所属は衛生学部で衛生科(メディカ)と救護科(アンビュラス)の資格を持っている。

それがシャルニーニ・レムバートンだ。

ポケットの中に潜ませたバタフライナイフを弄りながら、そんな事を思考する。
こうして考えれば、魅力的な女性の様に思えるが、俺はかぶりを振る。

アレはそんなのではないと、俺は直ぐに自嘲の笑みを浮かべる。

腕は確かに一流と言っても過言ではない。
ただ、問題も少々あるのだ。後から人が忘れた頃合いに馬鹿高い金額を要求してきたり。
ちょっと目を離せば、人の飲み物に薬を盛ったりと。……いや、多々としてだな。

上記の事を見れば、確かに魅力的だが、後記の方は少し度が過ぎる。
まぁ、違う意味では魅力的ではあるけれど…。

思わず、凍夜は身震いをする。
夏場に近いというのに、背筋を寒気が通り過ぎて行った。

特に、薬に関しては良い思い出がない。
以前会った時に『筋肉増強剤スーパーZ』、命名シャルニーニ・レムバートン。
そう呼ばれる物が、出されたアールグレイに混入されていた。

それから三日間は寒気と震えで三日ほど寝込んだのだ。
……奴は新薬の実験に平気で人を巻き込むのだ。

過去、新人時代の事だ。武偵庁に所属になってから一週間。
彼女を知らずに渡された滋養強壮剤と称された物で幾人の犠牲者が出た事か。

……久々に、これから会うからには気は抜けないな。





1







???side
《東京・武偵局》
AM:12時44分


東京武偵局、三階。
その最も端に位置する部屋、プレートには『シャルニーニ・レムバートン』と掛けられている。
簡素ながらも、アンティーク調の調度品に彩られた部屋。
天井に備え付けられた採光用の窓からは一人の存在を照らすかの様に、光の柱が降り立っている。

光の先。そこには、一人の若い女性の姿があった。
白衣の似合う、ラピスラズリの瞳が特徴的な女性だ。


「……はぁ、退屈ですねぇ」


机の上に山積みとなっている、数百枚とある書類。それを見て、軽く女性は溜息を吐く。
それでも、その手は休む事はない。

机の右に溜まっている、決裁用の書類。それに自身の名前をサインしては、左の山に重ねていく。
早く、だが決して雑にではなく、流麗な筆記体で、ペンを走らせる。

―――…コンコン

扉をノックする軽快な音が耳に響く。
私は入る事を許可する。すると、白衣を纏った武偵高からの後輩の女性が姿を現す。


「…お忙しい所、失礼します」

「いえ、それでどうかしましたか?」

「はい、先―――副所長にお客様です。」

シャルニーニは武偵局に新設された衛生学部の薬物科(メディシン)の副所長という役所に就いている。
他には、武偵病院内での臨時医療班等に当たる。


「……お客、ですか?」


可愛らしく、小首を傾げる。…今日は誰かと会う約束を取り付けていたか?
60時間程、寝ずに稼働している為に、少々思考が遅れた。

予定を書き込んでいる濡れ羽色の装丁の手帳を白衣から取り出す。
開く前に、その女性が訪ねて来た相手の名を告げた。


「はい、“銀月”です。」


―――銀月。
脳内で一致する、その異名で思い当たる人物は一人しかいない。


「……凍夜ですか!」

「はい、凍夜先輩です。確か今日、お会いになる約束を取り付けていましたよね?」

「…そうでした、今日は久しぶりに凍夜と会う約束でしたね」


彼と会うのも久方ぶりだ。結婚してからは、碌に会った覚えはない。
私は思わず、椅子から立ち上がり、嬉々として白衣を翻しながら扉に向かう。


「…この書類の方は私がやっておきますね。」

「ええ、お願いします。その代わり第一課の方だけに少しばかり予算を回しましょう」

「助かりますよ、丁度予算が足りなかった所ですから」


互いに薄く笑いながら目配せをする。
流石に話が早い、昔からの付き合いの為に、こちらの事を心得ている。

世の中はギブ&テイクだ。
この後輩は昔からやれば出来る子だ。今回の研究でも、きっと成果を上げるだろう。
後は後輩に任せて、私は部屋を出た。

…さて、凍夜と会うのも久しぶりですね。






2







少々お待ち下さい、すぐに呼んで参ります。
小柄な武偵高時代の後輩がそう告げて、少しばかりか経った。

とある一室に通された凍夜。出された、自身の好きなアールグレイと手製の様に見えるクッキー。
それに手を出さずに、そのカップの水面を覗いていた。ソファーに身を預ける。

……コツ…コツ……

にわかに、扉の前の通路からハイヒールの鳴らす、心地よい音色が聞こえてきた。
そうして、部屋の前で音は止み…。


「…お久ぶりですね、凍夜」


木製のやおら豪勢な造りの扉が開き、一人の女性が姿を現した。
白衣に特徴的なラピスラズリの瞳。腰程までに伸びた銀の髪。

落ち着いた物腰のトーンのその声の主こそ、今回凍夜が待っていた人物だ。


「…久しぶりだなシャル。また痩せたんじゃないか?」


俺は久しぶりに会った女性に、そう告げる。
おそらくは、ちゃんと食事も睡眠もとってないのだろう。


「……ちゃんと毎日三食食べてるのか?」

「…ああっ、今日はまだ食事を摂ってなかったですね」


今思い出したかの様に、彼女は胸ポケットから一粒の錠剤、タブレットを口に含む。

これが、忙しい時の彼女の一回分の食事だろう。
そんな彼女に、少しばかり心配になる。

そんな心配も気にせずに、優雅な動作で、彼女は俺の向かいのソファーに腰掛ける。


「…それで、今日は件の?」

「……ああ、そうだ。お前に息子を看て貰おうと思ってな。」


時夜が倒れてから、二日が経過した。
一般の医師が下した過労からくる高熱、昏倒。

信頼していない訳ではないが、信頼の置ける人物に看て貰うのは用心深い俺の性だろう。
それと、親心故か。


「…そういえば凍夜、アールグレイには手を付けないのですか?」


ふと、シャルニーニがそう問い掛けて来た。テーブルに置かれたカップ。
それを目線で促す彼女。凍夜はやおら丁重に断った。


「……ああ、前にお前から出されたお茶と茶菓子に薬物が混入されていたからな」

「あら、よく覚えていましたね!」


心底驚いた様な大仰な仕草をするシャルニーニ。


「…あぁ、やっぱりか。」


…やっぱり、こいつ油断ならないわ。






0






―――その始まりは、いつで、どこで、どのように始まったのだろう。

ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧